2022年1月31日月曜日

天空の別所坂児童公園@中目黒

先日、中目黒の目黒川界隈を歩きましたが、本当の目的は「三田用水」と呼ばれる川の跡を探したかったのです。 

こちらの地図の中央を走るのは目黒川ですが、その右側の赤い線が三田用水です。


三田用水は、かつては農業用水として、田んぼを潤すために作られたものでした。

そして明治時代には火薬製造用のための工業用水として利用されたそうです。

ただしその後は工業の発展により、農民と工場との間にトラブルが発生したそうで、戦後の昭和49年には用水としての利用は中止になったとか。

それでも江戸時代から300年の歴史があるという三田用水を歩いてみたいと思いました。

この用水は他の用水とは異なり、地形の高いところにあったそうで、それを手がかりにして歩きました。

出発点は中目黒の駅から少し離れたところに看板があるということでしたので、探してみましたが、見つかりませんでした。

都内23区の凸凹地図を見ると、目黒学院という学校の裏に、用水の跡があるようなので、まずはこちらの東横線の線路をくぐってみました。新道坂橋というところです。

こちらが目黒学院です。中学、高校と並んで建っていました。

そしてその近辺には何やら怪しい細い道があり、その向こうには小高い塀のように建っている土地が見えました。

なんとも不思議な光景でした。

とにかくこのあたりは坂が多く、変わった地形のところでした。

そしてこのあたりにある路地を歩いていくと、こんもりと小高い丘のようなところに出ました。

それでも用水の跡はまるで分からず、同じところを何回もぐるぐると歩き回ってしまいました。

他人から見たら、おかしなおばさんだと思われたことでしょう。

この日は始めはそれほど寒くはなかったのですが、だんだんと風が出てきて、適当に切り上げて帰宅しようとも思いましたが、中目黒に戻るのももったいないので、恵比寿の方角に向かって歩いて行きました。

すると別所坂という急な坂道にぶつかりました。

この坂のことは、ほしおさなえさんの「東京のぼる坂 下る坂」でも読みましたが、浮世絵の時代から有名な坂だそうです。

「この先階段あり 通り抜けできません」という看板がありましたが、とにかく階段を登ってみようと思いました。

この階段を上り始めました。

すごく急な階段で、息が上がってしまいました。

それでも頑張って上りました。

そして最終的には別所坂児童公園というところに行き着いたのです。階段の上に公園があるなんて、信じられませんね。

なんとまぁ、素晴らしい景色のところでした。

東京にもこんなところがあるとは知りませんでした。

正面に見えるのは中目黒の高層ビルだと思いますが、江戸時代には富士山が真正面に見えたのでしょうね。

かの広重もここで富士山を見たのでしょう。

説明板には、「この辺りは、昔から富士の眺めが素晴らしい景勝地として知られたところ。江戸後期には、えぞ・千島を探検した幕臣近藤重蔵が、この付近の高台にあった自邸内に立派なミニ富士を築造。目切り坂上の目黒「元富士」に対して、こちらは「新富士」の名で呼ばれ、大勢の見物人で賑わった」と書いてありました。

ここの富士塚は、本物の富士山にお参りに行けない人にとっては、その代わりになっていたのでしょう。富士山信仰の地だったのですね。

山上の公園で、しばし呆然としていました。

だれにも妨げられないのはラッキーでしたが、いつまでもここにいるわけにはいきません。

ただし先程の階段をまた下るのは嫌だったので、お隣に建っているマンションの敷地と思われる道を通らせてもらいました。

この階段の下には庚申塔もありました。

昔の人は、坂の途中にこういう場所を作っていたのですね。


その後は、適当に恵比寿駅を目指して歩きました。

途中、馬頭観音もありました。


恵比寿の町は、かなり近代的でおしゃれなところですが、江戸時代の観音様がまだ残っていたのでした。

恵比寿駅から10分も離れていない場所に、天空の公園や江戸時代の遺跡を見つけたので、一人でウキウキとしてしまいました。

アトレなどが入っている恵比寿駅に到着。

今回は、三田用水は見つかりませんでしたが、またの機会にトライすることにします。

地図を見ると、三田用水は、破線のところだと思います。もう少し代官山のほうの道を行くべきだったかもしれません。それでも天空の公園に出会えたので、良しとしましょう。

中目黒散策シリーズはこれでおしまい。

ブログを遡ってご覧ください。

 1回目:郷さくら美術館

 2回め:目黒川の橋巡り

 3回目:天空の別所坂児童公園

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「一日一句」

北風や 天空公園 見つけたり



2022年1月30日日曜日

目黒川ちょこっと@中目黒

目黒川は、2018年3月に歩いていました。

こちらのブログ▼に書きました。

https://toshiko72.blogspot.com/2018/03/blog-post_29.html?m=0

ただし、その頃は単に緑道を散策しただけで、橋のことなど気にしていませんでした。

先日、中目黒の郷さくら美術館へ出かけた時、そのついでに、近くを流れる目黒川と、そこに架かっている橋を確認してきました。

美術館のすぐそばにある橋は、別所橋です。

そして北の方向(上流)へ向かうと、桜橋です。

このあたりは川岸に桜の木が多いので、ぴったりの名前ですね。

また南の方向(下流)へ向かうと、まずは日の出橋でした。東横線の中目黒駅のすぐ近くです。

その次は宝来橋。

そしてこんな名前の橋がありました。

読めますか?

なんと「さいかちばし」、と読むのです。

びっくりですね。

この近くには駒沢通りがあり、かなり交通量の多いところでした。


ほんのちょっとだけでしたが、目黒川の橋巡りをして、そして美術館へ向ったのでした。

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「一日一句」

 花見には ちと早すぎる 目黒川


2022年1月29日土曜日

郷さくら美術館@中目黒

先日、中目黒にある「郷(さと)さくら美術館」というところへ行ってきました。

ここは現代日本画専門の美術館です。

今回は平松礼二さんという方の展覧会でした。

前々から行ってみたいと思っていたのですが、なかなかチャンスがありませんでした。

たまたま、その日はうちのマンションで電気工事が予定されていて、午前中は電気も水道も使えない、というお知らせがありました。

つまりエレベーターもトイレも洗濯機も使えないのです。

それで朝早くから、マンションから逃げ出すことにしました。

とはいえ外を歩くのは寒いので、なるべく駅から近いところで、人が少なく、空いていそうなところにしようと思いました。

となるとやはり美術館ですね。

山種美術館も、根津美術館も駅からちょっと歩くので、パス。ということで中目黒の駅から数分、という郷さくら美術館に行ってみようと思ったのでした。

渋谷経由で東横線に乗りましたが、渋谷はちょっと久しぶりだったので、まるで分からなくなっていました。

中目黒駅には開館前に着いてしまったので、目黒川をちょっと散策。(この川歩きはまたの機会にご紹介します。)

美術館は、黒いタイル張りのかっこいい建物でした。

シニア入館料は、400円というお得な料金でした。

そして会場内はすべて撮影OKというので、バチバチ写してきました。

どの絵も、超細かい桜や梅の花などで埋め尽くされていました。

こちらが平松さん。現在80歳のようで、鎌倉に住んでいらっしゃいます。

平松さんが使用されている道具類も展示されていました。自然の石などから色を作るようです。

私が気に入ったのは、やはり富士山の絵でした。


どれも細かい梅などの花で埋め尽くされています。


こちらはニューヨークの摩天楼。なんと布地と英字新聞が貼り付けてありました。


たくさんの美しい絵をどうもありがとうございました。日本の美しさが描かれていました。
やはり生の絵画に接すると、気分が良くなりますね。

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「一日一句」
 春を待つ 色とりどりの 富士と花



2022年1月27日木曜日

【仙川歩き 5】リベンジ 〜成城から祖師谷公園〜

この前、成城のギャラリーで写真展を見た後に、仙川の川歩きをしてみましたが、寒くて橋を三つ見ただけで、早々に引き上げてしまいました。

その翌々日は、風もなく、それほど寒くなかったので、また仙川歩きをトライすることにしました。

こんどは、うちの近くから小田急バスに乗って、狛江駅まで。

そして小田急線に乗り、成城学園前駅まで行くことにしました。

我が家からは、小田急線の駅まで辿り着くのは、けっこうめんどうなのです。

前回、写真を撮った成城橋の上に、もう一度、立ってみました。


すぐお隣の橋は、東原橋。写真が黒くなってしまい、読みづらいですが、ひがしばらはし、です。


このあたりは仙川に沿って、桜の木がたくさん植えられていました。春のお散歩はきれいでしょうね。


この下の写真の橋は、成城学園構内から川を渡り、向いの校舎に繋がっていたので、学外の人は使えないようです。


次にみえたのは、桜橋。


このあたりは成城学園の幼稚園、小学校、中学校などが並んでいるところです。幼稚園から大学まで、ずっとここで過ごす人もいるのでしょうね。


「稲荷山橋」です。

このあたりの仙川は、ゆったりと流れていました。


可愛いたぬきの案内板がありました。
その橋の名前だけでなく、次の橋までの距離も書かれていました。これは良いですね。次の橋まであと何メートルか分かると、歩く時の励みになります。


お次は「大石橋」ですが、「たいしばし」と読むのだそうです。


「祖師谷観音堂」があるというので、ちょっと寄ってみました。橋からは2分くらいでした。


これはお墓でしょうか。石仏というのかな。


現在は、このあたりは成城9丁目ですが、江戸時代は「祖師谷村」と呼ばれていたそうです。
観世音堂は、1654年に建てられたそうですから、かなり古いのですね。
その後、薬師堂が明治になって、この境内に移されたそうです。


また、たぬきの案内板がありました。こちらはかなり広範囲、描かれています。


足元には可愛いタイルがありました。



かなり立派な橋が見えてきました。ここはバスも通っていました。


「鞍橋」、くらはしです。


案内板のたぬきはここで終わり、こんどはカラスの絵がありました。烏山と関係があるのでしょうか。


橋の際にはかなり広い道路があり、そこを渡ると祖師谷公園です。


祖師谷公園には2021年の2月と、5月の2回、訪問していました。コロナになり、出かけるところが少なくなってしまい、それでやってきたのだと思います。


下の写真の左側が、仙川です。
とてもきちんと整備されています。


祖師谷公園の中にも橋がありました。
「せきれい橋」です。セキレイは、水辺によくいる鳥ですね。


きれいな黄緑色の橋で、すてきなデザインでした。


祖師谷公園は、現在、下水道工事中で、子供が遊べる広場には囲いがされていました。


工事のため、なんだかちょっと寂しい仙川です。


「宮下橋」


宮下橋から、下流を眺めた風景です。


宮下橋の右手には駒澤大学のグラウンドが見えていました。左側が仙川です。


ここから京王線の仙川駅まで歩いても良いのですが、前回の川歩きの時、ここまでは歩いてきたので、今回はここで終了しました。

駒大グラウンド前から小田急バスに乗り、京王線の千歳烏山まで行きました。


京王線の千歳烏山駅。ここから京王線で自宅に戻りました。


私の川歩きは、毎回、ほんのちょっとずつしか進みません。それでも少しずつ、制覇しています。

ピンクの線はバスを利用したところ。水色の線は歩いたところです。
この日は電車やバスに乗っていた距離のほうが、歩いた距離よりも長かったようですね。


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「一日一句」

川歩き 電車とバスから 冬景色