2019年5月4日土曜日

「人間国宝から学ぶ技芸・スポーツ科学研究の未来」@東京大学

先月のことになりますが、東京大学教養学部で行われたシンポジウム「動action 狂言師・山本東次郎氏(人間国宝)から学ぶ技芸・スポーツ科学研究の未来」に参加しました。


ちょっとまとめてみましたが、私は研究者ではありませんし、能や狂言についても、最近関心を持ち始めただけの者なので、ただのおばさんの感想として読んでいただければと思います。

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私はかつて、某大学院の「人間情報学講座」という研究室の片隅で、事務的な仕事をしていました。
その研究室では「脳科学の工学的研究」がテーマでした。
脳の機能の中でも、特に視覚や人間の身体性を工学的にとらえて、数式化する研究をしていました。
そこには助教さんや若い院生たちが多数所属していて、私は彼らがどんな研究をしているのか横目で眺めていましたが、理系とはまるで縁のない私には難しすぎて、数式ばかりの論文や、ベイズ理論など、まるで分からず異世界のように感じていました。
そんな科学音痴の私でしたが、院生が研究発表の練習をするときは、助教さんたちは、
「○○さん(私のこと)のような人にも分かるような話し方をするように」と指導されていたようです。
つまり、研究発表をするときは、ど素人の人が聞いても分かるように、分かりやすい用語を選んで、筋道を立てて話すのが大事、ということだったのでしょうね。
また私も、分からない専門用語があったりすると、助教さんや院生たちに尋ねて、少しは科学的なものの捉え方を学んだりしていました。

今回、東京大学での研究発表を聞いて、その頃の研究と相通じる内容のものがあり、懐かしさを覚えました。


このシンポジウムは東京大学スポーツ先端科学研究拠点▼が開催した公開講座でした。
私はたまたま朝日新聞にその記事が載っていたので参加しましたが、会場には専門の研究者や学生、そして能や狂言に造詣の深い方など、多くの方がいらっしゃいました。

会場は普通のホールでしたので、能舞台のような高さはなく、フラットなフロアにロープが張ってあり、そこが舞台ということで、司会者や発表者は靴を脱いで、ソックスで歩いていました。

また橋懸りこそありませんでしたが、似たような雰囲気になっていて、揚げ幕らしきものも作られているところでの公演でした。

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まずスポーツ先端科学研究拠点長の石井直方先生がご挨拶。
この研究は、東大全学のスポーツや健康に関連した50以上の研究室が関わっているものだと説明されました。

次には、武蔵野大学能楽資料センター長の三浦裕子先生が、狂言について説明されました。
武蔵野大学能楽資料センターは、能楽に関する多くの資料を所蔵していて、またそれを公開して、能や狂言の普及にも努めているところです。
三浦先生は、水色の美しい付け下げ(?)のようなお召物に、格調高い文様の帯でした。
能・狂言は、日本を代表する伝統芸能として、ユネスコの無形文化遺産に登録されているとのお話でした。

いよいよ狂言「地蔵舞」が始まりました。
人間国宝の山本東次郎さんが旅の僧を演じました。
現在83歳という山本さんですが、年齢を感じさせない見事な動きでした。

その後は研究発表が二つ続きました。
まずは植田一博先生の「日本の伝統芸能におけるイキ」。
この場合の「イキ」とは「呼吸」という意味で、「息づかい」とでもいうものでしょうか。
植田先生は、日本認知科学会の会長をされている方です。
文楽の人形遣い(3人)の息づかいも研究されていらっしゃいます。
また芸能の経験年数によって、どのような違いがあるかも研究されていました。
それによると、やはり経験年数の長いほうが身体の動きも安定しているとのことですが、ただし狂言に関しては、3人だけの調査でしたので、もう少しデータが多い方が良いのではとも思いました。

次は工藤和俊先生の「熟達者の身体」という講演でした。
ゴルフを例にして、プロの人と、アマチュアの人の差をいろいろな角度から研究していました。
たとえばプロは視界の範囲を広く取っていて、それによって失敗のリスクを減らしているそうです。(そのほうが池ポチャが少ない)
また自分の力を客観的に見る、ということもプロとアマチュアの大きな差だということでした。(アマチュアは、自分の力を過信してしまうようです)
工藤先生は、「ゴルフ新上達法則」(実業之日本社)という本を書くほど、ゴルフのことには詳しい方のようでした。
また実際にスポーツ選手などの身体にセンサーをつけて、筋肉などを数値化する実験をされていました。
そのデータによると、やはり「立つ」ことが大切で、熟達者は、両足が前後方向に揺れることはあっても、横に揺れることはないという結果が得られたそうです。
つまりきちんとまっすぐに立つことが、いかに大切かということでした。
またプロは力を抜くこと(脱力)がうまい、というお話もありました。

講演の後は、「小舞」という練習用の舞踊曲を3曲見せていただきました。
「雪山」「猿聟」「柴垣」という曲でしたが、それぞれをまずは若い狂言方が舞って、その後すぐに山本さんが同じ振りで舞ったのでした。
若い方は20代の方でしたが、汗だくになって、きっちりと舞っていました。
かなり激しい動きもある舞でしたが、その後の山本さんは息が上ることなく、軽やかに、そして身体もぶれずに舞っていました。
身体のキレが良い、とでもいうのでしょうか、これぞ鍛え上げたプロの技という感じでした。

その後は、みなさん揃ってのパネルディスカッションでした。
山本さんのお話は、研究者もたじたじになるほどで、とても面白いお話を聞くことができました。
でも床が能舞台のように檜ではないので、少しやりにくかったということでした。
またご自身の年齢も「あと20年若かったら、もっとうまくできただろうに」と残念がられていました。


今回の研究発表で、昔のことを思い出しました。
中でも「スキーやテニスの上手い人は、下手な人とどこが違うか」という内容の研究をしていた学生のことです。
スキーが上達する人は、どこに目をつけて練習しているか、を調べていたようです。
彼がどのような結論を出したのかは分かりませんが、今回のシンポジウムによれば、熟練者は、立つこと、呼吸すること、よく見ることなど、基本的なことがきちんとしている、ということになりますね。

このような講演を聞けて、とてもラッキーでした。

また83歳という人間国宝ですが、私が普段ボランティアで接しているおばあさまがたとほぼ同じ年齢です。
おばあさまたちは、どんな方でも、「膝が痛くてしゃがめない」「腰が痛くて歩くのが辛い」とおっしゃいます。
同じ年齢でも、鍛えている方は、立ち座りの動作がとても軽やかで、「どっこいしょ」というような素振りはみじんも見えませんでした。
やはり鍛え方が違うのでしょうか。

そして「姿勢」や「筋肉」や「呼吸」が大切だということは、能や狂言だけでなく、すべての人にも大事なことだろうと痛感しました。
特に年齢を重ねてくると、筋肉が衰えて、その結果、姿勢が悪くなります。
年齢よりも若く見えることはあまり意味がないと思いますが、年相応に身体を鍛えておきたいものです。

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