諸田玲子さんの作品、2作目です。
最初に読んだ歴史小説「奸婦にあらず」▼に感動したので、次はどの作品にしようかと迷っていました。
諸田さんという方は江戸時代の物語を中心にたくさんの小説を書いていらっしゃいますが、江戸時代の物語は今のところ宇江佐真理さんに夢中なので、ちょっと脇に置いて、大正時代の話である「希以子」を手にしてみました。
私の祖母は日露戦争のときに生まれたはずなので、そうすると1904年(明治37年)生まれです。巳年生まれだったので、今生きていたら108歳でしょうか。
祖母は東京の本所深川という下町で生まれ、その後結婚をして上野・谷中に住まいを移し、たくさんの子供を産みました。戦後は杉並に住まいを移し、しばらくして夫を亡くしましたが、その後も昭和の終わりごろまで長生きをした人でした。
祖父は政治家でもあったので、祖母も戦争中は国防婦人会などで活動をして人前に立つことも好きだったようです。持ち前の下町のお世話焼き体質のためか、老後も老人会の中心人物だったようでした。
祖母からは関東大震災の時には隅田川に飛び込んだ人を目の前で見たこと、また息子が南方で戦死した話はよく聞かされていましたが、明治、大正、昭和と時代は変わっても、東京に生きた女性としてはほぼ幸せな人生であっただろうと思います。
そのような女性が身内にいたので、私は当時の女性はだいたいこのような人生を送ったものであると思っていました。
ところが、この「希以子」は、私の祖母より5年くらい後に生まれたのですが、同じ下町生まれとはいえ、あまりに激動の人生を送った人であるので、非常にショックでした。
まず第一に彼女には3人のお母さんがいました。
生みの母、育ての母、そしてその後に生活を共にした母の3人であるという複雑な家族関係でした。
おまけに育ての親には「姉」とも呼ぶ美貌の少女がいて、この女性には終生振り回されることになります。
このような普通の家族関係とは異なった中で育ち、それぞれの母に苦労をかけられたり、助けたり、助けられたりという人生を送っていきます。
子供時代からさまざまな運命を受け止めてきました。
母の出走、父の大怪我、実の姉の死、大洪水、大震災・・・・幼いころからこのような経験をしていきます。
そしてその後、彼女は最初の仕事として電話交換手になり、その後も芸者になったり様々な仕事についていきます。
恋愛も悪い恋愛、良い恋愛など多く経験をして、結婚した後も初恋の人を追いかけて満州に渡りました。
しばらくは初恋の人と幸せな生活をしていましたが、第二次世界大戦に巻き込まれまた様々な苦労をすることになります。
どうして普通の落ち着いた生活ができなかったのでしょう。
その原因の一つには、彼女は男の見分けができなかったことかもしれません。
酒癖の悪い男、暴力を振るう夫、意気地のない男。
どうしてこんな男ばかり相手にしたのでしょう。
そして男ばかりではなく、女性にも敵はいました。
それは血は通ってはいないが「姉」と呼んだ女性です。
この姉は美貌はすばらしいのですが、我儘で勝手な性悪女でした。
どうしてそういう女と手を切れなかったのかとも思いますが、戦争や戦後という時代には、血縁を頼るよりほかになかったのでしょうか。
身近にいる人を愛することは、憎むことと背中合わせなのかもしれません。
希以子の生き方に対してあまり納得はいかないのですが、この時代を生きたという強さは身にしみました。
この小説は昭和25年くらいで終わっています。
その後、彼女がどのようにいきたのか興味がありますね。
世の中に流され、悪い男に振り回されても、それでも強く生きてきた希以子。
本の初めに「貴重な 体験を語り聞かせて下さった羽場敦子さま、そして怒涛の時代を生きたすべて の女性たちへ敬意と感謝をこめて。」と書かれているようにこの話にはモデルがいるそうですが、多くの女性たちが混乱の時代を生きてきたのでしょうね。
私の知らない大正・昭和の戦前の歴史が伺えましたが、少し生々しすぎました。
それとこの小説に登場する女性たちは、もがき喘ぎながらもなんとかして生き抜こうという姿勢が感じられるのですが、男はだらしがなかったり、金儲けに走ったり、暴力や飲酒にのめり込んでしまっています。
ここまで嫌な男のことをこと細かく描くというのは、観察力がすごいのか、あるいは作者の周りにはそういう人が多かったのか分かりませんが。
諸田さんはフェミニズムの女性なんでしょうか。
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