2021年1月17日日曜日

「多摩川白衣観音」と薬の話

2021年の元旦は、だるくて起き上がれませんでした。

大晦日の夜に、いつもは見ないテレビをつけて、「紅白歌合戦」やら「行く年くる年」を見て遅くまで起きていたせいかしらとも思いましたが、立ち上がるとフラフラしてしまいました。

また例年の元旦なら、朝からお雑煮を作るのですが、だるくて料理を作ることは出来ませんでした。

仕方なくパンとコーヒーだけでもと、思いましたが、一口食べただけで、止めてしまったほど、食欲がありませんでした。

年末の定期受診で、血圧の薬を2倍にしてもらったのに、血圧も高く、動悸もありました。

掃除機をかけたり、洗濯機を回すことも身体が辛くて、少し動くとだるくなりました。

仕方なく椅子に座って新聞を見たり、年賀状を眺めていました。

午前中の辛さは尋常ではないと感じましたが、それでも前日には「コロナは陰性でした」という連絡を受けていたので、この倦怠感は何だろうと気になりました。

そして血圧はだんだんと下がってきましたが、それでも立ちくらみがあり、首や肩がずしんと重く、もうこの世とはおさらばではないかと思ったりしました。

ふだん、ほとんど病気をしたことがないので、ちょっと具合が悪くなると、悲観的になってしまうのです。

午後3時ごろ、派手な着物に着替えて、近くの多摩川までそろりそろりと歩いて出かけることにしました。

川のほとりには「多摩川白衣観音」というのが祀られています。

江戸時代から多摩川の氾濫が続き、また富士山の大噴火で田畑に灰が積もり、作物が台無しになってしまったとき、どこからか仏像が流れてきて、それを白衣観音として祀ったところ、平穏な多摩川になったという言い伝えがあります。


何やら、コロナ禍で流行っている「アマビエ様」のようにも見えました。

お堂には、お花もきれいに供えられていて、近くの人がお世話をされているようでした。

その白衣観音の隣で写しました。

着物や帯は、やっとの思いで着ることができました。


なんだかいつもと違う表情ですよね。

本当に気分が悪くて、この写真は遺影にしようかと思ったほどです。

その後、家に戻り、血圧の薬の説明書を読み返したり、インターネットで調べたりして、私が具合が悪いのは薬を倍量にしたせいではないか、と思うようになりました。

自己判断で薬の量を減らすのは勇気がいりましたが、年始のため、医者も休みだったので仕方ありませんでした。

薬を元の量に戻して、朝の立ちくらみは減りましたが、それでも不快感は続きました。

その後、正月休みも終わったので、医者に確認したかったのですが、受付の人が電話口で、「予約がないと、待ってもらうことになる」と言われて、長時間待つのは辛いので、年末に薬を出してくれた薬局で相談することにしました。

その薬剤師さんはとても親身になって相手をしてくれたので、ホッとしました。

薬を元の量に戻してから10日ほどして、ようやく体調は回復してきました。

その後、医者とも電話連絡が取れて、半量でよいということになりました。

私がこの体験から分かったことは、薬は飲んだらその直後からすぐに体に効くものではないし、また飲み終えてもすぐに元に戻るものではない、ということでした。何日かしないと結果が出てこないのですね。

それでも薬の量を元に戻して、本当に良かったです。

元旦に出会った「白衣観音」に、助けられたような気持ちになりました。

皆様もどうぞお気をつけくださいませ。

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「一日一句」

多摩川で命拾いの初詣



2 件のコメント:

カンカン さんのコメント...

としちゃん、私も多摩川花巡りの時にこの観音様にお会いしました。そういう由来があったのですね。
お薬の量、かかりつけの先生に確認が取れて良かったですね。私も血圧の薬は、できるだけ薬には頼りたくなかったので、強い薬から弱めてもらったことがあります。
お写真確かにいつものパンチは感じられませんが、これもしっとりしていい感じです。この時より元気が出て元に近くなっているのかと思います。
お互い気を付ける年になってきましたね。

おおしまとしこ さんのコメント...

カンカン、コメントありがとう。
前にカンカンが「多摩川の草花巡り」の記事をアップしていたとき、
あら、うちのすぐ近くまでいらっしゃったのね、と思いました。
いつも見慣れている川原の草花も、カンカンのカメラにうまく写されていて、
可愛いなと思ったものです。

白衣観音は台風や豪雨の時には、代々、この地域の人たちが信仰していたようです。
このあたり、今は住宅が立ち並んでいますが、以前はプールがあったのですよ。
もっと前には遊園地や、歓楽街、旅館などが立ち並んでいたそうです。

薬はやはり副作用が怖いわね。