だいぶ前になってしまいましたが、大田区内の六郷用水を歩き、「蛸の手」まで行った日の続きの話です。
このときの最終目的地は、六郷水門でした。昭和6年(1931年)に作られた歴史ある水門です。
(大田区のホームページより借用)
かつては多摩川の水を農地に届けていた六郷用水ですが、だんだんと農地は減少し、用水は埋め立てられたり暗渠となりました。
六郷水門はおよそ今から90年前に作られましたが、その後、生活用水の排水処理を行うようになりました。そして下水道が整備されるまでは、水門としての機能も働いているそうです。
さて、私は「蛸の手」からなんとか京浜急行の雑色駅近くまで辿り着きましたが、その後もなかなか水門には到着しませんでした。
「水門通り」いう道路を歩きましたが、それらしき雰囲気はありませんでした。
あまり個性的ではない道をかなり歩いていて、つまらなくなってしまった時、急にこの案内板が目に入ってきました。例の六郷用水物語です。
まずは腹ごなしをしようと思いましたが、日曜日のためか、あまり開いているお店はなくて、近くの開いているお店に入りました。町食堂といった様子のお店で、老夫婦が二人でやっていました。
私がいただいたのは、こちらの煮魚定食。肉じゃがが付いていました。
この六郷水門のことは、少し前に新聞に大きく掲載されていたので、それを見た人が多く来ているのではないかと思いましたが、ごく普通のご近所の人ばかりでした。
釣りを楽しんだり、子どもと遊んだり、ジョギングをしたりと、いつもここを利用している人たちがたくさんいました。
私のようにあちこちキョロキョロしている人は殆どいませんでした。
船着き場から陸側を見た風景です。なんとなく外国のような雰囲気が漂っていました。
大きな水門を見て満足した後は、またあちこち道を間違えて雑色駅まで戻りました。
なにしろ、このあたりはまっすぐな道が少なく、放射状になっていたり、三角になっていたり、いくら地図を見ても間違えてしまうところでした。
大きなマンションの際にある暗渠のような道を歩きました。石が配置されていて、それっぽい道でした。
ようやくカンが戻ったかと思いましたが、その後は渡りたい歩道橋が工事中で使用できなかったりと、やはりあまりツイていない日でした。
雑色ポンプ所というところも通りました。遠回りしていたようです。
しばらく歩くと、目印にしていた六郷神社に辿り着きました。
この神社はとても広くて、環八沿いのほうが正面のようなので、ぐるりと廻ってみました
江戸名所図会にも描かれていて、有名な神社だったのですね。
鳥居も立派でした。
この先は第一京浜を歩いて、ようやく雑色駅にたどり着きました。
ということで私の六郷用水めぐりも、いちおう大田区の端まで到着しました。狛江の取水口から始まり、次大夫堀、丸子川、六郷用水とつなげることができました。
また川崎を流れる二ヶ領用水も制覇して、川崎市内にある小泉次大夫のお墓にお参りすることもできました。
ここまで大きな事故や怪我もなく、無事に歩くことができて、ほんとうに嬉しく思います。
歩いているといろいろ気づくことや疑問に思ったこともありました。
今後は少しずつまとめていけたらと思います。
この日のルートです。
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「一日一句」
年内に たどり着いたよ 六郷水門
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