前回▼は、阿佐ヶ谷駅の東側の暗渠を歩きましたが、今度はもう少し北東側に行ってみました。結局、最終的には阿佐ヶ谷の北側を通って荻窪まで歩いてしまいましたが。
阿佐ヶ谷は暗渠好きにはたまらない場所だと確信しました。
ただ、もうちょっと昔の時代に歩いていたら、もっと面白かっただろうと残念な気持ちも湧きました。それでも他の地域に比べたら、暗渠の醍醐味はまだ残っている地域です。
まずは駅から中央線の北側へ。この辺りは河北病院の大規模工事が行われているので道が塞がれていて、行きたい場所まではちょっと遠回りになりました。
まずは以前も訪問した弁天社へ。
そこからぐるぐる歩いて、北東地域を探検しました。
このあたりは、嬉しくなるほど、暗渠続きでした。
こちらは前にも通った「玉の湯」です。お風呂屋さんも営業してますが、こちらは隣接するコインランドリー。道路際に立った石の門柱が見事でした。いつの時代のものでしょうね。
公園の敷地はこんな形をしていました。水路の流れと関係がありそうでした。
さてここからどうしようかと思案しましたが、もう少し暗渠巡りを続けました。
この後は、かつての銭湯だったところが続きました。
こちらは中杉通りに面していたコインランドリーです。
大型洗濯機や乾燥機がたくさん並んでいました。
あまり北へ行くと帰りが困るので、西の天沼方面へ曲がりました。
こちらは前回も通った慈恩寺です。
杉並区制記念碑のようでした。
この付近で庭の手入れをしていた女性(私よりちょっと年上でしょうか)と立ち話をして、昔のお話を伺うことができました。この方のご主人は、生まれてからずっとこの地域にお住まいだったので、昭和の昔話も話してくださいました。当時は桃園川は暗渠ではなかったので、ここに落ちてしまった少年がいたそうです。
今では笑い話ですが当時はびっくりしたでしょうね。そして昭和40年頃に蓋がされたとか。
こんなお話ができるのも、暗渠巡りの楽しみの一つです。
その後、ちょっと足を延ばして熊野神社に行ってみることにしましたが、神社の森は見えているのに、入口が分からず、ぐるぐると歩き廻ってしまいました。するとチラシをポスティングしていた女性が道順を教えてくれて、助けてくれました。
阿佐ヶ谷周辺は相沢堀の跡がたくさん残っているところでした。このあたりの田圃で取れたお米は、良質なお米だったとか。であと1回、荻窪の図書館の方まで歩いてみようかと思います。
ほんとに神社はどこも入口が分からず、困ることが多いのですが。
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