2018年7月5日木曜日

「先生のお庭番」

宇江佐真理さん亡きあと、これからの時代小説の女性の担い手は、浅井まかてさんではないかと思っています。
最近読んだ、彼女の時代小説は「先生のお庭番」。


この「先生」は、江戸時代後期に医者として来日して、多くの日本人に西洋医学や近代科学の影響を与えたシーボルトのこと。
「お庭番」というのは、彼に命じられて、草木園を作った園丁の熊吉。
この二人を中心にして、シーボルトの日本人妻である遊女だったお滝さん(オタクサ)。
また彼らの召使であるバダビア生まれの、おるそんも重要な登場人物です。
そんな彼らの長崎・出島での物語です。

熊吉は15才の時に、植木屋の親方や先輩たちから騙されたようにしてシーボルトの家で働くことになります。当時はだれもオランダ人の元では働きたくなかったのです。
彼はさまざまな苦労を重ね、ヨーロッパに日本の美しい花や草木を送る仕事をするまでになりました。

シーボルトとお滝さんの間には、可愛い混血の女の子が生まれます。
それが以弥(いね)です。

シーボルトはオランダ人という触れ込みで来日しましたが、実はドイツ人でした。
そして医者ではありましたが、オランダ政府から日本の国情を偵察するように雇われたスパイのような仕事も求められた立場でした。

結局、シーボルトは日本の地図(伊能地図)などの重要な資料を盗んだ罪で国外追放となり、お滝さんも熊吉もお払い箱となりました。

そして30年近くたった後、大阪に移った熊吉のもとに、美しく成長した以弥が訪ねてくるところで物語は終わります。

浅井さんの物語は、最後にはホッとさせられることが多いのですが、今回も、熊吉が幸せな老後を送っていることが分かり、ああよかったな、というのが読後感でした。

物語は長崎弁で綴られていますが、シーボルトの話す微妙な長崎弁も愛らしい。
彼は本当はどんな人だったのか謎ですし、彼がやっていたことは当時の幕府には厳罰に相当することだったでしょう。
しかし、日本を愛し、日本の植物を愛し、そしてそれをヨーロッパに広めた功績はあったと思います。

鎖国という制度にしばられながら、それでも日本は海外との交流が広まっていく頃の物語です。

この本は2回読みましたが、現在は吉村昭の「ふぉん・しーぼるとの娘」を読み始めました。


こちらは上下2巻で、活字も小さくとても分厚くて、物語というよりも文献資料をまとめた感じで、読みやすくはありません。
でも中にちゃんと熊吉も登場するし、お滝さんもおるそんも登場します。


シーボルトが江戸に行く道中に日本の地形を測量したりする場面や、幕府に捉えられたた人たちの拷問の様子などは、浅井さんの小説ではふんわりと表現されていましたが、実際はひどく厳しいものであり、おぞましい様子で描かれていました。

吉村さんの資料に基づいた小説と合わせ読むと、朝井さんの物語も、ある程度は史実に忠実だと思います。
それを優しい雰囲気のストーリーに仕上げた腕前は、素晴らしいと思いました。


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