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2024年7月1日月曜日

雨の日に狛江の水神社へ(地図追加)

ブログの更新が遅れていますので、最近の出来事から振り返ってみますね。

昨日は狛江の「水神社」まで行ってきました。この神社に、ちゃんと意識して出かけたのは、3回目でしょうか。

それ以前にもその場所を通過したりしていましたが、ここは私の研究対象である小泉次大夫を祀ってある神社です。

行く度に新しい発見があります。

こんもりとした木々の下にあるので、ちょっと気づきにくい場所にあるのです。

昨日は、気分がちょっとガサガサとしていたので、次大夫さんに逢えば少しは落ち着くかなと思い、雨の予想がありましたが、出かけてみました。

自転車で行く予定でしたが、玄関を出たところで、小雨が降ってきたので、バスで行くことにしました。都内ですので、シルバーパスを利用できます。

国領8丁目というところでバスを降りて、「染地通り」を下りました。

そして「染地小学校前」で左折しました。このあたりの人が「はけ」と呼んでいる道です。

そこにはこんな水路がありました。わーい、嬉しいな。


水路の脇には、アガパンサス(?)がきれいに咲いていました。


桜並木のような道路です。春ならきれいなお花が咲いているでしょうが、梅雨時なので、蚊や変な虫が多くて、かなり刺されました。

このあたりは古い団地がたくさん並んでいる地域です。住民の高齢化が進んでいるようなところです。

最初は調布市内を歩いていましたが、そのうち狛江市に入りました。

「根川さくら通り」と呼ばれている道でした。


途中、水が流れていないところでも、カモ?が二羽、仲良く水飲みをしていました。


この先で、西の方から続いている府中用水(?)と合流しています。

多摩川の土手に到着。ここまで来れば、もう安心。

こちらは来るたびにきれいになっている水路の施設。説明がないのですが、水位を調整する設備かもしれません。


すぐ脇には明治時代に、「玉翠園」という料亭があったという案内板があります。


ここには石垣も保存されています。


なかなか立派な石ですね。

目指す水神社はもうすぐです。


目の前には多摩川が流れていて、取水口があったという場所の隣が水神社です。

ここは以前は六所神社がありましたが、江戸時代以前、多摩川の洪水により社殿が流されてしまい、神社はもう少し内陸に移動しています。(そこは2023年12月に自転車で行きました。

この水神社は水をあやつる水速女命(みずはのめのかみ)と、水大夫の小泉次太夫(漢字が異なります)を祀ってある神社です。


石碑(?)の文字も写真に撮りましたが、天気が悪く、傘を持ちながらの撮影はうまくいきません。また蚊も多く、カユイカユイで、ちゃんと写らなくて残念。

伊豆美神社の御鎮座1111年というと、平安時代でしょうか。


こちらには「六郷用水」の文字が。


342年前に?
昭和○年?
うーん、文字がよく分からず、すぐに計算ができません。


「小泉治大夫」という文字が使われていますね。これは世田谷区内の橋でも見かけました。

それでも「六郷用水」と言う文字と「小泉」という文字がしっかり分かったので、一安心。

その後は小田急線の狛江駅までまたシルバーパスを使って行きました。

リニューアルオープンした小田急OXをぶらぶらして、帰宅しました。

この日の経路はこちら。


「水神社」から狛江駅までの道路は「六郷さくら通り」と名付けられています。
「六郷用水」の名残でしょうね。

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「一日一句」

名が残る 400年の 水の神


2024年6月24日月曜日

多摩丘陵フィールドワーク

ひぇ~、また前回の投稿からかなり間が空いてしまいました。

別に病気で倒れていたというわけではありません。

大学のレポートやらゼミ発表資料に追われていたのでした。

気がつけば、もう6月も後半になってしまいましたね。来週はもう7月になります。

あー、恐ろしい。

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下の写真は、6月5日の青空です。

大学の構内から出発して、その近隣の多摩丘陵をフィールドワークしました。

まぁ、学習兼お散歩といった感じでした。

特別講師の植物学の先生を含めて、一緒に歩いたのは20名くらいだったでしょうか。


下の写真は沼なのですが、大学敷地内の奥の方にあるのです。
このあたり、草ぼうぼうだし、ぬかるみはあるし、蚊や虫がたくさんいて、もう泣きそうになりましたよ。
さすがにこの時は洋服で参加しましたが。


「もうこんなところ歩くのは嫌だ~」と思っていたら、目の前に急が明るくなり、世界が開けました。
なんと大学の敷地との境に、古い神社が現れたのです。
山奥から急に朱色のご神殿が現れたので、びっくり。


八幡神社でした。

こちらが正門です。
私たちは裏口入学してきたわけです。

ご神木もありました。講師の先生から、その木の種類や伝説を解説していただきました。地理と生物学の学習のようでした。


その後、あちこち歩いて、今度は「多摩の上高地」とでも呼ばれるような場所へ到着。

こちらは本家本元の上高地ですが、なんとなく雰囲気が似ていますよね。

         (写真は長野県公式観光サイトより拝借)

私たちが見たところは「小山内裏公園」というところでした。
どうして「内裏」なのか、分かりませんが。
多摩にもお内裏様がいらっしゃったのでしょうか。


多摩は都下ということで、いろいろ開発が遅れていたこともありましたが、びっくりしたのは、この道です。
山奥にかなり広い道幅の道が続いていたのです。


ここは「鮎のみち」と呼ばれています。

なんと江戸時代、津久井湖あたりで釣った鮎を、お江戸の殿様に献上するために走って行った道なんだそうです。
ここから江戸の町までは少なくとも20~30キロほどはあると思うのですが、鮎を持って走った人は、どれほど健脚だったのでしょう。
当時は保冷バッグもないのにね。


このあたり、ドクダミの花がきれいに咲いていました。


あたり一面、ドクダミだらけ。
きっと昔の人は薬用にも使ったのでしょうね。


他にもあちこち歩きましたが、「里山」を体験してきました。

私が興味ある水路もあちこちに見かけましたが、先生にお聞きすると、どうも人工的に作られた水路が多いとのことでした。



ここは多摩ニュータウンでもあるので、そこの住民達に憩いの場を提供するために、水路や巨大な石を配置して、美観的な要素をアップさせている、という面もあるようでした。

話はそれましたが、小山内裏公園は都立公園です。


その公園にある、とても広い道路を通過しました。


なんとこの道は、「戦車道路」という名前だそうです。

その由来は、第二次世界大戦の末期、相模原で作られた戦車を、ここ八王子で試験運行させるために作られた道路なんだそうです。
戦争のために作られた道路と聞いて、ショックを受けました。
今では広々として歩きやすい道なのですが。


あちこち学びながら、2時間ほど歩きました。

ご指導いただいた先生です。
樹木の種類によって、その森の中が明るく見えたり、暗い森になったりする、と言うお話が印象に残りました。
「照葉樹」(しょうようじゅ)という言葉も初めて聞きました。


ということで多摩丘陵の散策は、無事に終了しました。


晴れていて良かったです。
引率された晴れ男の教授に感謝しましょう。

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「一日一句」
新緑を 学んで歩く 多摩の丘

2024年6月20日木曜日

国立訪問記

ブログ更新が空いてしまいました。

大学のレポート提出やら、あれこれ締切りが多くて、パソコンにしがみついていましたが、ブログに向かう時間がありませんでした。

昨日はようやく時間が取れたので、中央線の国立駅周辺に出かけてきました。

第一の目的は多摩信用金庫の建物にある「たましん歴史・美術館」でした。

駅の真ん前の一等地にあります。

「多摩のあゆみ」という地域の季刊誌を発行している文化財団ですが、貴重な書籍や冊子が保管されています。

ここに私の研究テーマに関係ある資料がありそうなので、出かけてみました。

「たましん歴史・美術館」▼

デジタルアーカイブ▼も素晴らしいところです。

コピーをさせていただき、そこの学芸員さんとちょっとおしゃべり。「多摩のあゆみ」という冊子を無料でいただいてきました。

そのあとはあまりに暑かったので、かき氷屋さんを探しました。レトロなケーキ屋さんでした。


このときは宇治金時はなくて、「梅シロップ」というのに挑戦してみました。

「梅シロップ」は真っ白で写真映えはしませんね。氷の中には、氷の下に、梅が埋められていました。かなりすっぱい感じでした。

その後、今、話題になっている「富士山を隠してしまってその後、解体することにした積水ハウスのマンション」というのを確かめてきました。


この通りは「富士見通り」というのですが、そのビルがあるために富士山が隠れてしまうというので、完全に建った後に解体するというマンションでした。

午後の時間帯では、もともと富士山は見えないのかもしれません。

周囲は白い塀に囲まれていました。

これから解体するそうですが、それも大変です。周囲の人はたまらないだろうな。

こんな張り紙がしてありました。

実はうちのマンションも同じような状況になっています。

これから10階建ての複合施設が建設されるのですが、富士山が隠れてしまうようなのです。少しは見えるかもしれませんが、景観の価値は落ちますよね。先日、説明会があり、いまさら建設反対はできない状況です。

というので、どんな様子なのか、気になっていたのです。

そこに住んでいる人には、富士山の景観は重要ですが、とはいえ建ってしまってから解体する、というのはどうなんでしょうね。何やら裏の事情があるようです。

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「一日一句」

富士見えぬ 梅雨入り前の かき氷


2024年6月11日火曜日

二ヶ領用水 平間~鹿島田まで

用水歩きに適した日というのは、なかなかあるものではありません。

カンカン照りの日は暑すぎて駄目、雨の日も駄目、風が強い日も駄目、と気象条件に制約があります。そしていくら天気が良くても、用事があるときは駄目です。

ということで、昨日はそういう難しい条件をクリアできた最適な日でした。

簡単にルートを紹介しておくと、南武線の平間駅から二ヶ領用水を辿り、鹿島田駅まで歩きました。

スタートの平間駅。初めて下車しました。


終点の鹿島田駅。


電車の直線距離としてはたいしたことはありませんが、あちこち行き来したり、うろうろしたりで、歩数としてはかなりの数字になりました。

その間、いくつかの橋を渡り、「日本初の工業用水」の碑を見てきました。


ただし「鳥居のところのような形になった堰」があるというのですが、今回もそこがどこになるのか、ちょっとはっきりと分かりませんでした。

これなのかな?


そして大師堀、町田堀といわれる昔の用水跡を歩きました。このあたり、きれいに整備されています。


こちらは高級そうなマンションのすぐ隣です。

おまけは稱名寺(しょうみょうじ)▼というお寺に寄ったこと。ここはかの赤穂浪士と関係のあるお寺だそうです。

このルートの内、半分くらいは2023年の秋にも歩いたところですが、そのときは夫同伴でしたが、武蔵小杉からスタートしたので、この部分はちょっと疲れてじっくりと観察できなかったのです。

そのときのブログ▼

詳細はまたの機会にご紹介します。

梅雨入り前で、あちこちにお花もきれいに咲いていました。


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「一日一句」

紫陽花の 色あざやかに 用水路