2026年6月7日日曜日

江戸城の天守台に気象台があった話

今回のフィールド・ワークは、気象学が専門の教授による、気象観測地変遷の歴史を探るテーマでした。

かつては徳川将軍家のお城であった江戸城の本丸に、気象台があり、ここで風速等を測っていたとは信じられないかもしれませんが、今回はその歴史を眺めてきました。

まず最初に、竹橋近くで桜の標準木を見学。現在は靖国神社内にありますが、それができる前はこちらで観測していました。


以前は、桜以外にも梅、紅葉、椿、タンポポ、ツツジ、藤、萩、紫陽花、百日紅、ススキ、イチョウ、楓も観察していました。


ここから少し歩いたところにあるお堀端には、「震災イチョウ」の木がありました。関東大震災の時に、生き残ったイチョウの木です。


この木のすぐ近くには、和気清麻呂の銅像も立っています。
こちらは以前に訪れたときの写真です。


さて、明治8年(1875)に、「東京気象台」ができました。その場所は、現在、ホテルオークラがある松平大和守のお屋敷でした。毎日3回、お雇い外国人が観測したそうです。

その後、お屋敷はホテルオークラになったので、あちこち移転先を探したところ、地盤が強固で見晴らしが良く、近くに鉄道がないという理由で、皇居内に移転することになりました。

皇居はかつての江戸城があったところです。

こちらが天守台。


天守台の上まで登ると、観光目当ての外国人で超満員でした。

この場所に、明治14年(1881)から42年間にわたって、気象台があったのです。

高さも気象観測にはちょうどよく(約29メートル)、周囲に遮るものがないので、風速や風向、気温を測るには最適でした。

それにしてもお城だったところで気象観測をするというのは、どのような理由だったのでしょう。

それは明治維新後、欧米に対して科学技術で遅れをとっていたので、近代国家体制を整えるためには、気象台が必要だったのです。

江戸城が皇居になったことで、結果的に都市の開発から守られて、緑の環境を保持することができたわけですね。

その後、1923年の関東大震災後には竹橋に移転。

さらに1964年(昭和39)には千代田区大手町に移転。この場所は、現在は取り壊し中です。

そして現在は2014年(平成26)から、北の丸公園で気象観測が行われています。

気象庁はあちこち移転してきた歴史があったのでした。

その場所の標高や周囲の環境によって、気象データ(気温など)が微妙に変化してしまうので、普通の家の引越とは違い、科学的にはなかなか大変なこだと思いました。

なおこのコースは、2025年1月にも見学しています。ほぼ同じコースを歩きました。
その時のブログはこちら▼