2015年7月3日金曜日

「速水御舟とその周辺」

世田谷美術館▼で開催中の「速水御舟とその周辺」▼ですが、5月から開催されていたのに、なかなか足を運ぶ暇がありませんでした。


ちょうど着物友達のY子さんから、行きたいという連絡をいただいたので、先日、出かけてきました。
この美術館は陸の孤島のような場所にあり、バスを利用して行くのですが、ちょっと不便なところにあります。


世田谷美術館は、市民カレッジでも学んだように、内井昭蔵さんという建築家が、初めて公園の中に建てた美術館です。1985年築というので、もう30年も前のことになるのですね。


砧公園の広々とした緑の木々の中に、彫刻がなじんでいます。


御舟の展覧会はこの先の展示室で開かれていました。
ここまでは撮影OKでした。


御舟は1894年生まれということで、私の祖母とほぼ同じ世代の人でした。
ところが1935年、彼は40歳という若さで、腸チフスで亡くなってしまいました。
(私の祖母はそれから戦後もずっと生き続けて、昭和57年ころ、90歳になるまで元気で生きていましたが。)

御舟は浅草の生まれだそうです。
小さい頃から絵が得意で、10代のころから若くして才能を発揮して、20代、30代には数多くの絵画を描いていました。

年代により、画風もいろいろと変化していたようで、歴史画から始まり、日本画の「赤曜会」に参加、そして花鳥画の世界に入り、その後、西洋絵画の影響を受けたそうです。
1930年にはイタリアに渡り、最終的には日本画の世界に戻ってきたようでした。

私は御舟というと、こちらの黒い牡丹の絵が好きなのですが、今回の展覧会にはこの絵の元になるような牡丹の絵画もありました。


この展覧会では、御舟だけではなく、彼の仲間たちの作品も多く展示されていました。
名前だけ記載しておきますが、今村紫紅、小茂田青樹、小山大月、などの人々です。
どの人も澄んだ美しい絵を描いていました。
大正時代や昭和初期には、美しい絵画がたくさん描かれていたのだなと思いました。


世田谷美術館は、大きなガラスの天井が明るいムードの美術館です。
階段の手すりの丸いカーブが優しい感じですね。


鑑賞した後は、Y子さんと一緒にサンドイッチを食べながら、中庭でおしゃべりタイム。
後ろには人工の滝が流れていました。


実は、Y子さんは、永年の夢をかなえて、最近、三味線のお稽古を始められたとのことです。
ということで、二人で三味線談義に花を咲かせました。
彼女は毎日、1時間は練習しているそうで、偉いわ。
この日も、三味線の発表会に向けて頑張っているので、着物には気が向かないようで、ロングスカートの洋服姿でした。
必死に打ち込んでいる姿が伝わってきました。

美術館の看板を写したかったのですが、世田谷区の施設案内のようになってしまいました。


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この日の装い。

着物交換会で譲っていただいた洗える着物です。
絵画鑑賞にちなんで、額縁仕立てにしてみました。


地味な着物に、黒の帯だったので、せめて帯締めは市松模様の可愛らしいものにしてみました。新宿の大塚呉服店で勧められたものです。




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