2026年4月29日水曜日

深大寺の如意輪観音像 特別開帳

 先日、「多摩川観音霊場 午年御開帳」巡りをしました▼が、今度は地元の深大寺で開かれた特別公開に行ってきました。

深大寺といえば、国宝の白鳳仏がありますが、如意輪観音像は同じ釈迦堂に置かれていました。

高さ約27センチという小さな観音様でしたが、なんとも優美なお姿でした。カメラ撮影は禁止でしたので、写真はありませんが、右腕は肘のところで折り、頬を支えているように見えました。広隆寺で見たようなきりりとした半跏思惟像のような姿とは異なり、愛らしいものでした。意外と丸顔で親しみやすそうなお姿でした。

御開帳はこの日が最終日ということでしたので、たくさんの人が押しかけていました。

深大寺の構内図ですが、釈迦堂は5番の位置にあります。

こちらは本堂。

Uさんと一緒に。

大きな「なんじゃもんじゃ」の木の下では、ちょうど消防隊が演奏をしていました。

爽やかな春の日に相応しい行事に参加できました。

教えていただいたUさん、どうもありがとう。

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この日の装い

黄色と水色の縦縞模様の木綿着物。

帯はかなり昔、骨董市で見つけたもの。

祖母の帯留め。






2026年4月25日土曜日

「天保図録」全巻 読了!

松本清張の超長編小説「天保図録」全4巻をようやく読み終えました。

実は私の研究テーマが天保時代の話なのですが、天保といわれても「天保の改革」という単語くらいしか思い出さなくて、あまりピンときませんでした。

そこで天保時代を描いた小説を探したところ、松本清張の本があったのです。

これは昭和39年ごろ、つまり今から60年以上も前に描かれたもので、私はまだ中学生の頃でした。

とにかく長くて、いろいろと悪いやつが登場します。そして登場人物の名前がややこしい。つまり正式な氏名で描かれるよりも、その役職で描かれているので、同一人物と気づかないことが多いのです。

たとえば天保の改革の中心人物である水野忠邦は老中であり、越前守でもありますが、文中には「水越」と描かれていると、誰が誰だか分からなくなることが多いのです。

いずれにせよ、権力欲の塊のような人です。

そして彼の子分である鳥居耀蔵というのがいるのですが、これがまた悪いヤツで、「妖怪」と呼ばれたほどでした。

登場するのはほとんどが男であり、女は添え物、という感じでした。

いずれにせよ、武士の力は低下していることを認めず、町人や農民を虐げる政策をしていたので、最期は失脚してしまい、ろくな事はありませんでした。

いやはや、大変な小説でした。

お口直しに、すっきりとする本が読みたいですね。


2026年4月24日金曜日

「多摩川観音霊場丑年ご開帳」に行ってきました

「源氏物語を楽しむ会」のメンバーと一緒に、「多摩川観音霊場丑年ご開帳」巡りをしてきました。

これは観音菩薩の従者が「馬」であることから、午年に行われる多摩の行事なんだそうです。始まったのは昭和8年ということなので、もう90年くらい続いているのですね。

多摩地方には40ほどのお寺が参加しているようでした。

そのお寺の中でUさんが探してくれたのは、調布市の南の地区にある明照院と、和泉多摩川にある玉泉寺でした。この二つのお寺に参拝してきました。

まずは明照院ですが、ここは2000年に野川を歩いていたときに出会ったお寺です。その時のブログはこちら▼

ところが今回はバスで出かけたせいか、道順が全然分からず、みんなでウロウロと歩き回りました。とてもややこしい場所にあり、説明が難しいところでした。

こちらは懐かしい「野川大橋」です。


スマホの地図を頼りにぐるぐると歩きましたが、なかなか見つかりません。ようやく辿り着きましたが、今度は急な階段が待ち受けていました。

案内図で確認しているところです。


正式名は、天台宗大悲山明照院というようです。


ちょうちんの紋には★のようなものが描かれていて、珍しいですね。

境内にはいろいろな建物がありました。


こちらは神社にあった稲荷神社など。3つ並んでいるのは珍しい。


記念撮影。


こちらは上の写真の建物にあった閻魔さま。

ただし今年限りのご開帳という観音さまがあるという場所は分からず、おまけに社務所は無人で尋ねることもできずに、ちょっと残念でした。

こちらは隣にある糟峯神社です。「かすみね」と読みます。


近くの野川には、同じ名前のかすみね橋がありました。この神社が橋名の由来なのでしょうね。

お寺の近くに咲いていたのはアイリスでしょうか? とても鮮やかでした。

そしてまたバスに乗りました。この時、雨が降り出してきました。

その後、小田急線の狛江駅から一駅だけ乗って、お隣の和泉多摩川駅へ。

次の玉泉寺は割と駅の近くにありましたが、お寺の入口が分からず、ぐるぐると歩きました。辿り着いたところです。


こちらが特別公開の11面観音が見られるところです。お堂にはリボン(?)が繋がっていて、これを引っ張ると、ご利益があるようです。


開いた扉の隙間から、ちらりと観音様を拝むことができました。


こちらのお寺ではポスターもきちんと貼ってありました。

いろいろな見どころがあるお寺でした。


そしてランチは駅前のベトナム料理屋さんへ。

私はベトナム・チャーハン。


こちらは友人が頼んだベトナム・フォー。

お腹いっぱいになりました。

その後、私は大学の授業を受けに行きました。この日はおよそ11,000歩でした。

Uさん、12年に一度の貴重な体験ができました。企画していただき、ありがとうございました。


2026年4月22日水曜日

高円寺の暗渠巡り

桃園川つながりで、高円寺に残る暗渠巡りをしました。

同行していただいたのは、暗渠の先輩Cさんです。

JR高円寺駅で待ち合わせましたが、その時はとても寒くて、強風が吹いていました。雨も予想されるというので、ちょっと躊躇しましたが、この時を逃すとなかなか都合がつかないので、強行しました。

今回のルートは、「なみじゃない、杉並!」というサイトに出ていたものです。こちら▼を参考にして歩きました。


まずは高円寺駅の東側にある「座」という施設まで。こちらではさまざまな演劇などが上演されますが、今回の目的はその建物ではありません。


「座」の脇にひっそりと佇む、こちらの暗渠です。細長い道のように見えますが、これは桃園川の分流のようでした。


その後は、この近くに池があるというので、探してみました。
子供向けのサイエンス施設「イマジナス」▼(旧杉六小学校)の施設内に、古い池のようなものが見えました。金網越しに覗いてみました。


この水路を辿って、中央線をくぐったところには、小さな公園がありました。


さぁ、ここからは暗渠探検が始まりました。

建物と建物の間に挟まれた細い道を辿ります。


似たような場所ですが、それぞれ幅が違ったりしています。


こちらは比較的、新しい暗渠のようです。


このような道を歩いて行くと、桃園川緑道に繋がりました。何回か歩いている場所です。


かっぱの象と、ピンクのつつじが可愛らしい。


こちらは上の地図の13番に当たるところの壁画です。
世界的な壁画家・岩切章悟さんという方の作品でした。


その後はちょっと道を北上して、くにゃくにゃ道に入りました。


たくさんの車止めがありました。このあたりは中央線高架下、阿佐谷寄りのところです。地図の15番です。


そして中央線の北側に進みました。このあたり、細い道があちこちに見かけられました。
こちらは古い井戸の残骸。さすがにもう使えないでしょう。ほったらかしでした。


ここでいちおう今回の暗渠巡りは終了。地図の17番あたりです。
後ろを振り返ると、こんなところでした。


その後は、高円寺駅東側のカレー屋さんへ。
ひよこ豆のカレーにしましたが、美味しかったですよ。


その後は、近くにある気象神社まで。正式名は氷川神社です。


さすがに気象の神社ということで、電光掲示板にはこの日の気象状況が映し出されていました。


鳥居にも「気象神社」の額(?)がありました。


この神社は、源頼朝が奥州征伐の際にここに立ち寄り、その時に建立したとか。
気象神社は全国でも唯一の神社で、戦時中は旧馬橋(現在の高円寺北4丁目)にあった陸軍気象部内に祀られていたそうですが、戦後、こちらに写されました。

なかなか楽しい暗渠巡りでした。写真を撮りながらゆっくり歩いても2時間弱のコースでしたので、さっさと歩けば、すぐに終了するお散歩コースでした。








2026年4月21日火曜日

新学年スタート

4月20日から大学の新しい学期がスタートしました。

私のゼミも、新しい本科生4名を迎えました。

男性3名、女性1名ですが、そのうち元銀行員が2名、元郵便局員が1名、化学分析の専門家が1名というなかなかのメンバーです。

まずはそれぞれがパワポを使っての自己紹介。教授や助教さんも同様です。

みんなの持ち寄りお菓子がスゴイ。春休み中に、みなさん、あちこちにお出かけされたのですね。

その後、夕方からは近くの居酒屋さんで歓迎会でした。先生、お気に入りのお店です。

いやはや、いつものことながら賑やかなこと。特に酒蔵の女将がいるので、お酒の話題も尽きません。

ということで、みなさん、良い気分になって、ゼミは来週から本格的なスタートになります。

この日の装い。

かなり暑さが予想される日だったので、木綿着物にしました。


帯締めは自作です。

上の集合写真に見えますが、余り布で作ってもらったミニバッグの評判が良かったです。