2026年3月30日月曜日

桃園川緑道あるき 1回目(阿佐ヶ谷~中野)

人気暗渠である桃園川緑道を歩いてきました。

先日、2回目▼という記事をアップしましたが、実は今回の方が先に体験したものです。

この時は暗渠マニアのCさんとご一緒でした。

桃園川緑道は前から興味があったのですが、なかなか行くチャンスがありませんでした。

それが桃園川は善福寺川と縁が深いということが分かってから、是非、実現したいと思ったのです。

*******

こちらの写真は、緑道の入口です。もっと緑が美しい時なら良かったのですが、ちょっと枯れていました。

Cさんが写してくださいました。

そして道ばたにはこんな可愛い動物がいるのです。


実はこの動物は、カワウソです。
江戸時代に、桃園川の水量が少なくなってしまったとき、そこに善福寺川の水を引いてこようと工事をしました。ところがそこにはカワウソが住んでいて、その水路を利用できなくなってしまい、翌年、別の流路で水を引いたという経緯があったのです。

それにしても、そのような歴史の説明が何もないので、なぜ、ここに見慣れない動物の像があるのか不思議に思う人もいるでしょうね。これは杉並区の職員が考えたことなのか知りませんが、ちょっと説明不足だと思いますよ。

せっかく可愛いカワウソなのに、なんだかちょっと残念です。


カワウソの親子かな?
ちなみにカワウソというのは、イタチの仲間だそうです。もし買うとしたら、一匹100万円以上するそうです。サンシャイン池袋などで見られるようです。

ここで桃園川について簡単に説明します。

桃園川は杉並区にある天沼池の湧水が源流です。そしてかつては杉並区、中野区を通過して、神田川に合流する川でした。

それが農業用水としての役目を終え、生活排水の場になってしまいました。そして昭和40年頃から埋め立てが始まり、60年代にはついにすべてに蓋をされてしまい、現在では緑道として変身した昔の川です。

この辺りでは桃が生産されていたので、桃園川となったようです。

ところでなぜ「桃園」という名前がついたのか?

八代将軍徳川吉宗がこのあたりに桃を植えさせた、という説があります。

なんともかわゆいネーミングですね。

そしてこの川には、かつて「桃園橋」という橋が架かっていました。

現在は桃花小学校の校庭に移されたので、見学したいと思いましたが、校門には鍵がかかり、不審者は入れない様子。ということで金網の隙間から覗いてきました。怪しい人物と思われたことでしょう。ただしうまく写せませんでした。

その代わりというか、近くには「かう志んばし」の片割れが残っていました。これは「庚申橋」のことです。庚申橋という名前の橋は、都内でもあちこちにあるようですが、「庚申講」と関係があります。

うっすらと「かう志んはし」の文字が読み取れました。大正13年という文字もありましたので、関東大震災後に作られた橋ですね。

庚申とは60年に1回巡ってくる暦ですが、人間の寿命を縮める「三尸(さんし)の虫」が体内から逃げ出さないよう、庚申の夜に眠らずに過ごす「庚申待ち」という道教由来の信仰が有名です。

そんな昔から続いている行事がある一方、現在では橋のあったところはゴミ収集所となっていることが多く、こんな可哀相な姿の橋もありました。


以下は中野区側ですが、いろいろな昔話がタイルになっていました。おなじみの桃太郎ですね。


この日のお昼は、水餃子。とても量が多かったのですが、たくさん歩いたお蔭でよく食べられました。


今回の暗渠歩きでは、あまり橋の紹介はしませんでしたが、面白いモノをたくさん見ることができました。


Cさん、一緒に歩いていただき、どうもありがとうございました。

桃園川暗渠はまだまだ続きますが、今回はここまで。