結城紬が好きだという人、結城紬を着てみたいという人、結城紬って何?と思っている人、そういう、すべての人に読んでいただきたいのが、有吉佐和子の「鬼怒川」です。
そして戦争とは何だろう、お国のためとは何だろう、と思わざるを得ない凄い小説です。
「鬼怒川」という川は、昔は「絹川」とも書かれていたそうで、そのほとりは絹織物の産地として有名でした。
その結城に、小さい頃から紬織りの腕が立つ娘がいました。
彼女は極貧の家に育ちましたが、織物だけが取り柄でした。
小説の中には、結城紬の紡ぎ方、織り方の工夫、その特徴などが詳しく書かれています。
その腕のおかげで、彼女は日露戦争の生き残りの勇士である夫のもとに嫁ぐことができました。
そんな彼女の人生を縦糸に、そして戦争という歴史を横糸にして作品は成り立っています。
彼女の夫は日露戦争で傷つき、息子は太平洋戦争で傷つき、そしてまた孫までが過激な学生運動という戦争としか思えない事件で傷つきました。
戦争のむごたらしい経験によって、ある人は毎晩大声を上げてうなされていたり、精神的に堕落してしまったり、性的能力が失われたり、無気力人間となり、夢や希望はすべて捨てられてしまいます。
戦争で犠牲になるのは、常に庶民なのです。
そして人生に落胆した男たちは、結城の「黄金埋蔵伝説」に取りつかれていきます。
しかし彼らはみんな不慮の死を遂げることになります。
明治・大正・そして昭和と時代を追って夫、息子、孫の他にも多くの人が登場しますが、いずれも貧しい人たちばかりです。
彼女の紡いだ結城紬は高価なものとして売れ、人間国宝にまでなります。
ただし彼女も高齢になると、ボケが始まり、実際の織物は彼女の嫁たちが織っていたのでした。
しかしそれを知らないマスコミは、彼女の技能を美談として語り、まつりあげるのでした。
この辺りはマスコミ批判として面白く描かれています。
無学な主人公ですが、「日本国憲法には戦争はしないと書いてある」ということだけは知っていました。
「それなのにどうして戦争(学生運動で火炎瓶が投げれた場面を見て)が起こるんだ?」
という素朴な疑問を投げかけています。
この作品は、1975年、有吉さんが44才の時のものです。
読み終えて、結城紬を作り出す人たちのあまりの厳しい現実に、怒りが湧き、ため息をつきそうになってしまったほど重い小説でした。
おりしも「八紘一宇」などと発言した議員がいたり、自衛隊のことを「わが軍」と言ってしまった首相がいる現代ですが、これまでの戦争でも、そういう言葉で駆り出された多くの庶民がいたということを忘れてはいけないですね。
有吉さんが今生きていらっしゃったら、どんな感想を持つか、知りたいと思うばかりです。
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