2023年12月15日金曜日

【玉川上水 29】内藤新宿分水散歩道

来週、玉川上水歩きの最終回を予定しています。

それでもう一度、初心に帰って、玉川上水の終点である四谷大木戸門へ行ってみました。

地下鉄の新宿御苑駅で下車しました。


玉川上水は、幕府が江戸に移って以降、江戸の人口が急増して水の需要が高まったことにより、1653年から翌年にかけて、玉川兄弟により作られました。

四谷大木戸には水番屋がありました。そこでは水質調査や水量の監視を行い、ゴミの除去作業も行っていました。また水量が多くなったときには渋谷川に水を排出していました。
その水番屋は630坪もの広さがあったそうです。

玉川上水水番屋のあったところの史跡です。

羽村取水口から始まった玉川上水は、ここまでは掘割でしたが、ここから先は地下に石樋や木樋の水道管を通して江戸の町に流していました。


すぐ近くに水道の碑がありました。5メートル近い高さがある大きな石碑です。


大木戸跡もありました。ただし実際の大木戸の位置は、もう少し80メートル東寄りの四谷4丁目交差点の場所になります。

ここは、現在は新宿区の施設の他に、水道関係の官庁などが入っているというのも、面白いですね。


下の写真ですが、道路のトンネルの近くに、玉川上水の余水吐跡があるはずです。
暗渠関係の本やブログには、必ず登場する有名な場所なのです。


今回はそれを見る目的で新宿まで出かけたのですが、下水道工事をしていて、立入禁止となっていました。
近いからいつでも行ける、と思っていたのが、ダメでした。
残念!

その代わり、四谷区民ホールの駐輪場に、こんな説明板を見つけました。


ホールの入口には、上水をイメージしたような水の流れがありました。
これで、我慢しましょう。


ホールのロビーには、玉川上水関連の案内が色々と展示されていました。

こちらはお隣りにある新宿御苑の大木戸門。

ここは江戸時代は信濃高遠藩内藤家の下屋敷があったところです。


普通は、苑内に入りますが、今回は御苑と道路の間にある細い散歩道を歩きました。約540メートルあります。ここは無料です。そしてそこに玉川上水の内藤新宿分水の跡があるのです。

現在、水源は国道20号のトンネル内にある共同溝から湧出した地下水を使っているそうでです。

右側に見えるのが内藤新宿分水です。


こちらはちょっとした池のような形をしていました。


石垣に囲まれているところもありました。


新宿御苑は桜が美しいところですが、他にも四季折々の花が咲いています。



犬を散歩させている人もいましたが、最高のデートコースでしょうね。

都会の喧騒を忘れさせる場所です。


散歩道の途中には、古い新宿門があります。


足元は、黄色のイチョウで埋め尽くされていました。

苑内には、玉川上水についての様々な案内がありました。

私が気になったのは、こちらの分水の説明です。




玉川上水の分水として、福生分水、熊川分水、拝島分水、立川分水、砂川分水、千川分水、品川分水、烏山分水、三田分水などが書かれていました。
どの分水も、実際に歩いたことのある分水なので、とても親近感が湧いてきました。

現在の新宿門に到着しました。

青空が素晴らしい。


ここには無料で入れる休憩所があるので、ひと休み。

そして気がつくと、何やら古めかしい橋の残骸が二つありました。


「しんはし」と書かれているようですが、どこに架かっていたのでしょう。

吐水跡を見られなかったのは、心残りですが、分水の流れを見ながらの散歩はとても快適でした。

そして350年前に、ここまで水を引いてきた人たちの苦労を偲んだのでした。

新宿御苑は、子供の頃から何回も訪れた場所ですが、玉川上水を歩いた後で訪れると、これまでとは違った印象を受けたのでした。

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「一日一句」

新宿で 歴史と自然 味わえる


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