2020年1月31日金曜日

吉田修一「国宝」上・下

吉田修一さんの「国宝」を一気に読み終えました。
分厚い上下巻ですが、上巻は「青春篇」、下巻は「花道篇」です。

2017年1月1日から翌2018年5月29日まで、およそ17ヶ月に渡って朝日新聞で連載された小説です。
そんな長い間掲載されていたのに、ほぼ1日半(実質数時間)で読み切ってしまいました。

私も掲載中は、ところどころ読んでいたので、なんとなくストーリーは知っていましたが、まとめて読むとその面白さは半端ないくらいでした。

それほど主人公が魅力的で、また周囲に登場する人たちも個性的な人ばかり。
それでどんどん先を読みたくなるお話でした。


この小説で描かれているのは、極道の家に生まれ、そしてひょんなことから歌舞伎役者の弟子となり、最後には役者としての頂点にまで登りつめた、喜久雄の凄まじいまでの人生です。

彼は昭和25年生まれということですから、私とほぼ同じ年代の人間ですが、彼の人生と私の人生、あまりにもかけ離れすぎていました。
主人公、激動の昭和と平成を駆け抜けた人でした。

愛する人の死、さまざまな事件や事故やスキャンダル、そして芸の世界。
普通の人の何倍もの濃密な人生を送ったのですね。


舞台は長崎から大阪、そして東京へと移ります。

小説の中には歌舞伎の名場面や、長唄の歌詞が散りばめられています。
豪華絢爛、めまぐるしく美しい世界が描かれています。

著者の吉田修一さんは、かつて歌舞伎の黒子をやっていた経験があるそうです。
でも経験だけでこれだけの小説が書けるわけではありません。
巻末には膨大な参考資料が掲載されていました。

いやはや大変な小説でした。

吉田さんの著書は「悪人」しか読んだことがありませんが、他の本も読んでみたいと思いました。
映画化されないかしら、でも無理かもしれませんね。


2020年1月30日木曜日

母の誕生日

昨日は母の誕生日でした。
なんと今年で96歳になりました。
長生きですね。

母の施設に行くと、カナダに住んでいる妹からの花が届いていました。
プリザーブドフラワーです。
とても鮮やかな色をしていました。


花を持たせたところ。


私は、母の好きな赤紫色のニットのベストをプレゼントしました。


病気をせずに、穏やかに過ごしてもらいたいものです。




2020年1月29日水曜日

「源氏物語を楽しむ会」2020年1月

今年になって初めて、「源氏物語を楽しむ会」の集まりをしました。

すごく寒い日で、なんと大雪注意報が出たほどでした。
といっても、東京では雨になり、雪は降りませんでしたが。
でも会場までの電車が大幅に遅れてしまいました。
雨にむせぶ世田谷区の会場です。


のんびりと始めたこの会ですが、今回で源氏物語の「澪標(みおつくし)」の巻を終えることになりました。

主人公の光源氏が須磨から都に戻り、これまで長年つき合ってきた六条御息所が伊勢から戻ってきて、一人娘の将来を光源氏に託す場面でした。
光源氏は、年上の御息所とはなんだか息詰まるような関係を続けていましたが、御息所の娘の方にも気があるのでした。
そんな男に対して、御息所は「彼女には決して手を出さないで」ときつく言いつつ、あえなく亡くなってしまいます。
彼女は、まだ30代のはずです。
母親と娘の両方つき合いたいというのは、ちょっと虫が良すぎますね。

また光源氏の義母にあたる藤壺も登場しますが、尼になってからはすっかり男女の関係を断ち、彼女は今や可愛い息子(天皇)を守るために、光源氏とは政治的駆け引きをするような関係になっています。
「母は強し」なのでしょうか。

私たちの会では、分からない単語があれば、図解入りの事典で調べるようにしています。
今回は「大殿油(おおとのあぶら)」のことについて、調べました。
当時の照明の一つです。
こんなふうにいろんな形があるようです。
源氏物語で使っていたのは、右の高灯台のような形のあかりかもしれません。


そして雑談として、このあかりの灯芯は、「あし」や「い」で作られた細長い状態の布に、油を染み込ませて使っていたということが分かりました。
「あし」は水辺に生える植物で、ススキのようなものです。
「い」はイグサ科の植物で、湿地に生えています。茎は畳表・花むしろ・細工物の原料になります。髄が芯になりました。

そのようなあかりを使っていたので、当時の貴族の生活は、夜はかなり暗かったのだろうと想像できますね。
それだからこそ、御簾ごしにちらりと見える女性の姿に、恋愛感情を持つようになるのかもしれませんね。

そして、この「あし」は、現在、着物の下に着用する汗取りの「あしべ」と関係があるのではないか、という話になりました。
平安時代のあかりの原料が、今は(昭和初期に作られたそうです)衣料として使われているのではないか、と想像すると、面白いですね。

今回で「澪標」の巻は終了して、次回からは「蓬生(よもぎふ)」の巻になります。

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この日は、大雨でしたので、着物は止めてジーンズに分厚いコートで出かけました。
それでも寒かったので、お昼は駅近くにあるお蕎麦屋さんへ行って、鍋焼きうどんを注文しました。

出てくるまで少し時間がかかりましたが、特大の鍋がドーンと運ばれてきました。
うちでは二人用に使っている鍋のサイズでした。


蓋を開けてみると、エビの天ぷら、なると、かまぼこ、伊達巻、わかめ、ゆで卵、麩などがぎっしりと乗っていました。


身体が温まりました。

このお店はかなり古めかしい大衆食堂で、昭和のムードが漂っていました。


それでもメニューの数がとても多くて、壁にずらりと張り出されていました。


洒落たカフェも良いですけど、たまにはこういうお店に入るのも面白いものだと思いました。
源氏物語の世界とは、かけ離れていますけどね。



2020年1月28日火曜日

金春会定期能

先日は、国立能楽堂で金春会の定期能を鑑賞してきました。
これは市民カレッジの能楽講座▼の一環で、能の座学の他に、実際の能を見るという日程も入っているからです。
ということで、市民カレッジ主催団体が年間鑑賞回数券チケットをまとめて購入して、それを各受講生に割り当てたのでした。


ちょっと早めに着いたので、能楽堂のお庭で写真撮影。


この日は、能が3本、狂言が1本という内容で、お昼過ぎから夕方5時過ぎまでずっと鑑賞しました。


最初は「御裳濯(みもすそ)」という能で、金春流でしか上演しないものだそうです。
かなりツウな人でも、見たことがないという珍しい能でした。
伊勢神宮が舞台のおめでたい内容でしたが、なんといってもお囃子の演奏が素晴らしかったです。
85分という長丁場、小鼓と大鼓はずっと打ちっぱなし。
「イヤーハッハッ」という掛け声も素晴らしく思いました。
市民カレッジの講師、山井綱雄さんは地謡を担当されていました。

次は狂言の「鞍馬参り」。
とぼけた味の笑いでした。

次は能「羽衣」。
これは有名なお話なので、眠くならずにすみました。
天女の舞が美しかったですね。
山井さんは後見でした。

その後にようやく休憩時間。
ずっと座りっぱなしでしたので、いささか疲れました。
展示室で、能装束や能面を拝見しました。
同じ市民カレッジを受講している友人とも出会い、おしゃべりがはずみました。


最後は能の「藤戸」。
これは「平家物語」を元にしたお話でした。
佐々木三郎盛綱が藤戸(備前の国の児島という海峡)の先陣の功のとき、浅瀬を尋ねた二十歳の若者を口封じに殺してしまい、老いた母が恨みを嘆くというお話です。
殺した者、殺された者、残された者の悲しみが伝わってくる物語でした。
シテの母親(後シテでは若者の亡霊)が、面をつけているためか、声がこもってしまってよく聞き取れずに残念でした。
ワキの盛綱役は、お顔も声も衣装(鶴の絵柄)も立派で、良かったと思いました。
ただ、ワキツレの二人は、何もせずに片膝立ちでずっと座っているだけで、なんだか気の毒になりました。

今回は、市民カレッジでご一緒のFさんと鑑賞しましたが、彼女は能は初体験でしたが、とても感動していました。
能楽堂の神秘的な美しさにも触れることができて、とても良かったとの感想でした。
Fさんは、以前、日本舞踊でご一緒した方ですが、淡い色の着物姿がお似合いでした。
今回は全席自由席で、ちょっと早めに行ったので、最前列で鑑賞できたのも良かったと思いました。

能が終わって外に出ると、もう暗くなっていました。
KDDIのビルが美しく輝いていました。


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この日の装い。

前日のきもの交換会で引き取り手がなかった紬の着物▼にしました。
サーモンピンク、焦げ茶、緑のストライプです。


帯は叔母の遺品の緑の帯。


帯締めも叔母のもの。
ちょっと鏡板の松のような感じでしょ。


2020年1月27日月曜日

きもの交換会

「きもの倶楽部」▼では、年に2回ほど、きもの交換会があります。

不要になった着物や帯を持ちより、欲しい方にお譲りする会です。
私もよく利用していて、箪笥の中身を整理するには最適です。
また、普段は着たことがないような色柄のものも、無料で着てみることができるので、そういう意味でも楽しみのある交換会です。

スーツケースに、着物、帯、羽織、小物などをぎっしり詰め込んで行きました。


今回は、欲しいものがあっても持ち帰らず、帰る時は、空っぽにする予定でした。

横浜市にある西区地区センターというところで開かれました。


集まった皆さんが持ち寄った着物や帯たちです。
今回の着物は、どれもカラフルで楽しいものばかりでした。
どういうわけか、帯はいつもよりも少なめでしたね。


それぞれ羽織って見たり、寸法を測ってみたり。


お茶とお菓子も用意されました。


私が持参したものは、袷の着物、単衣の着物、胴抜きの着物、夏着物。
帯は名古屋帯、半巾帯。
羽織は紋付のレトロなもの。
帯揚げや、草履の鼻緒なども持参しました。
全部で15点くらいだったかしら?

おかげさまで、それぞれの品はみなさんに引き取っていただき、手元に残って持ち帰ったのは、紬の1枚だけでした。
行きは重くて大変でしたが、帰りはスーツケースがガラガラで、スイスイと歩けました。

参加者のみなさん、戦利品をぎっしりと詰め込んでお帰りでした。


こんどは、夏物が終わったあたりに開かれるかもしれません。
ぶちょうさん、いつもありがとうございます。

きもの倶楽部では、他にも楽しい企画がありますので、着物初心者さんも、ベテランさんも、ご一緒に参加してみませんか。


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この日の装い。

実は、これも交換会に出そうかと思っていた着物です。
でも、もう一回くらい着てみようと思って、スーツケースから戻して着てみました。
浜松に旅行中に見つけた赤い紬です。


帯は、利用度が高い黒に白の幾何学模様。



2020年1月26日日曜日

フォークダンス特訓中

去年の11月から始めたフォークダンスですが、その後、暮れにはクリスマスダンスパーティ▼に参加して踊ってみました。

その時の集合写真ができてきました。
みなさん、素敵な衣装です。


私は前列の右に座っています。
私はバザーで買ったブラウスとスカートを着てみました。
照明の関係で、顔が黒くなってしまいましたね。

クリスマスパーティーの時は、まだ踊れる曲が少なかったので、見学している時間の方が多かったのですが、それでもとても楽しめました。

その後、お正月が明けて今年になってから、特訓が始まりました。
フォークダンスは世界中に5,000曲くらいあるそうですが、それを少しずつ教えていただいています。

1月第2週の曲のリスト。
単純に輪になって踊るような曲から、とても込み入ったダンスまでありました。


1月第3週の曲のリスト。
「パーリーシェルズ」は1960年代に流行ったハワイアン・フォークダンスです。
懐かしかったですね。


1月第4週の曲のリスト。
この日は、なんと「ベサメムーチョ」も習いました。


と毎週、土曜日の午前中に、きっちり2時間の練習があります。

体育系のおばあちゃん(失礼!)先生のスパルタ特訓です。
分からないところは、何回も丁寧に教えて下さいます。

そして先生と、先輩たちのご指導により、なんとか新しい曲のステップも覚えられるようになりました。

フォークダンスは踊りの順序を覚えたり、ステップを覚えたりと、本当に頭を使うレッスンです。

まだまだ曲のタイトルを聞いただけでは、どんな踊りか、ぱっと思い出せないのですが、音が始まると、自然に体も動くようになりました。

みんなに負けないように頑張っています。


2020年1月25日土曜日

ベランダから

「なんちゃって俳句」▼を毎日、写真を付けてアップしています。
とはいえ、いつも感動的な出来事に遭遇するわけでもなく、いつも風光明媚な旅先にいるわけでもないので、同じような日常の中での写真になってしまいます。

私の場合、題材というか、視野に入れることが多いのが、空です。
自分の家から眺める空、自転車で移動中に眺める空、どこか高い場所に行った時に眺める空、というような具合です。

我が家のベランダからは南には富士山、東は都心、北は味の素スタジアムなどが見渡せるので、日の出から日の入りまで、面白い風景が眺められます。

東の空(明け方)。


南の空。


富士山。


 夕方。


夕闇(日の入り)。


美しい写真を写したいとは思いますが、スマホで撮影しているので、せっかくの美しい夕陽などもつまらない風景となってしまいます。

でも空を眺めるのは楽しいですね。

空の風景は、一瞬にして変化してしまうので、「あっ、きれい」と思ったらすぐにベランダに飛び出して写すようにしています。
とはいえ、料理の途中だったり、洗濯の途中だったりするので、シャッターチャンスを見逃すことが多いですね。



2020年1月24日金曜日

「AIと文化を考える公開シンポジウム」@コレド日本橋

先日、コレド日本橋(日本橋一丁目三井ビルディング)に行ってきました。


といっても、ショッピングではありません。
このビルには、オフィスエリアもあるのです。


地上15階には、理化学研究所が入っています。
そこの「革新知能統合研究センター」というなんとも難しそうな名前のエリアで、公開シンポジウムがあったのです。


私は少し前まで、情報科学と脳神経科学の境界領域の研究者たちが集まる学術団体で仕事をしていました。
(といっても研究者ではありません。)
ある大学院の人間情報学講座というところにいたのですが、そこには人間の身体性を研究している先生たちや学生たちが所属していて、お手玉を追う目の動きを研究したり、ボールを投げる腕の研究をしたり、足音の研究などをしていました。
私もよく分からないながらも、門前の小僧のように、コンピュータ用語や、人工知能とか身体性などという単語を聞きかじっていました。

今回のシンポジウムは、時代の先端であるAIと、身体性を考えるという内容の公開講座で、おまけに参加費無料でしたので、ちょっと昔のことを思い出して、どんなものか参加してみました。

シンポジウムには、「能における身体性」というプログラムもあるというで興味がありました。
以前、読んだことのある「650年続いた仕掛けとは 能」という本の著者でもある安田登さんのお話を聞いてみたいと思ったのも、参加の理由でした。


初めに、理研の佐倉統先生の挨拶がありました。
「技術によって社会はどのように変化するか」ということが、テーマのシンポジウムであるという説明がありました。
また社会には文化という側面もあり、とくに日本の文化(能)からAIを考えてみたいということでした。

最初の講義は、東大先端科学技術研究センターの稲見昌彦先生。
「ディジタルサイボーグ」というお話でした。
今年は1920年に≪ロボット≫が登場してから「ロボット100年」に当たる年でもあり、
また≪サイボーグ≫という用語が初めて登場したのが1960年なので、「サイボーグ60年」という記念すべき年なのだそうです。
では、ロボットとサイボーグはどのように違うのでしょうか。
稲見先生によると、ロボットは、「人間代替」であり、人間がやりたくないこと、危険なこと、キツイ仕事などを担う存在だそうです。
それとは反対に、サイボーグは「人間拡張」であり、人間の分身、変身、合体などができるということでした。
サイボーグには、たとえば人間以上の器用さ、力持ちなどが期待されます。
そしていろいろな映像を使って説明されました。

一番面白いと思ったのは、「阿修羅システム」という超身体の装置でした。
これは阿修羅のように、人間に機械的な手が何本も生えるというものです。
その機械的な手を遠隔操作して、一人の人間にいろいろなことをさせていたのでした。
これは人形浄瑠璃で、人形が人形遣いにあやつられるような感じでした。


こういうことができるようになると、身体に障害のある人、怪我で手足を失った人もいろいろなことに取り組むことが可能になる、というお話でした。
特に今年はパラリンピックがあるので、サイボーグ機能の発達により、スポーツの不得意な人や、お年寄りもスポーツを楽しめるようになるのではないか、ということでした。
技術革新によって、いろいろな不自由が克服されるのはすごいものだと思いました。

次に登場したのは、下掛宝生流ワキ方の安田登先生です。
会場には50から60人くらいの参加者がいましたが、そのうちの3分の1くらいは能を見たことがある、というのでちょっと意外でした。
科学の研究者にも、能のファンは多いようですね。


まず能は、神事であり、憑依芸能であるというお話がありました。
能を演じるのは、「からだ」ではなく「み(身)」であり、「こころ」ではなく「おもひ」を演じる、ということなのだそうです。
また世阿弥の言葉をいくつか引用してお話されました。
まず能には「目前心後」という言葉があり、これは「目を前に見て、心を後ろに置け」ということだそうです。
また「離見の見」という言葉もあり、自分の見る目が観客の見る目と一致することが重要であるということだそうです。
また能はワキとシテにより、初めはかみ合わなかった会話がだんだん話が成り立っていくということや、「無主風」「有主風」という芸風についても説明がありました。

このあたりのお話は、ちょっと雲をつかむようなところもありましたが、「能を習うときは、10年間は質問するな」という言葉にハッとしました。
つまり最初の10年間は師匠のすることをしっかりと真似をして覚えて、質問するなら10年間待て、ということは印象的でした。

なにやら意味深いお話が続きましたが、講演の途中にはの夏目漱石の「夢十夜」の舞を披露されました。
なんと英訳の字幕付きでした。
日本語よりも英語の方が分かりやすい言葉で書かれていました。
朗々とした声で、力強い舞をされました。

最後に、稲見先生と安田先生が、サイボーグの話と能の話はとても似通っているところがある、と意見が一致されていましたが、私にはどうもその辺りは理解ができませんでした。

この後も、京大の明和政子先生の講演や、パネルディスカッションもありましたが、時間も遅くなったので、途中で失礼しました。

夕暮れの東京、15階からの眺めです。


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この日の装い。

こういうシンポジウムの時は、何を着たらよいか迷いましたが、どうせ着物は目立つので、あまり考えずに好きなものにしました。

インターネットで購入した濃い藍色のお召です。
赤い花模様が、キラキラしてきれいです。


帯は、着物のおまけで付いてきました。


龍の模様の帯です。
自分では絶対に選ばない模様ですが、龍は魔よけにもなり、縁起が良いのだそうです。


2020年1月23日木曜日

「能と吉祥 寿」展@大倉集古館

先日、大倉集古館▼に行ってきました。


ここは、明治から大正にかけて活躍した実業家・大倉喜八郎が設立した美術館ですが、日本では最初の私立美術館だそうです。

喜八郎さんという方は、数多くの業績を残した人ですが、美術品の海外流失を嘆いて、大正6年(1917年)に集古館を設立。長年にわたって集めた多数の文化財を寄付したそうです。
堂々とした風格のある方でしたね。


その後、大正12年(1923年)の関東大震災によって、建物と多くの所蔵品を失ってしまいましたが、昭和3年(1928年)に、中国様式の建物を建築しました。


そして長男の喜七郎さん(親が八郎で、息子が七郎)が父の遺志を継いで、美術館の経営を支援して、また自らが蒐集した名品を多数寄付したそうです。
すごい財閥の親子ですね。
喜七郎さんは、ホテルオークラなどのホテル業でも活躍されました。


現在、こちらの美術館では、国宝や重要文化財を含めて、約2,500もの美術品を所蔵しているそうです。

昔のお金持ちは、美術に対して、愛と理解があったのですね。

今回の展示は「能と吉祥 寿」という内容でした。
新年に相応しい、松竹梅や宝尽くしといった吉祥文様の作品が並んでいました。
美しい能装束、能面の他に、大皿や香箱、そして国宝の「普賢菩薩騎象像」も展示されていました。


能装束は、襟の付け根のところが少しほころびていましたが、手の込んだ、鮮やかな刺繍の色などはそのままでした。
ほとんどが江戸時代のものでしたが、よく保存されているものだと思いました。

ただ、できればその装束が、どの能を演じるときに着用したのかが、説明されていると良いと思いました。


私が一番気に入ったのは、3幅の「石橋・牡丹図」でした。
鈴木守一筆ということでしたが、この方は鈴木其一の息子だそうで、さすがに画風は其一そっくりの端正なものでした。


(本物はもっときれいです)

今回は、和の世界に詳しく、能も習っていたY子さんもご一緒でしたので、参考になるお話を伺えました。
特に香道については、私には何に使うのかまるで分からない道具のことも説明していただきました。
和の世界には、いろいろな美しいお道具が揃っているものなのですね。

こちらの展示会は、2020年1月26日まで開催されています。
入館料はワンコインです。

集古館の後は、リニューアルされたホテルオークラをちょいと覗いてみました。
2019年9月にリニューアルオープンされました。


ゴージャスだけれども、和風テイストのすっきりとしたロビーでした。

このホテルでランチというのは、ちょいと高そうなので、六本木一丁目まで歩いて、リーズナブルなカフェに移動しました。


大きめにカットされた野菜がたっぷり入ったカレーでした。


Y子さんと、和のお稽古事談議などをして、ゆっくりとカレーをいただきました。