この下のチラシを見て、どんなところかとワクワクしていたのですが、本当に写真通りの素敵なところでした。
門構えからして風格が違いますね。
大正時代に建てられた邸宅です。
当初は実業家が住んでいましたが、その後、1936年(昭和11年)から山本有三が住むようになりました。
その後、空襲からも逃れましたが、戦後の1946年(昭和21年)までここに住み、数々の作品を執筆したり、こどものための文庫活動をした場所です。
こちらは入り口に置いてある石ですが、「路傍の石」の意味もあるそうです。
中に入ると、素敵な建物が見えました。
5才くらいの女の子もいましたが、一緒にいる母親に、
「ママ、お城みたい!」と声を出していました。
本当にお城のような邸宅でした。
建物の裏側にある入り口です。
なんとなくドイツの建物に似ていると思いました。
表側にある花壇。
建物の後ろには樹々が茂り、公園のようになっていました。
ここは入場無料のためか、多くの若者がやってきて、キャンバスに絵を描いていました。
ほんとに絵に描きたくなる風景ですね。
正面の玄関のところで写してもらいました。
「井戸端着物マーケット」▼で見つけた、ペタコさんの日傘をさしているところ。
それでは中に入ります。
玄関はドーム型になっていました。
ステンドグラス。
ユニークな木彫りの椅子。
暖炉のある洒落れた応接間。
和室もありました。
山本有三は、こちらで執筆されていたそうです。
企画展は「女人哀詞の時代」でした。
これは山本有三が書いた「唐人お吉」の長編戯曲なのでした。
初代アメリカ領事タウンゼント・ハリスの妾として周囲から蔑まれた女性の悲劇を描いたものです。
昭和5年の作品だそうです。
この頃は、多くの作家たちが唐人お吉の物語を発表していたそうです。
この「唐人お吉」のお話は、何回も舞台化されたそうです。
山本安英、水谷八重子などによって演じられました。
こちらは玉三郎さんが演じた時のパンフレットです。
美しかったですよ。
私は山本有三というと「路傍の石」と「女の一生」くらいしか知らなかったのですが、とても数多くの作品を残した人だったのですね。
栃木県の生まれですが、一時は呉服屋で仕事をしていましたが、その後、東大に入学して劇作家としてスタートして、その後は小説を書き、また戦後は参議院議員も務めたそうです。
文化勲章も受賞されていたのでした。
山本有三記念館は、「ジブリ美術館」の近くにあります。
展示以外にも、朗読会や子供向けのワークショップなども開かれています。
こういう古い時代の建物は、大事に保存していきたいですね。
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この日の装い。
かなり暑い日でしたので、木綿のちりめん。
白地に風車の模様です。
京都のひでやさんの反物を、マイサイズに仕立てていただきました。
紫の帯は、「ふだんきもの杏」▼の名古屋帯。
2 件のコメント:
まぁ数々の着姿、楽しませていただいています。ひでやさんは息子の浴衣を買ったところです。かっこいい柄がありますね。この風車は色もいいですね。帯がまたかっこいいです。
息子さんの浴衣、ひでやさんのですか!
それはかっこよいでしょうね。
ひでやさんは、私よりも年上のおじさまですが、
時々、上京されて販売促進をされていますが、
いつもとてもかっこよい着こなしをされています。
風車ですが、私にはどうみてもテトラポットに思えて仕方ありません(笑)。
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