杉並区内には郷土博物館が2つあります。
先日のブログ▼にも書いたように、本館は大宮八幡宮の近くにあります。
そして今回訪れた分館は、JR中央線の荻窪駅から徒歩で10分ほどの天沼というところにあります。
この辺りは「教会通り」という道を通って行くのですが、半世紀以上前にも来た場所ですが、当時は博物館はありませんでしたね。衛生病院は昔からありましたが、なんとなく来たことがあるような、ないような場所でした。
調べてみると、こちらの分館が創立されたのは2007年(平成19年)だそうなので、それでは私は知らないわけでした。今から19年前ということです。
ここは天沼弁天池公園の中にあります。
寒い日だったので、池の水が凍っていました。
公園の入口には天沼弁天社がありました。
ここで「玉川上水とすぎなみ」という展示があったので、出かけてきました。
玉川上水に関しては、あちこちで展示されていますが、今回は杉並区内にある玉川上水の様子が展示されていました。
玉川上水にかかる牟礼橋(久我山駅近く)から代田橋(世田谷区)までの約6キロが杉並区内に流れているとのこと。
玉川上水のすごいのは、本流だけでなく、あちこちに分水があることですが、杉並区内にも下高井戸村分水、烏山分水、上北沢分水があります。
玉川上水を全区間歩いたのは3~4年ほど前でしょうか? 全部で30回くらい歩いた記憶があります。杉並区辺りを歩いた時のブログはこちら▼。
懐かしい思い出です。
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玉川上水との関係を、郷土資料館の展示資料から、簡単に紹介しておきます。
【玉川上水とすぎなみの江戸時代】
「武蔵野の草原台地に位置する「すぎなみ」は江戸時代初期、徳川家将軍が鷹狩りをする場所であった。その後、江戸城を中心とした城下町の発展に伴い、生活用水を供給するため、玉川上水が開削された。この上水からの分水を利用することにより、新田開発が進み、現杉並区域の村々は、1万人の農民が暮らす農村へと発展した。」
【玉川上水の分水】
「武蔵野台地の農民や江戸城下の要望により江戸幕府が玉川上水に分水路を設け、各地に水を運んだ。分水路は33ヵ所に設置された。すぎなみは玉川上水から分水した千川用水を通して水が利用できるようになり、新田開発がなされ、江戸へ野菜などを供給する農村地帯になった」
【すぎなみの農業発展】
「現杉並に位置する江戸時代の村々では玉川上水からの分水、とくに千川用水の通水後、新田開発が積極的に実施され、畑作を中心とした農業が発展した。なお当時の村々の人口は明治初期の調査では1万人程度だった。
すぎなみの農民は玉川上水や分水の定期的な見回りや掃除などを担い、江戸へ供給する水の確保・維持に努めた。
すぎなみの村では栽培した野菜を江戸の大名屋敷や町家へ運び、販売後には購入した糞尿を持ち帰り、肥料として畑に蒔き、農業を営んでいた。」
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博物館の展示のついでに、近くにある天沼八幡神社にも寄ってみました。
そしてまたおみくじを引いてきました。
「大吉」でした。100円を投入すると、下の方から自動でクジが出てくるタイプのおみくじは、大吉が出る率が多いような気がしました。
「願望」 のぞみのままです
「旅行」 よし 連れの人に注意
「商売」利益あり進んで吉
「学問」安心して勉学せよ
「恋愛」この人より他になし
「縁談」多くて困ること有
なんちゅう運勢でしょうね。
その後、ぷらぷらと歩いて荻窪駅に戻りました。
