2017年5月25日木曜日

プチ旅行・行田市へ 2

「プチ旅行・行田市へ 1」▼の続きです。

我が家から行田市へ行くには、まず新宿まで出て、そこからJRで熊谷まで行き、そして今度は秩父鉄道というローカル線に乗り換えて行くというルートを辿ります。

ここでややこしいのは、行田駅というJRの駅と、行田市駅という秩父鉄道の駅があり、それはまるで離れたところにあるという点です。これを間違うと大変なのです。

ところで秩父鉄道では、PASMOやスイカなどの電子カードは使うことができません。
そのため、熊谷駅の切符売り場にはたくさんの人が並んでいて、みんな紙製の小さな切符を購入しなければなりませんでした。
いつまでこの制度は続くのでしょうね。
まぁ、昔懐かしくて良いのかもしれませんが、SL電車目当ての観光客が多くて、駅は大混雑でした。

さて、行田市駅に降り立ちました。
駅にはこんな看板がありました。
行田はB級グルメと、お城を売りにしているところなのですね。


そして「日本遺産」の幟も立っていました。
ちなみに日本遺産▼というのは文化庁が認定するもので、平成27年から始まりました。
現在、54件が遺産として認定されています。


行田市は、足袋の町、として平成29年4月28日に認定されたので、まだほやほやの遺産のようです。

さて、駅前に降り立った後は、まずは「のぼうの城」のモデルとなった「忍城(おしじょう)」へと歩きだしました。

マンホールにもお城の絵が描かれていました。


途中の歩道橋には、こんな文字が書かれていました。
なるほど、行田というのは歴史のある町のようでした。


この日はカンカン照りでしたが、ゆっくりと歩いて15分くらいしたところで、お城の屋根が見えてきたので、ほっとしました。

「浮き城の径」というところを歩いて行きました。
森のようになっている公園で、気持ちの良いところでした。


こちらがお城の入り口です。
なかなかよい環境のところでした。


お城の案内図です。


城址に建て直したので、とてもきれいなお城でした。


忍城は15世紀後半に建てられたそうですが、難攻不落の名城だったそうです。
その後、天正15年に、豊臣秀吉の関東平定のため、石田三成による水攻めが行われましたが、このお城はそれに耐えて、水に浮くように見えたので「浮き城」と呼ばれたそうです。


このお城は 明治6年に取り壊されて、そしてその後、昭和63年に再建されましたが、忍城御三階櫓の中には、郷土博物館が開館されました。


こちらの見学のしおりによると、行田市は古代には多くの古墳が作られたそうです。

その後、熊谷を中心として成田氏一族が台頭して、忍城を作りました。
そして先ほども書いたように、石田三成による攻撃を受けて、忍城は開城して、徳川家康の持ち城となりました。

その後、江戸時代を経て、明治6年になると、城は競売に出されて土台だけになってしまいました。


この郷土博物館には、実にいろいろな資料がきちんと保存されていました。
足袋作りの道具の展示は見事でした。

こちらは郷土博物館の入り口で、ガラス越に写した写真です。


暑いので、日傘を手放せませんでした。

(この項、続きます)

2017年5月24日水曜日

2017年5月 京都 その1:お土産編

ブログを留守にしてしまいましたが、京都へ一泊旅行に行ってきました。

今回の旅行の印象は、とにかく暑かったということ。
初日は32度くらいあったようです。
2日目は前日よりはかなり涼しく感じましたが、それでも30度あったようでした。

お土産をちょっとご紹介します。

まずは家人へ日本酒。
俳優の佐々木蔵ノ介さんのご実家「佐々木酒造」で出している「聚楽第」です。
これは以前にもお土産に買ってみて、割と気に入ったので、またお土産にしました。


こちらは自分へのお土産。
青い色の帯締めです。


こういう色の帯締めをあちこちで探していたのですが、なかなか思うようなものがなくて、半分あきらめていたのですが、高台寺近くにある大塚呉服店▼で見つけました。
実はもう一つ、青に白のラインが入った帯締めもあり、そちらも色合いが気に入ったので、どちらにしようかとだいぶ悩みましたが、結局、シンプルな方にしました。

もう一つは「霊山歴史館」▼で見つけた「幕末クロノロジー」です。
クロノロジーというのは、年表という意味だそうですが、これはとにかく面白い。


幕末というといろんな人間が登場してきて、誰がどんなことをした人なのか分からなくなってしまうこともあるのですが、この年表を見ると一目瞭然です。
とくにある人物が、ある出来事に遭遇した時、その人は何歳であったか、というのがグラフになっていて、とても面白くて、力作だと思いました。
地図や事典や資料も充実していて、これで1080円は超お得だと思いました。
こういう内容のモノは、電子データでもあるとは思いますが、やはり紙媒体のものは、手に取って眺める楽しみが湧いてきます。
これからじっくりと読んでみます。

(この項、続きます。)

2017年5月22日月曜日

今年のいとこ会

昨日は、年に一度、いとこたちが集まる日でした。

会場はこちらの中華料理屋さん。


集まるのは母方のいとこが中心ですが、それぞれ歳を取ってきたので、その子供たちや孫たちのほうが多くなってきたかもしれません。世代がわりを感じますね。

いとこの孫というのは、私からみたら、なんと呼ぶのでしょうね?
今年小学1年生の男女の双子ちゃんですが、だんだんと興味の対象が違ってきて、また顔つきも変わってきているので、面白いものです。

お料理は8品もあるフルコースでしたが、今回は四国の食材を使うというのがテーマの食事でした。

写真は最初の前菜と、最後のデザートしか写しませんでした。

前菜五味五色六種
 おかざき農園トマトの野菜スープゼリー
 高知産キャビアフィッシュの山椒ソース
 くらげと四方竹の冷菜
 土佐茄子と山宝イタドリの黒酢黄金生姜づけ
 有頭海老の柚子胡椒マヨソース
 蒸し鶏の四川辛味ソース


その後の、うにとフカヒレスープはおいしかったですね。
野菜料理や魚料理、牛ステーキ、アワビなどあれこれ出ましたが、あまり中華らしくないお料理でした。
私には春巻きとかエビチリのような、分かりやすい料理の方が良かったかな?

デザートは3種類とも、しっかりいただいてきました。


さすがにおなか一杯になりました。

*******

この日の装い。

あまりに暑くて、写真を撮るのを忘れてしまいました。

淡い緑の単衣に、和紙が入った麻の焦げ茶色の帯でした。


2017年5月21日日曜日

余った布で・・・

私は普通の人に比べると身体が小さいので、反物を仕立てていただくと、いつもかなりの分量の生地が余ってしまいます。

最近は、青いタイシルクの帯用の生地と、東レシルックの着物用の生地が残ってしまっていました。

青いタイシルクの帯です。
色が鮮やかでとても気に入っています。


こちらは東レシルックの着物です。
チャコールグレーに水色のような模様が入っています。


とはいえ、せっかくの余り布でも、私の針仕事ですと、せいぜい巾着袋が縫えるくらい。
それではさすがに勿体ないと思っていました。

たまたま、同じ市内に住む、きものいろはさんの作品展を見る機会がありました。
彼女は着付け士さんでもあるのですが、洋裁もアクセサリー造りもなんでもできる人で、ビーズの羽織紐を買わせていただきました。
その時のブログはこちら▼

その会場で見た、彼女が作る着物の端切れと革を使ったバッグがとても素敵で、憧れてしまいました。

それで、タイシルクの余り布か、東レシルックの余り布のどちらかで、バッグを作っていただこうと考えました。

こちらはたまたま、その帯と、着物を組み合わせた時の写真です。


いろはさんは、依頼者の要望に応じてどんな形にも作ってくださるというので、私はいろんな注文を出してしまいました。

A4サイズのファイルが入ること。(これは必須条件)
持ち手が短いこと。
着物でも洋服でもどちらにも合うこと。
内側の袋には、大きなサイズのスマホが入ること。
底には鋲を打って、汚れないようにすること。
チビの私でも持ちやすい大きさであること。
中のものが分かりやすいように、内側は明るい色にすること。
あまりシックではなく、ちょっと遊び心があること・・・・・

素材の選定は、タイシルクは素敵なのですが、バッグにするとちょっと目立ちすぎるようです。
東レシルックなら、雨に濡れても大丈夫ですし、どんな着物や服にも合うだろうと思いました。

その結果、東レシルックの余り布と、革を組み合わせて、持ち手の端には金の金具を付けて、あまり堅苦しくない感じのバッグをお願いしました。

こちらは初めの打ち合わせの時の段階で決めた、布と革と内側の布の組み合わせです。


この時は深緑の革にしましたが、私が優柔不断だったため、革は最終的には青色に変更しました。

いろはさんはとてもセンスが良く、また着付け士としても経験が豊富で、いろいろなアイディアをお持ちです。
鞄の大きさについても、細かい相談に乗っていただきました。

モノ作りには作り手の細やかな神経と、使い手の双方の合意が必要なんだなと思いました。

世界に一つしかない鞄の出来上がりが楽しみです。


2017年5月20日土曜日

プチ旅行・行田市へ 1

私の足は市販の足袋では大きすぎるし、形も合わないので、足袋の産地である行田市には興味を持っていました。
数年前には、そこにある老舗で足袋を誂えてもらったこともあります。

その頃から、行田市では毎年、5月には足袋のイベントがあるということは知っていました。
ただし、自宅から行田市まで一人で出かけるのはなんとなくおっくうで、行かずしまいでした。

「NPO川越きもの散歩」のメンバーがこのイベントに参加されるというので、私も便乗して行田まで行ってみます。

こちらの会では、埼玉県内のきものにまつわる産地や職人を案内する「埼玉きもの散歩」という本も出版されています。


行田には行田駅というのと、行田市駅という駅があること、
カレーがおいしいカフェがあること、
忍城という城址があり、そこは「のぼうの城」の舞台になった城であること、


こんな情報をfacebookの友人たちが教えてくれました。
ありがとうございます。

気温が30度くらいになりそうなので、日傘と水分の補給は忘れないようにしましょう。

バッグには「のぼうの城」の文庫本をしのばせました。

プチ旅行を楽しんできます。


2017年5月19日金曜日

「祈りの証明」

最近は本の感想を載せる割合が少なくなってしまいましたが、読んでいないというわけでもなく、どうも感想をうまくまとめられない、というのが実情です。

とくに森村誠一さんの「祈りの証明」は考えがまとまりませんでした。


読むのにずいぶん時間がかかってしまい、内容をちゃんと把握できず、まとめるのも難しい内容でした。

ストーリーを簡単に書いてみると、戦場カメラマンである男が、東日本大震災に巻き込まれて行方不明になった妻を捜すうちに、新興宗教「まほろば教」の闇の部分に突き当たる、という内容です。

東日本大震災という6年前に起きた事実、そして原発事故を軸にして、複雑に絡み合って展開します。

物語は、東日本大震災が起きた場所で、初恋の人に出会ったというカメラマンの回想から始まります。

ミステリーですから、主人公のカメラマンや宗教団体の人以外に、警察関係者も多く登場して、話が入り組んでいます。

「震災の現実を正面から描いた森村文学の集大成」というキャッチコピーがありました。

たしかに森村さんの渾身の作といえるでしょうが、震災をメインにしたいのか、原発を告発したいのか、ミステリー小説としたいのか、そのあたりが分かりにくかったです。
森村さんも現在は80歳を越えたくらいでしょうか、若い頃の作品はたくさん読みましたが、そのころと同じように期待してはいけないのかもしれません。

また3.11を物語に仕立て上げるという意気込みは感じられましたが、これを読むのがまだまだ辛いという人も多いだろうと思います。

戦争が文学となったように、震災も文学となるのでしょうか。

評価が難しい小説だと思いました。


2017年5月18日木曜日

市民カレッジ 「芸術を創る脳」2

2回目の「芸術を創る脳」は、将棋がテーマでした。
サブタイトルは「なぜ将棋は奥深いのか」です。
初回の様子はこちら▼


将棋が芸術にあたるかどうかは、私には判断できません。
ただし、芸術的な側面も、あるのかもしれません。

講師の先生によると、
≪芸術とは美の追求である≫
ということだそうで、
そしてその≪美≫とは
1.単純であること
2.対称性がありバランスがよいこと
3.意外性があること
を満たしていることだそうです。

そして将棋はその3つの条件をすべて満たしているあるからして、美である。
したがって将棋を芸術と呼ばなくてなんであろう、とお考えになるのでした。

ふーんそんなものかなと思ってしまいそうです。
この論法はちょっと無理がないかな、と思いましたが、いかがですか?

また前回の講義でも分かるように、先生はクラシック音楽にも造詣が深い方のですが、将棋と音楽には共通点があるとのことでした。
それは将棋は二人で交互にさしていき、最後には「詰み」というフィナーレを迎えることが共通であるとのお話でした。

でもそれは将棋でなくても、たとえばテニスとかレスリングとかでも同じではないですかね?

というつっこみはさておき、先生は脳の話をするよりも、「9マス将棋」いう将棋本から例題をあげて、みんなに「この問題を解いて下さい」と言うのですよ。

えー、私は将棋にはいろんな駒があって、それぞれの動き方がある、という程度は知ってはいますが、どうやって勝負をするのかなんてことは全然知らないので、その段階ですでにお手上げでした。
分かっている人は頑張って解いたかもしれませんが、ここは将棋教室ではないのに・・・。

お目当てだった羽生善治さんの話も、なんだかスルーされてしまったようで、私にはなんだかわけのわからない2時間になってしまいました。

現代ではAI将棋や、中学生棋士藤井君の登場、映画などでも将棋は割とブームになっていると思うので、その辺りの解説も少しはありましたが、どうも消化不良になりました。

とにかく先生はご自身の興味がある事柄については、ものすごく早口でお話になるので、ほとんど内容は理解できませんでした。
言語脳科学というジャンルがご専門のようですが、なんとも難解な科学分野である、という印象を受けました。
単に私の頭が悪いだけなのかもしれませんが。

そうそう、徳川家康は将棋が好きで、1602年には大橋宗桂という人が、詰将棋集「象戯造物」を献呈したという話は面白かったですね。

実は私の亡くなった父は、囲碁や将棋はかなり気を入れていた人で、いつも一人でその世界に没入していました。
囲碁や将棋などの勝負事は女子供には分からないだろうと思っていたようで、父から教えてもらう機会はありませんでした。
今にして思えば、子どもの頃にでも少しは教えてもらっておけば良かった、と後悔している私です。

*****

この日の装い。

雨がザーザーぶりで、またその後に歩いて行くところもあったので、着物はさっさと諦めてパンツルックにしました。
無理して着物を着て、濡らすこともないと思っています。
それに着物コートはだいたいもっさりとしてダサいのが多いですから、あまり好きではないのです。


洋服の写真を載せても意味はないのですが、覚え書きとして載せておきます。
10年以上前から着ているワンピース風のチュニックです。
娘が見たらきっと「ダサい」と言いそうなスタイルですね。


2017年5月17日水曜日

ショパンとリスト その2

先日、市民カレッジ「ショパンとリスト 生涯と作品」の2回目がありました。
1回目の様子はこちら▼

私はいわゆる西洋音楽については、まるで知識も演奏経験もない人間ですが、偉人と言われる人の生涯には興味があるので、こちらの講座を受講してみました。
ピアニストの津田真理さんのトークとピアノ演奏です。

この講座は平日の午後に開催されているので、私は前夜の睡眠不足に勝てずに、ショパンの生涯についての時は、ついウトウトとしてしまいました。

【演奏曲目】
ショパン
夜想曲 4番
ワルツ 2番
バラード 2番


でもリストのほうは、彼の人生も音楽も面白く聴くことができました。

リストは当時としては珍しく長生きをして、75歳まで生きました。
彼には3人の子どもがいましたが、次女のコジーマという女性は、そのころ50歳だったワーグナーと不倫関係になったという話を聞きました。
リストとワーグナーはほぼ同じ年齢の作曲家同士で、ワーグナーは女性関係には難ありの男だったそうで、そんな男のところに自分の娘が駆け落ちした、というのは父親としてはリストはどんな気持ちだったのでしょうね。

【演奏曲目】
リスト 
≪パガニーニ大練習曲「狩」≫ 41歳の時
≪献呈≫ 37歳の時
 これは好きな曲でした。
 シューマンがクララと結婚したころ、シューマンが妻クララに捧げた歌曲を、リストがピアノ曲に編曲した作品だそうです。
≪小鳥に説教するアッシジの聖フランシスコ≫ 55歳の時
 ちょうどリストの娘が不倫したころの曲でしょうか。
 初めは小鳥のさえずりのような音が聞こえてきて、後半は雄大な風景を感じさせる曲でした。

こんなふうに作曲家がどのような人生を歩み、そしてその人生のどんな段階で、どんな気持ちで作曲したかが分かるのは、面白いと思いました。

またピアニストや指揮者もそういうことをよく分かっているでしょうから、演奏するときも気持ちが入っていくのでしょうね。


演奏の後で、受講者から暗譜はどのようにするのかという質問がありました。
津田さんは難曲もすべて暗譜されていて、すごいと私も思っていました。
その答えは、区切って覚えるようにしているとのことでした。
一度に覚えようとするよりも、小分けにして覚える方がよいとのことでした。

これまであまり縁のなかったピアノの世界について学ぶ機会を得ることができて、嬉しいことです。
(とても倍率が高い講座なので、先生は同じお話と演奏を3回もされているのです。)

写真は講義の内容とは関係がありません。
市民カレッジの会場に飾られているお皿の絵付けです。

*****

この日の装い。

かなり暑い日でしたので、お気楽に三河木綿です。
「あづまや」▼さんの通販で仕立てをお願いしたものです。


着物を着始めて2年ほどしたとき、パーソナルカラー診断を受けて、黄色でも縞模様なら似合いますよと言われて、安心して選んで仕立てた着物です。

帯もそのころに手に入れたもの。
大きなポピーの絵柄です
裏地がなくて軽いので、暑い日には良いですね。


2017年5月16日火曜日

着物のポージング講座

先週のことになりますが、いつもお世話になっている吉祥寺のきもの屋さん「ゆめこもん」▼で、楽しいワークショップがありました。


ゆめこもんの着物部長でもある女優のこばやしあきこさんから、直接、美しい着物の立ち姿を教えていただいたのです。

こばやしさんは「きものん」▼という着付けの動画でもお馴染みの女優さんで、私もほんとうに何回も何回もこのビデオにはお世話になったものです。
はんなりした京ことばでの説明は、とても分かりやすくて、ビデオは初心者にはバイブルのようなものでした。本当に役に立ちました。
その動画が100万回もダウンロードされたというのです。
ポージング講座は、それを記念しての実践編(?)、付録編(?)でした。

こばやしさんはこの季節にしか着ることができないという、季節限定のオシャレな紗あわせに立派な帯というフォーマル着物でしたが、それに洋服のベルト、帽子というカジュアルさを取り入れたスタイルでした。
さすが素敵!

一人ひとりに丁寧に教えてくださいました。
足の位置、肩の位置、視線などの手ほどきでしたよ。

それにしても私は、なんとうつろな目をしているのでしょう。


視線は、「肩の先の方の地面に<何か落ちているな>と思いつつ、下から上に目を上げる」とよいのだとか。
これが難しい!
それを練習しているので、このようなうつろなまなざしになってしまいました。
それと大切なのは、指先までピーンと神経を張ることだそうです。
影絵のキツネのようにするといいかもしれません。

みんな並んで、足の位置を確認しているところです。


実はこの日は、ゆめこもんのご店主には内緒にして、還暦の誕生日祝いも兼ねていたのです。
それでポージング講座の後には、こんなびっくりシーンもありました。
「イェーイ」の還暦ポーズです。


こちらは奥様とのツーショット。
お二人ともとても楽しそう。


ポージングを学んだ私たちも一緒に並んで、お祝いをさせていただきました。
少しは教えていただいたように立つことができたでしょうか。


*****

この日の装い。

ポージングを習う前に写したので、やはり姿が固いですね。


ポージング講座の後は、焼き鳥系の居酒屋で還暦をお祝いする食事会でした。
多くの方が参加して、楽しいひと時を過ごしました。
幹事さん、ありがとうございました。


それで汚れても構わないように、それでいてお祝いの気持ちを伝えられるようにと、セオアルファの無地着物にしました。
キモノモダンさんのセミ・プレタポルテです。
Sサイズで裄を短くしてもらいましたが、やはりまだ大きめでした。

帯は「ゆめこもん」さんで見つけたきれいな花柄の帯です。
水色と紫色のお花が気に入っている帯です。

(写真は一部、facebookより拝借させていただきました)

2017年5月15日月曜日

本の探し物

このところ、2日続きで、本の探し物に時間を取られてしまっています。
情けない!


1冊は、一昨日、購入したばかりの本でした。
置き忘れた場所をしっかりと覚えていたので、その場所に電話をして問い合わせたのですが、初めは「見つからない」という返事でした。
それであたふたと、その後の行先を思い出して、問い合わせました。

その後、「やはり見つかりました」という電話があり、ほっとして、昨日、受け取りに行きました。
ところが窓口で受付けたのが新人さんだったので、「ない」というので、また焦りました。
それでも、ようやく「こちらでしょうか」と探し出してくれて、受け取ってきました。
ほっ。

もう1冊は、かなり古いお気に入りのガイドブックが見つからない。
これは家の外に持ち出したことはないので、家のどこかにあるはずなのですが、見つからない。

もう情報が古くなっているでしょうから、見つからなくても構わないのですが、私には使い勝手がよいガイドブックなのです。

そのガイドブックを探すのに、時間をくってしまい、なかなか他のことができない状況です。

えーん、これはやはり脳の老化なんだろうな、と情けないですね。

でも、こうやって書いていると、意外とどこからか出てくる、という微妙な可能性があるかもしれませんね。



2017年5月14日日曜日

東京キモノショー その2

さて、コレド室町で開催された「東京キモノショー」の続きです。

「バーチャル試着」▼も楽しみました。
他にも色々なイベントで賑わっていました。

入り口には着物の小物屋さんや履き物屋さんなどのお店が並んでいて、気になるものもありましたが、これ以上、モノは増やしたくない年頃なので、今回はぐっと我慢をして目をつぶって通過しました。

ショーの入り口にはこちらのポスターがすぐに目につきました。
私の少女時代に一世を風靡した中原淳一のポスターです。
懐かしい!
「それいゆ」を思い出しました。


広い会場に入り、パッと目に入ったのは、200体のマネキンの着物姿でした。
気に入った着物コーディネイトを投票するということですが、私が一番気に入ったのは、こちらの坂本呉服店の水色の色無地でした。
光沢があって華やかですが、いつでも着られそう。


世界の国をイメージした「イマジン・ワールド」は豪華でした。
こちらはアメリカ合衆国をイメージした振袖です。50州がひとつずつ描かれていました。
宇宙飛行士まで飛んでいましたよ。


こちらはミャンマーをイメージした振袖だそうです。
カラフルでしたね。


出し物は日本舞踊と小唄の時間帯でしたが、興味深そうに見入るお客様が多かったですね。


その後で、「ひかりの茶会」というお茶会に参加してみました。
これは裏千家の若い茶道家ご夫妻が、ドーム型の光の茶室で行いました。
ドームの入り口に立つY子さん。


ドームの中はこんなふうになっていました。
和紙とひごのようなもので作られていました。
組み立てるのは、かなり大変だったでしょうね。
またどこかで利用できるのかしら。


照明が落ちると、ドームはこんなふうになりました。
会場も真っ暗になり、知らない人は驚いたと思いますが。


このドームの中で、みんなで輪になるように椅子に座ってのお茶会でした。

お菓子は繭をイメージしたものだそうです。
かなりずしりと大きくて、お腹がいっぱいになってしまいました。
そういうときは持ち帰るという手もあるのでしょうが、どうも意地汚く、全部頂いてしまいました。


茶道具も世界各地から集められた、美しい色で、珍しい形のものばかりでした。
いろいろと趣向が凝らされていたようです。


外国人の女性が受付をされていましたが、もちろん着物姿で、美しい日本語を話されていました。日本のことがお好きな方なのだろうなと思いました。

茶道だけでなく、華道もありましたよ。
池坊が監修している映画「花戦」にちなんだ衣装や花が展示されていました。
この映画は来月上映されるそうですが、配役がとても面白そうでした。野村萬斎さんが主演です。
これは見てみたいと思いました。


私は、直接は目にしませんでしたが、他にも以下のようなショーがあったようです。

能楽師による笛の演奏
花柳流の日本舞踊
着付けのトークショー
子どもの日には、子供着物のファッションショー
黒留ナイト
エトセトラ・・・・。
また誰でも参加できる「水引とお香のワークショップ」もありました。

これだけ一度に和のイベントが集まったのは、珍しいかもしれませんね。

さすがにタイトル通り、「ひらめきと きらめきの 和のセッション」ですね。

会場には「昭和な家」▼のコーナーがあり、たまたまその場で一つ年上のカメラマンと知り合いました。


色々な人の笑顔を写しているそうです。
私も撮影されて、あれこれポーズを指示されましたが、なかなか難しいものですね。

「昭和な家」の茶の間でくつろぐY子さん。
優しいおかあさん、といった感じですね。


置いてあった和裁の雑誌は、なんと私が生まれた年と同じ年に発行されたものでした。
黒電話も懐かしい!


お土産もいろいろいただきました。
ぬり絵や絵葉書には、同じイラストが使われていて、乙女心をくすぐるようなものでした。


東京キモノショーはざっとこんな感じでした。
ただしあまりに詰め込み過ぎたというか、スケジュール表を見ても、見たいものがすぐには見つからないという感じもありました。


このイベントに関わった皆様、さぞお疲れだったことでしょう。
多くの方の協力があってこそ、開催されたショーでした。
さすが三井の力、着物の力ですね。

私はこの日は午前中は染織の展覧会にいたので、2軒はしごをして、少し消化不良を起こしてしまったようでした。