2021年5月2日日曜日

「闇の峠」

諸田玲子さんの歴史小説が大好きで、たくさん読んでいますが、今回の「闇の峠」は非常に読みごたえがありました。

ストーリーをごく簡単に書いてみると、お武家の奥方様が、お供を連れて、なんと江戸から佐渡まで出かけていくという物語です。それも単なる物見遊山の旅ではなく、ある不審な死に発するものでした。

旅の途中には険しい山道を歩いたり、追いはぎに出会ったり、怖い目にあったり、さんざん苦労を重ねて佐渡まで辿り着きます。

江戸時代は「入り鉄砲に出女」と言われるくらい、女性が旅をするのが難しかった時代です。「出女」は、江戸幕府が街道の関所で、鉄砲の江戸への持ち込みと、江戸に住まわせた大名の妻女が関外に出るのを厳しく取り締まったことを言います。関所には手形を改める女性専用の係官(?)もいて、女性は髪の中から身体の隅々まで取り調べられ、旅は本当に大変だったそうです。

そのような困難を乗り越えて、何故、旅をしたかというと、そこには貨幣改鋳の立役者・荻原重秀の死に関して不審な点があり、それが彼女の父親とも繋がりがあるので、それを解き明かすために長旅をすることになったのでした。

物語は時間が交差して書かれていて、また江戸時代の役人の仕事などの説明があり、なかなか読みごたえがあるものでした。また旅の途中の風景や人情なども丁寧に描かれていました。

途中、お伴の家人たちが怪我を負って、奉行所の役人との二人旅になってしまうのですが、普通の通俗小説なら、主人公の女性と、この男性がデキてしまいそうです。ところが、この奥方はどんなに大変な目に遭っても、凛としていた姿に安心しました。

あとがきで、作者は「この本は、荻原重秀の生涯を扱った新書から思いついた」ということを書いていました。

その新書とは、都立大学の村井淳志先生が書いた「勘定奉行 荻原重秀の生涯~新井白石が嫉妬した天才経済官僚」という新書です。

図書館の地下倉庫に保管されていましたが、これを借りて読んでみました。

村井先生は、吉村昭の歴史小説が大好きだというだけあって、荻原の生涯についてもとても詳しく調べていて、ご自分で小説を書こうと思われたほど、きちんと調査をされていました。また荻原の人生を追いながら、誰が、いつ、どんな職について、どんな仕事を成し遂げたかを、事細かく年代別に紹介していました。

各種の公文書をつぶさに調べ上げたその成果は、小説とは異なりますが、素晴らしい研究だと思います。

ただし、荻原重秀の生涯だけでなく、貨幣改鋳や金融政策などが細かく説明されているので、私の頭では経済政策を理解することが難しかったというのが、率直な感想です。

それでもやはり彼や彼の息子の死については、疑問点が残ると書かれていました。

そして、そのようなちょっとした歴史の疑問を小説に仕立て上げたということは、諸田さんは素晴らしい力量だと思いました。

小説家はこのようにして、事実の隙間に潜むことを物語にするのだ、ということが分かりました。

ただし登場人物の名前が荻原(おぎわら)と萩原(はぎわら)と紛らわしく、また次々と殺人事件が起こり、その犯人と思しき人が名前を変えたりして登場するので、読みにくいという点はありました。

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「一日一句」

春も良い 秋だけでない 読書の日



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