2010年8月24日火曜日

昭和の記録

母の名前宛で、日本年金機構から書類が届きました。

封筒の名前の下に、「年金額が増える可能性があります」と書いてあったのですけれど、もうすでに受給しているのだし、今更増えるわけなんかないじゃない、ということでそのまま、放っておいたのです。

でも見なければ仕方ないと思い、封を切って、中の書類を取り出しました。

それは母自身の記録ではなくて、亡くなった父の厚生年金の記録だったのです。


私自身はいわゆる「お父さんっ子」ではなかったし、父の仕事の経歴というのも、古い話はあまり知りませんでした。
ただ、母から「お父さんは昔はいいところの三男のボンボンで世間知らずで、戦後は事業を起こしたりして失敗したり、賭けごとをしたりして大変だったけれど、あなたたち子どもが生まれてからはすっかり心を入れ替えたようで、仕事をしっかり続けるようになった」というような話だけは聞いていたのです。

そんなこと、すっかり忘れていましたし、父が亡くなって11年経ちましたけれど、父のことなどほとんど思い出すこともなく過ごしていました。

そういう私でしたけれど、父の厚生年金の記録を見ると、昭和19年からスタートして、戦後の記録、そして私が生まれたころの記録、下の妹が生まれてからの記録、第二の職場までの記録がありありと書かれていたのを眺めて、今更ながら、戦前から戦後そして高度成長期に家族を背負って生きてきた男の記録というのが浮かび上がって来て、不覚にも涙が出てしまいました。

母の言った通りのことが厚生年金の記録で証明されました。

それを見て、ああ、お父さんは私たち娘を育てるためにこれだけ働いてきてくれたのだ、そしてその遺族年金のおかげで母が施設に入って過ごすこともできたのだ、と思うと、なんだかいとおしくなり、「お父さんのおかげだったのだ」という感想がぴったりだと思えたのでした。

今、私は仕事のことでいろいろと準備をしたりで緊張していたのですが、やはり母の顔を見た方がよいのではと思いました。

そして母のいる施設に出かけてきましたが、私が
「お父さんの名前、覚えている?」と聞いても
「えー、思い出せないわ」という返事。
「もうちょっと考えてみたら」と私が言うと、ようやく父の名前を思い出したのです。

そんなふうに記憶がどんどん薄れていく母は、「どうしてこんなに何でも忘れちゃうだろうね」という話ばかりが続きます。
私は「自分の名前を忘れなければいいんじゃないの」と言って慰めていますが、どうしようもありません。

父の残してくれた昭和の記録を見ながら、忘れかけていた父の姿を思い出しました。
私たちが小さかったころ、家族そろって近所の神社の庭でバレーボールをしたこと、
会社から戻ってくるとすぐに母の縫った着物に着替え、囲碁の番組ばかり見ていたこと、そんな父の姿を本当に久しぶりに思い出しました。

8 件のコメント:

  1. マサ8/25/2010

    ブログを読みながら、私もウルウルしました。
    年金記録は、国(年金機構)からすれば単なる事務処理上の記録でしかないかもしれないけど、そこには個々の人の働いてきた証、もっといえば生きてきた証、がありますよね。

    「薄給だったから苦労させられた」と母はよく言っていましたが、今は父の遺族年金のおかげで、贅沢はできなくても趣味を楽しむくらいの生活は送れているようです。
    亡くなってからも、妻の生活を守っているのね。

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  2. マサさん、さすがいい言葉をご存知だわ。
    そう、私も「生きて来た証」という言葉を使いたかったのだけど、なかなか思い出せなくて・・・。
    妻という立場はこれがあるのから強いのかしら。内縁だったらもらえないんでしょ?

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  3. 紅蓮8/26/2010

    私も母が年金をもらうたびに、父がどれほどがんばって働いてきたかということを思います。
    父は、全くサラリーマンに向いていなかったのに、私たち3人の子どものため、母のため、無理して働いて、そのおかげで、母も今ふつうに施設で暮らすことができます。

    でも、今頃、亡くなったお父様の記録が届いたんですね。つまり、少ない金額を受け取っていたからということですよね。母のところには、そのような書類はこないものね。

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  4. さと8/26/2010

    私の父もとしちゃんのお父様と同じような時代を生きてきました。
    昔は貧乏ながらも家族一緒にあれこれやったなぁと文章を読みながら久し振りに父を思い出しました。
    その父の遺族年金で我が家も母のことは年金で賄えるのでね。
    有難いと思ってます。

    自分の時代はどうなるか心配のほうが多いけど・・・ね。

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  5. 紅蓮さんのお父様は3人の娘さんを育てたのだから、ほんとうに家族のために頑張って働いていらっしゃったのでしょうね。

    でも今更こんな記録が届いたところで、誰も訂正できませんよね。

    父も生きていれば90歳かしら。

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  6. さとさん、ほんとうにそうね、遺族年金ってすごい制度だと思いますよ。ただし今の時代にあっているかというと、ちょっと分かりませんけれど。
    それにしても最近の戸籍の問題、あれ、ひどすぎますね。ペリー来航前に生まれていただなんて。記録のでたらめさが湧き出たみたいですね。

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  7. 真蘭8/26/2010

    年金問題は複雑ね。どんな制度にすれば
    一番皆さんが平等で幸せになれるか、
    社会保障の根幹に係る事。菅さんしっか
    りして!笑い

    年金通知がお父様の事を思い出される
    きっかけになったのね。
    お父上の足跡を垣間見て父上への思いが
    違ってくるのでは。良かったわ。(^-^)

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  8. 真蘭さん、そうね、私はあまり家族関係にウェットなほうではないんですけれど、今回のことでやはり父の存在をありがたく思いましたね。

    菅さんなのか小沢さんなのか、どっちにしろ、民主党党員が日本の総理大臣を決めてしまうわけよね。政策がどのように違うのか基本理念の違いが良く分からないのに、派閥の論理で動いていてばかり。でも結局日本人は、そういった「どっちにつくか」「好きか嫌いか」という勢力争い話が好きなんでしょうね。どんな小さな会社、グループでもそうかもしれないけどね。

    ちょっと関係ない話になりましたが、老人の生活を見ているといろいろ感じますね。

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