2014年6月30日月曜日

水族館のさかなたち

「すみだ水族館」▼は隅田川や東京湾に住む魚たちを中心としてた水族館です。

かつて葛飾北斎がこのあたりに住んでいたので、彼の描いた「北斎漫画」(スケッチブックのようなもの)の中にある江戸前の魚たちもいました。


エイやらシャコ、エビ、タコなどほんとうにうまく描かれていますね。


またこの水族館では、クラゲやペンギンもヒーローのようです。

ペンギンはなんと水中を時速12キロのスピードで泳ぐのだとか。
群れをなして泳ぐペンギンの姿は、鳥なのか魚なのか、どちらだろうと思わせるほどでした。


こちらも人気の「なんとかアナゴ」。
細くて、虫のようでしたが、これでもお魚なんだそうです。


孫が「カニだ!」といって目ざとく見つけたのが、タカアシガ二。
足が長くて歩きにくそうですね。


こちらの海ガメも気に入っていたようです。
とても大きくて、怖そうな感じでした。


私はサンゴ礁とか、きれいな色の熱帯魚を眺めていたかったのですが、孫はそれには興味を示さなかったようで、パスしていました。


小さな子供にとっては、姿形のはっきりした生き物、たとえばカニとかクラゲなどに興味があるようでした。

大人はカニを見ても、「ああ、カニがいる」と認識するわけですが、子供は「平べったい形をしていて、目が変なところについていて、足がたくさんある生き物」としてとらえるわけですね。
それを周りの大人が、「これはカニさんよ」というと、子供は「ああ、こういう形をしているものをカニと呼ぶのだな」と分かっていくのでしょう。

大人と子供の認識の仕方が違うということは、子育てをしている最中は気づかないものですが、おばあさんになってみると、そういう違いも見えてくるようになりました。


ここは夜遅くまで営業しているそうなので、デートスポットにもよいかもしれませんね。


大小さまざまな魚たちがスイスイと泳いでいるのを眺めるだけで、気分がよくなります。


私たちは早朝に行ったので、空いていてゆっくりと見ることができましたが、帰る頃には超満員となっていました。

こちらはペンギンのマグカップ。


留守番していた人へのお土産です。






2014年6月29日日曜日

孫と「すみだ水族館」

娘から「すみだ水族館に行ってみよう」という連絡があったので、朝早くから行ってみることにしました。

すみだ水族館▼は東京スカイツリー内にある新しい水族館です。

孫と会うのは2ヶ月ぶりくらいかしら。


何やらセンスの悪い帽子に、リュックを背負っていました。

傘と長靴はお気に入りのようでした。


「ペンギンはいるかな」と期待していました。


最近は顔つきが変わってきて、若い時のイチローのような顔になっていました。

水族館の中ではぐるぐる走り回って、大はしゃぎ。

クラゲに大喜び。


こちらは、巨大水槽の前に身を乗り出して眺めているところ。


ここでは「ペンギン・アカデミー」という幼児向けのお絵かきコーナーがありました。
無料で遊べます。

ペンギンの絵が描かれた台紙に、シールをペタペタ貼ったり、色を塗ったりして遊んでいるところ。


これは「ペンギン」の絵なんだそうです。
ちゃんと顔が描けていたので、びっくり。


*****

この日は、雨模様だったし、うろちょろする孫がいたので洋服です。
ド派手なグリーンのパンツ。


洋服だとあちこち冷えるので、長そでカーディガンと、マフラーは必須アイテムです。

水族館の魚の写真はまた後ほど。





2014年6月28日土曜日

「アンネのつどい」@深大寺

先月、「アンネの日記」の朗読会に参加しました。

その時のブログはこちら。
  「声に出して読むアンネの日記」1▼
  「声に出して読むアンネの日記」2▼

とても感動的な朗読会だったので、また何かご縁があればいいと思っていましたが、昨日はその朗読をされた「劇団たんぽぽ」のみなさんが、「アンネのつどい」をされるというので、参加してきました。

今回の会場は、神代植物公園の近くにある「たんぽぽ文庫」主宰者・山崎さんのご自宅でした。


山崎さんはかつて小学校の先生をされていて、その後、子供たちに絵本の読み聞かせをしていていらっしゃった方です。その活動はもう30年以上になり、その時の子供がもう大人になっているというのだそうです。
そのため、ご自宅の2階にあるアトリエには絵本や児童書、絵画などがたくさんあって、本当に子供好きな方なのだろうなと、お人柄を伺うことができました。

今回の「アンネのつどい」の内容は、アンネと同じように少女時代に戦争の被害者となった沖縄の「ひめゆり」についての絵本朗読と、沖縄の基地を訪ねた「たまじょ(多摩女性学研究会)」の方の沖縄訪問報告でした。

こちらが「ひめゆり」の絵本です。
文章はひめゆり平和祈念資料館、絵は三田圭介さんという方ですの絵本です。


私は今まで沖縄には観光と仕事で2回行ったことがあります。
ひめゆりのことはあまり詳しくは知りませんでしたが、本当に大変な経験をされてきたのだと思いました。
今で言うと中学や高校生に当たる少女たちが、野戦病院で負傷兵たちの世話をするとこころなど、とても生々しい話でした。
本土でも空襲にあったりして悲惨な体験をした人も多いとは思いますが、沖縄は本土上陸をさせないために、被害が大きくなったのでしょうね。

沖縄訪問報告でも、これまで知らなかった話がありました。
たとえば1959年に米軍ジェット機が小学校に墜落して、18名の死者が出た話や、その事件を元にした能年玲奈の「ひまわり」▼という映画の話もありました。

後ろの写真は、沖縄報告をしているところの写真です。
沖縄の基地問題について、いろいろとお話を伺うことができました。


おりしも、ちょうど天皇陛下夫妻が対馬丸(学童疎開船が魚雷で沈没して1500人が死亡)に慰霊の旅行をしていますが、これは本来なら昭和天皇がすべきことだったでしょうね。

その後で、お茶を飲みながら参加者のフリートーキングとなりましたが、福島でボランティアを続けている人の原発の話とか、今の政権がもくろんでいることの裏話など、貴重な意見を聴くことができました。

「アンネの日記」の朗読会に参加したことで、沖縄の過去や現状についても知ることができ、良いつどいに参加させていただいくことができました。

こちらは山崎さんのおうちの庭に咲いていた「アンネのバラ」。
とても可憐で可愛らしいバラでした。


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この日の装い。

雨が降るかもしれないというので、濡れてもいいように、浴衣を着物風に着てみました。
ところが、かなり蒸し暑くて、汗だくになりました。


2014年6月27日金曜日

作戦会議

前にも書いたように▼、去年から1年間、マンションの理事長をしていました。

そういう立場にいると、いろいろな問題が見えてきたのですが、その一つが、うちのマンションには独居者が多いということ。

未婚独身男性、奥様を亡くした男性、ご主人を亡くした女性など、お一人住まいの方がかなりいらっしゃるのが分かりました。

都会に住んでいれば、近所同士の付き合いを求める人も多くはないのですが、消防訓練をしたり、住民トラブルなどを通して、やはりお互いに顔と名前が一致していたほうがよいだろうし、普段からの交流が何かの役に立つだろうと思っていました。

これまでうちのマンションにはそういう組織はありませんでした。

お一人住まいだと、一日中、誰とも口をきかないで終わってしまうことも多いと思うので、気楽におしゃべりできるような機会を作りたいと思っていました。

総会の時に、マンション内で自主的な活動をしてみたいと提案してみたところ、そういうことなら是非、参加したいという方もいらっしゃるということが分かりました。

それで、今まで理事会をいっしょに勤めてきた75歳のおばさま、ご主人とお姑さんの介護をしている私と同じ年の女性の3人が、近くのカフェに集まって、作戦会議を開いたのでした。

「カフェ大好き」▼は、身障者が働いているお店で、飲み物などのサービスは彼らが担当しています。


車いすも通れる店内は明るい雰囲気です。
お値段もとてもリーズナブル。
大きなテーブルや木の椅子は、おしゃべりのおばさんたちにもぴったり。

とりあえず、マンションの草むしりや花壇の手入れをしながら、住民参加ができるイベントをやってみようということになりました。

お茶とケーキを食べながら、3人集まれば文殊の知恵、ということです。


その後、掲示用のチラシを作成したりしました。

住民のみなさんが参加してくれるといいな。

うちのマンションに新しい風が吹きますように。

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この日の装い。

ごく近くなので、気軽な紬です。
極小サイズなので、たんす屋さんのワゴンで千円でした。
涼しそうな色が気に入っています。

良く見るとシミなどがあるのですが、色がきれいなのでそれほど分からないでしょ?


白地にグレイや紫の入った織物の帯は、色合いは好きなのですが、柔らかすぎて、お太鼓がびしっと決まらないのが難点。
角出しにすればいいのかもしれないけれど、どうも私には似合わない気がしています。




2014年6月26日木曜日

封印を解禁 3

上野でバルテュス展とランチをした後は、東京の西のほうに向かいました。

私が生まれて育って学んで数十年住んでいた杉並区ですが、そこにある西荻です。
ちなみに、よその人は「西荻窪」と呼ぶようですが、地元では「西荻」と呼ぶ人が多いと思います。

西荻は以前は何もない町でしたが、最近はこじゃれたレストランや、ギャラリーなどが増えてきて、昔を知っている者にとっては信じられないほどの発展ぶりです。

この日は、駅の南のほうにある「松庵文庫」▼というところに行きました。


ここは築80年ほどの古いおうちを改造して、カフェや貸会場として改造したところです。
2013年にオープンしたのだとか。

2階の和室で「楽しむユカタ~ユカタは夏のミカタ~」▼という着物のイベントをしていたので、夏の帯揚げでもあるかしらと思って覗いていました。

残念ながら帯揚げは販売していませんでしたが、若い女性たちが浴衣姿で組紐を作ったり、半幅帯結びの講習会などをして、わきあいあいの雰囲気で楽しんでいました。

素敵な古い着物もかなり置いてあったのですが、夏着物はどれもとても小さくて、さすがの私にも着られないくらいなので、諦めました。

こちらの半幅帯の結び方が素敵だったので、教えていただきました。


考案されたのは上の写真の左側に立っていらっしゃる方で、「名古屋で着物、どーんとやってみよう」▼というブログの方でした。
私はそのブログはいつも楽しみに拝見しているので、ご本人にお会いできて嬉しく思いました。
とても素敵な方でしたよ。

他にも名古屋からお二人、山梨からも出店されていました。
みなさん、全国的に活動されいらっしゃるのですね。
女性のがんばりに感心しました。

その後は1階のカフェで休憩。

芝生のお庭が見える昔のおうちでした。
そこに木のテーブルやソファを置いて、ゆっくりとできるようになっています。


チョコアイスを注文。


玄関のほうはギャラリーになっていて、陶磁器などが置いてありました。

私たちが子供のころに暮らしたようなおうちも、今や古民家という部類に入ってしまっているようです。

古いおうちは手入れや保存が大変かもしれませんね。
でもとても懐かしく感じられました。

その後、駅の近くのリサイクル着物屋さんで、麻の着物を買ってしまいました。

久しぶりの外出だったもので、ちょっと気が大きくなってしまったようです。



2014年6月25日水曜日

封印を解禁 2

バルテュス展を見た▼後は、上野公園の中を不忍池方面へお散歩。

アジサイがきれいに咲いていました。
たしかこの前来た時は、桜が咲いていたはず・・・。


とても大きなアジサイ。


上野のお山は、かつて私の父が子供のころ、遊んでいたところでした。もう90年くらい前の大正時代になるのでしょうね。
実は私も以前の本籍地は上野だったので、上野は何かと親しみ深いところです。

清水堂あたりの風景は大好きです。


ランチは、最近できた「上野の森さくらテラス」というレストランビルに行ってみました。

ここは昔は東天紅という中華屋さんだった気がします。

いろいろなお店がありましたが、一人でも入れて、あまり高額ではなく、栄養もきちんとしているところを探しました。
外食なんて久しぶりです。

野菜料理の店「めい」▼に入ってみましたが、なかなかオシャレな造りでした。


店内の様子。
目の前のキッチンで、料理を作るというオープン・キッチンでした。

こちらに写っているおじさまは、知り合いではありません。
たまたま写ってしまって、ごめんなさい。


ボリュームたっぷりの定食。
牛すじとじゃがいものシチューでした。
野菜料理店と銘打っているだけあって、お野菜がたくさん入っていました。

それにしてもお料理の器の大きかったこと。
その大きさは写真ではうまく伝わりませんが、お盆は幅が60センチくらいあったと思います。
玄米ご飯は減らしてもらっても、この程度ありました。


この後は、電車に乗って二か所目のところへ。

普段は用事は1日にひとつだけにしているのですが、久しぶりの外出だったので、一気に続けて杉並区の西荻まで行ったのでした。

(この項、続きます)




2014年6月24日火曜日

封印を解禁 1

前にも書いたように▼、このところ夫の入院や手術、その後のお世話などで、おさんどん生活をずっと続けていました。

その間、見たい展覧会も、行きたいイベントも、読みたい本も、三味線も、スポーツクラブも、着物もすべて封印して、せっせと料理作りの毎日でした。

(前もって予定していた結城紬見学と、富士塚見学だけは強硬突破して行ってきましたが。)

日ごろのお気軽主婦から、この時ばかりは真面目な主婦へと変身して、生活していたのでした。

家にいることが多いので、おかげでいろいろと部屋の整理もでき、めったに手を付けなかった本箱や帯の片付けもできたので、災い転じて福となす、といった感じだったでしょうか。

とはいえ、ずっとそのような生活を送っているのもあまりに残念なので、夫の手術後1か月を契機として、この禁欲生活を解禁することにしました。

以前、市の文化講演会でもらった「バルテュス展」のチケット▼が手元にあったので、着物を着て、上野まで行ってみることにしました。

久しぶりの着物は、季節的に何を着て良いのか迷いましたが、会場の東京都美術館は上野駅から意外と歩くことを考えて、いただきものの夏物着物にしました。


織り方は絽なのですが、普通の絽のようにしんなりとしているのではなく、シャリっとした感じの生地で、適度に透けた着物です。

帯は立川の五箇谷さんで、お店の人に勧められて買ったもの。

かなり渋めの組合せになったので、半襟だけは紅若菜さんに教えていただいたお手製の紅型半襟をアクセントにしてみました。


上野はさすがに修学旅行の生徒さんが多いですね。
炎天下を、あちこち、ぞろぞろと歩いていました。


バルテュス展は会期末が近いので、多くの人が来ていました。
(東京での開催は6月22日で終了しました。)


私は彼の絵はそれほど好きではないのですが、彼の着物姿(奥さんが日本人)にはほれぼれとしました。
もともとカッコいい男性なのですが、きりっとした袴姿や、ざっくりとした普段着物を着こなしていたところは、日本男性も顔負けのほどでした。

ただし、肝心の絵画は、ちょいとロリコン気味で、エロいというか、ちょっと私の趣味とははずれていたようです。


少女の絵は、かなり若い時から描いていたようです。
こういう足の斜めの線が好きなようですね。


バルテュスという人は、うるう年の2月29日生まれで、そのためお誕生日も4年に1度しかしなかったそうですが、それが若さと生命力の秘訣だったのでしょうか。


展覧会のお土産は、こちらの絵ハガキにしました。
「地中海の猫」というタイトルです。


この絵はパリのレストランに飾るために描いたそうですが、虹が魚になって乗って飛んで行くところが気に入りました。
それにしても彼は猫好きでしたね。笑った猫の顔がとてもいい感じでした。

もうひとつのお土産は、奥様の節子さんが書いた着物関係の本。
彼女は若いころは、それほど着物好きではなかったそうですが、バルテュスから「日本人なら着物を着なさい」と言われてから着るようになったそうです。
最初は帯がうまく結べずに、随分とバルテュスに手伝ってもらったこともあるのだとか。


お母様や伯母さまからいただいたという着物がとても素敵でした。

節子夫人も、今では画家として暮らしているそうですが、あの大きなスイスのお城のようなおうち、どうやって管理しているのか気になりますね。

久しぶりの着物だったので、なんだか半襟がうまく合わさらなくて、ちょっと気になっていたのですが、あちこちで出会うおばさまから「きれいに着ていますね」と言われて、ほっとしました。

(この項、続きます)





2014年6月23日月曜日

青梅の史跡探索 4

青梅の大井戸▼を後にして、次はその大井戸を作ったこの辺りの名主、旧吉野家の住宅を見学に行きました。

初代は吉野織部之助さんといって、新田開発を着手した方です。

その後、吉野家が代々と名主を勤めたそうです。


こちらのおうちは安政2年(1855年)に建てられたものですから、幕末のころのおうちですね。

建築面積が約75坪ということで、かなり広いおうちでした。

入って向かって右側に台所があり、その隣は板の間で、奥のほうに畳のお部屋が続いていました。



かなり格式の高いおうちだったようで、玄関には式台が付いていたことからも分かります。
ちなみに式台とは玄関のところにある一段低い板じきの部分ですが、お武家さまが籠で到着した時に、地面に足をつかずにそのまま屋敷に入れるようにと、作られたものです。
かなり格式のある人が訪問していたおうちだったということが、分かります。

その奥にずっとお座敷が続きます。


こちらは婚礼などを行うお部屋。
立派な漆塗りの器のセットが並べられていました。


またこの辺りは養蚕を行っていたようで、天井裏には養蚕用の棚がありました。

こういう古い建物が保存されているのは、嬉しいですね。

ここには、ゆっくりとした時間が流れていました。

*****

最後はおまけのようなところで、「鈴法寺跡」(れいほうじあと)というところに行きました。


このお寺は、普化宗(ふけしゅう)のお寺で、それは虚無僧の宗派だそうです。
ただし、浪人の隠れ家にもなっていたそうで、それで幕府はお寺を廃寺とするようにして、明治4年に、無くなりました。

今は子供の遊ぶような公園になっていましたが、片隅にお墓が10ほど残っていました。


こちらも東京都の指定旧跡となっています。


青梅の富士塚はそれほど立派なものではなかったのですが、そのおかげで、かえって青梅新町あたりのいろいろな史跡を見学することができて面白かったですね。
特に先生のおうちのご近所ということで、先生もリラックスして説明していました。

お天気もそれほど暑くならずに、おかげで長時間歩いてもダウンせずにすみました。

この時は参加者も少人数で、家族的でよかったかもしれません。

古い建築物を見るのが好きな方、銀座の裏通りを歩くのが好きなおばさま、歴史に詳しい方、数学が趣味のおじさま、などいろいろな方とおしゃべりしながら歩くのも楽しい時間でした。

以上の青梅史跡探索は6月17日のできごとでした。

次回の富士塚は9月になってから。
それまで市民カレッジはちょっと夏休みになります。