2008年2月20日水曜日

創造する脳 1


今日は、仕事にも関係のある講演会に参加してきました。

「創造する脳」というタイトルのフォーラム。

創造力に欠ける私としては、そのタイトルの重さに、一瞬、躊躇してしまいました。

でも「あなたらしさの発見」というサブタイトルがついていたので、それなら創造力のない私でも構わないかしら、と思って出かけたのです。こういうタイトルが付いていると、弱いのよね。

フォーラムのポスターはこちらを見てね。

開場の朝日ホールは有楽町のマリオンの最上階にあるのだけれど、すごい人出。みんなこういう話には、興味があるのでしょうね。

このフォーラムはめがね販売でおなじみのパリミキが母体になっているNPO法人が運営しているのだけれど、発足第1回というので、意気込みもお金もふんだんにかけている感じよ。

最初の舞台には、スクリーンに幻想的なCGが映し出され、そして生のバイオリンと尺八の演奏でスタートするの。
尺八の音色がとてもいい感じ。

そういうムードを醸し出す演出にも力を入れているのがよく分かるわ。
単純に演奏を楽しむことをしないで、舞台の裏側を想像してしまうのは、悪いくせね。


さて、プログラムの最初は理化学研究所脳科学総合研究センターの甘利俊一センター長。

フォーラムなどで所属の名前や肩書きってきちんとしないとまずいんだけど、ここで司会者が所属を間違えていたのよ。

司会者としてはプロだとは思うのだけど、こういう科学の世界には疎い人なんだろうな、と厳しい目で(いや、耳で)判断してしまうの。

我ながら嫌なおばさんだな、とは思うけれど、プロなら肩書きは間違えないでほしいわよね。
自分がラジオでも間違えないように気をつけているので、こういう細かいことが気になるの。

さて、甘利先生の講演は「創造性とひらめき-私の体験」というタイトル。
甘利先生という先生は脳科学を数理的に解明しようとされている方で、この業界ではオーソリティの方なのです。

先生は1936年生まれというからもう70歳代のはずなのに、背筋はピンとしているし、お声は張りがあって大きいし、ご本人は何回も「よぼよぼ」とおっしゃるけれど、世の中の「老人」というイメージとは大違いのパワフルな方。

こういう人並み外れた方のお話というと、あまりにも自分達のレベルとは違っていて、参考にならないことも多いのだけど、でも甘利先生のお話はそうではないのよね。
いつも聴衆者に夢と希望を与えてくれるの。ご自分が楽しくしていらっしゃるから、周りの人にもそういう影響を与えられるのだと思うわ。

まず、先生はご自分の人生体験を語ったのだけど、少しだけ紹介すると、先生は戦争でものが無い頃に少年時代を過ごし、山梨県に疎開をされていたそうで、いつもひもじい思いをしていたんですって。

そして子どもの頃から算数(数学)が好きで、分からない数式などがあると、なんでも納得のいくまで考えていたそうです。そういう追求心って、アイディアが勝負の研究生活には大事なんでしょうね。

そして東大の数理工学の先生となるのだけれど、官僚的な体質の大学にはほとほと苦労されたそうです。

ここでは、勤務時間の管理のお話をされたのだけど、私もそういう事務仕事に携わっていたから、よく分かりますわ。
ほんとに国立大学というのは馬鹿馬鹿しいというか、変な世界なのよ。無駄なことばかり取り繕って、煩雑な事務量ばかり増えているのに、それがまかり通っている世界なの。
役人体質というか、そういうのって、みんながおかしいと思っていても、なかなか変革されないのよね。

そういう国立大学の体質には限界を感じられたそうで、10年前に発足した理研BSIでは官僚的体質は排除して、自由に研究ができるようにしたそうです。
そりゃ、朝の9時から夕方の5時まで、と時間を区切られた勤務では、自由な発想も生まれないでしょうからね。

そして、甘利先生はご自分の研究生活の人生を10年ごとに語っていたの。これは参考になりそうよ。
無我夢中の10代から始まって、実力の40代、円熟の50代、道楽の60代、そして70代はなんと「風流」の世代なんですって。

そうか、そういうふうにして年をとるのはいいわね!


今回のテーマである「創造性とひらめき」についてのお話は具体的で説得力がありました。

まず「ひらめき」には2種類あって、直感的な思考と論理性の裏づけの両方が必要であるということ。

「ひらめき」というと、なんとなく直感だけのような気になるのだけれど、その最初の「わくわく感」を吟味してみると、「やはりこれは駄目だった」という判断になることも多いとのお話しでした。

そうか、甘利先生のような天才的な先生でも「自分のひらめきが悪くて、あとで失望することがある」というのは、意外でした。

でもそこからがすごいなと思うのは、その失望というか、「どうも腑に落ちない」という点をきちんと追求することによって、また新しい発見があるということ。

なるほどね、凡人は失望するとそこで終わってしまうのよね。その次の一歩が大事なんだわ。

それと甘利先生のすごいところは、ひらめきのためには、前段階としてつねに準備しておき、それを「脳の中で発酵させる」ことが必要だということ。

そうすると、たとえば海外出張で長時間飛行機に缶詰になっている時でも、急に何かがひらめいて、そして紙と鉛筆を持ち出して、数式を書き始めたりするんですって。それが創造性につながるのでしょう。

さすがよね。

凡人は飛行機の中では、出張先で使う資料をばたばたと読んでいたり、逆につまらない雑誌を読んで時間をつぶしたりしがちだけど、創造性を生み出すには、そういうことで時間をつぶさないで、頭の中をクリアーにしておいて、ひらめいたときにすぐにモノにするのでしょうね。

甘利先生は趣味が多いのでも有名な方ですけれど、今は碁がお好きというお話もされていました。

碁といえば、私の亡くなった父のたった一つの趣味が碁でした。
休みの日といえば、教育テレビで碁の番組を見て、そして碁囲所に行くのが楽しみでした。
父が生きているうちに、碁のさし方を教えてもらっていたらよかったのに、と思うことがたびたびあります。

そんなことを思い出しながら、甘利先生のお話を聞き終えたのでした。

その次の講演は、いまやマスコミの寵児となった茂木健一郎先生のお話でしたが、今日はここまでで終わりにしましょう。茂木先生のお話はまたあとで。



その後、何か私にもひらめきがあるようにと、普段は接することのない世界をちょいと覘いてみました。

池袋で「能面展」と「ステンドグラス展」というのがあったので、見てきました。

うーん、能面のほうは、ちょいと怖いというのが第一印象。

能面だけが壁面に何個も飾られていたけれど、それを彫っている人の怨念みたいなものが乗り移ってくるようで、こういう趣味はまだ私には分かりませんわ。

ステンドグラスはいわゆる教会などで見る平面的なものではなくて、電気スタンドのカバーとか、中から電気を付けて見るスタイルのもので、とてもムードがあって素敵でした。

「ガラスのパッチワーク」ということでしたけど、大作だと作るのにひとつ3年もかかるとか。
ガラスとガラスをつなぎ合わせるためには、鉛を使うそうで、それが黒いふちどりになるんですって。

一枚のガラスからパーツを切り出して、それを形にしていくそうですけれど、センスの良さ、悪さがモロにでてくるようで、見るのは楽しいけれど、作るのは大変そう。

でもステンドグラスというと赤や黄色、青などの原色が多いと思っていたけれど、私の好きな淡いピンクや紫っぽい色のガラスもあって、それがよかったわ。

と、しっかりインタビューしてきたから、今度、ステンドグラスを作るゲストがいらっしゃっても、下準備はできているから大丈夫よ。
甘利先生の教えに感謝しましょう。

ああ、それにしても、世の中には知らないことがたくさんあるものね。

創造性はまるでないのだけれど、せめて風流な老後が過ごせるように、いろんな刺激を受けていたいと思いましたわ。

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