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2026年6月17日水曜日

幻の橋を探して再度、中野区まで

このところ週に4日も大学に出かけていて、なかなかゆっくりした時間ができません。

本来なら、週1回の通学でもOKなのですが、私は復習のために、以前受講した科目を2つも受講いるので、なかなか忙しいのです。おまけにフィールドワークが続いたり、自分自身のフィールドワーク(というか半分趣味の暗渠巡り)もしているので、以前よりも忙しいくらい。まぁ、自分で決めたことなので仕方ありませんが。

それでもその趣味半分であちこちの川歩きをしていたことが、役立つことも多くあるので、文句は言えませんね。

先日は、中野区へ。中野区の区長選挙があったり、サンプラザをどうするかの問題もあって、いろいろと世間の注目の的になっているようですね。それにしても駅前の再開発はすごかったです。こちらは問題の中野サンプラザ。

たしか高校の友人がここで結婚式を挙げたはずですが、それから半世紀ほど経っていると思います。

中野駅前というとサンモール商店街が有名で、私が若かった頃は、中野の商店街はここしかないような感じでしたが、今やあちこちに高層ビルが建ち並んでいました。サンモールでは古本屋さんと靴屋さんにお世話になった記憶があります。

今回はそこへは行かず、中野区役所へ。伝統工芸展があったので、ちょっと覗いてみました。


その後、小じゃれた中野区役所のカフェでランチ。

今年初の冷やし中華はごまだれ味でした。美味しかったですが、多すぎた~。

館内にはこんなポスターがたくさん貼られていました。犬を中野の町のイメージにしたいということでしょうか。


そして区役所の裏側にある犬屋敷へ。
ここは徳川綱吉が「生類憐れみの令」を出してた時に、お犬様を保護した場所ですね。私は諸橋玲子さんの「犬吉」という小説でこの屋敷のことは知っていました。ストーリーは忘れましたが、面白い小説でした。
お犬様が寝そべっています。

説明板もありました。

そしてこの日のメインの幻の桃園橋へ。

こちらはかつて桃園橋があった場所の跡です。中野五叉路の近くにあった橋ですが、拡張工事のために移動したのでした。


階段状になった坂を下りますが、ここは昔は桃園川が流れていた場所です。


この先の細い道を辿って桃花小学校へ到着。

ここは移設した桃園橋が設置されているというので、以前、Cさんと一緒に出かけた小学校です。その時は学校のフェンスの外から眺めただけでした。なんとか近くで見てみたいという執念で、再度、ダメ元でトライしました。

校門に設置されているインターフォンで「桃園川を調査している者ですが、桃園橋を拝見したいのですが」というようなことを丁寧に伝えたところ、あっさりと校舎に入れてくれました。

こちらが職員室の前庭に設置されていた橋です。全体像を撮るのを忘れてしまい、残念。


こちらも並んで立っていました。

学校の方とも少しお話ができて、良かったです。

そして前回(2026年3月)にはきちんと撮影できなかった、染物屋さんもしっかりと写してきました。実は暗渠のそばには染物屋さんがある、というのが暗渠マニアでは通説になっているのです。

捜し物に出会い、ウキウキしていたところ、雨がポツポツと降ってきたので、慌てて帰りました。

が、実はこの橋に関しては、まだまだ後日談があるのでした。それは別の機会に。



2026年4月18日土曜日

阿佐ヶ谷~高円寺まで

先日、JR阿佐ヶ谷駅からメトロ南阿佐ヶ谷駅まで歩きました▼が、今回は始点の阿佐ヶ谷駅は同じですが、終点はJR高円寺駅まで寄り道をしながら歩きました。

まずは阿佐ヶ谷駅の南口からパールセンターをぶらぶらしながら歩きました。ここは幼い頃、七夕まつりの時は必ず歩いた懐かしいところです。

途中で左折して住宅街に入りました。この辺り、初めて歩く地域でした。

道がくにゃくにゃしていました。

区立保育園を通過しました。


ここの園児たちはお隣の阿佐谷東公園で遊ぶのでしょうね。

またしても、くにゃくにゃした道の住宅街が続きました。

前回、お邪魔した馬橋稲荷神社が左手に見えたので、ちょっとだけお参りしました。

そして杉並第六小学校前の信号を渡りました。

近くにはこんなものがありました。お墓のような、記念碑のような。


反対側の角には庚申塚の記念のような石碑がありました。

この先は道幅が狭くなりました。車止めがありましたが、ここもゴミ置き場と化していました。


目指したのは弁天湯。

暗渠マニアの間では、銭湯が暗渠の目印とされています。

捜し物が見つかると、嬉しい。

この後はどうしようかと思いましたが、高円寺図書館に行くことにしました。

その途中に「高円寺の寺町」という地域を通りました。


こちらは西照寺です。


そのお隣は松応寺、宗泰寺、長龍寺、などと続きました。
そして長善寺を経て、高円寺図書館に到着。
広いグラウンドにはツツジが花盛り。


辺り一面、ピンクになっていました。

ここで調べ物をしました。ロビーが広くて、ここでは簡単な食事をしている人もいました。

桃園川緑道を歩こうかと思いましたが、この日はパスしました。

この日の歩数は約9,300歩でした。



2026年4月8日水曜日

桃園川緑道あるき 4回目(阿佐谷駅~天保新堀用水跡~杉並区役所まで)

桃園川緑道あるき3回目▼の続きです。

駅の近くのカフェで休憩した後は、また桃園川の暗渠歩きを続けました。

阿佐ヶ谷駅からのくにゃくにゃ道を辿りました。

もう一度、桃園川緑道の入口まで来ました。

こちらの印刷局宿舎というのは、桃園川暗渠の目印だと、何かの本で読みましたが、この先がよく分からなかったので、適当に歩きました。

そして馬橋稲荷神社を目指しました。「稲荷神社」というのは、農耕の神さまが祀られている神社です。

ちょっと分かりにくい場所にありましたが、かなり広くて立派な神社です。

こちらは裏口かしら? 鳥居だけでした。トンネルの入口のようになっていました。


中に入ってみると、かなり立派な神社でした。別天地のようなところでした。
ゴージャスですね。


こちらは水神社。


こちらが正門側かしら。とても立派な鳥居でした。


右手奥に見えるのは、龍が絡まった鳥居。
このような鳥居は都内には3ヵ所しかないのだとか。昇り竜なのかしら。

この地域の人にとって桃園川は大切な川でした。そこには清流にしか生息しない「イトヨ」という魚も泳いでいたそうです。

ところが関東大震災後、この馬橋には都心から多くの人が移住してきて、住宅が建ち並び、農地は失われてしまいました。不要となった桃園川は、コンクリートの擁壁に囲まれて、本来の流域を失いました。

そして川は生活用水のためにドブ川となってしまいました。また度重なる氾濫の為、川は蓋をされてしまいました。

この馬橋神社では当時の桃園川に思いを馳せ、参道に小さな池を作りました。

ここで失われた川に思いをはせ、メダカの泳ぐ小川にしたいとのことです。

その後はこちらの地図にあるようなルートを歩きました。(あまり正確ではありませんが)

近くに杉並第六小学校がありました。

その先を右折しました。ここはかつての新堀用水跡のようです。



この日は、あちこちで美しい桜を見ながら歩くことができました。


近くには小さな公園がありました。


児童遊園というのもありました。細長い公園です。


これこれ、この金太郎さんはずっと前から見たかったものです。暗渠の世界では有名なモノなのです。
ようやく出会うことができました。


そして杉並区役所の近くまで来ました。
パールセンターも終点ですね。


この後は南阿佐ヶ谷駅から地下鉄丸ノ内線に乗り、一駅だけで荻窪駅へ。


この日は午前、午後とかなり歩きました。

ただし、この頃は歩数計がうまくカウントせずに、何歩あるいたか、不明です。


2026年4月5日日曜日

桃園川緑道あるき 3回目(源流~阿佐ヶ谷駅まで)

桃園川緑道あるきですが、順番があちこちとなりましたが、今回は源流の杉並区天沼から阿佐ヶ谷までの道のりです。

まずはJR荻窪駅まで行き、そこから最初の目的地である天沼にある杉並区立郷土博物館分館まで歩きました。

荻窪駅の北口周辺は大昔から知っている場所でしたが、それでも大きなビルが建ち並び、大都会になったんだなと思ってしまいました。

懐かしい「教会通り」もありました。

その先の路地を見つけて歩きましたが、ワクワクするような路地でした。


車止め。

この細い路地の突き当たりに公園らしきものが見えました。


そこは天沼弁天池公園でした。

博物館分館はこの左手奥にあります。

そしてそこの職員さんに、桃園川緑道の地図をいただきました。
その地図は学芸員さんが作成されたものだそうですが、道のりをとても親切に教えていただきました。去年まであった銭湯が今は壊されてしまって、新しい建物になっていることなども教えていただきました。

実は銭湯というのは、暗渠歩きにとっては特別なスポットなのです。それが無くなってしまったのはちょっと残念でした。

それでも分かりやすい地図をいただき、ラッキーでした。

このあたり、道路が赤色になっていて、歩きやすい道でした。

まずは職員の方に教えていただいた近くの「天沼もえぎ公園」まで。


大きな金属のリングのデザインが印象的でした。

ここからは、ちょっと寄り道です。

前回、1月におみくじをひいた「天沼八幡神社」に寄ってみました。


この神社は旧天沼村字中谷戸というところの鎮守で、天正年間に創建されたそうです。
明治40年に、四面道の鎮守であった神社が合祀されました。その神社は水神・安産の神として信仰されたそうです。

1月の時点では、まだ大学の進学が分からなかったのですが、この神社のおみくじで「大吉」が出て、安心したことが思い出されました。

ということで神社に御礼をして、そこからは本格的な緑道散歩です。

道にはきれいに草花が植えられていました。


こんなくにゃくにゃした道も。いかにも昔の水路ですね。


かつての「藤の湯」は、新しい家に建築中でした。

途中には日大の附属幼稚園もありました。

こちらは慈恩寺。


あちこちに車止め。

しばらく歩くと、中杉通りにぶつかりました。ここはJR阿佐ヶ谷駅の北になります。

こんな細い道を通りました。

このあたりでは、ちょっと道に迷いました。

「阿佐谷進交会」の看板が見えましたが、かつてはお店が並んでいたかもしれませんが、現在はそれほどお店はありませんでした。

このあたりには河北病院があるはずだったのですが、すぐには見つかりませんでした。

近くを通っていた老人に尋ねると、昔の病院は今は工事中とのことでした。

昔の建物は解体中でした。私が知っている河北病院は、もう今から半世紀以上も前のことですので、古くなってしまったのも当然です。


その近くには「阿佐谷弁天社」というこじんまりした神社がありました。


狐さんが並んでしました。

またもやくにゃくにゃ道。

「玉ノ湯」という銭湯がありました。何かテレビドラマの撮影中でした。

この後は、阿佐ヶ谷駅前のお店でちょっと休憩。

ランチ代わりの和風デザートです。


写真ではよく見えませんが、中間にあるもなかの皮(?)の下にもアイスやあんこがたっぷり入っていました。

お値段も安くて満足しました。

おなかも満たしたので、また緑道歩きを続けました。

こちらは以前、Cさんと一緒に歩いたときに出会った公園です。

そしてその先は桃園川緑道の本ルートになりました。

今回はまずはここまで。