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2026年10月22日木曜日

「源氏物語を楽しむ会」99回 2026年10月

 「源氏物語を楽しむ会」もなんと99回を重ねました。

毎月1回の読書会(おしゃべり会)ですが、知らぬ間にもう8年もの月日を重ねていたのですね。来月はちょうど100回目になります。

どんなお稽古ごとでも100回重ねれば、少しは上達するはずですが、さてこの回で源氏物語の神髄に近づけたでしょうか。

それは別にして、今回は前月からの「梅枝」です。その前の「真木柱」はちょっとした苦みのあるホームドラマのような雰囲気でしたが、今回は「これぞ平安の物語」といった華やかな様相です。

               毛利博物館

大人達は香の集い、管弦の集い、 和歌の集いなどで優雅な時間を過ごし、お姫様や若君(東宮)はそれぞれ現代の成人式を迎えます。一般庶民には縁遠い話ですが、そこは物語なので、眼をつぶりましょう。

彼らは美味しいお酒を飲んだり、薫物の種類を当てたり、楽器を奏でるのが仕事のような毎日でしたので。

さて、 当時の貴族の成人式は、男子はほぼ12歳~15歳、女子は12歳~14歳くらいでのお祝いでした。

物語の中では東宮は、髪の毛を少々カットして貰い、大人の髪型になり、冠をかぶります。衣装も大人の衣装(束帯)に着替えます。「元服(げんぷく)ですね。これは現代でも聞くことばですね。

女子(もともとは明石の御方の娘ですが、光源氏と紫の上の子供ということになっています)は帯のようなもの腰に結ぶという儀式です。「裳着」(もぎ)のお祝いと言います。驚いたことに、この裳着の式は、夜間に行われるのですね。2月の夜は、まだ寒かっただろうと思いますが、当時は春、という感覚だったのでしょう。

そしてこの式が終わると、2人は結婚するという流れです。

ちなみにその頃、光源氏は39歳という設定です。

ただし本当のお母さんである明石の方は、そのような華やかな式には参加できませんでした。ひっそりと堪えていたのでしょうか。

今の世なら、「ほんとうは私が産んで育てたのよ」と言いそうですが。




2026年8月30日日曜日

「源氏物語を楽しむ会」97回報告 2026年8月

源氏物語を原文で読む会ですが、ようやく「真木柱」の巻を読み終えました。

記録を見ると、この巻を読み始めたのは2025年12月だったようで、なんと半年以上もかけて読み続けてきたわけです。

ということで、みんな、「どうしても今回で終えよう」という意気込みで、ラストスパートとなりました。

光源氏のウソの娘である玉鬘も、黒髭と結婚して、めでたく子供も生まれたので、まあ一段落ということになりました。

       大和和紀「あさきゆめみし」第4巻より

この巻は、光源氏を取り巻く人たちというよりも、玉鬘に惹かれた男たちがあれこれ登場して、誰が誰だか相関図を見ないと分からなくなるほどややこしいお話が続きました。

玉鬘さんは、今まで登場した女性とはちょっと違ったタイプだったように思いました。

彼女は、生まれこそ都でしたが、幼い頃から九州の田舎で育ち、それでも楽器もみごと、文字も美しく、和歌もよめるという美しい娘になりました。そして最後は主婦の座におさまったようで、それもちょっとあっけなかったような気もしました。

環境によりその人の性格が変わってくる、というのは事実でしょうけれども、それにしてもあまりにモテモテ過ぎました。それで悩んでしまったりしました。それでも最後にはあっけなく鬚黒の妻になってしまう、というのも、なんだか紫式部らしくない?ようなストーリーでした。

さて次回からは今度はがらりと変わって、明石の君と、その姫君のお話になります。

2026年7月21日火曜日

「源氏物語を楽しむ会」第96回報告 2026年7月 

 このところ学校の用事が重なり、なかなかブログにまで手が回らない状況です。

一緒に「源氏物語」の読書会をしているUさんが、そんな状況を見て、レポートを送ってくれました。

ちょうど私も先日の分をまとめていたところですので、二人の報告を見ていただき、想像していただくと良いかもしれません。

Uさんのまとめ

鬚黒大将は、意にそまない結婚となった玉鬘が沈んでいるし、帝や源氏も出仕させないのは不満であろうと、中断していた尚侍(ないし)としての出仕をさせることにした。代理の承香殿に局を与えられる。

正月14日の宮中儀礼、男踏歌は、帝の前(清涼殿)で足拍子を踏み、舞を舞う。その後、秋好中宮の局(梅壺)、朱雀院、東宮(梨壺)を回る。舞や歌には、内大臣の子息(玉鬘の兄弟)や鬚黒の長男も加わっている。玉鬘の局は、水駅(みずむまや)になり、一行をさけや湯漬けで饗す。鬚黒が手配している。

兵部卿宮から、恨みがましい歌が届いたところに、宮の訪れ!源氏と瓜二つなのに驚く玉鬘。

帝とは玉鬘に、深く思っていて、尚侍としての玉鬘に三位(紫色の礼服を許す)を与えたのに、と歌をみかけるが、玉鬘はその格別のはからいに感謝する歌を返す。鬚黒は一刻も早く玉鬘を自邸に連れて帰りたい、と気が気でない。

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私の訳(林望、玉上琢彌訳を参照)

もろもろの事が続き、憂鬱になった玉鬘の様子を見て、鬚黒は年が明けてから彼女を参内させました。

今年は宮中で男踏歌(おとことうか)が行われる年でした。源氏や内大臣、鬚黒大将、内大臣の公達達も集まりました。玉鬘の局は承香殿の東面でした。宮中は華やかで優雅な様子でした。また秋好む中宮、弘徽殿女御、式部の卿の宮女御、などがいずれも妍を競っていて、風情豊かなようすでした。誰もが美しく装い、また御殿の御簾の下から見える袖口の重なり具合も非常に風情がありました。

まず帝、中宮、朱雀院と次々に廻って夜が更けました。朝が明けると、内大臣の息子達は酔いがまわっていました。まだ童の八郎気味はとても可愛らしくて、とても大事に育てられている様子でした。

玉鬘も六条院で鬱々と過ごすよりも、こうした晴れ晴れとした宮中で過ごしたいと思うのでした。

大将は一日に何度も玉鬘の元へ手紙を渡していました。鬚黒にしてみれば、玉鬘が宮中を気に入ってしまうのを恐れていたのです。

また兵部卿の宮も、玉鬘へ懸想文を送りました。玉鬘はそれを見て、嫌な気持ちになりました。ちょうどそのとき、宮がお出ましになりました。月が明るくて、帝のお顔はなんともいえないほど美しく、源氏の大臣にそっくりでした。しかし玉鬘は帝の思いやりがうっとうしくなり、黙ってしまうのでした。彼女は、好意のあるようなそぶりはすまい。男と女の中は面倒なものだと思うのでした。


2種類の解説があると、なんとなく分かったような気分になりました。

それにしてもモテモテの玉鬘さん、美人は美人なりに苦労があるのですね。



2026年5月12日火曜日

「源氏物語を楽しむ会」94回報告 2026年5月

「源氏物語を楽しむ会」もなんだかんだで、94回目の開催となりました。100回記念はどうしようかな、なんて思ったりしています。

さて物語は「真木柱」の途中まで進みましたが、今回は夫の愛情が玉鬘に移ってしまい、精神的に荒廃した北の方(正妻)が子供を連れて実家に戻り、父親や母親と話す場面です。

そして今回のポイントは、北の方の娘(真木柱)が家の柱に歌を残すという、この巻のタイトルにもなったシーンでした。

実はこの奥様は式部卿宮の娘という上流階級出身の方ですが、そのような人でも夫の浮気にはカッとしてしまうのですよね。家庭内の不和は、いつの時代でも暗い影を落とします。

とはいえ、鬚黒は玉鬘にメロメロなのですが、玉鬘の方はそれほど愛情もないのです。また光源氏にしても、ほんとうは玉鬘を自分の手元に置いておきたかったのですが、鬚黒に奪われてしまい、複雑な心境です。

現代でも家庭の崩壊は悲劇ですが、平安時代でも同じだったのですね。そういう場面を紫式部は冷静な目で描いていました。

私たちの感想としては、当時の家族関係は今よりもずっと実家の親の力や影響が強かっただろう、ということでした。男性はお嫁さんの実家の財力を当てにしているのがミエミエでした。

この物語はもう少し続きます。

こちらは今回の人間関係です。Uさんがその関係図を探してきてくれましたが、かなりややこしいです。

会場のバルコニー(?)にて。


この日の装い。

「着物お譲り会」でいただいた鮮やかな水色と黄色がアクセントの藍色の帯を初めて締めてみました。

会場にて、Kさんと。


帯の後ろはこんな感じ。


ちょっとお太鼓の柄出しが上すぎたかもしれませんね。

着物は、2年ほど前の別のお譲り会でいただいたグレーの単衣。写す場所によって、いろいろな色に見えます。とても小さいサイズなのですが、なんとか着られました。


2026年5月1日金曜日

「源氏物語を楽しむ会」93回報告 2026年4月

ブログのアップが前後してしまいましたが、深大寺に行く前▼には、下高井戸で「源氏物語を楽しむ会」に参加しました。

今回はメンバーのSさんが、報告をしていただきました。

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2026年4月28日

源氏物語を楽しむ会に参加して来ました♪

原文を読んで、解説文をお聞きして、その解説を基に参加の皆様とお話したりしています。

仕事等でまばらの参加となってしまいがちですが、

今回は真木柱で、黒髭、北の方、玉鬘への手紙。

現代に繋がる内容でイメージしやすい場面でした。

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Sさんは、いつもKindleで源氏物語の原文を読んでいます。

「真木柱」というのは、この巻の題名ですが、もともとは「建築・物理的な意味: 杉や檜などの「真木(良質な木材)」で作られた太い柱。寝殿造の母屋などに使われる重厚な柱を指す」とのことです。

源氏物語の中では、第31帖になります。玉鬘が結婚した相手である鬚黒大将の長女のことです。

今回の話の後で、彼女は父親と別れて暮らすようになります。

その時、これまで慣れ親しんだ自邸の柱に和歌(「今はとて宿かれぬとも馴れ来つる真木の柱はわれを忘るな」)を残したことが、このタイトルとなっています。

その長女は何歳くらいでしょうか。12,3歳くらいかな。多感な年頃ですね。

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こちらは私が持参した源氏物語の解説本。文章がすっきりしていて、また内容が多岐に渡り、興味深い本です。

読書会の終了後、会場の外で写真を写してもらいました。


この日の着物は、木綿です。寒くもなく、暑くもなく、ちょうどよい気候でした。





2026年3月12日木曜日

「源氏物語を楽しむ会」92回報告 2026年3月

今回の「源氏物語を楽しむ会」はスペシャル・バージョンでした。

この読書会は、これまで8年間ほど続けてきましたが、いつも内輪のメンバーで「原文を読む」ということを細々としてきました。

8年間といっても、私自身は源氏物語に対して教養が深まったり、古典の世界に没頭したり、というほどではありませんでした。平安時代と現代との違いや、あるいは時代を超えた同じような感情が見つかった、といった程度です。(ただし、私以外のメンバーは、源氏物語に対してもっと真面目な思いを持っているはずです)

それ以上に、この読書会では日本の文学や伝統芸術、着物についての情報共有ができるので続けているわけです。

そんな読書会ですが、実は「源氏物語」を面白い角度から研究されている方と出会うことがありました。私は図々しくもその彼女を「源氏物語を楽しむ会」のゲストとして参加していただくようお願いしました。

快く引き受けていただいたのは、Kさんという方です。

Kさんは、もともと「ある香りをかぐと、ある昔の情景が思い出される」ということに興味を持っていたそうです。それは「プルースト現象」と呼ぶのだそうですが、長編小説「失われた時を求めて」(1913)にもそのことが書かれているそうです。

そしてKさんは、「日本にももっと昔からそのような現象を扱った小説があるかもしれない」と考え、日本の古い文学を探ってみました。

そして最初は「伊勢物語」に花橘の記述を見つけ、そして源氏物語にも橘の香の話があることを探し出しました。それは源氏物語の第11帖「花散里」の巻でした。

その巻では、光源氏は亡き父の桐壺院の女御であった麗景殿を、五月雨のない晴れ間に訪問します。彼女は院がお隠れになってからはたよりない身の上になっていましたが、源氏の好意で生活していました。

そして橘の香が懐かしく匂う中、亡き父の桐壺院のことを思い出したのです。

そこには静かに暮らす花散里もいました。彼女は麗景殿女御の妹です。花散里は温和で家庭的な性格で、光源氏の大勢いる愛人の中では地味な存在であり、源氏にとっては安心できる女性でした。

光源氏は、昔の人(父帝)を思い出させる橘の香を懐かしく思ったのでした。

そしてKさんは、「香」が「なつかし」と関連性があると見つけ出しました。

ふーむ、素晴らしい分析ですね。

それから先の研究方法は、ちょっと言葉で表すのは難しいのですが、簡単に述べると「源氏物語の文章をデータ化して、どの用語がどのように使われたか」を数量的に表すことに辿りつきました。

ここから先は、彼女の研究の核心に触れることなので私からはお伝えできませんが、源氏物語を題材とした研究、すごいな~と思わずにはいられませんでした。

「花散里」の巻は、光源氏がまだ25歳頃の話です。だいぶ前に読みましたが、もう一度、読み返してみようと思いました。

写真は牛車から、屋敷の中で琴を弾く花散里の姿を眺める光源氏の姿です。

(國學院大學図書館「源氏物語 嫁入本」より)

この後、光源氏は須磨に流されるのでした。

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実はこの日は、東京でも朝からかなりの雪が降りました。東京では3月の雪は珍しいかもしれません。それで着物着用は諦めました。

この日は時間が足りなくて、みなさんの写真を撮るのも忘れました。

おまけ:こちらは「楽しむ会」の後に、メンバーと一緒にいただいたランチ@ガストです。

鶏の唐揚げに、なんだか不思議な味のソースがかかっていました。


2026年2月18日水曜日

「源氏物語を楽しむ会」 91回報告 2026年2月

 「源氏物語を楽しむ会」も細々と続けて、90回、オーバーとなりました。

会場を予約して下さり、会計係も担当しているKさん、

日本の文学、芸術、芸能などに詳しいUさん、

お仕事でお忙しい中、気楽に参加していただいているSさん。

みなさんと一緒にいるのは、一月に1回の集まりですが、まさかこんなに長く続くとは思っていませんでした。

実は、マンネリにならないよう、ちょっと新しい試みをしてみようかと考え中。

さて、この日はKさんの京都土産からいろいろな話題になりました。

左の白いのは「はんなり漬け」です。よい塩梅に浸かっていました。


右に見えるのは榮太楼のチュールタイプの羊羹。
あんこは私の好物なので、真似をしてスーパーで購入してきました。

さて食べ物の話はここらあたりにして、「真木柱」についてです。
今回、ここに登場するのは、「鬚黒」(ひげくろ)というちょっといかついけれども真剣な浮気(おそばの女性に手を出したくらいはありましたが)はしたことがなかった男性と、その正妻(北の方)です。

正妻はどのような理由か分かりませんが、ちょっと情緒不安定という女性です。実は彼女は良いところのおうちの出で、あの紫の上とは異母姉妹という間柄なのです。北の方は鬚黒よりも少し年上です。
そして鬚黒が玉鬘を妻にすると、2人の中は決定的に壊れてしまったのです。

そういう場面を原文と現代語訳で読みました。

現代でも、浮気したことのなかった男性が、何かのきっかけで若い女性にクラクラとして、そして家庭を壊してしまうという話はよくありますが、著者の紫式部はそのような場面をうまく描いていました。


2026年1月21日水曜日

源氏物語を楽しむ会 90回報告 2026年1月

 「源氏物語を楽しむ会」もなんと90回目となりました。この分だと、今年の末には100回突破になりそうです。

 ということで90回目は「真木柱」(まきばしら)の巻きでした。

 ちなみに真木柱というのは、立派な柱という意味のようですが、源氏物語では玉鬘の結婚相手である鬚黒大将の長女の名前です。真木柱の母親は、式部卿宮という格式のあるおうちの娘です。

 さてモテモテ娘だった玉鬘ですが、多くの言い寄る求婚者がいたのに、結婚した相手は鬚黒大将という名前からしてむくつけき男性でした。鬚黒は当時32~34歳ぐらいとのこと。多くのライバルの中から自分が人気のある玉鬘をゲットしたので、さぞかし彼はうきうき気分だったのでしょうね。

 ただし彼には本妻(北の方)との間に長女、長男、次男の3人の子供がいました。おまけにそれまでは浮気などしたことがなかった堅物でした。

 ということで玉鬘はそれほど乗り気でもない様子。それならイケイケの光源氏と結ばれた方がよかったのかしら、と思ったに違いありません。

 この後、北の方が怒り狂って、鬚黒に灰をばらまくというシーンが展開します。

 なにやら現代のドラマを見ているようですが、というか、このような問題はいつの時代からもあったのでしょうね。そこに登場する人物の心のうちを、紫式部はみごとに描いています。

 それにしても玉鬘は九州から上京してきて、右も左も分からない田舎娘だったはずですが、その美貌ゆえに男たちを虜にしてしまいます。なんだか罪な存在ですね。

 この日は、Kさんから地元の銘菓をいただきました。マドレーヌとフィナンシェでしたが、その違いなど調べていて、読書の開始が遅くなりました。

いつもの場所で撮影しました。







2026年1月11日日曜日

「源氏物語を楽しむ会」89回報告 2025年12月

去年のことになりますが、12月中旬、「源氏物語を楽しむ会」を開催しました。

今回は、Sさんが久しぶりに参加されました。



今回も玉鬘を巡るお話「藤袴」の続きでした。「藤袴」は意外と長い巻ですね。

お話は、右大臣の息子・柏木が、父の代理で玉鬘の所にやってきたところから始まりました。

柏木は、それまでは「玉鬘は光源氏の娘なので、恋の相手には最適だ」と思っていたはずですが、なんと彼女は実のお姉さんと分かり、がっくり。弟としてはやるせない思いでしょうね。

この巻は、ほんとに人間関係が複雑なので、関係図を載せておきますね。

そして物語は9月になりました。なんと「初霜がおりた」と書かれていました。いくら京都とは言え、ちょっと早いような気がしますが。

玉鬘の元に、あちこちから恋文が届きます。

髭黒、蛍兵部卿宮、左兵衛督からも。モテモテなんですね。

ところで源氏物語について多くの著作を出している山本淳子さんによれば、この時代、異母兄弟が多かったのですが、それを知らずに恋愛の対象としてしまうこともよくあることだったようです。

またこの時代に結婚が認められていたのは、三親等からで、叔父と姪の関係は認められていたそうです。ですから光源氏の弟の蛍兵部卿宮も玉鬘に求婚していたのですね。

平安時代の貴族たちは、とても狭い世界に生きていたので、恋愛相手も限られていたようです。

こちらは藤袴の花を手にした夕霧が、玉鬘を訪ねる場面です。桃山時代の土佐光吉の屏風です。


このところ、「源氏物語を楽しむ会」と大学の授業が重なることが多く、そういうときは途中で失礼させてもらっています。それで内容の薄い報告で失礼しています。







2025年12月6日土曜日

「源氏物語を楽しむ会」 88回報告 2025年11月

報告が遅くなりましたが、先日は88回目の会となりました。

いつものように前半はおしゃべり大会。Kさんが金沢の珍しいお土産を持参されて、あれこれ雑談から始まりました。

お土産は色とりどりの麩でした。手まりのようで可愛いですね。

さて今回も「藤袴」の巻です。

ここではヒロインの玉鬘ですが、彼女は「光源氏の娘」であるということになっているので、光源氏の息子である夕霧はなんとなく距離を置いていましたが、実はそうでないと分かり、1人の恋愛対象として見るようになったようです。

反対に内大臣の息子たちは、これまでとは反対に「実は姉か妹だった」ということになり、ちょっぴり残念がっているようでした。

美女というのは何かと罪作りですね。

それに加えて、御上の存在、また髭黒右大臣、蛍兵部卿宮など求婚者たちもたくさんいて、玉鬘さんはこれからどうなるのでしょうね。

この時期は、玉鬘のおばあさまである大宮の喪が明けた頃です。この頃は喪中と喪明けでは衣装が異なります。だんだんと淡い色の衣装に替えていきます。

この日の装いは、青のだんだら模様の着物。

かなり昔、フリマで買ったものです。

帯はお譲り会でいただいたような記憶があります。ざっくり調なところが気に入っています。



2025年10月10日金曜日

「源氏物語を楽しむ会」 87回報告 2025年10月

 今回の「楽しむ会」は「藤袴」の2回目でした。

その中に、どうしてこの巻が「藤袴」と呼ばれるのか、その理由となる和歌のやりとりがありました。

 (ウィキペディアより拝借)

それは夕霧(光源氏の実の息子)が、御簾の中にいる玉鬘(光源氏の娘ではなかった)に対して、藤袴(蘭の花)を差し入れて、

「あなたと同じ野の露に濡れてしおれている藤袴、蘭の花です。かわいそうだといってください」と、玉鬘の袖を引いたのです。

と玉鬘への秘めた恋心を伝えました。

ところが玉鬘は素知らぬ素振りをしました。

「私は元は遠く離れた野の露ですから、薄紫のゆかりとは言いがかりでしょう」と答える場面がありました。

ここからこの巻は「藤袴」と呼ばれるようになったのですね。

また、「裳」について調べてみました。

それは夕霧や玉鬘にとっては祖母に当たる大宮が亡くなったので、彼らは喪服を着ていました。そして裳が明けるとなると、河原に行き、禊ぎをするのでした。当時はそのような習慣があったようです。

とはいえ、彼らの場合は、本当に水浴びをするのではなく、形式的だったと想像しますが、どうでしょう?

        画像は「雅勒の散歩道」▼より引用

また貴族が乗る牛車についても、辞典で調べてみました。牛車には乗り方の決まりがあり、乗るときは後方から乗り、降りるときは前の方から降りたそうです。

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この日は、かなり涼しくて、単衣の着物でちょうどぴったりでした。



施設の玄関先で写しました。



2025年10月6日月曜日

「源氏物語を楽しむ会」86回 2025年9月

 2025年9月に開催した「源氏物語を楽しむ会」の報告です。

この時は、会場の抽選の結果、23日の「秋分の日」開催となりました。

例によって、最初はおしゃべりにあれこれ花が咲きました。

というのも、私が松江に行った時に仕入れてきた「不昧公」の和菓子をいただきながらでしたので、おしゃべりも話題が尽きませんでした。

こちらは松江城と松江歴史館。

さて源氏物語ですが、今回からは「藤袴」の巻に入りました。

藤袴というのは、秋の七草のひとつだそうです。

ウィキペディアによれば「フジバカマ(藤袴、学名: Eupatorium japonicum)とはキク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。秋の七草の1つで、秋に淡紅色の花を咲かせる」花だとか。

10月頃に咲くので、ちょうど今頃の季節の花でしょうか。

      
         (写真は金沢自然公園のサイトより拝借しました)

「藤袴」の主な登場人物

♥玉鬘 光源氏の元の彼女と、若かりし頃の内大臣との間に生まれた女性。
◆内大臣 光源氏の幼なじみでもあり、恋のライバル。玉鬘の実父。
◆宰相の中将 光源氏の息子(夕霧)、玉鬘は姉だと思っていた。

実は、なかなかややこしい関係なのです。

この日は、当時の男性の髪型や、かぶり物について、ちょっと調べてみました。
冠を被る文化は、唐から入ってきたそうですが、平安時代の男性はどんなときでも冠を被らないことはありませんでした。寝るときも着用していました。

こちらの絵は、非常に貴重なシーンです。清和天皇が、おつむをそのまま出しています。非常にリラックスしていたのでしょうね。


またこちらはその冠の後ろにたれている細長い布です。巻纓(けんえい)と垂纓(すいえい)があります。
2種類ありますが、武官が着用した巻纓(活動しやすく短い冠)と、文官が着用する垂纓(長く下に垂れている冠)がありました。


なにやら決まり事がたくさんあり、貴族は大変でしたね。

こちらは昨年の大河ドラマ「光る君へ」で若かりし頃の藤原道長が付けていた冠です。彼は当時は武官だったわけですね。


             「NHK大河ドラマ展」より

この日はとても爽やかな日でしたので、単衣着物がぴったりでした。


会場近くでは秋のお祭りが開催されて、おみこしが練り歩いていました。

2025年8月17日日曜日

「源氏物語を楽しむ会」85回 2025年8月

 2025年8月の「源氏物語を楽しむ会」は、私が大学の都合で欠席でしたので、メンバーのUさんがレポートを書いてくれました。ありがとうございます。

今回で「行幸」の巻は終わりになりました。

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今回の場面は、玉鬘の裳着当日(2月16日、亥の刻、午後10時ごろ)。

玉鬘は、表向きは源氏の娘として裳着の式を行いました。

「腰結」の役は、実の父親である内大臣が担当でした。「腰結」とは、「裳着」の儀式で、裳の紐を結ぶ役目のことです。通常、人望のある人が務めました。

玉鬘が実の姉妹であると気づき、うろたえる内大臣の息子たち(柏木、弁少将)や、求婚している髭黒大将、蛍兵部卿宮、などの様々な人たちの思惑が入り乱れました。

最後に、「尚侍(ないしのかみ)になりたい」と訴える近江の君(彼女も内大臣の娘)に、和歌を詠ませたりして笑いものにしました。

「源氏物語」の中で、裳着の記述があるのは、他に紫の上(「葵」の巻にごく簡単な記述)や明石姫君(「梅枝」の巻)の場面です。

内大臣は光源氏とは違って、とても子だくさん。その子供たちをまとめてみました。

以上、今回の報告はUさんでした。

次回からは藤袴(ふじばかま)の巻です。これはそれほど長くないのですが、1回で終わるでしょうか。



2025年7月31日木曜日

「源氏物語を楽しむ会」84回 2025年7月

先日、「源氏物語を楽しむ会」を開催しました。

いつものようにスタートはおしゃべりから。

今回は、どういうわけか、昔のテレビタレントのロイ・ジェームスさんについての話題でした。若い方はご存知ないと思いますが、元祖・外人タレントのような方でした。もしご存命なら今年96歳。この方はお生まれは台東区でしたが、元はトルコの方で、その後、日本国籍を取得されました。タレントさんというか、司会業で人気者になったと思います。

そうそう、どうしてこの方の話になったかというと、この方の奥様はかつては三島由紀夫の「鏡子の家」のモデルだったそうで、それでロイジェームスに話が飛んだのでした。

三島由紀夫も生きていれば100歳でしたね。

ということであれこれおしゃべりをした後で、玉葛の裳着の話になったのでした。

今回は宿題が出ていました。

それは「行幸」の原文のなかで、内大臣が「今日のかしこまりは、・・・」と話すのですが、

その現代語訳は「今日のお礼は・・・・」となっていました。「かしこまり」というと「かしこまりました」のように使うことが多いのですが、それがどうして「お礼」になるか、よく分かりませんでした。

それで「かしこまり」の古語を調べてみました。かしこまりは、「畏まり」と書くそうで、意味は「恐れ入ること」「恐縮すること」だと書かれていました。また「感謝の言葉や謝罪、おとがめをうけること」の意味もあるそうです。

現代語で「かしこまりました」というと、これは相手の言葉を慎んで承る、了解したという意味になりますが、そこから「ありがたく思う気持ち」や感謝の気持ちをあらわすことばとしても使うのだそうです。

ふーむ、古語と現代語では微妙に意味が違っていますが、それでもなんとなく分かりました。

ということで、今回は宿題の解明でした。

写真は刀剣ワールドより拝借した「裳着」です。

今回のお話には、久しぶりに末摘花さんも登場しました。彼女なりに必死になっているのですが、光源氏はあまり気に入らないようですね。

2025年6月27日金曜日

「源氏物語を楽しむ会」83回 2025年6月

だいぶ間が空いてしまいましたが、昨日、「源氏物語を楽しむ会」を開催しました。

今回の内容は、主人公の光源氏が、幼なじみであり、恋のライバルでもある内大臣と対話する場面でした。二人とも偉くなってしまい、ゆっくりと話す時間もなくなってしまいましたが、娘の玉鬘の裳着について、今回は久しぶりに対面したのでした。

土佐光吉「源氏物語図屏風」

さて私たちの会では、源氏物語のストーリーを学ぶということだけではなく、源氏物語に関連した文学や映画、舞台など、なんでも自由に語っています。

今回はUさんが、三宅香帆さんという書評家の文を教えてくれました。それは本居宣長についての解説文でした。

本居宣長については名前だけはなんとなく知っていても、何をした人か、明確にご存知ないと思います。彼は江戸時代の国文学者であり思想家でありました。三宅さんによると彼は「批評家」という肩書きがぴったりなのだそうです。そして彼は「源氏物語」や「古事記」という日本の古典の解釈をした人、ということでした。

そして特に注目したことは、光源氏と六条御息所がどのようにして出会い、どのようにして恋愛が始まったかが書かれていない、ということにも注目したのだそうです。たしかに言われてみたら、知らない間に六条御息所が彼の愛人として登場していたのですよね。そしてそれに関連して、本居宣長の文学論が描かれているのでした。

実は私は6年前に、本居宣長の塾というようなところに行ったことがありました。松阪市の鈴屋というお宅です。

その時のブログ▼。

お部屋が再現されていました。

もうちょっとちゃんと見ておけばよかったかな。

この日は雨の予報もあったので、私はジーンズでしたが、Uさんはかっこいい黒の浴衣姿でした。白っぽい帯とよくマッチしていて涼しそうでしたよ。




2025年5月7日水曜日

「源氏物語を楽しむ会」82回 2025年5月

今回の「源氏物語を楽しむ会」は、ゴールデンウィーク最終日の5月6日の振替休日に行いました。

世間が休み中だったせいか、電車はがら空き。ゆったりと座席に座って、会場がある下高井戸駅まで行くことができました。

ただしこの日は朝から雨が降り、ひんやりとしていました。なんでも3月並みの気温だったそうです。

またこれまで会場では世田谷区のWi-Fiがそのまま利用できたのですが、今年度からは受付に申し出て、あれこれ書類に記入してルーターを受け取るいうシステムに変更されました。

こちらがそのルーターです。

つまり会場で学習や会議などで利用する人だけに貸し出す、というスタイルになったわけですね。

使用目的まで記入しなくてはならないのです。「画像閲覧」とか「古語の検索」とか書くのですが、ちょっと時代に逆らっているような感じですね。

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さて、今回の源氏物語の内容は、『行幸』の途中からです。光源氏が玉鬘の裳着を急ぎ、実父(内大臣)の母親である「大宮」を見舞いに行く場面です。

この大宮は年取った女性という設定で、病気がち。脇息に寄りかかって、弱々しそうでした。息子は仕事が忙しいのか、あまり寄りつきません。したがって彼女の関心は孫のことばかりでした。

息子の内大臣は光源氏と同年代なので、たぶん37歳か38歳くらいです。ということは大宮は15歳くらいで子供を産んだとすると、その時は53歳くらいでしょうか。もし20歳で産んだとしても60歳手前です。

その割にはあまりにも弱々しく、年老いた存在でした。現代の50歳代とは比べものになりませんが、死がすぐそこまで近づいているような感じがしました。

という場面を原文と訳文で読みました。今回は与謝野晶子さんの訳も利用しました。

さて「源氏物語」の時間が終わり、部屋の外へ出ると雨足は強くなり、ひんやりした空気が漂ってきました。コートを着ていましたが、寒かったですね。

そこで何か暖かい食べ物をいただきましょうということになり、下高井戸の町を探しましたが、連休最終日のせいか、お店はほとんど閉まっていました。

下高井戸は京王電鉄と東急電鉄が交差する駅で、杉並区と世田谷区の二つの区の接点になります。現在の駅周辺は将来の発展のためにまち作りの発展段階にあります。

そんな駅前でようやく見つけたのが、昔ながらの喫茶店。「コロラド」です。

Googleマップで見ると、ほんとうに駅前です。

レトロな雰囲気が漂っていて、地域の人に愛されているようなお店でした。

私はドリアをいただきました。チキンとキノコが入っていて、身体が温まりました。

さて、この寒い雨、早く止んでもらいたいですね。




2025年4月11日金曜日

「源氏物語を楽しむ会 81回」2025年4月 報告

先日の「源氏物語を楽しむ会」はみなさん、お着物姿で参加しました。


ということで、会の前半は着物談義となりました。

Uさんは、紅花で染めた美しい黄色の紬でした。薄紫の帯が春の雰囲気を増していました。

Kさんは、ベージュ系の帯の着付けに頑張ったそうです。ニュアンスのある帯締めも良いですね。藍色のお着物に春らしさを加えていました。

着物を着ていると、帯の締め具合が気になります。私だけかと思っていましたが、みなさん、同様でした。帯の見た目は同じなのですが、硬くて締めにくい帯、柔らかすぎて手こずる帯など、あれこれ問題があり、みんな苦労しているのですね。

そんなおしゃべりが続きましたが、この日の源氏物語は「行幸」から。

ある年の12月、冷泉帝(本当の父親は光源氏)は鷹狩りのため大原野にお出ましになりました。多くの家臣たちも参加して、長い行列が続きました。その衣装の美しいこと。帝は赤いお召し物でした。色鮮やかな場面です。

玉鬘も車の中からその様子を見物。帝の美しさに呆然とするのでした。赤のお衣装が美しく、ボーッとしてしまったようです。また父親だという内大臣は男盛りといったように思ったようでした。

行列の中には、背中に「やなぐい」を背負った人もいました。「やなぐい」ですが、こんな感じでしょうか。

またそこには色黒で、毛深い右大将もいましたが、彼女は「なんかいやだわ~」と思ったようです。

その翌日、源氏は玉鬘に「昨日はどうだった?」と帝の様子をお便りで尋ねてみました。玉鬘は美しい帝のおそばで勤めるのもすてきだけど、帝には二人も奥様がいるし、あれこれたいへんそうだわと思ったようです。

そして源氏は玉鬘に「裳着の儀式」(女性の儀式で、現代の成人式のような儀式)をさせようと思ったのでした。

今回は尾崎左永子さんの訳本を参考にしました。この方、歌人としても著名な方で、97歳で現役のようです。素晴らしい。


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この日の装い。

ピンクとグレーの大島紬。これは珍しくお誂え品。ただし着物を着始めてすぐに誂えたので、まだよく分からず、胸の抱き幅が広くて、身体にフィットしていません。

帯はだいぶ前に着物交換会でいただいてきたもの。重宝しています。

このところ式典のための着物が多くあり、白襟ばかりでしたが、この日は黒地にピンクや紫のお花の刺繍入の半襟にしました。

こちらの羽織、京都のリサイクル着物屋さんで、たしか1000円だったかな?

春向きなので、着てみました。