2015年1月29日木曜日

2015 冬の京都 4 ~妙顯寺~

本法寺の次に行ったのは妙顯寺です。

ここは以前、通りかかったことはありましたが、中に入ったのは初めてでした。
とても広い敷地のお寺でした。


ここは尾形光琳の菩提寺として有名なところです。
ちなみに今年の6月2日は尾形光琳の300回忌の命日に当たるそうで、大きな法事が営まれることと思います。


境内には貴人を迎えるためというお庭がありました。
白い砂が敷き詰められていてとてもきれいなお庭でした。
「龍華飛翔の庭」(別名:四海唱導の庭)です。


こちらは別のお庭ですが、くねくねとした松が目立っていました。
「曲水の庭」というそうです。
これは光琳が作ったわけではなく、光琳の屏風絵を元にして作られたお庭だそうです。
たしかに光琳の描く樹木のイメージが伝わってきました。


別の角度から見たところです。


庭の奥に「宝物殿」がありました。
ここには光琳が描いたという「寿老松竹梅三幅対」がありましたが、どことなくほんわかとした絵で、光琳のキラキラしたイメージとはちょっと違って意外でした。

こちらは「京の冬の旅」のポスターですが、この妙見寺が写っていますね。
お寺の扉に飾られていたところを写しました。
梅と松がよい対照になっていますが、合成かしら?


このお寺でもボランティアのガイド役の方がたくさん、いらっしゃいました。

ガイドさんのお話の中で面白かったのは、このお寺を開いたという日像さんという方のお話でした。
この人は千葉県松戸の出身だそうですが、13歳の時に、病床の日蓮から、「おまえは京都に行って日蓮宗の寺を開け」と言われたそうで、きっと幼少のころから優れた方だったのでしょうね。

そのころ、京都では他の宗派の仏教が盛んであり、日像さんは日蓮宗を普及させるにはいろいろと苦労をされたそうです。

その後、粘り強い布教を行い、1321年には後醍醐天皇から土地をいただき、この場所に京都で初めての日蓮宗のお寺を建てたそうです。

日像さんの後は、大覚大僧正が布教を続けて、日蓮宗を広めたそうです。

現在は日蓮宗は商売をされている方の間に、多くの信者さんがいらっしゃるそうです。

こちらの本堂はとても立派できらびやかでした。

このお寺を後にしたときは、空からちらちらと小雪が舞いおりてきました。
念のために持参した折りたたみ傘を開いて、どんどんと歩いて行きました。

(この項、まだまだ続きます。)






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