江戸時代の男女の愛情の機微を描かせたら一流、と太鼓判を押せる諸田玲子さんの「炎天の雪」のご紹介です。
昔、江戸時代に「加賀騒動」という事件があったということは、何となく知ってはいましたが、どんな騒動だったかはよく知りませんでした。
「炎天の雪」はその加賀騒動に発端しているお話でした。
また当時は、ある家に罪を犯した人間がいると、その配偶者、親兄弟、そして親族までが罪に問われた時代がありました。
この「炎天の雪」は江戸時代に金沢に実際に起きた事件と、そして一族を滅ぼすまでの無残なできごとを底流に描かれた長編小説です。
それにしてもあまりに登場人物が多すぎて面食らいました。
初めは細工職人白銀屋与左衛門とその妻・多美の駆け落ちの話だと思っていたのですが、次々にいろいろな人が登場します。
一人息子の当吉、多美の兄、多美と同じ名前のたみ、細工親方の源左衛門、鳥屋佐七、小笠原文次郎、冨蔵爺さん、隣家の娘ちよ、大槻伝蔵の一族である真如院、利和、猪三郎、七之助、実成院・・・・。
あまりにいろいろな人が登場して、そして無残な死に方をします。
いったいこれは何の話なんだろうと思っていると、最初に書いたように、加賀騒動に端を発した一族がみんな罪を負って死んでいくという話なのでした。
そして物語はそれだけに終わらず、当時の金沢の苦しい様子がこれでもかと書かれています。
大火事や凶作が続き、物価が沸騰、貧しい人が増えて行き、武士も困窮していきます。
そんな時代では、飾り職人の腕を振るう場もなくなり、結局、腕の良かった与左衛門は悪の道に入ってしまい、鍵を開ける作業や、偽物つくりに手を染めて、そして大泥棒へと身を持ち崩してしまいます。
この小説は初めは北國新聞朝刊に掲載されていたものです。
作者は、きっと何回も金沢や能登半島に足を運び、町の様子を調べて書き上げたのだろうと思います。
またのんびりとした口調の金沢弁(?)もよく描かれていて、地方色が出ていると思いました。
そして何より、当時の罪びとに対する拷問の様子も、これでもかというほど微に入り細に入り描かれていて、臨場感が出ていました。
諸田ファンとしてこの本を手に取りましたが、上巻のうちはなんだかまとまりのつかないお話だと思いました。
でも下巻は一気に読ませるだけの迫力がありました。
博打と遊女におぼれてゆく与左衛門。
息子だけはまっとうな人間に育ってほしいと武士の家に奉公に出し、夫の崩れていく姿を眺めながらも、別の男に心魅かれてゆく多美。
そして、いつもながら男女の情愛の場面はを相変わらずお上手です。
とくに今回は隣家の娘だったちよが、女郎になり、与左衛門をたぶらかしながらも魅かれていき、身体を投げ出す様子は、もの悲しさが漂っていて、辛さも感じました。
当時の社会状況の貧しさや、切ない場面が多く、何ともやりきれなさを感じました。
あまりにむごい場面が多かったのですが、最後に息子が細工職人として独り立ちしていく様子がちらりと描かれているのが、救いでした。
映画化されたら良いのに、と思わせる小説でした。
なおタイトルの「炎天の雪」は、諸田さんに言わせると、「人間の歴史の中では、ありえないことが起きる。まるで炎天に雪が降るように」ということでした。
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「加賀騒動」
江戸時代に加賀藩 (金沢藩 ) に起きた御家騒動。
第6代藩主前田吉徳が財政の改革に起用した下級武士の大槻伝蔵(おおつきでんぞう)は、藩財政の実権を握り、その手腕を認められて大出世した。
しかし、伝蔵の活躍を喜ばぬ家老前田直躬 ら一派と対。
伝蔵は吉徳の側室真如院(しんにょいん)と手を結び、真如院の子・利和を世嗣にしようと画策したとされた。
その後、歴代の藩主は次々に暗殺された。
伝蔵や真如院はそれぞれ無残な死に方をして、何の罪のない子供たちや親族は幽閉された。
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