2009年6月30日火曜日

「グラン・トリノ」

いささか遅れているけれど、クリント・イーストウッドの最後の主演映画となる「グラン・トリノ」を見てきました。

朝鮮動乱で13人もの人を殺し、それがトラウマになって生きている一人の老人。
彼は、戦争後は、長い間、フォードの工場で働き、よきアメリカ人として生活してきたの。
でも頑固で、偏屈で、子供や孫たちからは鼻つまみ的な存在。

そんな老人の隣に引っ越してきたのが、アジア系の家族。
老人にとって、最初は、この一家は、どうにもこうにも虫の好かない存在だったのよね。

それがあることから、そこのトロい十代の息子と友好関係になるの。
この男の子は、近所の黒人たちや従兄弟たちから馬鹿にされていている弱虫だったの。

ところがこの男の子も、老人と付き合い始めて、ようやく独り立ちできて、ガールフレンドもできたの。


(隣の男の子に、工具を買ってあげるシーン。こういう生活の場がさりげなく描かれています。)

ところが、ようやく老人も男の子と一緒にいる楽しみを見つけ、男の子も生きる勇気が出てきた時、その老人は、男の子の悪い従兄弟たちに襲われて、死んでしまうの。

そんなストーリーなんだけど、この映画の底に潜むものは、アメリカの人種差別と、それに戦争体験だと思うの。

いまや人種差別は逆差別というか、白人のほうが差別されているような現象もあるのよね。黒人や黄色人種に取り囲まれている白人。そういうことが、昔の古き良きアメリカを生きてきた老人には納得がいかないのだろうと思うわ。

そんな無骨な老人役を、今年、80歳になるというクリント・イーストウッドが演じています。

それにしても、こんなかっこいいおじいさん、見たことありません。

お腹は出ていないし、頭脳は明晰だし、颯爽としているのよ。


(自宅の玄関前でビールを飲んでいるところ。日本ではこういう家の造りはあまり見ないわね。)

私は小学生の時から、クリント・イーストウッドの大ファンでした。
大昔、毎週土曜日の夜に放映されていた「ローハイド」のロディの時から、大好きだったの。

マカロニ・ウェスタンの頃の映画はあまり知らないけれど、「マディソン郡の橋」や「ミリオンダラー・ベイビー」の時も、アメリカ人らしくてでかっこ良かったわ。

それと、老人の飼っているワンちゃん、デイジーっていったかしら、すごく可愛い。


(隣のモン族の女の子。可愛らしいのに、口は悪くて、老人と対等にやりあっているの。)

この「グラン・トリノ」も、先日見た「真夏のオリオン」も、「朗読者」が映画化された「愛を読む人」にしても、共通しているのは戦争体験。いつまでたっても何年たっても、戦争の影響って、引きずるものなのね。

それにしても、この映画が彼の引退作品になるなんて、もったいないなー、と思ったわ。
まだまだ現役で活躍してもらいたいものです。

2009年6月29日月曜日

「朗読者」 2回目

「朗読者」の解説のところに、「この本は2回読んで下さい」と書いてあったの。
それほど分厚い本ではないので、もう一度、読んでみました。

すると、1回だけでは気づかなかったことが、はっきりしてきました。

最初読んだときは、主人公の男の子とハンナのSEXシーンが気になったし、最後はどういう結末になるのかしら、というストーリーばかりが気になっていました。

おまけにこれは映画化された本なので、あるシーンを読んでいても、ここは映画ではどうやって表現したのかしら、ということが気になりました。

たとえばハンナが男の子の目の前でストッキングを履くシーンだとか、彼女がワンピースの裾をひらひらさせながら自転車をこいでいるシーンだとか、教会の屋根が燃え落ちて、炎に包まれてしまうシーンだとか。

そういうことが脳裏に浮かんでくるので、なかなか読むことに集中できませんでした。


ところが2回目はストーリーも分かっているので、じっくりと読むことができました。

それで分かったことといえば、この本で言いたかったのは、ハンナが裁判長に対して、
「それならあなたならどうしたのか?」という投げかけじゃなかったのか、ということだと思ったのです。
戦争下に強制収容所の看守として働いていた人間には、囚人を解放させるなんてできなかったはず。いったいどんな行動をとればよかったのでしょう。

その投げかけは、読者である私たちに向かっても質問しているのではないか、と気づいたのです。

それって「橋のない川」で、部落の人たちがいわれのない差別と闘っている姿と共通しているのではないかと思ったわ。どうしようもないことって、あるんですよね。

それともう一つ、気づいたこと。
それはハンナが看守をしていた時にも、女の子の囚人に朗読をしてもらっていたこと。
最初読んでいた時は、どうもそのあたり、適当に飛ばして読んでいたいみたい。
主人公の男の子に朗読をしてもらう前から、彼女はやはり文字に飢えていたのでしょうね。

彼女は娑婆で仕事をしていた時には、日々の労働に追われていて、文字の学習なんてできなかっただろう、と思うわ。
それが刑を執行するために牢屋に入れられたことによって、ようやく自由な学習の時間がとれたわけ。
それは彼女にとっては非常な喜びだったと思うの。

それと、この本で重要な役目をするのは、彼のお父さんだと思うの。たくさんの蔵書に囲まれて、子供たちとフランクに接することのできない威厳のあるお父さん。そういう父親がいるからこそ、この男の子は反動でハンナと深くつきあるようになったのかもしれない、と思いました。


この本はやはり1回では分かりません。

というか、2回読んでも、まだまだ不可解な部分が残ります。

映画では分かりませんが、本では、どうして彼女が文盲だと気づいたか、というシーンですが、山里を散策していた時に、はっと気付いたというのよ。そういうことってあるのかしらね。

それとどうしても私には理解できないのが、8年たったら、若い時に付き合っていた彼女をこんなに客観的に見られるのかしら、ということ。あまりにそっけなくて、主人公に同情できなかったわ。

もうひとつ、気づいたこと。
それは、ハンナの匂いのこと。
最初の出会いのころは、ハンナに対しては、成熟した女性の匂いをかぎ取っていたのだけれど、彼女が年を取って再開するときには、もはや老人の臭いになっていたというのよね。
どうしてそんなに急に老化してしまったのか、私には分からないわ。


3回読んだらまた違った感想が生まれてくると思うの。

でもね、翻訳が分かりにくい(というか、原作もそうなのかな?)ところもあるので、もう3回目は読まないとは思うけれどね。

でもつくづく、字が読めて、いろんな本が読めるという楽しみを経験することができて、ほんとうにありがたいと思いました。

写真はキャンパスの風景です。

2009年6月28日日曜日

今日もコンサート

今日も昨日の続きの音楽祭


場所は同じGホールです。ここは冷房が効き過ぎているので、今日はストールでしっかりと身体を包んで出かけました。

二部構成になっていて、最初はオーボエの演奏。
若尾圭介さんというボストン・フィルにいらっしゃる方で、明日はまたボストンに戻るのだとか。
若尾圭介さんのブログ
なんとなく、茂木健一郎先生を大人しくさせたような雰囲気の方です。

オーボエはゆったりとして優しい音色でした。

アンコールの時には3歳のお嬢さんもステージに一緒に立って、お父さんの周りでぐるぐると踊りながら、一緒に演奏を楽しんでいた様子で、とてもアットホームなコンサートでした。

♪  ♪  ♪  ♪  ♪

第二部は、がらりと変わって、市民によるアマチュア演奏団体のコンサート。
この合奏団は、バイオリン、ビオラ、チェロなど35人くらいの構成でした。

どんな出来かと思っていましたが、指揮者が素晴らしかったのか、市民演奏家たちが頑張ったのか分かりませんけれど、とても素敵な演奏でした。

最初はグリークの「2つの悲しきメロディ」という曲。
北国らしい感じのさびしい曲でした。

二番目はチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」という4部からなる曲でした。
この曲の演奏はとても難しいらしいのですが、立派に弾けていましたよ。

素晴らしかったのは、この合奏団には老若男女がいたのですが、下は18歳の女子高生、上は80歳の白髪のおじい様でした。みんな演奏することが大好きといった顔つきで、演奏後は満足そうにしていました。

今頃はきっとみんなで祝杯を上げているのでしょうね。

2009年6月27日土曜日

今日はモーツアルト

私の住んでいる市では、今週は「音楽祭」が続いているの。


クラシックからジャズ、ロックまでいろんな音楽があちこちの会場で繰り広げられているよの。

それで、今日は「芸術講演会~クラシック楽習小屋」というのに出かけてみました。

内容は桐朋学園の先生が、モーツアルトの音楽と35年の人生をお話ししてくれて、ピアノやオペラも聞けるというもの。


会場のGホールには1300人もの人が集まったのよ。なんといっても無料でクラシックが聞けるチャンスはあまりないから、多くの人が来るのよね。

第一部は「旅するモーツアルト」という内容で、彼がどうしてパリやロンドンやイタリアなどに旅をしたか、そして何を学んだかということを話してくれたの。

当時のヨーロッパは戦争が続いていて、モーツアルトの生れたオーストリアも7年戦争が終わったばかりだったんですって。
それで彼は小さい頃からステージパパに連れられて、ヨーロッパ各地を旅して、その国の歴史や言語、音楽を学んだそうです。それも馬車の旅だったというから、大変だったんでしょうね。あちこちで就職活動をしたそうだけど、どこでも雇ってもらえなかったそうよ。

第一部の演奏はピアノの連弾や、バイオリンソナタなど。5歳で作曲したというメヌエットの演奏もあったけれど、そんな小さな時から作曲するなんて、まったく天才ね。

でもずっと聞いていたら、気持ちよくなってウトウトしちゃいました。

♪   ♪   ♪   ♪

第二部は「愛のモーツアルト」ということで、モーツアルトが作ったオペラの中からアリアを聴かせてもらいました。

モーツアルトというと交響曲とか協奏曲のほうがわりとよく知られているようだけれど、講師のお話によると、モーツアルトはオペラ作りに命をかけていて、そのオペラの中で彼の人生哲学や愛の歌をちりばめているそうよ。ふーん、それは知らなかったわ。

私は本物のオペラって見たことがないのだけれど、今回は「フィガロの結婚」、「ドン・ジョヴァンニ」、「魔笛」、「コシ・ファン・トゥッテ」からそれぞれアリアを一曲ずつ、聞かせてもらいました。

アリアの前には講師がストーリーや注目点を話してくれるの。みんな、かなり複雑なストーリーだったわ。当時はこういうお話に人気があったのね。

大橋ゆりさんというソプラノ歌手の独唱でしたけれど、歌だけでなくて、やはりオペラの流れの中で聞いたらもっと素敵だったのかもしれないわね。

♪   ♪   ♪   ♪

さて、明日はチャイコフスキーです。世界的に有名な指揮者が市民演奏グループを指導するらしいわ。

2009年6月26日金曜日

「朗読者」

今、話題の映画「愛を読む人」を見たいのだけど、まだ1,000円では見られないのよ。

そこでけちな私は原作を読んでみることにしました。こちらは文庫本なので530円でした。


原作はベルンハルト・シュリンクというドイツ人が書いた「朗読者」と言う本で、世界中でベストセラーになったそうです。

そして私が読んだのは、もちろん翻訳版。それにしても英語のタイトルが「Reader」だとしても「朗読者」という訳は、なんとかならなかったのかしらね?

あらすじは、映画版でかなり有名になってしまったけれど、15歳の男の子が20歳も年上の女の人(市電の車掌さん)の肉体に溺れてしまって、メロメロになってしまう。ところがあるとき、彼女から「愛し合う前に本を読んで」と言われて、この男の子はいろんな本を読んであげるの。でも、ある日、ぱたりと彼女は彼の前から姿を消してします。

そこが第一部で、その後、この男の子が法律を学ぶ学生になった時、法廷で彼女の別の姿を見つけるの。
それが第二部なんだけれど、その前の熱愛時代からたった数年しか経ていないのに、男の子の変わりぶり。
すごく冷静に彼女を観察しているの。

そして彼女は無期懲役になって牢屋に入れられてしまう。
でもその間、この男の子(もう大人になっているのだけれど)は、ずっと朗読をし続けて、その声をテープに吹き込んで、刑務所にいる彼女に送り続けるの。
ここまでが第三部。

私は映画のあらすじを読んでいたので、ここまでは知っていたの。

ところがまた最後にどんでん返しがあるのよ。

彼女は途中で恩赦があり、出獄できるようになるの。
そしてこの男性が迎えに行くのだけれど、その日の朝、彼女は自殺してしまったのよね。

このストーリーには、ドイツのナチ時代のことが土台になっているの。
だから日本人には少し理解しづらい話でもあるわね。

でも、彼女の人生はいったい何だったのでしょう。

彼女は実は文盲だったの。それで文字が読めずに、底辺の仕事ばかりしていたのよね。昇級試験も受けないできたわけ。

男の子と知り合っても、彼の書いた書き置きも読めずに、行き違いが生じてしまう。

この本は「2回読んでください」と書いてありました。
でも私はまだ1回半しか読んでいないので、大したことは言えません。

本の帯には「心の底から涙があふれる」と書いてあったけれど、それほどの感激はありませんでした。

映画化されるにあたって、この場面はどんなシーンになったのかしら、なんて想像しながら読みました。
とても映像がきれいだそうですけれど、映画を見たいような見たくないような、そんな気持ちでいるところ。
だってドイツの話なのに、全編が英語で話されているというのよ。
それっておかしいでしょ。もし日本人の話なのに、登場人物が日本語でなくて英語でしゃべっていたら、どんなにおかしいか、というのと同じ。

最近、私は日本語の本(それも源氏物語とか)ばかり読んでいたので、翻訳本は少し読みづらかったわ。
でもドイツ人は、いまだに戦争を引きずっているのだな、とそういう思いがした本でした。

2009年6月25日木曜日

29,800円の旅 12 点心料理

6月7日のお昼は上海で点心料理。

料理もおいしかったけれど、このお店の売りは、ウェイトレスさんがローラースケートを履いていて給仕してくれること。だから持ってくるスピードがすごく早いの。次から次へと登場するのよ。

こちらは受け付けのお姉さん。彼女たちもローラースケートを履いていました。


そしてショータイムにはローラースケートのショーまでありました。
狭いフロアーで上手に踊っていたわよ。


中国料理とローラースケートというのがミスマッチよね。


これはついに何の料理か分かりませんでした。お豆腐のようでもあるし、練り物みたいだし、そうでもないし・・・。


これは肉を湯葉のようなもので包んで揚げたもの。カリカリしていておいしかったわ。


点心料理にしては珍しく、焼いた餃子。


くずもちのようなもの。出る順番がでたらめです。


パンのようなもの。


これは見かけも豪華でおいしかったわ。中身は海老だったかしら?


肉まん。


チンゲン采入りのラーメンのようなもの。


白菜の炒め物は、どのお店のものでもおいしかったわ。


ショウロンポー。やはりディンタイフォンのには、負けるわね。


最後のデザートは定番のスイカ。

いやー、よく食べたわね~。
これから午後の部は、上海市内の見学となります。

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2009年6月24日水曜日

雨の日は美術館

今日は朝から本格的な雨降り。
せっかくの休日なので、美術館に行きたかったのです。
それで雨に濡れずに行ける美術館、ということで東京駅の国際フォーラムにある「相田みつを美術館」に行ってきました。

これまでフォーラムに行くたびに、この美術館が気になっていたんですけれど、どうもあの「下手うま字」がわざとらしくて好きになれなくて、敬遠していたのです。それに人生訓を垂れるような、あの詩もあまり好きじゃなかったの。

でもね、見てきたら、その考えが変わりました。

というのは、相田みつをという人は、中学・高校の頃から書道に目覚め、十代のころはみごとな楷書の書を書く正統派の書道家だったのです。その頃の作品も展示してありました。中国の詩を書いたものや、般若心境もありました。若い頃からいろいろな賞も受賞していたそうです。

それがだんだん、そういう世界に嫌気がさして、自分なりの書体に没頭して行ったようです。

たったひとつの文字を書くのに、気に入ったものが書けるまで200枚もの半紙を使っていたとか。

書道をしているビデオもありましたが、半紙の山の中に座って書いていました。とてもハンサムでりりしいお顔立ちの方でした。


相田さんという人は大正13年足利市生まれということで、私の母と同年齢です。(67歳でお亡くなりになっています。)
お兄さんが二人いたそうですが、二人とも戦地で亡くなり、それが彼の若い感受性に影響を及ぼしたようです。

またこの人は詩人としても優れていて、素直な詩をたくさん書いていました。
やはり十代のころに、短歌をしっかりと勉強していたようです。
人間のおおらかさ、命の大切さ、親子関係などをつづった詩がたくさん展示してありました。

でもね、単なる書家・詩人なのに、どうして東京のど真ん中の一等地に美術館が建てられるのかしら?
すごく立派な美術館です。

そのあたり、ちょっと疑問の人ですね。
お店には色紙とか書籍がたくさん売っていましたが、きっと商売が上手なんでしょうね。

◆◆◆◆◆◆

今日の日にぴったりの詩がありました。

  雨の日には
  雨の中を
  風の日には
  風の中を

これって、逆らわずに生きていく、ということなのかしら。
なんだか、いいなと思って、絵葉書を買ってしまいました。

もうひとつ、「時」というのも気に入りました。
あまり教訓らしさがなくて、自然な気持ちを歌ったような詩です。

  あなたを待つ
  時間の長いこと
  あなたといる
  時間の短いこと
  
  計れば
  同じ時間
  なのに

なんとなくいいな、と思いました。

◆◆◆◆◆◆

雨が降っていたので、駅直結の濡れない美術館に行ったのに、午後はすっかり晴れてしまいました。

これなら憧れの東京都庭園美術館に行けばよかったのに、とちょっと後悔しました。

2009年6月23日火曜日

ミニ・ポーチ

先日、レースの小袋を作って調子に乗った私は、雨の日曜日に、ブルー系のミニ・ポーチを作ってみました。


やはりベネッセの「ハンド&ハート」の付属キットです。

これのお気に入りは、入口がばね式になっていて、パタンと閉められること。
紐は、家にあった柔らかい革にしました。

色合いも可愛いので、気に入っています。何を入れようかな~。


でもね、次の7月号は籐のような紐で作るバスケットなの。すごく難しそうで、作れるか心配です。

2009年6月22日月曜日

29,800円の旅 11 上海観光

この旅日記も、ようやく3日目になりました。
この日は上海の市内観光です。

前日と同様、朝早くからバスに乗ってホテルを出発です。
まずは人民広場と言うところに行きました。


ここが人民広場。上海の中心地かしら。周りは超高層ビルばかりです。
ビルの右側に見えるのは、タコ。
高く優雅に飛んでいて、みんな、見とれていました。


ここは、日比谷公園といった感じのところ。
日曜日の朝なので、人もまばらです。

そして9時からは、人民広場の隣にある上海博物館の見学です。
建物は、1996年に新しく建てかえられたそうです。


かなり早く行ったのに、長蛇の列です。暑いとこで並んでいたので、待っているだけで疲れました。
入口にはたくさんのライオンのような動物の像がならんでいました。
なんとなく上野の博物館といった建物でした。


上海博物館には、昔の青銅器や絵画が数多く展示されていましたけれど、台北の故宮に比べるとちょっと見ごたえがないかったように思いました。なんとなく雑然としていて、格調の高さは感じられませんでした。

入場料も20元というから、300円程度。一般市民でも入場できるように設定されているのかもしれませんね。

景徳鎮の陶磁器がきれいだったので、その絵のついたしおりをお土産に買いました。


このお獅子のような顔は、階段の手すりです。
ちょっとおもしろいですね。

上海博物館の後は、またバスに乗って、今度は民芸品のお土産屋さんに連れていかれました。
もちろん、私は見ているだけで何も買いませんでしたけどね。

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2009年6月21日日曜日

あじさい

今年のあじさいは、なんだか今までとは違ったように見えます。

去年と同じ場所に咲いているあじさいですけれど、今までは普通の水色だったと思っていたのに、こんなふうに濃い紫色のあじさいになっています。


土の色によって花の色が変わるというけれど、年によってもこんなに違うのかしら。

ところで、あじさいといえば、小学校4年生の時の事件を思い出します。

もう何十年も前の、はるか昔の悲しいお話。

◆◆◆◆◆◆◆

当時、隣のクラスに、頭もよくて誰からも慕われている男の子がいました。
学級委員長をしたりして、全学年のあいだでも有名な子供でした。

その彼が、放課後に、教室の中でぐるぐる回りながら遊んでいて、M君というクラスメートが、ふざけて教室の扉を閉めてしまいました。
その頃、教室の扉にはガラスが入っていて、閉まったことを知らずに彼はそこに真正面からぶつかって、ガラスが粉々に壊れてしまい、そのガラスが突き刺さって、亡くなってしまいました。

翌日だったと思うけれど、学校葬がありました。

「花を一輪持ってくるように」というお知らせがあったので、私は家に咲いていた水色のあじさいを切って持っていきました。

校庭には献花をする長い列ができ、ずーっと待たされました。

そしてようやく私の順番になった時、あじさいは見事にしおれて、無残な姿になってしまっていました。
あじさいって、水がないとだめになってしまうんですよね。

この亡くなった某君のおうちは、かなりお金持ちだったためか、事件をきっかけにご両親が学校にジャンルジムを寄付して、私たちの遊具となりました。

翌年、クラス替えがあり、その隣のクラスの担任だったY先生が私の担任となりました。そして扉を閉めてしまったM君も同じクラスになりました。
Y先生は、女性の先生でしたが、やはり去年の事件が尾を引いていて、M君をかばうことが多かったようでした。Y先生ご自身にも私達と同じくらいの年頃のお子さんがいたこともあり、無残な事件には心を痛めていたと思います。

もし今、こういう事件があったら、きっと担任の先生は袋だだきにあって、大変でしょう。

当時は新聞記事に載ったとは思いますが、事故は事故として、それほど問題にはならなかったと思うのです。
私たちは団塊の世代なので、生まれる人間も多かったけれど、亡くなる子供も割と多くいたのです。
幼稚園の友達も、ブランコで遊んでいて亡くなってしまったことも覚えています。


そんなことがあったので、あじさいというと、彼のお葬式のことを思い出してしまいます。

あの頃は、あじさいといえば、水色か薄い紫の色しかなかったと思います。

今年の濃い色のあじさいには、なんとなく違和感を感じてしまいます。

2009年6月20日土曜日

29,800円の旅 10 上海の夜

旅の2日目、6月6日は長い一日でした。

朝、6:30にモーニングコールがあり、朝食をさっさと食べて、7:40にはもうバスで蘇州へ出発でした。

そして一日、蘇州観光をして、夕方には上海に戻り、夕食。

その後は夜の上海見物です。
浦東(プートン)あたりを対岸から眺めました。

これが有名な東方明珠塔(テレビ塔)です。
地上468メートルだそうで、とても目立ちます。


他にも高いビルがたくさん立ち並んでいました。

その後は少し歩いて、外灘(ワイタン)まで。

ここには、かつて租界時代に建てられたクラシックなビルが林立しています。
いろいろな国の建築物が保存されているので、建築の勉強には最適だとか。
今はライトアップされていて、作りもののようにきれいでした。


そして、お楽しみの足裏マッサージを受けるために、ある有名ホテルまでお出かけ。
ホテルの外観はとても素敵で、有名人が泊まった時のサインなどがかかっていました。


これはオプションで申し込んだもの。
マッサージは「足裏」ということでしたが、足だけではなく、腰も背中も腕もみんなマッサージしてもらい、それで200元(約3,000円)は日本の感覚としては格安でした。

ずらりと並んで、マッサージを受けている姿はちょっと滑稽。

でも足がすべすべになって、気持ち良かったわ~。


その後は、私たちだけが団体用のバスに乗れなくなってしまい、タクシーで戻ったけれど、このタクシー、ものすごくぶっ飛ばすのよ。怖かった!
ホテルに着いたのは夜の10時過ぎだったかしら。

でも翌朝もまた早いお出かけ。

このツアー、体力がないとついていけません。

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2009年6月19日金曜日

29,800円の旅 9 上海の夕ごはん

もう中華料理は食傷気味かもしれないけれど、これは6月6日、ツアー2日目の夜の上海料理。

カメラの電気が少なくなってしまい、携帯電話で写したので、ぼけていてすいません。


ピーナッツのような豆の前菜。


プルーンと蓮の実の前菜。


わけのわからなかった料理。豆腐に似たような感じ。甘くておいしかったわ。


じゃがいもと鶏肉の炒め物。


チャーハン。


酢豚。


チキンのカツだったかしら。


トマトのスープ。


ふかひれスープだったかしら。ちょっと忘れました。


ビーフカツフライ。


青菜の炒め物。


北京ダック。


定番のスイカ。

毎食、毎食、よくこれだけ食べたものだと我ながら感心するわ。

たらふく夕食を食べた後は、上海の夜景の見物に出かけました。
どこまでも行動的なツアーなのよね。

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