4年ぶりくらいになるでしょうか、久しぶりに世田谷ボロ市に行ってきました。
電車も、ボロ市に対応して増発されていました。
雨の予想でしたが、朝早くから出かけたので、濡れずにセーフでした。
世田谷ボロ市は、天正6年に小田原城主の北条氏が楽市を開いたのが始まりだそうです。400年以上の歴史があるのです。
それにしても、凄い人混みでした。外国からのお客さんも多く、道はギューギューでした。
私の感想としては、以前よりお店は増えましたが、増えたのは今風の食べ物屋さんばかり。伝統的、良心的なお店は減ったようでした。
私のお目当ての着物のお店も減りましたね。また、品物のレベルが下がったと感じました
あちこちの骨董市で出会う古着屋さんは、今までは良質のものを扱っていましたが、今回はちらりと眺めても、あまり良いものは出していませんでした。
ちょっと寂しいですね。
そんなふうにボロ市は変わってしまいましたが、あるお店で、ちょっとマトモな大島紬を購入してきました。身丈以外はぴったりでしたので、即決でした。
ほんとは、断捨離中なので、買っている場合ではないのですけどね。ピンクというかベージュの地味なものです。
おまけは、絞りの腰紐。これは400円でした。
実は世田谷に行ったのは、ボロ市は、二の次でした。
ほんとの目的はこちら。
ボロ市のときは、いつも素通りしていた所です。
こんな展示もありました。
玉川上水で使われた木樋です。
説明文には、
「玉川上水は、江戸市中の飲料水を確保するために開削された上水道。多摩川の水を羽村市で取水し、新宿の四谷大木戸まで掘ったもので、全長43キロに及ぶ。大木戸から先は、地下に埋められた木樋や石樋によって江戸城内や武家屋敷、町家などに水を供した」とありました。
分かりやすいですね。
お土産は、地図です。昔の村の名前も書かれています。
この資料館の隣には、代官屋敷があります。
彦根藩世田谷領20ヶ所の代官を務めた大場家の屋敷です。
古い井戸がありました。
庭には色々と石碑が並んでいましたが、私が気になったのは、分水についての碑でした。標石というそうです。
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