2023年12月31日日曜日

妹一家の来日

先日から、カナダの妹が家族とともに来日しています。

今回のメンバーは、半世紀近くカナダに住んでいる私の妹、その娘(私の姪)、その夫、彼らの娘たち(9歳、7歳)という賑やかな組み合わせです。

彼らは来日当初は横浜のホテルに滞在して、私の娘一家と、いとこ同士の再会を楽しんでいました。

その後、彼らは藤沢の一軒家に移りました。


昨日は、私が藤沢まで出かけて来ました。

そこは二階建ての一軒家で、きれいなリビング、広いお風呂、3ベッドルームという家族連れには最適の家でした。

姪は日本語はなんとか話せます。また子どもたちは日本語学校で勉強しているので、ひらがなくらいは読めます。ただし姪の夫は英語のみ。

というので、日本語英語ちゃんぽんの会話です。

これは、私が作った組紐であやとりをしているところです。とても楽しそうに遊んでいました。喜んでくれてよかったわ。

その後は近くのお蕎麦屋さんへ。

私は蕎麦を注文しましたが、彼らはエビフライ定食や天ぷら定食、うな重を喜んで食べていました。


そこには先日なくなった錣山親方の色紙が飾ってあり、びっくり。努力の人だったのですね。

その後は江ノ電で江の島まで。

竜宮城のような駅ですね。

彼らは水族館に行きましたが、私と妹は海の見えるカフェでケーキを楽しみました。

写真では分かりませんが、海の向こうには、富士山がきれいに見えました。


ふわふわのケーキを頼みました。

妹とは年に1回くらいしか会えませんが、それでも会えばおしゃべりが弾みますね。

新年は、彼らが我が家に来る予定です。

この日の装いは、いただきものの紬ですが、丈が長めです。


緑の帯はリサイクル。

紫にドットの帯締めは、自作です。

チビちゃんたちからは、草履が痛くないか、と心配されました。

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「一日一句」

妹と 海辺でケーキ 年の暮れ


2023年12月29日金曜日

【玉川上水 32】羽村あれこれ

先週、出かけた玉川上水あるきの最終回ですが、ちょっと書き残したことをまとめておきます。

歩いたコースの順番にしたがっていきます。

まずは《福生神明社》です。

ここは福生駅から10分ほど歩いたところにある神社です。明治7年に、福生村内の各部落にあった5つの社を合祀して、福生村の村社として作られたそうです。


ここは小高い丘の上にあり、階段を降りると公園になっていて、そこには湧水がチョロチョロと出てました。

福生市観光案内によると、ここは「福生十景」の一つだそうです。

昭和38年頃までは、神明社の西参道付近には、堂川という小川が流れていました。昔は飲料水や生活用水に利用されて、カニやどじょう、ほたるもいたそうです。

こんな案内がありました。


お次は新堀橋の近くにあった《ビジターセンター・自然塾》の紹介です。ここは古民家を利用して、昔の生活を味わえる場所で、ご近所の人たちがボランティアで活動されているところでした。

たまたま通りすがりのおじさんに教えていただいたところですが、すてきなところでした。
門にはきれいなお正月のリースが飾られていました。


家の中に入ると、明治、大正、昭和の薫りがしました。

台所で、コメを砕く道具を使ってみました。
石臼というのでしょうか。廻すにのはとても力が必要でした。


また特別な閂がありました。釘や金具を使わないでも、扉が閉まる構造になっていました。なかなか簡単には開かないようになっていました。

ここは日本野鳥の会を創設した歌人の中西悟堂と縁が深い場所でした。彼は野鳥村を作ろうとしましたが、第二次世界大戦のため、実現はできませんでしたが、野鳥を愛する人が集まってくるところです。

羽村駅の近くには、《五ノ神まいまいず井戸》という古い井戸がありました。五ノ神神社の境内にあります。
カタツムリのように、グルグル巻になっている井戸です。


水を汲むためには、そこをぐるぐると下って、底の部分にある井戸から水を組み上げるのです。
この井戸は江戸前期に作られたそうです。

最後は《福島屋》というスーパーマーケットに寄って、お買い物。ここでしか買えない五ノ神大福を探しましたが、残念ながら売り切れ。私は代わりに草団子をお土産にしましたが、あんこがたっぷりで食べごたえがありました。

このスーパーマーケットは、レストラン部もあり、また六本木や虎ノ門にも支店があるというのは、驚きでした。

こんな感じで、玉川上水以外にもあちこち寄って、羽村を楽しみました。

実は、今回、同行したSさんは、若かりし頃、羽村に2年ほど住んでいたそうです。それで今回の玉川上水最終回には、ぜひ、ご一緒したかったのです。

当時、羽村駅前のスーパーの西友は、よく利用したそうです。それで今回も駅前に行ってみたところ、西友はまだ存在していました。
懐かしかったでしょうね。

思い出の羽村駅。


最後は、Sさんが見つけた可憐なコウヤボウキ。


今回も写真は同行のCさん、Sさんから頂いたものを利用させていただきました。ありがとうございました。


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「一日一句」

年末に 思い出いっぱい 上水路


2023年12月28日木曜日

着物でヘアカット

着物姿で、美容院へ行ってきました。

店員さんから、「これからどこかへお出かけですか?」と聞かれましたが、そうではありません。

着物を着たときの襟足が気になるので、着物に着替えて、ヘアカットをしてもらったわけです。

こちらは前の日の後ろ姿ですが、襟足がボアボアになっていますね。これでは流石にむさ苦しい。

こちらは、美容院に出かける寸前のスタイル。

前からだと分かりませんが、もう2ヶ月半も切ってなかったので、重苦しい髪型ですよね。

もう、さすがに我慢ができずに、カットしてもらうことにしました。

ポリ着物だったので、万が一、濡れても大丈夫です。

ただし、洗髪の椅子に座って「上にずらして下さい」と言われた時が、ちょっと問題でしたね。背中を椅子に付けたまま、ズリズリと体を上に上げるのですが、お太鼓が邪魔でした。半幅帯なら問題ないと思いました。

それでも丁寧にカットしていただき、出来上がりました。

私の注文通り、頭頂から下にかけてはふんわりとして、裾はきっちりとまとめてもらいました。

こちらは、お店で店員さんに写してもらった写真。

白髪が多いですが、仕方ない。

このカーブにしてもらいたかったのです。

朝、髪をセットするやり方も教えてもらいました。まず裾はきっちり、その後に頭頂部をふんわりさせるのがコツだそうです。

帰宅して、今度は夫に写してもらいました。



襟足がぴったりとなったので、満足です。

このまま2ヶ月くらいキープできると良いのですけどね。

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「一日一句」

年末は 着物でカット すっきりと

2023年12月27日水曜日

【玉川上水 31】橋めぐりと羽村堰

玉川上水の最終地点である羽村堰に行くために、今回のスタートは、前回の終点だった福生駅です。

福生駅前で記念撮影。

今回は5人で歩きます。

最初の橋は、前回に訪れた「宮本橋」。

ここから少し歩いた次の橋は、「加美上水橋」でした。


この橋は、大正天皇の墓地を作るために、多摩川から石を運び出す運搬専用の橋だったそうです。昭和2年に作られました。1日2回、砂利を運搬する電車が通っていたそうです。

その後、昭和36年に線路は撤去されて、このあたりは加美上水公園となりました。

ここには富士山のビュースポットがありました。写真の中央に見えるのが富士山です。真っ白でした。

またここには、旧玉川上水跡がありました。

玉川兄弟が作ったのはそちらですが、90年後ほどしてから、多摩川の洪水被害を避けるため、一部区間に新たに上水を作り直しました。それが現在のルートになっています。

福生市指定史跡「玉川上水旧堀跡」の石碑です。


ふむふむ。旧道を観察しています。


ちゃんと堀の跡が見えますね。


そこから200メートルほど歩いたところにあるのは「新堀橋」です。


以前の堀は多摩川と近く、洪水の被害も多くありました。土手はしばしば崩れたそうです。そのため、40メートルほど東側に新しく掘られました。それで新堀橋、と言うのですね。

ここは福生十景にも選ばれているところだそうです。

ここを過ぎたあたりから福生市から羽村市になったと思います。

お次は「堂橋」でした。わりと小ぶりな橋でした。

ここから1キロほど歩いたところにあったのが「羽村大橋」です。ほんとに大きくて立派な橋でした。


多摩川と玉川上水の両方に架かっている長い橋です。
上まで登るわけにはいかないので、橋名は遠くから写しただけでした。

この後は東京都水道局羽村ポンプ所となります。
こちらは第三水門です。

大きなプールのような施設でした。水鳥が気持ちよさそうに泳いでいました。

「羽村橋」です。

ぼーっと歩いているところを写されてしまいましたね。


さていよいよ玉川兄弟の像に到着しました。


立って指を指しているのが兄の庄右衛門。座っているのが弟の清右衛門です。
杉本苑子さんの小説によれば、しっかり者のお兄ちゃんと、ちょっとやんちゃな弟、というイメージでしたけどね。

近くにいたおじさんに写真を写してもらいました。みんな満足げな顔をしていますね。


その後、堰を見に行きました。

ちなみに「堰」という言葉ですが、「解説・河川管理施設等構造令」では、「堰とは、河川の流水を制御するために、河川を横断して設けられるダム以外の施設であって、堤防の機能を有しないものをいう」という定義があるそうです。

またダムと堰との違いは、堤防に接続するものが堰、山に接するのはダムという違いがあるそうですが、高さによっても区別されています。15メートル以上あるのがダム、それ以下のものは堰と定義されているそうです。

なるほどね。

また堰にもいろいろ種類があり、水位が固定されている堰、調整できる堰などにも分類できるそうです。現在の羽村取水堰は、右岸が固定堰、左岸が可動堰になっているそうです。

難しい区別はさておき、このあたりの多摩川は、ゆったりと流れていました。

山梨県の源流と、東京湾の河口の中間あたりになるのでしょうか。


そこを堰き止めて、玉川上水として用いたのですね。

この羽村取水堰は、「投渡堰(なげわたしぜき)」として、江戸の発展を支えた歴史的価値の高い施設であるとして、土木学会の土木遺産として認定されています。当時の投渡しの技術は、現在まで継承されている貴重な土木遺産だそうです。

ところで投渡堰というのは、洪水の時に、あえて門扉を切り離し、水に流してしまうことで、水の勢いをかわし、被害を最小限に食い止める方法だそうです。つまり自己犠牲の精神に満ちた堰なんだとか。この方法が江戸時代から伝えられているということです。現在の羽村堰では可動堰の部分がその方法をとっているそうです。

堰の横にある第一水門から取水され、第二水門で水量を調整しているそうです。

なかなか難しい説明ですが、こうやって洪水からの被害を防いでいるわけですね。

こちらは昔の牛枠という道具です。奈良時代からあったとか。

木だけでは水中で浮かんでしまうので、水の勢いに負けないように、川床に石を詰めて固定します。

この日はちょっと風が強く吹いていましたが、およそ5キロほど歩いたでしょうか。

この後ランチをして、羽村駅近くにある「まいまいず井戸」を見学に行きました。

この日の橋。

今回も、写真はちひろさんはじめ、同行したみなさんが写したものを使わせていただきました。ありがとうございました。

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参考資料

「川のなんでも小事典」講談社 ブルーバックス

「しんこうWEB」一般財団法人建設業振興基金 建設業しんこう

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「一日一句」

多摩川の 水を江戸へと 大事業

2023年12月26日火曜日

【玉川上水 30】ついに羽村堰へ ランチ

玉川上水にかかる橋は、全部で99あるそうです。

杉並区の富士見ヶ丘近くの浅間橋から始まり、井の頭線、中央線、西武多摩湖線、西武国分寺線、多摩都市モノレール、西武拝島線、五日市線、青梅線を通り、羽村市までです。

こちらは東京都公園協会が作成した玉川上水散策マップです。

私はこの羽村上水を全部、歩き通しました。

最初は2021年4月、コロナの緊急事態宣言が出た頃に夫と歩きました。そして最後の方は、友人と一緒に歩いた区間もありました。

この玉川上水歩きは毎回良いお天気に恵まれ、美しい青空を眺めながら、武蔵野の風景にほっとして、時には江戸時代を思い出しながら歩きました。

毎回、レポートを描いていましたが、今回は最終回となりました。青梅線の福生駅からスタートして、羽村堰まで、ようやく到着しました。

橋については追ってお知らせしますが、まずは食事編です。

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福生駅から歩き始め、羽村市に入った頃にはすでにお腹がペコペコでしたが、ラストの羽村堰に到着するまではランチは我慢。

というか、羽村堰の近くにはコンビニも食堂も見当たりません。

それでもグーグルマップに、「きまぐれや」というイタリアンのお店があるというので、堰から数分、頑張って歩きました。

運良くお店は開いていて、ランチにありつけることになりました。

こちらがお店の入口です。なかなかおしゃれですよね。

意外と言っては失礼ですが、羽村堰にこんな素敵なレストランがあるとは驚きでした。

私たちが頼んだのは、帆立貝のスパゲティ。

おしゃれなサラダと、パン、コーヒーが付いていました。

お店のコメントにも、とても良い雰囲気という書き込みがありました。私もおすすめします。

美味しいランチをいただいて、おしゃべりもはずみましたよ。

(ランチの写真は同行者Cさんの写真を加工しました)

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「一日一句」

師走どき 鄙にはまれな グルメなり


2023年12月25日月曜日

今日のひと橋 新橋

今日のひと橋は、新橋です。

と言っても、「汽笛一声新橋を〜」の新橋ステーションではありません。

かつて汐留川というところにかかっていた「新橋」です。

実は、先日、新宿御苑に行った時、「しんはし」と書かれた古びた橋らしきものが、放置状態になっていたのです。こちらです。

まさか、あの新橋ではないだろう、と思っていましたが、暗渠友達のCさんから「あれはかつて新橋にあったもの」ということを教えてもらいました。

かつては、今の銀座あたりには、多くの川が流れていて、たくさんの橋がありました。たとえば数寄屋橋なども実在していた橋です。

そこで、今回は新宿御苑の片割れとなる新橋を探しに行きました。

実は新橋には都営浅草線が走っていて、シルバーパスを利用できる路線であるということが分かりました。私は大門までは都営大江戸線に乗り、そこで都営浅草線に乗り換えて新橋に行く、という安上がりな方法を見つけました。通常よりも300円ほど安くなりそうです。

都営地下鉄の中は、機関車トーマスだらけでした。

こういうケチなやり方をして、新橋駅に立ち降りました。

そして銀座8丁目の交差点を目指して歩きました。

まずは土橋まで行きました。ここもかつては、橋があったでしょうね。

見つけました!

高速道路の下に、新橋は佇んでいました。


橋名は、漢字バージョンでした。

記念碑も立っていました。

そこにはこのように書かれていました。

「新橋親柱は、かつて新橋と銀座の間を流れていた汐留川に架けられていた橋で、昭和38年(1963)、川の埋め立て工事とともになくなりました。保存する新橋親柱は、大正14年(1925)に、長さ20メートル、幅17メートルの鉄筋コンクリートで作られた橋の一部です。地域名の由来を今に残す貴重な遺構です。

平成30年(2018)1月15日

港区文化財総合目録登録 港区教育委員会」

こちらは英語バージョン。


もう一度、見上げてみました。やはり新宿御苑にあった橋と同じですね。


貫禄がありますね。


そばには、銀座の柳の二世がありました。

この場所は、若いときにはよく通った道でしたが、橋があるなんて、全然、気づきませんでした。

今では隣はドンキになっていました。上は高速道路です。

ということで新橋を確認して、その後は銀座3丁目まで歩きました。

「今昔きもの大市」というイベントに行くためです。


これまで何回も利用していましたが、今回は寒かったせいか、会場はとても空いていました。

断捨離の最中なのに、安くて可愛いものがあると、つい買ってしまうのが悪いクセ。

こちらは「壱の蔵」の名古屋帯。千円でした。ぎっしりと織られていて、手触りも良い。

青や藍色の着物に合わせたいですね。

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この日の装い。

先日、世田谷ボロ市で見つけた大島紬。ピンクベージュです。


帯は、facebook友達から頂いたもの。黒に格子柄がくっきりとしていて素敵です。

ただし、帯締めの選択が難しいですね。今回の帯締めは自作ではありません。

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「一日一句」

楽しみは 橋も着物も 年の暮れ