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2026年3月25日水曜日

桃園川緑道あるき 2回目(東中野~神田川合流地点まで)

「桃園川緑道あるき 2回目」というタイトルですが、実は「1回目」はまだアップしていません。すいませんが、2回目からのスタートとなります。

先週、暗渠マニアのCさんと一緒に桃園川緑道の1回目をしましたが、けっこうボリュームがありました。それで最初は簡単な東中野編から書いてみることにしました。

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まずはJR東中野駅で下車。こちらがその駅のマークです。

そして太い道路(山手通り)を南下して、まずは氷川神社へ。というのも1回目のラストが「宮下交差点」だったので、その「宮」である氷川神社を探してみました。

なかなか広い敷地で立派な神社でした。

説明によると、この神社は旧中野村の鎮守社で、1030年に埼玉の大宮神社から勧請したそうです。応仁年間(15世紀)には、社殿を改築したといわれているので、かなり古い神社ですね。

江戸時代には淀橋、下宿、西町、仲宿、打越、囲、原という氏子があり、それぞれの地区の幟や提灯の美を競い、獅子舞や相撲、力石持ち上げ比べなども行われていたそうです。

そこから少し下ると、宮下交差点。

歩道橋が見えますが、桃園川に架かる「宮下橋」はありませんでした。撤去されてしまったのでしょうか。

こちらが桃園川緑道の入口です。

歩いてすぐのところに中野区立塔山小学校がありました。日の丸が立っていましたが、どうやらこの日は卒業式だったようです。桜もきれいに咲いていて、良い日になりましたね。


その先には江戸時代の「中野三重塔」の風景画がありました。
この塔は1945年、戦争中に焼失してしまったそうです。
作られたのは寛永年間(17世紀)に建てられたとか。

緑道は少しずつ区切られていましたが、ただ石やポールなどが立っているだけで、橋の名前がないところもいくつかありました。

ひょっとすると、こちらは立田橋と関係するものかもしれません。


この魚のような形をした橋が、「睦橋」のようです。
参考:https://natrium.jp/canal_lot/momozono/momozono01/index.html


可愛い形です。

こちらは名前が分かる戸井橋。道路工事をしていました。


次の「睦橋(むつみはし)」もちょっと見当たりませんでしたが、このフェンス、色がきれいでした。

「小淀橋」。

とても小さな橋名版でした。

フェンスの柄はセンスがありました。

次は「田替橋」。たがえはし、というのだそうです。田圃を替えたのでしょうか。

ラストは「末広橋」。ここで神田川と合流します。

カメラマンが神田川を撮影していました。


桜はもうちょっとかな。

この川の近くには南こうせつの「神田川」の歌碑がありました。1973年(昭和48年)の作品だそうです。もうあれから半世紀以上、経っているのですね。大ヒット曲でした。

そこから少し北上しましたが、道が狭いというか、曲がっているというか、分かりにくいところでした。

「第六天神」という神社がありました。


鳥居がやけに目立ちました。
この右手に大きな桜の木があるようでしたが、伐採されたようです。

若い女性がやってきて、本殿の前で長いことお祈りをしていたので、邪魔せずにすぐに立ち去りました。

「東中野名店会」の旗があるゆるやかな坂道を上りました。

東中野駅方面に歩いて行くと、急に高層ビルが建ち並び、今までの雰囲気とはがらりと変わりました。

そして東中野駅に到着。こちらは新宿に近い東口です。

東中野駅の西口からぐるりと東口まで歩いたことになりました。

この日のルート。


のんびり歩いても1時間程度のお散歩でした。



2022年1月19日水曜日

神田川 13 聖橋〜両国橋まで

先日、よく晴れて、それほど寒くなかった日曜日、神田川を歩いてきました。

スタートはJR御茶ノ水駅近くにある聖橋でした。御茶ノ水駅は今は大規模な工事が行われています。こちらの写真は、聖橋の上から眺めた工事の様子。下に見えるのは中央線です。

川の左側を歩きました。

まずは湯島聖堂。ここは江戸時代に5代将軍の徳川綱吉によって建てられた孔子廟です。およそ100年後には「昌平坂学問所」として幕府直轄の学問所となりました。「日本の学校教育発祥の地」でもあります。 

こちらは「昌平橋」交差点です。

橋はとてもレトロな雰囲気でした。


昌平橋は、浮世絵にも描かれていました。

次の万世橋もレトロな橋でした。ランプが良いですね。神田川に架かる橋も、都心になると風格がある橋が多いですね。

橋の近くには「肉の万世」がありました。

橋の上から見た神田川です。


右手に見えるレンガ造りの建物は、現在はおしゃれなカフェやレストランが入っていました。デートコースにぴったりのようなところでした。

昔の書体の「萬世橋」。

しばらく歩いていくと、秋葉原に到着。

かつては小さな電気屋さんがたくさん並んでいて、オタクが多い個性的な町でしたが、今はその面影もあまりなくなっていました。

こちらは駅ビル。ユニクロもありました。

賑やかなところを通り過ぎると、和泉橋防災船着場という看板がありました。非常時には船に乗って避難するのかもしれません。

こちらは和泉橋。

ここは構造上、近くの場所からは橋を渡ることができず、仕方なくメトロ日比谷線の秋葉原駅の地下道を通って、道路の反対側に行きました。


神田佐久間河岸という住所のところを通過しましたが、ほどんど人通りがありませんでした。

その次は美倉橋。「みくらはし」と読むようです。


橋というよりも、道路のようなところでした。

その次は左衛門橋。現在の橋は平成12年に建てられていました。


このあたりに来ると、かなり海に近い雰囲気でした。私がふだん見ている風景とはかなり様子が違ったところでした。 

こんなふうにして、川に小舟が浮かんでいました。

浅草橋に到着しました。かなり年季が入った橋でした。


秀月、久月、吉徳などの有名人形屋さんが多いところでした。

神田川の終点までもう少しになりました。

ここまでは川のすぐ隣には道がなかったのですが、ここからは川を見ながら歩くことができました。


船宿というのでしょうか、船の上で食事ができるお店が並んでいました。


こんなお食事が食べられるようです。

夜の遊覧も良いですね。コロナでなければ、多くの人が利用したと思います。


こちらは柳橋。神田川の最初の橋と言われています。

橋のたもとには植木鉢が並んでいました。下町っぽい雰囲気ですね。

柳橋はこんなカーブの橋です。

浅草柳橋の説明が書かれた看板です。

こちらには、

「柳橋の下を流れる神田川は、三鷹市井之頭池を水源とし、都心部を流れて隅田川へ注ぐ全長25kmの都市河川です」と書かれていました。

手前のオレンジ色の矢印が神田川、ピンクの矢印が隅田川です。ここで合流するのでした。

向こう側に両国橋が見えました。

「すみだがわ」の看板。

ようやくここまで到着したと思うと、嬉しくなりました。

スカイツリーもくっきり。とてもよく晴れていて、空と川の青が見事でした。

遊覧船が気持ちよさそうに走っていました。


橋の上にある丸いものは、何を意味しているのでしょうね。

橋の傍には、昔の両国広小路の古い地図が描かれていました。


そしてまた浅草橋まで戻って、JR浅草橋駅から帰宅したのでした。

今回、通過した橋です。

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この日の装い。

久しぶりに着てみた黄緑色の紬。ちょっとサイズが大きくて、だぶついていますね。神楽坂のフリマで買いました。

帯は有楽町の大江戸骨董市で見つけた木綿の更紗。芯が入っていないので、ふにゃふにゃしてお太鼓を作るのが難しい帯です。


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「一日一句」

神田川 橋のたもとに 冬菫