2026年2月28日土曜日

2026年2月上旬~中旬の思い出 

2月は「逃げる」と言われますが、2026年2月は本当に短くて、あっという間にいろいろな出来事が過ぎ去って行くようです。

2月初頭には善福寺川散策やら杉並区内で資料収集など、少しはゆとりがありましたが、それからは一挙に慌ただしくなりました。大学へ修了論文と発表用パワポの提出。その後、ゼミの有志でパワポの自主練習。

同じ頃から八丈島卒業旅行説明会(幹事さんはまるで旅行会社の社員のようでした)やら打ち合わせ。

パワポ発表の2月11日(祝)は雨で寒くなったので、急遽、ポリ着物に変更して登壇。


その後は例によって先生を囲んでの慰労会。

同じ週の2月14日のバレンタインデーには、大学で進級面談。

何を着ていくか迷いましたが、薄黄緑色に蕪の飛び小紋。白×シルバーの西陣帯。

面接後は、その足で巣鴨のジオラマ展示会へ。

これは立教大学の先生が、巣鴨の住民や立教大学の学生たちと制作したジオラマと音楽の合同展示祭、という内容のイベントでした。バンジョーやフルートの音楽も楽しめました。

巣鴨は4の付く日は縁日だそうで、町にはおばあちゃんがたくさん溢れていました。

こちらは名物の赤下着のお店。

その次の週はちょっと一段落してゆっくりしようと思いましたが、着物お譲り会の準備を兼ねて、着物の整理。

中旬には「源氏物語を楽しむ会」でおしゃべり。

八丈島までシニア学生18人での団体旅行。往復ANAの飛行機利用。

早朝出発でしたが、羽田飛行場は超満員でびっくり。あっという間に八丈島に到着。

ホエールウオッチングや八丈富士登山もありました。

夕陽が美しかった八丈小島。


バスガイドさんの案内も良かったですね。


こちらは陸上からのホエールウォッチング。


地元の料理をたらふく食べました。
超特大の天丼。ハヤトウリが珍しかったですね。


明日葉の天ぷらは、何回もあちこちでいただきました。


八丈島は雨が多いということでしたが、私たちは3日間も晴れて、良かった!


こちらは自由行動で八丈植物公園へ。


キョンという小型動物が可愛かったな。オスは角が生えていて、鹿のようにも見えました。

「服部屋敷」では、黄八丈の踊り手さんに混じって「樫立て踊り」を一緒に踊ったり、大太鼓を叩いたり。


八丈島は流人の島だったので、各地の出身地の歌や踊りがミックスされていました。

舞台で踊って、恥をかきました。こちらは大学の仲間が写してくれた写真です。


大太鼓も楽しいな。

ホテルも素敵でした。海辺のリゾートホテルでした。早朝は海辺までお散歩。

太平洋が目の前の絶好のロケーション。


朝食は太平洋を眺めながらいただきました。

夕食はとても豪華できれいな盛り付けでした。

最後の日には、クジラの潮吹きを眺めながら、温泉で裸の付き合い。

お天気にも恵まれ、親交を深めたツアーでした。

大学の幹事さんたちや、バスの運転手さん、ガイドさん、ほんとうにお世話になりました。

帰宅してから急いで進学の手続き。これをしないと進級できません。

ようやくここまで辿り着きました。

2月のイベントはまだまだ続きます。


2026年2月24日火曜日

おみくじコレクター

今年のお正月はあちこちの神社に出向き、願いが叶うようにお祈りしていました。ふだんは信心はないのにね。

地元の神社、あるいは新田巡りで立ち寄った神社、着物グループで出かけた神社など、あちこちの神社でなんと6回もおみくじを引いてしまっていたのでした。

今になって思い出しても、どのくじも「学業」や「進学」に対しては、ほぼ同じ事が書かれていました。

1.「大吉」が出た大宮八幡宮では

  進学→祈りの心で励めば叶う

2.地元の布多天神で引いた「大吉」のくじでは

  学問→安心して勉学せよ

3.着物イベントで出かけた「大吉」が出た下北沢の神社では

  学問→安心して勉学せよ

4.こちらは荻窪の天沼八幡宮だったでしょうか、「中吉」のくじでしたが、

  進学→本分を忘れず没我の心で専念すれば入学できる

5.こちらの「末吉」はどこだったかしら?

  学問→安心して勉学せよ

6.こちらはただの「吉」しか書かれていなかった大國魂神社で引いたくじ。

  学問→努力することがよろしいでしょう。

ということで、どこの神様のおかげか分かりませんが、進級することができました。

「狭き門」だとハラハラしていましたが、開けてみれば「以外と広き門」だったかもしれません。

こちらは機械式のおみくじ箱。100円を投入すると、下からくじが出てくるのでした。


2026年2月23日月曜日

「侍タイムスリッパー」@調布映画祭

 「映画のまち」をアピールして、調布シネマフェスティバルが開催中です。

人気のある日本映画が格安で上映されています。ちなみに「国宝」はすぐに予約が満席になっていました。

会場は、下の写真の右側にある白い建物でした。

市役所の河津桜が満開でした。

会場のホールには、大きな怪獣ガメラが立っていました。

私が見たのは「侍タイムスリッパー」。

これは幕末、会津藩士が長州藩士と刃を交えた瞬間、落雷により気を失ってしまい、目を開けてみると、そこは京都の映画撮影所。それも時代劇を撮っている場所でした。

本物の武士が、映画の武士の「斬られ役」に変身していくその過程が、めちゃめちゃに面白くて、涙が出るほど笑ってしまいました。

助監督役の若い女性が新鮮な感じがしました。

映画の上映後は、安田淳一監督のトークがありました。京言葉で苦労話を語っていました。


ちなみに映画祭の中で、一番人気のあった映画は「はたらく細胞」だったそうです。私はテレビを録画して見ましたが、これはユニークな発想で面白い映画でしたね。
その次はドラえもん、コナンと続いていました。


2026年2月18日水曜日

「源氏物語を楽しむ会」 91回報告 2026年2月

 「源氏物語を楽しむ会」も細々と続けて、90回、オーバーとなりました。

会場を予約して下さり、会計係も担当しているKさん、

日本の文学、芸術、芸能などに詳しいUさん、

お仕事でお忙しい中、気楽に参加していただいているSさん。

みなさんと一緒にいるのは、一月に1回の集まりですが、まさかこんなに長く続くとは思っていませんでした。

実は、マンネリにならないよう、ちょっと新しい試みをしてみようかと考え中。

さて、この日はKさんの京都土産からいろいろな話題になりました。

左の白いのは「はんなり漬け」です。よい塩梅に浸かっていました。


右に見えるのは榮太楼のチュールタイプの羊羹。
あんこは私の好物なので、真似をしてスーパーで購入してきました。

さて食べ物の話はここらあたりにして、「真木柱」についてです。
今回、ここに登場するのは、「鬚黒」(ひげくろ)というちょっといかついけれども真剣な浮気(おそばの女性に手を出したくらいはありましたが)はしたことがなかった男性と、その正妻(北の方)です。

正妻はどのような理由か分かりませんが、ちょっと情緒不安定という女性です。実は彼女は良いところのおうちの出で、あの紫の上とは異母姉妹という間柄なのです。北の方は鬚黒よりも少し年上です。
そして鬚黒が玉鬘を妻にすると、2人の中は決定的に壊れてしまったのです。

そういう場面を原文と現代語訳で読みました。

現代でも、浮気したことのなかった男性が、何かのきっかけで若い女性にクラクラとして、そして家庭を壊してしまうという話はよくありますが、著者の紫式部はそのような場面をうまく描いていました。


郷土博物館 3 武蔵野ふるさと歴史館

しばらくブログをお休みしていましたが、復活しました。

今回は「郷土博物館」シリーズの3回目です。

武蔵野市にある郷土博物館、正式名「ふるさと歴史館」のお話です。

こちらはずっと前から訪れたいと思っていたのですが、ここは公共の施設にしては珍しく金曜日が休館日で、なかなか日にちが合いませんでした。普通はこのような施設は月曜日休館ですね。

たまたま2月初旬に空いた時間があったので、JR線武蔵境駅までバスで行き、そこから「ムーバス」という小型バスに乗っていきました。

            (武蔵野市のHPより引用)

博物館までは歩いてもたいした距離ではないのですが、たまたまバスが目の前に止まっていたので、乗ってしまいました。料金支払いはスイカやパスモにも対応しているので便利です。

そして降りたのがこちら。

建物は広々としていましたが、訪れる人はごくわずかでした。

展示会場に、川崎平右衛門さんの名前が出ていたので気になり、ちょっと不明なことがあったので学芸員さんに尋ねてみることにしました。

学芸員さんはとても丁寧に説明して下さり、嬉しかったですね。江戸時代の検地の裏話なども聞かせていただき、江戸時代が身近に感じました。

図書館も充実していました。

帰りは歩いて武蔵境駅まで戻りました。

郷土博物館では、学芸員さんってすごいなと思った日でした。

今回、平右衛門さん繋がりで、武蔵境駅は何度も通過して、お世話になりました。

西武多摩川線も何回か利用しました。この電車は野川、競艇場前を通り、多摩川の是政橋まで行く電車です。そのあたりはサイクリングでは走りましたが、電車で上から景色を眺めながら行くのも、なかなか良い気分のルートです。

              (Google Mapより)

2026年2月4日水曜日

郷土博物館 2 杉並区立郷土博物館分館

杉並区内には郷土博物館が2つあります。

先日のブログ▼にも書いたように、本館は大宮八幡宮の近くにあります。

そして今回訪れた分館は、JR中央線の荻窪駅から徒歩で10分ほどの天沼というところにあります。

この辺りは「教会通り」という道を通って行くのですが、半世紀以上前にも来た場所ですが、当時は博物館はありませんでしたね。衛生病院は昔からありましたが、なんとなく来たことがあるような、ないような場所でした。

調べてみると、こちらの分館が創立されたのは2007年(平成19年)だそうなので、それでは私は知らないわけでした。今から19年前ということです。

ここは天沼弁天池公園の中にあります。

寒い日だったので、池の水が凍っていました。

公園の入口には天沼弁天社がありました。

ここで「玉川上水とすぎなみ」という展示があったので、出かけてきました。

玉川上水に関しては、あちこちで展示されていますが、今回は杉並区内にある玉川上水の様子が展示されていました。

玉川上水にかかる牟礼橋(久我山駅近く)から代田橋(世田谷区)までの約6キロが杉並区内に流れているとのこと。

玉川上水のすごいのは、本流だけでなく、あちこちに分水があることですが、杉並区内にも下高井戸村分水、烏山分水、上北沢分水があります。

玉川上水を全区間歩いたのは3~4年ほど前でしょうか? 全部で30回くらい歩いた記憶があります。杉並区辺りを歩いた時のブログはこちら▼

懐かしい思い出です。

*************

玉川上水との関係を、郷土資料館の展示資料から、簡単に紹介しておきます。

【玉川上水とすぎなみの江戸時代】

「武蔵野の草原台地に位置する「すぎなみ」は江戸時代初期、徳川家将軍が鷹狩りをする場所であった。その後、江戸城を中心とした城下町の発展に伴い、生活用水を供給するため、玉川上水が開削された。この上水からの分水を利用することにより、新田開発が進み、現杉並区域の村々は、1万人の農民が暮らす農村へと発展した。」

【玉川上水の分水】

「武蔵野台地の農民や江戸城下の要望により江戸幕府が玉川上水に分水路を設け、各地に水を運んだ。分水路は33ヵ所に設置された。すぎなみは玉川上水から分水した千川用水を通して水が利用できるようになり、新田開発がなされ、江戸へ野菜などを供給する農村地帯になった」

【すぎなみの農業発展】

「現杉並に位置する江戸時代の村々では玉川上水からの分水、とくに千川用水の通水後、新田開発が積極的に実施され、畑作を中心とした農業が発展した。なお当時の村々の人口は明治初期の調査では1万人程度だった。

すぎなみの農民は玉川上水や分水の定期的な見回りや掃除などを担い、江戸へ供給する水の確保・維持に努めた。

すぎなみの村では栽培した野菜を江戸の大名屋敷や町家へ運び、販売後には購入した糞尿を持ち帰り、肥料として畑に蒔き、農業を営んでいた。」

*******

博物館の展示のついでに、近くにある天沼八幡神社にも寄ってみました。

そしてまたおみくじを引いてきました。

「大吉」でした。100円を投入すると、下の方から自動でクジが出てくるタイプのおみくじは、大吉が出る率が多いような気がしました。

    「願望」 のぞみのままです

    「旅行」 よし 連れの人に注意

    「商売」利益あり進んで吉

    「学問」安心して勉学せよ

    「恋愛」この人より他になし

    「縁談」多くて困ること有

なんちゅう運勢でしょうね。

その後、ぷらぷらと歩いて荻窪駅に戻りました。