2026年5月29日金曜日

つくばの地質標本館へ

先日、再びつくばにお邪魔しました。

今回は産業総合研究所の「地質標本館」というところでした。

前回はつくばエクスプレスの「研究学園」という駅で降りましたが、今回は終点の「つくば」駅でした。

駅前からバスに乗車。


しばらく乗車して、とても美しい木々の中を歩きました。ほんとうに緑がきれいでした。


そして地質標本館へ。

同行したのは大学の同級生ですが、物知り博士さんと、地質の仕事をされていた人でした。


当初の予定では、ここはざっと見学して、その後はJAXAに足を延ばすつもりでしたが、あまりに展示が素晴らしくて、時間が足りないくらいでした。

いろいろな岩石や鉱物の展示、地球の歴史、化石、火山など地球に関するものがぎっしりと並んでいました。

地球が生まれてからの歴史は興味深かったです。人類なんて、他の生物に比べたら、まだまだ新入りなのだと思いました。

とくに素晴らしかったのが、日本地図のプロジェクション・マッピングでした。いろいろなボタンのスイッチを押すと、それぞれに表情が変わりました。日本の火山のありかや、活断層が目に見えるのでした。


ほんとうはもっと美しいのですが、うまく写せませんでした。


こちらは同行者の撮影です。



こちらは建物内の階段ですが、アンモナイトの形をしていました。

お昼は職員さんが利用される食堂でいただきました。研究者タイプの方がたくさんいらっしゃいました。

とても環境の良いところなので、研究が進むのではないでしょうか。


こちらは山から川が流れてきて、それが扇状地などを作り出す模型でした。


スタッフの方が、丁寧に教えてくださいました。

今回は地質地図の図書館にも入ることができました。通常は企画展のような催しがないと入館できないのですが、ラッキーな事に、美しい地質図を拝見することができました。

こちらは鉱物の展示です。


そういえば、20年ほど前になりますが、大学で仕事をしていたとき、この産総研に出張したことがあったのでした。たしかこの建物に入った記憶があります。

帰りはここの職員が利用するバスにのって、つくば駅まで戻ることにしました。


地質標本館は地学などに興味の無い方でも楽しめるところです。
無料でこれだけの展示が見られるのは、もったいないくらいだと思いました。

帰りのつくばエクスプレスは、停車駅が少なく、ものすごいスピードで飛ばしていました。あっという間に秋葉原に到着しました。

下車すると、つくばとはまるで空気が違いました。緑の研究都市が羨ましかったです。



2026年5月27日水曜日

阿佐ヶ谷かいわい暗渠散歩 1

杉並区内の暗渠散歩です。

「地図ラー」というサイトで、「阿佐ヶ谷暗渠マップ」という地図を入手できたので、それを参考にしながら歩いてきました。

この日は午前中は用事があったので、午後から家を出たのですが、日差しが強くなり、結構、疲れました。おまけになかなか捜し場所が見つからず、暗渠到達率は50パーセントくらいだったでしょうか。

まずはJR阿佐ヶ谷駅で下車。


川端商店街というところからスタートしました。駅の南側にある商店街です。「川端」の「川」は何川をさすのだろう、と考えつつ歩きました。


最初の目的地は、駅近くにある釣り堀「寿々木園」です。


ここは大正12年の関東大震災後に東中野の日本閣から阿佐ヶ谷に移転してきたそうですが、当時の阿佐ヶ谷はどれくらい、農家があったのでしょうか。いずれにせよ、水田や畑を利用して作られたところだそうです。

多くの釣り人が楽しんでいたので、あまり写真を撮るのは悪いと思い、敷地内を写したのはこの一枚だけですが、かつての農村風景がなんとなく思い浮かびました。

国鉄中央線が敷かれたのは1922(大正11)年ということなので、まるで今とは違った風景だったでしょうね。

その後は、かつての用水跡だったと思える細いくねくね道を歩きました。


車止めもありました。この辺りは相沢堀だったようです。


杉並第七小学校を目指しましたが、校舎と反対回りに歩いてしまったようで、正門まではすごく時間がかかりました。

西向橋というところに行ってみたかったのですが、場所が確認できず、仕方なく諦めて、駅の北側にいくことにしました。

線路に沿って商店街がありました。「阿佐谷一番街」という通りです。


ここにはかつては銭湯がり、そこはコインランドリーになったというのですが、残念ながら見つかりませんでした。
こちらの看板は昭和35年頃の様子だということですが、銭湯はちょっと探しても分かりませんでした。


こちらは駅付近の裏道といったところ。


左の塀は、杉並第一小学校の塀だったかしら。ちょっと記憶が定かでありませんが。


小学校の角を曲がると、立派な鳥居が見えました。


神明社という神社です。ここでお能を見たことがありました。

お隣は世尊院というお寺でした。

その近くにある商店街を進み、松山通りというところを北へ歩きました。この道はかつてはお参りに行く道だったようです。


このあたりも水路だったようですが、道の両側にはいろいろなお店がありました。
脇の道にはかつての水路の面影が残っていました。


こちらも車止めですね。


あまり収穫はなかったなと思いながら、また駅の方へ戻りましたが、すると小さな墓地を見つけました。「法仙庵」というところでしたが、ここはかつての阿佐ヶ谷村名主・相沢喜兵衞に関係するところでした。相沢といえば、あの相沢堀の相沢さんですよね。


ちなみに「荻窪風土記」には、「相沢堀は、杉並区役所の手前から阿佐ヶ谷田圃へ入り、東に行って高円寺、中野を通り、新井、落合、神田川上水に合流する」と書かれていたそうです。

こちらは文久年間(1861~1863)に、それまで散在していたお墓を集め、村共有の地に貧富にかかわらず地割りを平等にして造った共同墓地だとか。そこは戦災で焼失しましたが、昭和31(1956)年に再建されました。
東側にある道は、権現道という鼓動で、練馬の円光院子(ね)にお参りに行く参道だったようです。
お墓もありました。
今回は相沢さんのお墓を見つけただけでも良し、としましょう。


その後はこちらの商店街をぶらぶらと歩いて、阿佐ヶ谷駅へ。


それにしても暑くなると、午後の町歩きは大変です。








2026年5月24日日曜日

二日続けて生の音楽会&ピンクの袷

このところ、2日連続して素敵な音楽に出会うことができました。

まず土曜日は、府中駅直結の市の施設でギター演奏会。多摩地区に住むギター好きな方の集まりですが、大学の友人も演奏するというので、みんなで応援に出かけました。ソロ演奏の方、歌とギターのデュエットの方、トリオで演奏するグループなどさまざまでした。演奏する曲のジャンルも様々で楽しめました。友人はクラシックな曲と、ジャズのスタンダード曲「テイク5」を演奏していました。楽しく聞くことがができました。

その後は、みんなで懇親会。男女半々でしたが、意外と男性から料理の話題など出て、おもしろかったです。次回の演奏会用に、聞きたい曲のリクエストも話題になりました。やはり知っている曲、懐かしい曲、映画音楽などに人気がありました。

この日は4月並みの寒さ、ということで、4月のお花見シーズンは暑くて着用できなかった、ピンクの袷を今頃になって着てみました。それまではお花見の時にはよく着ていた大島紬です。こちらは2024年4月の写真です。桜が満開の時でした。


こちらは今回、2026年5月の同じ着物。白い帯を合わせてみました。


この時は大学の女性たちも一緒でしたが、細かいところをよく見ていましたね。
帯と白いバッグがコラボしているとか、洋服地の羽織が可愛いとか、お褒めいただきました。
大学の普段の授業には青系統の地味な着物が多いので、ピンク着物は喜んでいただいたようです。


翌日の演奏会もやはり府中でしたが、東府中にある「府中の森芸術劇場」のホールで開催されました。


府中市民によるオーケストラに、ピアニート公爵という呼び名もある森下唯さんがゲスト出演されるというので、是非、聞きに行きたいと、この日を待っていました。府中市民交響楽団はとても大きな楽団で、100名以上の方が参加されているようです。
「不滅」というタイトルの演奏会でした。


最初は市民オーケストラの演奏で、シベリウスの「フィンランディア」。これはロシア支配下にあったフィンランドの独立運動のための曲で、8分という短い曲でしたが、とても雄大で情熱的でした。
そして森下さんが登場して、チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲」が始まりました。クラシックに詳しくない私でも知っている名曲中の名曲です。35分という長い曲でしたが、ピアニストと指揮者、そしてオーケストラの皆さんの火花が散るような演奏でした。本当に素晴らしくて、演奏中に涙が出てしまったくらいです。
実はピアニストさんは、私の昔の三味線仲間のご子息でもあるのです。会場では彼女に久しぶりにお会いすることができました。どのように育てたら、このような素晴らしいピアニストになれるのか尋ねてみました。彼は3歳の頃からピアノを習っていたそうで、その先生の教え方も良かったようでした。やはり小さな頃からの積み重ねが大切なのですね。
休憩の後はニールセンの「不滅」という曲でした。この人もシベリウス同様、北欧出身でした。最後の部分で、舞台奥の左右に陣取ったティンパニーの乱打が素晴らしかったです。

この日もピンクの袷にしましたが、帯は染めの焦げ茶色の花柄にしました。写真を撮るのを忘れてしまったようです。

明日からはまた気温が上がるそうなので、その前に袷着物を着ることができて、ラッキーでした。



2026年5月23日土曜日

ゼミのOBOG会

少し前のことになりますが、大学のゼミのOBOG会が開かれました。

私の属しているゼミには、6年間の学生がいます。この時は、初期に学んだ方から、今年の4月に入学した方までのうち、20名くらいが参加しました。もちろんゼミ担当の教官も一緒でした。

とにかくみなさん、仲がよくて、集まって飲食するのも、外へフィールドワークに出かけるのも大好きな人ばかりです。先輩たちは分からないことはなんでも教えてくれるし、相談にも乗ってくれます。

この日は大学の食堂を借り切って集まりました。

こちらはゼミ生でもある酒蔵の女将さんからの差し入れ。ほんとに美味しいお酒でした。


おしゃべりに夢中になり、写真はごくわずかしかありませんが、料理もたくさんありました。美味しいものがあったのですが、写せなくて残念。



賑やかな女子組です。こちらは現役のみなさんです。


この日の装い。
単衣の着物にしました。
派手な帯は羽織だったものです。かなり派手な男びなので、普段の授業ではちょっと目立つので、このチャンスに使ってみました。



2026年5月22日金曜日

久しぶりの渋谷川

渋谷川を探検したのは、いつ頃のことだったかしら?

昔のブログを調べてみると、2023年3月のことでした。もう3年以上も前のことになるのですね。

先日、渋谷駅を通ることがあったので、ちょっとだけ下車してみました。

私はふだん渋谷へ出かける時は井の頭線を使って行くので、山手線の渋谷駅で下車したのはかなり久しぶりでした。これまで山手線のプラットホームは暗くて、外回りと内回りが別々のホームだったような記憶がありますが、変わっていました。

新南口というところから外へ出ましたが、以前はなかった広々とした階段ができていて、驚きました。なんだか宝塚のレビューができるような大階段でした。

こちらは2023年の風景です。手前に見える広場はすっかりお洒落に変身していました。

上の写真にある大階段はまだ影も形もありませんでした。

左手に見えるGoogleのビルは前と同じでしたが、その前に流れる渋谷川は水しぶきが流れ落ち、きれいな風景になっていました。


稲荷橋も以前と同じ。こういうのが残っていると、ほっとしますね。


ちょっとだけ足を延ばして、稲荷神社に行ってみました。

すると大小、二つの稲荷神社がありました。

最初は小さめの神社。豊栄稲荷神社というところでした。

お狐さまもいました。

その向かい側には、もうちょっと立派な金王八幡宮という神社もありました。この二つの神社の関係が良くわかりませんが。外国の方もかなりいらしてました。


赤い鳥居が見事でした。

この日はとても暑い日だったので、もうこれ以上歩くのは辛いので、お稲荷さんだけで退散しました。

渋谷の街もどんどん変化していますね。変わらないのは神社だけでしょうか。