2024年3月31日日曜日

【仙川】三鷹市内 直角の川歩き

このところ、ずっと雨降りや寒い日が続いていました。

ようやくすっきりと晴れ渡った昨日、久しぶりに川歩きをしました。

仙川(せんかわ)です。

仙川の源流は小金井市にあるだそうですが、三鷹市にある仙川の一部を歩いてきました。

そこは、下の地図にあるように、川が直角に流れていました。ところが実際は川の近くには道路がなくて、あちこち大回りして歩いてきました。

(ちなみにこの地図は、川の流れです。私が実際に歩いたのは、もっと大回りでした。)

仙川歩きは、2021年5月から始めました。

第一回目は京王線の仙川駅からスタートして、下流の南側を歩きました。仙川駅から祖師谷公園、成城学園を通り、小田急線を越え、東宝スタジオを通り、世田谷区の公園を抜けて、野川と合流する鎌田橋まで歩きました。その近くには水神橋という丸子川(六郷用水の一部)との分離地点もありました。

また仙川の北側は、仙川駅から白百合女子大を通り、中央高速道路の下を抜け、丸池公園を通り、三鷹市まで到達しました。

今回は三鷹市にある「野川宿橋」から歩き始めて、大成高校の近くまで進みましたが、その先は暗渠になってしまい、諦めました。

帰宅して地図で確認すると、その暗渠の先は三鷹市上連雀あたりからまた開渠になり、武蔵野赤十字病院の近くを通り、武蔵境を抜けて、武蔵小金井まで続いているようです。

それはまた別の機会に訪ねることにしましょう。

********

さて、京王線の調布駅からスタートしました。

吉祥寺駅行きのバスに乗り、人見街道の「新川通り」というバス停で下車。


バス停の近くには、仙川に架かる「野川宿橋」がありました。ここは2022年3月に歩いたところなので、よく覚えています。


橋の上から北の上流方向を眺めてみたところです。向こうに橋が見えました。

その橋に行きたいと思いましたが、川のすぐ脇はフェンスが張られていて、通路はマンションの敷地のようなので、このまま歩くことはできませんでした。


仕方なく、マンションの角の道を周り、ぐるりと歩いていくと、先ほどの「野川宿橋」の次の橋がありました。
「長久保五之橋」でした。


その橋からの眺めです。


しばらく行くと、次は「下連雀5の橋」でした。
橋の名前の付け方に、あまり統一性がない感じがしました。


このあたりも、川のすぐそばは歩けません。


しばらく進むと、川と道の距離がとても離れてしまいました。近くに道があったとしても途中で畑になったりして、道が途切れてしまっているので、仕方なく引き下がり、また元の場所に戻るということを繰り返しました。

川から離れないように気をつけながら、何回も行きつ戻りつ、引き返しながら歩きました。

こちらは川がカーブしていて、歩くことができませんでした。


川がマンションの近くに流れていることも多く、そこは私有地になっていました。こんな看板があると、すごすごと引き返すのでした。ほんとうにやっかいなところでした。


別のマンションの駐車場の奥まで入ってみて、のぞき見をしました。川があることを確認して、また遠くにある道路まで引き返したりました。


三鷹市の仙川には、ほんとに振り回されましたね。
畑に咲いていた菜の花が疲れを癒やしてくれました。


こちらは「むらさき橋通り」というところで、間近に見ることができた仙川です。


道路に沿って、まっすぐに流れていました。

仙川は、ほんとうに暗渠と開渠の繰り返しでした。

見えていたのが急に見えなくなったり、探すのも一苦労しました。

おまけに川のすぐそばには道がなく、川の位置を想像しながら歩きました。

このような看板が見えると、ほっとしました。


ぐるぐると歩き回り、なんだか無駄なことをしているのではないかと、思いましたが、この「若葉通」はきれいに整備されていて、気分良く歩けました。


三鷹市第一中学校。


この近くでまた仙川と出会えました。
「下連雀三之橋」でした。


こちらは「美明橋」


ひらがな表記がなかったのですが、「みあけはし」でしょうか。
ここも、やはり橋の近くを歩くことはできません。


「下連雀九之橋」
たぶん、三鷹市下連雀9丁目にあるので、この名前が付いたのだと思います。


三鷹市の花「はなかいどう」が描かれていました。春に咲く花のようです。


このあたりの仙川の特長としては、川の流れが直角に曲がっていることでした。

ところどころくねくねとした曲線もありましたが、ほとんどが直角でした。

しばらく歩くと大きな都営団地や公団住宅があり、仙川の流れがよく見えるようになりました。


団地の中にも流れていましたが、どこから入ってよいのか分からず、仕方なくまた大回りして、向こうに見える橋までぐるりと歩きました。


向こう側に見えたのは「若葉橋」でした。


そういえば、この道は若葉通りでしたね。

若葉橋を曲がると、町の様子が急に新しい雰囲気になりました。


仙川はまだ続いています。

広場のような場所に「どんぐり橋」がありました。


三鷹市の標識が目立っていました。


しばらく歩いて行くと、ここで仙川は急に見えなくなってしまいました。


橋には名前もありませんでした。


近くにおしゃれな遊歩道のような道がありましたが、これは仙川と関係があるのか分かりませんでした。


ということで、今回は大成高校のところで終点としました。ここからバスに乗って戻りました。


直線距離にすればたいしたことはなかったと思いますが、川のそばを歩けず、何回も行ったり来たりして、ずいぶんと歩き回りました。
それでもお天気が良かったので、気分は上々でした。

これまでの仙川歩きの記録は、「多摩地区の川や用水」の中の「仙川」というラベル▼のところにまとめてあります。

*******

「一日一句」

春の川 あちこち道を 大回り



2024年3月29日金曜日

入学前の準備

4月から大学で学ぶ権利は授与されましたが、いろいろ事前に準備すべきことがあり、あたふたしています。

大学のホームページを見ると、こんなことが書かれていました。

<入学前に取得しておくべきこと>

 〇高校卒業程度の基礎的な学力と知識

 〇基礎的な言語能力に基づく思考力と表現力

 〇東京の都市課題や、一般教養分野に関する広い関心と強い探求心

 〇ともに学ぶ仲間や学部生等を尊重し、学び合い、高め合うことのできる社会性・コミュニケーション能力

ひぇー、大変です!

これらの条件をマスターするのは、昨年、論文を作成していた頃よりも大変です。

基礎的な学力を復習しなければ。

漢字も英語も忘れています。

とりあえず今はパソコン、とくにパワーポイントの復習をしています。

昔のウィンドウズ7の頃とは、大分違っているように見えましたが、だんだん、記憶を取り戻してきました。

最近は天気が悪く、川歩きもままならない日が続いているので、毎日、パソコン操作にかかりきりです。

うーん、あと1週間で、どれくらい回復できるでしょうか。

*******

「一日一句」

雨続き パワホ復習 入学前




2024年3月26日火曜日

松田聖子の中大法学部卒業

歌手の松田聖子さんが、中央大学法学部の通信教育課程を卒業したということを、ネットの記事で読みました。


私は松田聖子さんとは年代が離れているので、大ファンという訳ではありませんが、たくさんのヒット曲を出して、長い間活躍されている方ですね。

彼女がデビューした当時は、私はアフリカに滞在していました。そこの日本人会の忘年会で、駐在員夫人たちが派手なスタイルで「青い珊瑚礁」を歌っていたのを覚えています。
聖子ちゃんカットというのも大ブームになりましたね。
その後、彼女は恋愛したり、結婚して娘を産んだり、離婚したりとあれこれ世間の注目を浴びていましたが、その彼女が大学で学んでいたというのは知りませんでした。
中央大学法学部といえば、とてもレベルの高いところです。
また通信教育というのは、よほど強い意志がないと続けられないものだと思います。
彼女ももう還暦を過ぎているはずですが、4年で卒業できたことはほんとうに頑張ったのでしょう。おめでたいですね。

ちなみに、私の孫も小学校を卒業しました。
娘から写真が送られてきましたが、ちょっと大きめの中学の制服を着た写真でした。

さて私の方は、来月から大学生となります。
どんな授業を選択するか、どんなテーマで研究をまとめるか、などを考えているところですが、今は時間にゆとりがあるので、パソコンの復習をしています。
とりあえずWord、Excel、パワーポイントなどはできますが、YouTubeなどを見ていると、いろいろ知らない技もあるので、頭にたたき込んでいるところです。

こちらの本は図書館で見つけたものですが、普通のハウツー本とは違って、情報をいかにまとめて、いかに伝えるかが分かりやすく書かれています。


老化現象を食い止めるためにも、いろいろな刺激を受けて、新しいことに対面していきたいものです。

*******
「一日一句」

卒業と 入学迎える 人生よ




2024年3月23日土曜日

入学前ガイダンス

大学の入学式は4月ですが、昨日は入学前ガイダンスがありました。

このようなイベントがあと3回ほどあり、その後、ようやく授業開始となります。

大学は山の上にあるので、とにかく空気がひんやりしています。ガイダンスには着物コートを着ていきましたが、寒かったですね。

正門前には桜並木がありますが、開花はまだまだです。

長時間の説明があり、分厚い書類をいただいてきました。

大きなバッグを持参しましたが、パンパンに膨らんでしまいました。

大学の特典として嬉しかったのは、都立の美術館などには無料で入場できること。

庭園美術館や江戸東京たてもの園には、学生証を提示すればよいそうなので、それはラッキーです。

帰りに一緒になった方は、私と同じ市に住んでいる方でしたので、いろいろと話が弾みました。

こちらは構内散策をして、生協のあたりです。

*******

この日の装い。

あまり派手にならないように、うぐいす色の小紋にしました。


帯は黄色というか黄土色の無地帯。

帯締めは自作です。

*******

「一日一句」

入学前 寒さ続きで 縮こまる


2024年3月22日金曜日

富士宮市へ 4(小泉)

少し間が開いてしまいましたが、先週、小泉次太夫の生家があったと言われる富士宮市小泉を訪問してきました。

次太夫と富士宮市の関係は知ってはいましたが、富士宮市郷土資料館の学芸員さんから「歩く博物館ガイドブック」で詳しく教えていただき、歩くのにはちょうどよいコースだと思いました。

ガイドブックには富士宮市内の20以上のコースがありましたが、私が行こうと思ったのはこちらです。

「泉と古墳をたずねるコース」です。

次太夫は植松という家に生まれましたが、中年以降、江戸に出て、家康の江戸改革政策に関わるようになります。

二ヶ領用水、六郷用水を作り、農作物増産の基礎を作った人です。

その彼の前半の生涯についてはほとんど知られていないのですが、生まれは駿河国富士郡小泉郷(現在は富士宮市小泉)ではないかと言われています。

そこを訪問するために、二日目の朝、ホテルから富士宮駅に向かい、駅の広場から富士山を拝みました。

とても清々しい富士山でした。


駅前からバスに10分ほど乗って、バイパスで降りて歩き出しました。
この町は湧き水だらけ、川だらけでした。

あちこちに水が流れていました。
足下を見ると、こんな様子でした。道祖神でしょうか。


こちらは久遠寺川でした。


「向原橋」を渡りました。


そして、このコースのスタート地点である富士根南公民館を探しました。


ここには何か資料があるかと思いましたが、特別なものはなく、前日に市役所で教えていただいた「歩く博物館」の同じ資料があっただけでした。
その地図をもとに、次の目的地である「久遠寺」へ向かいました。

そこには次太夫の供養塔があるというのです。

このバイパスのトンネルをくぐり抜けると・・・


目の前にドーンと富士山が迫ってきました。


すごいな。

長い参道の両脇には普通の民家がありました。
上の写真の左側に見える赤い壁の家は、美容院でした。
次太夫さんはこういう場所で生活していたのか、と思いをはせました。

お寺の入り口です。


久遠寺の山門がとても立派でした。門の間から富士山が見えました。


山門をくぐったところです。


お寺に到着して、墓地に行ってみましたが、あまりに多くのお墓があり、供養塔の場所が分かりませんでした。それでお寺の若いお坊さんにお願いして、供養塔の場所を探してもらいました。ようやく探し当てたのはこちら。
「当処御代官小泉氏吉次」と刻まれているそうです。奥方様のものも並んでいました。


お坊さんに記念撮影してもらいました。


その後、「小泉」という大字の由来といわれると神社へ向かいました。
のんびりとした道でした。
こちらは中沢川。


くねくねとした道の間に川が流れていました。


辿り着いたのがこちら。


「上小泉八幡社」です。


「歩く博物館」にも紹介されています。
この神社の祭神は応神天皇です。境内の西側には湧き水がありました。
「上小泉」という名前は南北朝のころからあるそうです。

これが湧き水のようです。


農業用水に使用されている、と書かれていました。


ちょろちょろと水が流れていました。


湧き水を確認して、のどかな山道を下りました。


富士山もきれいでしたが、周囲の山々もとても美しかったです。

その後、帰りのバスに乗ろうと思い、バス停に向かいました。このバスも1時間に1本、あるいは2時間に1本しか来ないバスです。


ところが待てど暮らせどバスが来ないので、仕方なく歩き出したところ、後ろからそのバスがすーっと通り過ぎて行きました。うーん、悔しい!

仕方なく歩いて、また富士宮市役所へ。

途中には弓沢川というのがあり、「欠畑橋」がかかっていました。

なんと読むのだろうかと思いましたが、「かけはたはし」でした。


富士宮市は、市内のあちこちに川が流れているところだと思いました。


そんな水の豊かなところに生まれ育った次太夫が、江戸や川崎周辺にやってきて、どんなことを思ったのでしょうか。

富士宮市役所内の「宮カフェ」という場所で、簡単にランチをしました。


こちらは市役所の7階展望室から眺めた富士山。ここは無料で利用できます。
この写真では雲がかかっていますが、裾野まできれいに見えました。


こちらの「北山用水」は天正10年(1582年)、徳川家康が本門寺の願いを受けて作られた用水ですが、2023年に「世界かんがい施設遺産」に選ばれたそうです。

もう一度、町中から富士山を眺めて、この富士宮市訪問はおしまいにしました。

富士宮ではお土産を買うこともなく、おいしいものも食べることもありませんでしたが、小泉次太夫の生まれ故郷を訪れるという目的は達成できたので、満足できた旅でした。

今回、出かけたところはこちらです。


*******

「一日一句」

春の暮れ 富士の麓に 水が湧く