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2026年5月21日木曜日

羽村へフィールド・ワーク

大学の授業の一環として、羽村へフィールド・ワークをしてきました。

羽村は友人たちと訪れたこともあるので、これで3回目でした。

ものすごく暑くて、おまけに団体行動だったので、かなり疲労困憊。おかげで帰りの電車ではぐっすりと眠ってしまい、乗り過ごしてしまったほどでした。

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まずは朝10時にJR羽村駅近くにある五ノ神神社へ集合。みんなで27人だったかしら。

専門家の先生と、ゼミの先生が案内役でした。

まずは境内にある「まいまいず」の井戸を見学。

らせん状の道を、ぐるぐると下まで降りてみました。

その後は緩やかな坂を登って近くの公園へ。この土地の成り立ちなどを学びました。

珍しいところも案内してもらいました。

それは戦争中に使用された羽村山口軽便鉄道という電車の跡でした。

大正時代に、当時の東京の人口増加に対応するため村山貯水池建設と羽村・山村線導水管布設工事を行いましたが、それでも水不足だったため、山口貯水池の建設のため、羽村・村山に作られた砂利運搬軽便軌道でした。

インクラインで砂利を運んでいたそうです。

その隣には、遠江坂という坂の跡もありました。戦国時代に、大石遠江守の館があったそうです。ここは坂の上にありましたが、坂を下ると多摩川に成、そこを渡って鎌倉や小田原にも行ったようです。

そこからは羽村堰へ一直線。

暑かったですね。

こちらは何回も通過したことのある稲荷神社。


神社の近くには馬の水飲み場もありました。このような坂を上るには、お馬さんも水が飲みたいですよね。

ようやく玉川兄弟の像に到着。

集合写真です。


羽村の堰

地形のことや水の歴史を学びました。

最後は羽村郷土博物館へ。ここまでの道がいちばん、きつかったですね。炎天下をひたすら歩いて到着しました。

東屋で簡単なランチを取って、羽村駅まで戻りました。100円のミニバスでしたが、スイスイと到着。

この後、他の人は拝島の酒造に行ったようですが、私はお目当てのフクシマ屋さんへ。

お土産にこちらの「五の神おはぎ」を買って大満足。

ほんとうに小豆がもりだくさんでした!

あまりに暑かったので、近くのコンビニに寄ってこちらのアイスをイートイン。

みなさん、ほんとにお疲れ様でした。





2026年5月13日水曜日

「地質の日」~経産省のポスター展~

5月10日は「地質の日」ということで、その関連イベントが日本中で開催されています。

なぜ私にはお門違いとも思われる「地質」に注目したかというと、たまたま大学で「地質に関する専門図書館」というパンフレットを見つけました。「地質図ライブラリー」といい、つくばにあるそうです。それで、こんどその図書館を見学することにしました。

その前に経済産業省のロビーでは「鉱眠る大地」というポスター展があるというので、下見のつもりで、ちらっと覗いてきました。経産省の本館は霞ヶ関にあります。

こういうお役所に入るのは初めてなので、身分証明書としてナンバーカードを持参しましたが、ロビーの展覧会を見るだけなら不要でした。

このようなポスターが展示されていました。「鉱(あらがね)眠る大地」という展示会でした。

あらがね、という言葉はなんとなく武士のような雰囲気ですね。

他にもいろいろとカラフルなポスターがありました。


説明員がいれば教えて貰ったのですが、担当者がいないので、ただ眺めていただけでした。


それでも鉱物はきれいだなと思いました。


大昔、半世紀以上前に、地質調査所の方と一緒に仕事をしたのを思い出しました。といっても私は鉱物を研究したわけではなく、単なる事務仕事でしたが。

よく分かりませんでしたが、日本の地面にはいろいろと貴重な鉱物が潜んでいるようでした。

この日はお昼を食べ損なってしまったのですが、霞ヶ関あたりではどこでランチをしたら良いかわからず、結局、新宿まで戻って、クリームあんみつをランチ代わりとしたのでした。

頭を使うと、甘いものが欲しくなる、ということでしょうか。 




2026年4月5日日曜日

桃園川緑道あるき 3回目(源流~阿佐ヶ谷駅まで)

桃園川緑道あるきですが、順番があちこちとなりましたが、今回は源流の杉並区天沼から阿佐ヶ谷までの道のりです。

まずはJR荻窪駅まで行き、そこから最初の目的地である天沼にある杉並区立郷土博物館分館まで歩きました。

荻窪駅の北口周辺は大昔から知っている場所でしたが、それでも大きなビルが建ち並び、大都会になったんだなと思ってしまいました。

懐かしい「教会通り」もありました。

その先の路地を見つけて歩きましたが、ワクワクするような路地でした。


車止め。

この細い路地の突き当たりに公園らしきものが見えました。


そこは天沼弁天池公園でした。

博物館分館はこの左手奥にあります。

そしてそこの職員さんに、桃園川緑道の地図をいただきました。
その地図は学芸員さんが作成されたものだそうですが、道のりをとても親切に教えていただきました。去年まであった銭湯が今は壊されてしまって、新しい建物になっていることなども教えていただきました。

実は銭湯というのは、暗渠歩きにとっては特別なスポットなのです。それが無くなってしまったのはちょっと残念でした。

それでも分かりやすい地図をいただき、ラッキーでした。

このあたり、道路が赤色になっていて、歩きやすい道でした。

まずは職員の方に教えていただいた近くの「天沼もえぎ公園」まで。


大きな金属のリングのデザインが印象的でした。

ここからは、ちょっと寄り道です。

前回、1月におみくじをひいた「天沼八幡神社」に寄ってみました。


この神社は旧天沼村字中谷戸というところの鎮守で、天正年間に創建されたそうです。
明治40年に、四面道の鎮守であった神社が合祀されました。その神社は水神・安産の神として信仰されたそうです。

1月の時点では、まだ大学の進学が分からなかったのですが、この神社のおみくじで「大吉」が出て、安心したことが思い出されました。

ということで神社に御礼をして、そこからは本格的な緑道散歩です。

道にはきれいに草花が植えられていました。


こんなくにゃくにゃした道も。いかにも昔の水路ですね。


かつての「藤の湯」は、新しい家に建築中でした。

途中には日大の附属幼稚園もありました。

こちらは慈恩寺。


あちこちに車止め。

しばらく歩くと、中杉通りにぶつかりました。ここはJR阿佐ヶ谷駅の北になります。

こんな細い道を通りました。

このあたりでは、ちょっと道に迷いました。

「阿佐谷進交会」の看板が見えましたが、かつてはお店が並んでいたかもしれませんが、現在はそれほどお店はありませんでした。

このあたりには河北病院があるはずだったのですが、すぐには見つかりませんでした。

近くを通っていた老人に尋ねると、昔の病院は今は工事中とのことでした。

昔の建物は解体中でした。私が知っている河北病院は、もう今から半世紀以上も前のことですので、古くなってしまったのも当然です。


その近くには「阿佐谷弁天社」というこじんまりした神社がありました。


狐さんが並んでしました。

またもやくにゃくにゃ道。

「玉ノ湯」という銭湯がありました。何かテレビドラマの撮影中でした。

この後は、阿佐ヶ谷駅前のお店でちょっと休憩。

ランチ代わりの和風デザートです。


写真ではよく見えませんが、中間にあるもなかの皮(?)の下にもアイスやあんこがたっぷり入っていました。

お値段も安くて満足しました。

おなかも満たしたので、また緑道歩きを続けました。

こちらは以前、Cさんと一緒に歩いたときに出会った公園です。

そしてその先は桃園川緑道の本ルートになりました。

今回はまずはここまで。



2026年1月19日月曜日

多摩の図書館 1:国分寺本多図書館

論文点検のため、多摩の図書館で再度、資料を確認してきました。

そしてそのついでに、周辺の散策も楽しんできました。

まず1回目は国分寺市の本多図書館です。国分寺駅から歩いて10分くらいのところにあります。図書館には「資料室」という部屋があり、ここには市史や市の資料があります。

国分寺市内の新田の様子を再確認して、近くにある祥應寺へ。


なかなか美しい寺院です。


以前来たときから、変化がありました。
それは本多新田を開発した、本多兄弟についての記念塔ができたこと。


お寺の入口前に設置されていました。


なんとなく玉川兄弟のような雰囲気ですね。


当時の地図も描かれていました。
みなさん、なんとか左衛門、なんとか右衛門です。


ここにはKAIPANという寺カフェがあり、一度は利用したかったのです。

以前に来たときは真夏でしたが、カフェがまだ開店前だったので、また来たわけです。

注文したのはティラミスとコーヒーのセット。


木魚カステラというのもありましたよ。

他にも大豆ミート使用のカレー、グルテンフリーのパスタ、おかゆなど有り、どれも身体に良さそうなメニューでした。

外に出ると、青空に飛行機雲がくっきりと見えました。何か良いことがありそうな予感がしました。


そしてお隣にある八幡神社へ。

ゆっくりとした時間を過ごすことができました。