もっとも政治や人々の生活が、一挙に変わるということはありえないわけですから、混沌とした状態が続いていたので、今の私たちが想像しても分からないというのは、当然のことでしょうが。
しかし、そのころのことを描いた小説やテレビや映画などは、登場人物も坂本竜馬とか西郷隆盛とか勝海舟などそれなりにユニークな人が多いのですが、どうも男性目線で書かれたお話が多いのですよね。
それでなんとなく、生活に密着していない話が多くて、私としてはあまり興味が湧いてきませんでした。
政治体制のトップが、徳川の将軍様から天子様に変わったとはいえ、人々の意識は急に尊王攘夷から明治維新となったわけではないだろうに、なかなかぴんとくる小説はありませんでした。
でも今回読んだ林真理子の「正妻」は面白かったですね。
この本では、徳川最後の将軍・慶喜の正妻である美賀子がヒロインです。
彼女の目を通して、崩れゆく徳川家やそこにいた大奥の女性たちの様子、あたふたしていたばかりの公家の人々の様子が描かれていました。
美賀子は公家の姫として、京都から江戸まで嫁いで将軍の正妻となります。
その彼女とは反対に、江戸の火消しの娘、お芳さんは慶喜に目を付けられて、反対に西へ行って妾として生活することになります。
この二人が交互に登場してお話が進んでいくのですが、慶喜が将軍になるまでのいきさつや、長州や薩摩の男たちのこと、鳥羽伏見の戦いで慶喜が一人で逃げ出してきたことも、分かりやすく書かれていました。
また皇女和宮や天璋院(篤姫)などとの間の女の確執もうまく描かれていて、こういう女同士の戦いに関しては、林真理子は最高ですね。
とくに、公家の立場での話は京ことばをうまく使っていて筆が冴えているという感じでした。
たとえば病弱の将軍・家定のことを「おからだもおつむもお弱いさん」などと話している様子など、言葉は丁寧でも、本当は辛辣な京の人々の様子がよく分かりました。
ただし、町人の話は、なんだか林真理子とはそぐわず、江戸っ子気質の会話などは、ちょっとわざとらしく感じられました。
やはりいつも江戸時代の時代小説を書いている人たちには、そう簡単には太刀打ちできないのだろうと思いました。
美賀子は慶喜という、かなり風変わりで個性的な将軍を夫としたわけですが、女好き、新しいもの好きの夫にはずいぶんと手を焼かされたようです。
そのころ、男たちはどんな世の中にするかということに生きがいを感じていたかもしれませんが、女性は夫を守るという立場でしか、自分を生かせなかった時代だったのでしょうか。
ひょんなことで将軍に嫁ぐことになり、それで美香子の人生は変わってしまったわけなのですが、彼女は幸せだったのだろうか、と思わずにはいられませんでした。
この本は、新聞に掲載された小説に加筆されたものだそうですが、今、朝日に掲載されている「マイストーリー」(自主出版をする人のお話)は、ちょいとイマイチかしら。
林真理子の小説は、現代ものよりも、ちょっと古い時代を扱った長編のほうが格段に面白いですね。
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