人気暗渠である桃園川緑道を歩いてきました。
先日、2回目▼という記事をアップしましたが、実は今回の方が先に体験したものです。
この時は暗渠マニアのCさんとご一緒でした。
桃園川緑道は前から興味があったのですが、なかなか行くチャンスがありませんでした。
それが桃園川は善福寺川と縁が深いということが分かってから、是非、実現したいと思ったのです。
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こちらの写真は、緑道の入口です。もっと緑が美しい時なら良かったのですが、ちょっと枯れていました。
Cさんが写してくださいました。
そして道ばたにはこんな可愛い動物がいるのです。
ここで桃園川について簡単に説明します。
桃園川は杉並区にある天沼池の湧水が源流です。そしてかつては杉並区、中野区を通過して、神田川に合流する川でした。
それが農業用水としての役目を終え、生活排水の場になってしまいました。そして昭和40年頃から埋め立てが始まり、60年代にはついにすべてに蓋をされてしまい、現在では緑道として変身した昔の川です。
この辺りでは桃が生産されていたので、桃園川となったようです。
ところでなぜ「桃園」という名前がついたのか?
八代将軍徳川吉宗がこのあたりに桃を植えさせた、という説があります。
なんともかわゆいネーミングですね。
そしてこの川には、かつて「桃園橋」という橋が架かっていました。
現在は桃花小学校の校庭に移されたので、見学したいと思いましたが、校門には鍵がかかり、不審者は入れない様子。ということで金網の隙間から覗いてきました。怪しい人物と思われたことでしょう。ただしうまく写せませんでした。
その代わりというか、近くには「かう志んばし」の片割れが残っていました。これは「庚申橋」のことです。庚申橋という名前の橋は、都内でもあちこちにあるようですが、「庚申講」と関係があります。
うっすらと「かう志んはし」の文字が読み取れました。大正13年という文字もありましたので、関東大震災後に作られた橋ですね。
庚申とは60年に1回巡ってくる暦ですが、人間の寿命を縮める「三尸(さんし)の虫」が体内から逃げ出さないよう、庚申の夜に眠らずに過ごす「庚申待ち」という道教由来の信仰が有名です。
そんな昔から続いている行事がある一方、現在では橋のあったところはゴミ収集所となっていることが多く、こんな可哀相な姿の橋もありました。


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