今日の読書案内は、朝井まかてさんの「残り者」。
慶応4年(1868年)4月10日。江戸城明け渡しが決まり、お城にいた者は全員立ち退きせねばならない日。
その日、大奥の呉服之間に残っていた江戸城の奥女中たち5人。
彼女らは官軍がやってくるかもしれないと怯えながらも、徳川家に奉仕していた者として、このまま撤退するには忍びない、その様子や心情を描いています。
普通、大奥の話といえば、将軍の愛妾たちの物語を想像しますが、大奥にいたのはそういう女性たちだけではなかったのです。側室たちの身の回りのお世話をする女中たち、食事の用意をする賄の女中たち、そして美しい衣装を縫い上げるお針子の女性たち。
この小説はそういった奥女中たちのお話です。こんな発想は、男の歴史小説家には思い浮かばないだろうな、と思いつつ読みました。
登場する奥女中のうち、中でも二人のお針子の対立の様子が非常にうまく描かれています。
1人は天璋院(篤姫)方のお針子おりつ。もう一人は静寛院宮(和宮)のお針子もみぢ。
彼女たちは江戸風、京風という立場から、どちらの腕が優れているかを競います。
二人は、同じ上布で、同じものを仕立てます。その「御針競べ」のシーンがとても素晴らしい。
少しだけ、その原文を紹介します。
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もみぢは自分の道具箱から鋏を出して膝の脇に置き、緋毛氈の上に流すように生地を広げる。目の検討だけで柄を合わせ、迷いもなく鋏を入れ始めた。
鮮やかな手捌きで裁ち、瞬く間に針を持っている。麻は下手な扱いをすれば皺が残って取れない。が、もみぢは生地に無理強いをせず、思うがままに泳がせているように見える。しかも、一切、縫い目が流れない。真っすぐに確実に糸目が通り、生地は緩やかなまま波を打っている。
裁ち分けるのは八枚で、身ごろが二枚、袖が二枚、衽二枚、衿は一枚、衿の上に掛ける共衿も一枚、これで計八枚である。
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朝井さんは、上流女性の着物についての知識も深く、また呉服の仕立て方や、縫い方をよくご存知なのでしょう。お針子たちの運針する姿が、目の前に繰り広げられたようでした。
もう一つ素晴らしいと思ったののが、江戸から明治になって再会した約15年後の5人の姿です。
彼女たちは明治維新を経て、どのように変わったでしょう。
江戸から明治への急激な時代の変革を、女たちの視線で見た時代小説です。
表紙の絵も素敵。
そして彼女らを翻弄する天璋院の愛猫「サト姫」さんもよい仕事をしています。木の上に登ったサト姫の姿を思い浮かべてくださいね。
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「一日一句」
読みふけり栞はさみて秋の宵
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