3月の大震災の後、電気を使わなくてもできることをしようと思い、押し入れで見つけた母が残して行った毛糸で、娘のベビー用の編み物を作り始めました。
少しずつ残っていた毛糸なので、太さもまちまちでしたが、かぎ針で10センチ角のモチーフを編みました。
それを縦8個、横7個の合計56編んで合わせて、1メートル弱の敷物にしました。
男の子でも女の子でもどちらでもいいように、ピンクとブルーを足して、本当に適当な編み方でしたが、何とかできあがりました。
娘は連休の頃に遊びに来るとの予定だったので、手渡そうと思っていたのですが、なんと4月中旬から切迫流産になってしまい、仕事も休み、トイレ以外は立ち上がることもままならない絶対安静の状態になってしましました。
私自身は高齢出産でしたが、何の問題もなく出産できたので、そのような状況に本当に驚きましたが、一度、娘の顔を見てこようと、毛糸の編み物やらいろいろ思いつくものを持って、娘たちが住んでいる隣の県まで出かけてきました。それと娘が生まれた時の母子手帳も持って行きました。
娘はソファに横たわったまま何もできないのですが、思ったよりも明るくてでほっとしました。
母子手帳を見ながら、昔の話などおしゃべりしてきました。
それに娘婿さんの献身的なこと。
家事も買い物も料理もすべてやっていました。
もともと料理は好きだったそうですけれど、圧力鍋でイカ飯やらビーフシチューを作ったとそうで、なんという旦那さまでしょう。
娘にはもったいないほどの人です。
今は大変な状態かもしれませんけれど、若い二人が頑張って、秋には元気な赤ちゃんが生まれますようにと祈っているだけです。
母がかつて編んでいた残り毛糸ですけれど、ひ孫が使ってくれたらいいなと思っています。
6 件のコメント:
私も、上の娘を妊娠したとき切迫流産で入院したんです。
絶対安静と言われて、病院のベッドで二週間寝ていました。
トイレに行ったら、「絶対安静って言われたでしょ!!」と、看護師にものすごい剣幕で怒られました。
家にいると、つい動いたりしちゃいますが、どうか安静になさってくださいね。山のごとく動かないのが一番のようです。
お婿さんの献身的な気遣いが、心強いですよね。
素敵なモノが出来上がりましたね。さながら毛糸のパッチワーク?敷物とありますが、このサイズが1枚あると本当に重宝するのですよね。私は義姉がやはり同じサイズで黄色と白の毛糸で編んでくれて、抱くときのおくるみにしたり、寝たときかけたり、今でも記念にとってあります。
無事誕生するまでは、自分の妊娠のときより心配してしまうかもしれませんが、そんなにマメで優しいご主人が傍で見守っているならきっと大丈夫。お大事にしてくださいね。
「三陸海岸大津波」の本のこと。としちゃんの解説でバッチリ。そうそう作者の主観もなにもないけど、事実のみが面々と記載されて記録文学として貴重な1冊だと思います。
子どもの記憶の作文には胸がつぶれる思いです。また今回もこおいう記憶を残すことになってしまったんですね。
マサさんもそうだったんですか。
私自身は楽に産んでしまったのであまり気づかなかったのですけれど、話してみると意外とそういう経験の方って多いんですね。
10か月まで病院のベッドの上という人もいました。
でも何もできないのも辛いでしょうね。
下のお子さんのときは大丈夫だったのでしょう?
ひょっこりさん、20年前の毛糸の敷物があまだあるとは、きっとすごく役にたったのでしょうね。私のはパッチワークというよりも、単につぎはぎなんですけどね。
津波の本の紹介ありがとうございました。
実はすぐに読み終えたのですけれど、衝撃が大きくてなかなかブログの文字にできなかった、という感じでしたね。
記録文学という表現がぴったりの本でしたね。
みんなに読んでもらいたくて、周囲の人にも紹介しています。
お嬢さん大変ですね。
私も娘のときに2ヶ月くらい入院してました。
掃除機をかけるだけで出血してましたね。。。
でもメチャクチャ丈夫な女の子が生まれたのですよ。
その時は不安で(前の子が心臓病で2歳3ヶ月で亡くなりましたから)また同じような子が生まれたらどうしようと思いました。
しかし先生に励まされて生んだおかげで今は孫にも恵まれてね(笑)
すごく嬉しく思っていますよ♪
お嬢さんいい旦那様にも恵まれて幸せですね!
安静にして丈夫な赤ちゃんを産んでくださいね〜
としちゃんの針のひとつひとつが暖かくて色も可愛いね。
どうぞお大事にしてね。
そうですか、さとさんもそういうお辛い経験をされたのですね。娘はずっと出血があったらしくて、どうなっているのかと心配していましたが、皆様のお話を聞くと、元気な子に育っているようで、安心しました。
ありがとうございます。
お婿さんがとにかくいい人なので、娘には後でちゃんと恩返しをしなさいと言ってありますよ。
娘には母子手帳を渡しましたが、私も25年ぶりにしっかりと眺めなおしました。あっという間に月日は流れますね。
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