2022年8月31日水曜日

「野山五七五」2022年5月分より

2022年春から参加している「野山五七五」というfacebookのグループに投稿した写真付き俳句の記録です。

今回は2022年5月分のまとめです。(前回の続きです。)


5月2日

「たんぽぽと 八重の花びら 続く道」

多摩市乞田川


5月4日

「あらそこに! ベコニアの花 咲いている」

多摩市乞田川


5月5日

「野でなくも 街の花でも 趣きが」

調布市仙川町


5月11日

「ももいろの 乙女の命 燃え尽きぬ」

調布市小島町


5月12日

「チロリアンテープのごとき 白い花」

調布市多摩川


5月19日

「赤もみじ 本日晴天 皐月なり」

八王子市長池


5月20日

「磨いたら お口が痛いよ ブラシの木」

渋谷区恵比寿


5月23日

「カルミアを 食べてみたいな 甘いかな」

調布市小島町


5月26日

「6年前 カナダの田舎で バケーション」

カナダ北部


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「一日一句」

思い出は 過ぎてしまえば みな愛し



2022年8月29日月曜日

「野山五七五」2022年4月分より

今年の春から、着物友達のSさんに誘われて、「野山五七五」というグループに参加しています。

これはfacebookのグループですが、ちょっと楽しい俳句の仲間です。

といっても堅苦しい決まりは、何もありません。

野に咲く植物、空の雲、山の雪、足元の石ころなどの自然界の写真を写し、それを素材として、自由に五七五で語るグループです。季語の決まりもありません。

唯一のルールといえば、コメントを入れるときも、五七五でするということ。

主宰者のSさんのお住まいは郊外なので、野の草花に巡り合うチャンスも多いようです。また自然豊かな地方に住んでいらっしゃる方もいます。

私の住んでいる環境は、ほとんど自然を目にすることがないので、川歩きをしたり時などに、目にした植物などを題材としています。

他にもお会いしたことはなくても、写真と俳句で楽しく繋がっている方もいらっしゃいます。

ということで、今年の4月にはどんな俳句をアップしてかをちょっと書いてみます。

4月20日(初回)


「紅白の めでたし挨拶 躑躅咲く」

4月25日

「川に咲く 可憐な乙女 誰のこと」

4月23日 

「水色は 恋色なんて 歌もあり」

4月26日

「行く末は 赤か黄色か 薔薇しだい」

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と、こんな感じでダジャレ俳句ばかりですが、春の花が懐かしいですね。

他の方の俳句を見ていると、自然に対する視点、植物の名前なども教えていただくことが多く、コロナであまり多くの人とお付き合いする機会も減った今、なかなか楽しく過ごせています。

ということで今日の「一日一句」はこちら。

「都会では 野山なくとも 俳句あり」



2022年8月28日日曜日

「華の碑文」〜室町時代ってなんだ?〜

最近は、この小説を読んでいました。

杉本苑子さんの「華の碑文」です。

このところ読んだ本の中で、一番読みでがあり、濃厚な内容でした。

おまけに文字の小さいことと言ったら本当に小さくて、ページが活字でぎっしりと詰まっているので、目で追うだけで大変なものでした。

このくらい、文字の大きさが違います。左は普通の文庫本です。

本の内容を簡単にまとめれば、能を大成させた世阿弥の一生の物語です。彼の弟の立場で語られています。

世阿弥は室町時代に生まれ、三代将軍義満の稚児として愛され、その後、猿楽を能に昇華させた父の観阿弥を引き継ぎ、それ以上の芸術に完成させた人です。世阿弥には三人の息子がいましたが、それぞれ優れた才能を持ちながら、仏門に入ったりして、父の能は継ぎませんでした。後継者となったのは、弟の息子、つまり世阿弥の甥でした。

その後、世阿弥は佐渡に島流しとなり、10年の年月を経て帰郷して、80歳で亡くなりました。

容姿と才能に恵まれた世阿弥でしたが、命をかけた能への思い、周囲の愛欲ドロドロの中、孤高で凄絶な人生の物語でした。

この小説についての感想をまとめるのは非常に難しく、一言で言えません。

時の将軍や大名、僧侶までが稚児遊びに明け暮れるなどあまりに強烈な場面もあり、また能を理解しないと、簡単に表現できないのです。

なにしろ作者の杉本さんが長年にわたって能を研究、調査された結果の一大作品なのですから。

それより、私は、やはりこの時代背景を知らないと、本の紹介は難しいと思いました。

特に物語の後半以降は、時の権力者である足利将軍家の移り変わりに関連した話も多く、また南北朝を理解していないと、頭が混乱してしまうことも度々ありました。

室町時代のイメージはなかなか掴めませんね。

初期の足利尊氏の頃、

義満の華やかな北山文化が栄えた頃、

義政の東山文化の栄えた頃、

応仁の乱、

戦国時代、

織田信長による室町幕府滅亡、、、。

と室町時代の簡単な流れはこんなものでしょうけれど、室町幕府そのものは1336年から1573年までのおよそ230年間という長い期間があったのです。その割にはエピソードが一定しない時代のような気がします。

将軍についても、足利尊氏、義満、義政、義昭くらいは分かりますが、それ以外にもみんな義の付く名前で、なかなか紛らわしいのです。

それでこの際、大昔に日本史の授業で習った以降、室町時代についてはなんの知識も増えていないので、ちょっと復習してみることにしました。

まずは室町幕府の歴代将軍の名前を上げてみます。

初代から尊氏、二代目は義詮、三代目は義満、これ以降は義持、義量、義教、義勝、義政、義尚、義材、義澄、義晴、義輝、義栄そして最後の15代は義昭です。

おまけに彼らは親子という直系のつながりだけでなく、兄弟だったり、一度仏門に入ったのに、また俗世間へ戻ってきたりと、ほんとにややこしい。

それら将軍が代わることに、能の流派の支持も変わるのですから、時代背景がわからないと、能の立場もどうなるか見当がつかないのです。

それくらい権力者と、能で生活している人たちの繋がりは密接でした。特に能の一家は大家族で集団で生活していることが多く、権力者の一言が彼らの生活に影響を与えていたのです。

また足利時代の文化が、現在の私達の生活に、深く影響していることはたくさんありますね。

書院造りの家に住み、美しい庭を愛でたり、能を親しむ。

足利時代の影響は脈々と続いているわけですね。

著者が小説の中で、世阿弥に「能が500年後、千年後も続くために」と言わせている場面がありますが、紆余曲折の中で、続いてきているのはえらいものだと思います。

ちなみに以前、瀬戸内寂聴さんが世阿弥について書いた「秘花」にも圧倒されましたが、今回の杉本さんの「華の碑文」はそれ以上、濃厚で衝撃的でした。

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「一日一句」

平凡な 毎日でよい 虫の声




2022年8月24日水曜日

BRANCHへ

私の住んでいるところは、市内の南部にあります。

この春、市内の北の端に、市の新しい施設ができたというので、ちょっと見学に行ってきました。

そこへ行くには、自転車でも行けるのですが、行きは坂道を上らないと行けないし、お天気もいまいちだったので、バスで行きました。

コロナ蔓延が続いているので、あまり人混みには行かず、近場のお出かけで我慢しています。

こちらです。調布BRANCHという名前の施設です。ブランチというと、支店とか支社とかいう意味ですね。

市の出張所のようなところかと思っていましたが、そうでもないようでした。

ここはかつてはゴミ清掃施設だったところです。

オープンして4ヶ月くらいなので、どこも新しいのですが、まだ空室が目立ちました。

病院を誘致したいのでしょうが、内科と薬局がはいっていただけ。小児科と歯科を募集しているようです。

PCR無料検査場がありましたが、あまり知られていないのか、空いていました。

他には1階にはスマホショップ、メガネやさん、2階には電気屋さん、3階にはお寿司屋さんが入っていました。

日曜祝日は混むかもしれませんが、平日のためか、どこも人は少なく、閑散としていました。

3階には芝生スペースが有り、子供向きの遊具が少しだけありました。

もう少しお店が増えるといいですね。

せめてカフェや本屋さん、100円ショップなどがあると賑やかになるかもしれません。

新しい市の施設を、遊ばせておいてはもったいないですね。

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「一日一句」

旅に出ず 処暑も過ぎゆく 三年目

2022年8月23日火曜日

源氏物語を楽しむ会 49回 2022年8月

私達の「源氏物語を楽しむ会」も49回目となりました。だいたい1ヶ月に1回開催しているので、もう5年目に入るわけですね。長く続けているだけであまり進歩もないかもしれませんが、それでも毎月、一つの物語を追いかけるというのは面白いものです。

この会に一緒に参加しているKさんは、源氏物語の作者である紫式部が暮らしていた福井県や京都市にも足を運ばれました。この会がきっかけとなり、旅行ができて、素敵ですね。

こちらは世田谷区の施設ですが、ここを会場にしています。非常に格安料金で借りられるので助かっています。

さて今回の源氏物語では、ある年の2月に開かれたお花見の場面がありました。2月ではまだ花見には早いのですが、3月は藤壺(現在の天皇の母)の命日の月なので、早めにしたのです。

そこに集まったのは、光源氏、帝(本当は光源氏の息子)、朱雀院(光源氏の腹違いの兄)、帥の宮(光源氏の弟)、夕霧(光源氏の息子)という豪華メンバーです。みんな少しずつ血が繋がっているので、それこそ光輝いていたでしょうね。

彼らはみな素晴らしい装束に身を包み、花見をしながら、昔のことを思い出して会話をするのですが、それが全部、和歌なのです。

和歌は当時の貴族の教養の一部だったのですね。

そして彼らはまた楽器が弾けないといけませんでした。それぞれ琵琶、琴、笛などの名手でした。

また文字も美しく書けないと恋も成就しないし、漢文の読み書きも必須でした。

貴族の対面を保つためには、いろいろと大変だったのですね。

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残暑厳しき折ゆえ、着物は着ませんでしたが、浴衣をリメイクしたシャツを着てみました。

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「一日一句」

月イチで 古典に親しむ 残暑かな

2022年8月21日日曜日

お鷹の道・真姿の池湧水群@国分寺 2

さて、国分寺市にある「お鷹の道・真姿の池湧水群」ですが、JR中央線の国分寺駅と西国分寺駅の南側にあります。

ここは緑に囲まれたところです。


今回、行ってみたかったところは「おたカフェ」という休憩所。「おた」というのは「お鷹」にかけているのでしょうね。

ここは史跡の駅でもあり、後ろにある「武蔵国分寺跡資料館」のチケットも販売しています。資料館の入館料は100円です。

カフェの外には洒落たテラスがあり、ゆっくりと座れるベンチもありました。

中に入ると、こじんまりとしたカフェでした。絵葉書や、地元のちょっとした特産品も販売しています。

のどが渇いたので、ブルーベリーのラッシーを注文しました。量が多くて、けっこうお腹がいっぱいになりました。

一休みした後は、武蔵国分寺跡資料館へ。

長年の発掘調査の成果を元に、いろいろな資料や出土品が展示されていました。

こちらは奈良時代の国分寺跡の模型です。とても広い敷地にいろいろな建物がありました。

先日、タモリの番組で、町田市を取り上げていたとき、町田では武蔵国と相模国の国分寺の瓦を作っていたという話がありましたが、この国分寺の瓦も町田から運ばれてきたのでしょうね。驚きでした。

そしてなんと言っても圧倒されたのは、国分寺の七重の塔。聖武天皇の詔によって諸国に建立されましたが、高さは60メートルほどあったそうです。天平の時代に、どうやって建てたのでしょうね。

こちらは平成24年に建てられた10分の1の模型ですが、それでも大きい。

そしてもう一つの見ものは、「旧本多家住宅長屋門」です。正面に大きな扉があり、その両脇に部屋がある建物です。

この長屋門は、国分寺村の名主だった本多家の屋敷に江戸時代後期に建てられたそうです。その後、この一族の人が医者となり、ここで暮らしていたそうです。

門の中に入ってみると、見かけよりもずっと広々としていて、現在のマンションの部屋よりも広い感じでした。

ここでは明治時代には養蚕をしていたそうで、その道具などが残されていました。

こちらはその蚕を使って織られた着物です。とても光沢があり美しい着物でした。


国分寺の歴史を楽しく学ばせていただきました。

この日のお土産は、農家の庭先の無人販売所で購入した果物。

ブルーベリー、いちじく、かぼすです。

とても美味しかったです。

他にもじゃがいもや人参など、「国ベジ」と名付けられて販売されていました。国分寺の野菜なので、国ベジなんだそうです。

国分寺は気に入りました。

まだ行きそこねた場所があるので、近いうちにまたお邪魔したいところです。

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「一日一句」

セミが鳴き 天平の香り 国分寺



2022年8月20日土曜日

お鷹の道・真姿の池湧水群@国分寺 1

国分寺市にある「お鷹の道・真姿の池湧水群」という所に行ってきました。


ここは名水百選にも選ばれた水のきれいな場所です。
「元町用水」と呼ばれているようでした。
国分寺駅の南の方にあり、ちょっと行きづらいところですが、出かけて正解でした。
また近くには奈良時代の国分寺跡があり、歴史ファンには嬉しいところです。

うちからは京王線の府中まで出かけて、そこから国分寺駅南口のバスに乗り、途中で降りました。
住宅街をしばらく歩きました。大きな古い蔵のある家や、竹林などが見られて、なかなか落ち着いた雰囲気のところでした。


元町通というところを歩いていると、小川がチョロチョロと流れていました。ここではホタルが見られるそうです。


少し歩くと、看板がありました。


きれいな水が流れていました。


この先に「真姿(ますがた)の池湧水群」があるようです。


湧き水がありました。ここは国分寺崖線の下にあるところから水が湧き出ているのでしょう。

「真姿」というのは、昔、絶世の美女である玉造小町という人が皮膚病のため、醜い姿になってしまいましたが、ここの池で身を清めると病気は治り、元の美しい姿になったというのです。


神社もありました。


真っ赤な鳥居がきれいでした。


また「お鷹の道」というのは、尾張徳川の大名が、鷹狩に来ていたので、それでそのような名前が付きました。

こちらは鷹の剥製です。八百屋さんの店先に飾ってありました。


この後は、カフェで一休みして、武蔵国分寺跡に行きました。続きはまたね。

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「一日一句」

武蔵野の 水辺散策 涼やかに


2022年8月19日金曜日

新しい中華料理@渋谷

渋谷のスクランブルスクエアというビルの12階にあるちょっと変わった中華料理のお店に行って、ランチをしてきました。

Gu-oという名前のお店でした。

実はここのお店は、お香典返しのカタログで見つけたのです。お返しに、今更タオルとかお鍋とかをもらっても必要ないので、普段あまり利用しないようなお店で、おいしいものを食べてしまったほうが良いと思ったからです。

この日は朝は大雨でしたが、お昼ごろは曇り空になりました。

大きな窓からは、眼下にスクランブル交差点が見えました。まだ人は少ないですね。


山手線が走っているのも見えました。

こちらは新宿や明治神宮方面。

どこを見ても、巨大なスクリーンが目立ちました。

シェフのおまかせコース料理です。

前菜のあれこれ。ちまちまときれいに盛り付けられていました。

こちらは点心。パリパリに揚がっていました。

フカヒレの入ったお粥。色が黄色いのはかぼちゃが入っているからです。他にも赤、白、黒、緑などがありました。

メイン料理は白身魚の蒸し物。


デザートは杏仁豆腐。

いわゆる普通の中華料理とは違って、春巻きとか炒めものはありませんでした。

香辛料が凝った、ちょっとお洒落な中華でした。

でも、いつも家で食べるエビチリや酢豚のほうが美味しいかな。

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「一日一句」

渋谷より うちの中華が 口に合う