私が今の家に引っ越してきて、ちょうど10年になる。
その10年間、私の母も同居していた。
そして先月の11日に、母は近所のグループホームに引っ越しした。
あまりにも脳の記憶機能低下が目立ち、面倒を見られなくなったというのが、主な理由だ。
入居先のホームは、日常、使用していた箪笥などは持ち込んでよいというので、来日した妹と二人で、母の荷づくりをした。
そして、ほとんど利用しないアクセサリーや、着られなくなった服などは、妹と私で形見分けをした。
まだ亡くならないうちに、と非難されるかもしれないが、取っておいても母が使うあてもない。それよりも現在、利用できるものは誰かが利用したほうがいいと思ったからだ。
海外で入手困難な和服は、船便で妹の住んでいるところまで送った。
若い時から習っていたお琴の教本は、山ほどあったが、今は絶版になっているというので、お琴の先生に差し上げた。
その他の趣味の道具類は、お世話になるホームで入居者の皆さんに使ってもらうことにした。
そんなふうにして、母の持ち物の嫁入り先を決めていった。
それでも手芸用品が残ってしまった。
きれいな色の糸、レース、フェルト、ボタン類、はさみ類などが、和引出しに収まっていて、捨ててしまうには惜しい。
ということで、先日、友人に道具をお譲りするために来ていただいた。
そしてうちの目の前にあるフローラルガーデン・アンジェという庭園に、一緒に出かけた。マグノリアの花が満開だった。
この写真からも分かるように、うちのベランダから見下ろすと、ここにはいろいろな花が咲いているのが見えるし、冬にはクリスマスのイルミネーションもよく見える。
景色だけではなく、ここで催されるいろいろな音楽祭のミュージックもよく聞こえるところなのだ。
つまり、我が家には、アンジェは身近な場所なのだ。
ここで友人達と春の花の撮影を楽しんだ。
その後、ホームの母に行き、荷物はそれぞれのところへ分けたから、と報告した。
「手芸品は、友人に使ってもらうことにしたわ。」と伝えた。
勝手に処分してしまって悪かったかなという気持ちが少しあったのだが、
「それは、よかった、よかった。使ってくれるんだね。いろいろなことをしてもらって、助かったよ。ありがとう。」と言われて、私もほっとした。
そして、アンジェで咲いていた花の写真を見せてあげた。
もくれんは母の好きな花だった。
それなのに、
「こんなお庭があったかね~」というだけで、まるで覚えていないのだ。
まだ1か月半しか経っていないのに、母はこの家に住んでいたということを、もう忘れかけているのだ。
「お母さん、どんな所に住んでいたのか忘れちゃったの?」と聞くと、
「富士山が目の前に見えて、夕焼けの時はすごくきれいだったのは覚えているよ。」という。
そうか、それだけは覚えていてくれたなら、まあ、いいか。
それでもホームに入ってからは、食べ物の管理がきちんとしているせいか、心なしか体つきもスマートになったようだ。
毎日、体操をしているという。
それまでの暗い表情から、笑顔も出てきた。
アンジェのことは忘れてしまっても仕方ないか。
そうそう、アンジェでは4月5日には、開園記念として無料感謝デーというのを開催するらしい。
この頃は八重桜がきれいかもしれない。
こんどは桜の写真を写して、母に見せてあげよう。
少しは何かの記憶が戻るかもしれないから。
14 件のコメント:
お気持ちがとてもよくわかります。
母と一緒に過ごしてきた日々
なのに忘れちゃったのか?と思う焦りと
覚えていてくれたのかと言う安ど感
日々その繰り返し・・
老いを生きる
難しいことですが、子供の願いは、母に少しでも笑顔でいてほしい・・ですよね
綺麗なもくれんの花がお母様の笑顔と重なりますね
うちの祖母は猫を飼っていたのに、我が家で引き取ってから、猫を見せにゆくと「私猫ちゃん怖いんですぅ~いやぁ~」と言ってよけていました(笑)
うちみたいに、認知性になってから、ガラっと愉快なばあちゃんになれば、笑って済ませられるんですよね。
きっとこれから、もっと笑顔が増えてゆくと思います。
としちゃんさんにとても感謝してらっしゃるようですし、お幸せになれるんじゃないかしら?
としちゃんさんがお顔を見せて、お話をして差し上げることが、きっと程よい刺激になりますね。
無理なさらず、お母さまに会いにゆかれることを、楽しんで下さいね。
かよこさん、私自身、もう老いをかなり感じている世代なんですよ。でもホームに行くと、90歳代の人がとても明るくしているので、まだまだ私などひよっこなのかな、とも思いますね。
史子さんのおばあちゃん、可愛いですね~。母の認知症はきっとかなり前から始まっていたのですが、それときちんと対応しなかった私がいけなかったのかな、という反省もあるんですよ。
でもお互いに距離が離れていたほうが、おだやかに接することができますね。
若い史子さんの言葉に励まされるわ。ありがとう!
フローラルガーデンにはまだ行ったことがありませんが、前身の「京王百花苑」には、花菖蒲の季節によく出かけました。日本的な庭園でしたが、ガーデンに名を変えて、趣もすっかり変わったことでしょうね。としちゃんとこの庭みたいなものですね。
「お互い距離が……」は、そのとおりだと思います。母と私は、ちょうどよい距離。娘とは、だいぶ離れているけど、離れている分、お互いやさしくなれます。離れていても、親や子を思う気持ちは、心から離れませんよね。
この間はありがとう。
お母様がそんな風におっしゃっているなんて、なんだかすごく嬉しい。
レースとか、糸とか・・使いそうだと思っていただいたものは嬉しかったのだけど。特に必要だと思わなかった・・あるのでね・・いいものだったので、いただくことにしたの鋏・・家に帰って見て、大活躍していたものなのでしょうと思ったら、ジーンとしてしまいました。きっと、としちゃんの洋服などを作った時に使ったものなのでしょうと。大事にしますね。
マサさん、そうなのよ、私も京王百花苑のときはよく出かけていたので、ここはなんとなく違和感があったのよね。特に冬の間はあまり花もなくて、500円は高いわ。でもこれからはいい季節だと思いますよ。
今度、おかあさまとご一緒にいらしてみてね。
トントンにはがらくたをあげてしまったみたいで、悪かったかな。でも母の使っていたものが、トントンのおうちで生きていると思うと、私も嬉しいわ。
残りのものをあれこれ片付けていたら、なんと私の祖母が使っていた「昭和九年」と書いてある物差しが見つかって、びっくりよ。
としちゃん
母上の荷物整理、お疲れ様。
いつかしなくてはいけない仕事だけど
辛くもあり、又懐かしくもあり、どんなに
複雑な思い出整理なさって事でしょう。
お母様が理解して下さって良かったですね。
しかも、お道具箱はとんとんさんの所にお嫁入りして、
いつか又きっと再生してくださる事があるでしょう。
5番目6番目のもくれん、ちょうど盛りの
美しい時を捉えて、瑞々しいくて可愛いです。
としちゃんお疲れさま~
荷物整理ってホントに大変、まして自分物じゃないから捨てていいのかどうかの区別がつかないでしょう。
でもお母さまが理解をしてくださってよかったわ。
私もシンプルライフをこれからは心がけて・・・なんて思っていますが。。。
この頃お母様に対してのとしちゃんの文章がとっても優しい~♪
距離を置くことはお互い大切なことですね。
真蘭さん、そうね、こういうことって真蘭さんも経験されたと思うけれど、なかなか複雑ね。
とくに父の時は囲碁しか趣味がなかったので、それほどモノが多くはなかったのだけど、母は服や趣味のものが山ほどあって、分けるのが大変で、ひと苦労しました。
昔の人だから、なんでも取っておくでしょ。
しつけ糸の抜いたあとまできちんと保存していたので、半分あきれ返ったけれど、いつかは再利用しようと思っていたのでしょうね。
さとさん、ほんとね、人のものなんだけど、母はもうすっかり忘れているから、何に使ったものかも分からないのよね。
やはりモノは自分で処分するのが一番とは思うものの、なかなか捨てられないわね。
今日もホームに行ってきましたけど、母はすごくいい笑顔になっていて、ほっとしたわ。
この間はありがとう。
お母様ももうこの家には戻られないのですね。窓からの眺めを覚えていられてよかったです。私も形見分けしてもらったような感じで(まだご存命なのに)いただいてしまいましたが、お嬢さんもいらっるし、よかったのかしらと思いました。ちょっと寒い時にかさばらずに重宝しています。仕事にもしていきました。想い出とともに大切に使わせていただきます。
お母様はいろいろ忘れても人間的にはちっとも変わっていらっしゃらないのでは。お話を聞いてほっとします。
まぁ、仕事にも着用してくれているなんて、嬉しいわ。カンカンはああいう形の襟巻が似合うものね。
母とは離れてみて、つくづく良かったと思います。私のストレスも減ったし、なにより母の笑顔が多くなり、おしゃべりもできるようになったもの。
別居しているほうがお互いに優しくなれるって、本当だと思うわ。
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