<私のパズル人生の続きです>
さて私のパズル人生の歴史だが、カナダから日本に帰国して ○○市に住むようになったのだが、カナダ編でも書いたように、そこで2500ピースの再制作に取りかかった。
つまりA-1、A-2、A-3・・・・とピースの裏に書かれた記号を順番に並べていく作業に取り掛かったのだ。
ただし2500ピースは、日本の家屋にはあまりに面積が大きすぎて、壁面に貼っておいても、そこにたんすや本箱を置いてしまうと絵が見えなくなってしまう。
ということで日本では狭い部屋に合わせて、1000ピースものが中心となるのだった。
子供が生まれてからは、ディズニーものや 魔女の宅急便などのアニメもいっしょに楽しんだが、色が鮮明なため、簡単にできて、すぐに終了してしまう。
というわけでパズルが完成しても糊付けはせずに、何度も何度も繰り返して作り直した。となるとずいぶん安い買い物だったといえよう。
ただしパズルには楽しい思い出ばかりではない。
今はもう亡くなった父が脳梗塞で倒れたとき、退院後、何も楽しむことがないのでせめてと思い、たぶん10ピースくらいの幼児向けのパズルをプレゼントした。
絵柄は女の子の真正面を向いた可愛いものだった。
ところが父は、たった10ピースの組み合わせもできないほど、脳の機能が低下してしまった。
たった10ピースなのに、何をしたらよいのか分からずに、手もつけないでいた。
それを見たときはとても悲しい思いがした。
あのパズルはどこへ行ってしまったのだろう。
<私のパズル人生>
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アフリカ編
カナダ編
まだまだ続きます。