2011年7月15日金曜日

「手毬」

瀬戸内寂聴さんの「手毬」を読みました。


「夢にも見るほど憧れて慕う良寛さまに差し上げようと、今日も日がな一日七彩の絹糸で手毬をかがる若き貞心尼。
17才の秋に医者に嫁いで5年、夫の急死で離縁され24才で出家した長岡藩士の娘、貞心が、70才の良寛にめぐり逢ったのは30才の時だった。
行商のいなせな佐吉に恋慕をぶつけたくなる貞心のもうひとつの心の安らぎと、師弟の契りを結んだ最晩年の良寛との魂の交歓を描く。 」

と本の裏表紙書いてあるのだけど、私にはそれほど気楽に読める本ではありませんでした。

というのも第一に私は良寛という人のことをほとんど知らないまま読んでしまったこと、また良寛と貞心の間の往復書簡や相聞歌はあまりに内容が高度で難しく、ただストーリーを追うだけに終わってしまいました。

良寛という人は生まれはいいところのお坊ちゃんで、若いころはかなりナンパもしたそうですけれど、年をとってからはそれはそれは子供にも優しいいいお坊さんだったようです。

その良寛に憧れた尼さんとの淡い淡いお話なのですけれど、実際問題として、30才の女性が70才の人徳の高い男性に憧れるのは分かりますけれど、70才の男性が30才の尼さんに対してここまで心を開いて接してくれたのはどういうわけだったのでしょうね。やはり良寛にも恋心が芽生えたのか、と下司の勘繰りをしてしまうのです。

自分自身のことを思い出してみると、30才のころは70才の男性などまるで眼中にはありませんでしたね。対象にする男性はせいぜい42才くらいまでだったかしら。

良寛はこのころは今でいう大腸がんを患っていて、下痢などがかなりひどかったそうですけれど、そういう人を心底からお世話し尽くすというのは並大抵のことではできませんね。
貞心さんがもう死にそうになっている良寛の冷えた体を温めてあげようと、そっと布団に入って背中から抱きしめてあげるところはよかったですね。

本のタイトルにもある手毬には、ぜんまいの綿を入れるとよくはずむそうですけれど、知りませんでした。本当に手作りの毬なんですね。

この本は雪深い越後のお話ですが、貞心さんは良寛が亡くなってしまった後、どんなふうにして生きたのか、それもちょっと気になりました。

もう一度ゆっくりと読んでみたいと思います。

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