2025年1月9日木曜日

今年度最後のフィールドワーク ~気象庁変遷の歴史を探る~

昨日は今年度の大学最後のフィールドワークに参加しました。

今回の担当教授は気象学が専門なので、気象庁跡地や靖国神社の標準桜など、気候に関するところを歩いてきました。

集合は以前、気象庁があったところ。大手町です。


ところで、気象庁の前身(当時は「東京気象台」)は明治8年(1875)にできましたが、当初は赤坂の溜池にあったそうです。当時の測量はイギリス製のものを使っていました。ただし地震計についてはイギリスでは地震がないので、イタリア製だったそうです。

そこはかつての大名のお屋敷でしたが、その後、武器商人だった大倉喜八郎がその土地を買って、ホテルオークラを建ててしまいました。

そのため東京気象台は移転を余儀なくされて、明治14年(1881)に皇居の旧本丸に移転しました。ここは地盤強固、見晴らしの良さなどから選ばれたそうです。

そして大正12年(1923)に当時の麹町区元衛町(KKR東京付近)に移転。その後、昭和39年(1964)に大手町に移転。

そして令和の時代になり、今度は溜池に引っ越し。ということは昔の土地に戻ったわけですね。何回も引っ越ししているのですね。

こちらは「気象庁旧生物季節観測の木々」の案内板です。


桜やイチョウが植えられていました。
ここは以前、一人で歩いた場所なので懐かしかったですね。

以前の気象庁のビルですが、塔などはまだそのまま残されています。

気象庁の後は、消防庁が入居していました。

その後は予定外の場所、「平将門の首塚」へ。ここも以前、訪れた場所です。


気象庁の向かいのお堀端で「震災イチョウ」がありました。これは100年前の関東大震災にもめげずに生き残ったイチョウの木です。


傍には、和気清麻呂の銅像。ここも以前、訪問したところです。

その後、平川門から皇居に入りました。簡単な手荷物検査がありました。


立派ですね。
外国人がとてもたくさん来ていました。


石積みの塀をあれこれ調べている人もいました。


天守台へ。

現在、周囲は高層ビルばかり。


実はこの天守閣跡で、かつて気象庁の測量が行われていたのです。
その場所をみんなで探しました。

こちらは香淳皇后の還暦をお祝いして作られた「桃華楽堂」です。
カラフルでとてもオシャレな建物でした。

江戸城は明暦の大火(1657年)によって、天守閣も焼けてしまいました。江戸の町の大半を焼いてしまった大火事ですが、「振袖火事」とも呼ばれていますね。

皇居の後は北の丸公園に行きました。

現在、気象観測はこの公園の中で行われています。誰でも見られる場所にありますが、普通の人は行かないようなところですね。

右の柵の中に観測機器があります。この地は「露場」(ろじょう)と言われています。

昔は百葉箱が使われていましたが、現在はむき出しです。


これは積雪量を量る装置だったかしら?


右に見える白いタワーは、科学博物館ですが、このタワーで風速と風力を計測しています。


この日の気象が1分ごとに更新されます。

周囲は緑の木々に囲まれて、環境の良いところでした。

武道館を通過しましたが、「white tail」とかいうグループのライブが行われるそうで、会場周辺は若い女の子がうじゃうじゃいて、びっくりしました。ユーチューバーだそうですが、全然、知りませんね。

また歩いて今度は靖国神社へ。

高灯籠(常燈明台)。


大鳥居を写したつもりでしたが、写っていませんでした。
桜の標準木をみました。
この木に5輪咲くと開花宣言が行われるのですね。


かなり老木なので、ちょっと心配でした。

ということで1万歩くらい歩いたようです。

みなさん、お疲れ様でした。

晴れ男の教授のおかげで、雨に降られれずに助かりました。

気象庁移転の歴史、面白かったです。


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