2026年9月20日日曜日

千川上水あるき

 このところ雨模様の日々が続いていますが、たまたま晴れ間の見えた朝、千川上水あるきを思い立ちました。

京王線で芦花公園まで行って、そこからバスで中央線の荻窪駅まで。そして荻窪駅北口からバスに乗って青梅街道の水道端というところで下車しました。ここから千川上水の開渠が始まります。

千川上水というのは、かの有名な玉川上水の分水で、6つある上水の一つです。

今から330年前にできた古い水路です。もともとは小石川や本郷、浅草方面へ上水として給水する予定でしたが、その後、農業用水としても利用されてきました。ただし途中、中止になったり復活したりという水路です。

この千川上水にはいくつもの分水があり、つまりそれらはみな玉川上水の孫やひ孫といった存在です。私の研究対象である桃園川も、かつてはこの千川上水から水をもらっていました。

こちらはスタート場所の水道端バス停。


こんな道を歩いて行きました。水路が見えました。


最初の橋は竹下橋。まだ農家が残っています。


お次は久山橋。

お次は田中橋。この辺りはずっと練馬区です。


上水は割と浅めでした。玉川上水はとても深くて怖い感じがしますが、こちらは万が一、落ちても助かりそうです。


北は武蔵関駅、南は吉祥寺駅という標識がありました。
分かりやすいですね。取水口まで4.5キロと書かれていましたが、ちょっと遠いな。


このあたりは、彼岸花が満開でした。
こちらは紅白が揃っていたところ。


赤い彼岸花に、黒い蝶がやってきました。
パタパタと動き回るので、なかなか写すのに苦労しました。
実はこのとき、そばにカラスもいたので、ヒヤヒヤしながらの撮影でした。


お次は吉祥寺橋。


ここは練馬区と武蔵野市の分かれ目になっています。

東北浦橋。


桂橋。


北裏橋。


千川上水慈雲堂なんとか碑でした。近くに慈雲堂病院というのがありました。慈雲堂というのは、日蓮宗の僧侶の精神に基づいて作られた精神科の病院だそうなので、それと関連しているのかもしれません。


こちらは千川上水全体の案内図です。練馬区と武蔵野市、西東京市の境を流れています。


こちらは公園というよりも、広場というか、通路というか、細長い道でした。


近くに「庚申塔」があるようでしたが、こちらは「更新橋」


こちらは庚申塔。この案内板を見ると、更新橋には庚申塔が立っていたのです。ややこしい。この庚申塔は、250年ほど前に建てられたそうです。吉祥寺村と練馬の村が共同で建てたそうです。


このあたりの様子。穏やかな雰囲気の所でした。

西窪橋。

関前橋ももう少しです。

名前が不明の黄色い橋。子供が喜びそう。


三郡橋。


武蔵野市、西東京市、練馬区の境にあるそうです。


この先は、NTTの大きな施設が続いていました。
青梅街道も近くて、かなり交通量が多いところでした。

関前橋に到着。
なんとなく周囲の雰囲気に見覚えがあると思いましたが、昨年、関前新田を歩いていたときに出あったところでした。そういえば武蔵野の博物館の展示に、「関前新田では千川上水の水を利用していた」とあったことを思い出しました。
なるほど、このあたりのことを説明していたのですね。


ここは交通の要所で、吉祥寺行きや三鷹行きのバスも通るところです。
傍のベンチに座ってちょっと休憩しました。


この先、頑張って歩こうかと思いましたが、ここから先は、バスで何回か通過したところなので、またの機会に歩くことにしました。
ここをずっと歩くと、境橋になり、そこで玉川上水から分水されたのです。

ということで今回は荻窪経由、バスと徒歩、吉祥寺までのバス、という経路で歩いてきました。

やはりどんな川でも橋でも、自分の目で見ると違いますね。千川上水はもう少し広い幅のところだと思っていましたが、意外とこじんまりとしていて、可愛らしい上水でした。
こんな上水を6つも作ってしまうなんて、江戸時代の人の技術はすごかったのだなと改めで感じました。