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2025年6月2日月曜日

シルバーパスで日本橋へ

先日は、東京都のシルバーパスを使って都心まで出かけてきました。

行き先は「王朝継ぎ紙合同作品展」が開かれていた日本橋です。

ここに行くため、交通費節約をして、シルバーパスを使いました。

まずは都営地下鉄新宿線で「馬喰横山駅」まで。220円の節約。

そしてそこからJR「馬喰町駅」まで歩き、こんどは総武本線に乗り換えて(これは有料)、新日本橋駅まで行きました。

総武本線に乗るのは初めてでしたが、行き先が逗子だったので、ちょっとびっくり。おまけに超満員。みんなどこに行くのかしら。

作品展の会場は、和紙で有名な小津和紙でした。


こちらでは和紙を使ったいろいろなカルチャー教室も開かれています。

またここは「和紙漉き」体験ができるので、外国人も来ていましたよ。

会場には雅な雰囲気の作品がずらりと並んでいました。どの作品も、作り手の真剣な表情が浮かんでくるようでした。和紙を細かくちぎったり、美しい色のあわせ方を工夫したりされていたのだろうと思いました。

作品は撮影禁止でしたので、個々の作品は写せませんでしたが、全体の雰囲気はこんな様子でした。

友人のUさんの作品もありました。淡い色合いで、ロマンチックで柔らかな感じがしました。ピンクのような紫のような色の和紙は、お着物にもぴったりだと思いました。

継ぎ紙とは平安時代に作られた和紙を使った装飾品です。当時、紙はとても貴重でした。たぶん、字を書くのに失敗した反故紙などを、捨てずに再生しようとして、継ぎ紙ができたのかもしれませんね。

「本願寺本三十六人家集」として白河天皇に捧げられたものが、西本願寺に残されていたそうです。江戸時代にたまに使われることもあったそうですが、長い間忘れられた存在でした。

そして明治時代に、古筆の学者が発見してようやく日の目を見たそうです。

優雅な時間を過ごした後は、雨の中をちょっとお散歩。昭和通りに沿って歩きました。

こちらは懐かしい「江戸橋」です。日本橋川に架かっています。久しぶりに「今日のひと橋」としましょう。

以前、通ったときはこのあたりは大工事の最中でしたが、少しは工事が進んだようでした。下の写真のように、フェンスに覆われていました。2022年10月のことでした。

当時のブログはこちら▼

その先にある日本橋郵便局は、日本で最初に開かれた郵便局だそうです。

ここから日本橋駅まで歩き、都営三田線と、都営大江戸線を使って新宿まで戻りました。

この経路だと272円の節約。

往復で、492円の節約となりました。

シルバーパスさん、ありがとう。



2024年9月3日火曜日

今日のひと橋~京橋~

今日のひと橋は、先日、銀座のギャラリーに行ったときに出会った「京橋」です。

このあたりは、私の母が幼い頃に過ごしていた場所なので、なんとなく親しみを感じているます。

かつては川が流れていましたが、オリンピック前に川は埋め立てられ、橋だけが残されています。


昔の橋はかっこよいですね。アールデコ調です。


土台もしっかりとしています。

橋の周辺には昔を思い出させるものがいろいろとありました。

「史蹟 江戸歌舞伎発祥地」

寛永元年に元祖中村勘三郎が中村座を作った場所だそうです。


「京橋大根河岸 青物市場蹟」
大根河岸という名前の青物市場があったのですね。流通の中心地でした。
昭和10年に築地に移る前は、ここで稼働していたのですね。

「煉瓦銀座之碑」明治5年


「銀座は全焼し、延焼築地方面に及び焼失個数四千戸」と書かれています。

近くには可愛い交番もありました。


こちらは京橋と京橋川についての紹介です。
京橋川は、かつて徳川家康が江戸に入り、江戸のまち作りをしたときに作った人工の川なのでした。


かつて京橋川が流れていたのです。ここは埋め立てられて、現在は高速道路がその上を走っています。


 



2024年5月22日水曜日

今日のひと橋「霧笛橋」

今日のひと橋は、「霧笛橋」です。


レンガ風に見えますが、コンクリート橋で長さは51メートルあるそうです。

古そうに見えますが、1969年(昭和61年)なので、それほど古い橋ではありません。

現在は橋の下には川の流れは見えませんが、こんな風景を見ると、昔は川が流れていたのでしょうね。

ここは「港の見える丘」公園の中にあります。


公園の中にある、大佛次郎記念館と、神奈川近代文学館とを結んでいる橋です。

向こう側に見えるのは、ベイブリッジです。
もう少しお天気がすっきりとしていれば、きれいな写真が撮れたことでしょう。


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「一日一句」

ツツジ咲き みなと眺めて 霧笛橋


2024年5月7日火曜日

今日のひと橋「錦糸橋」

先日、錦糸町の駅から亀戸天神まで歩きました。

途中に横十軒川という大きな川があり、そこに「錦糸橋」が架かっていました。

錦糸橋は元々は昭和初期に架けられたそうですが、戦争で焼けてしまい、昭和26年に架け替えられました。現在の橋は昭和47年に架けられたものです。

「北斎通り」に架かっています。

私はこちら方面に来ることはあまりないので、横十軒川の立派さにちょっと驚きました。

この川は、墨田区・江東区を流れる約3.6キロの川ですが、自然の川ではありません。江戸初期に開削された掘割りです。

地図で見ると、南北に流れているのに、「どうして横」なんだろうと不思議に思っていましたが、これは「江戸城に対して横に流れる」ために「横十軒川」と言うのだそうです。

川にはずっとフェンスが被さっていて、ちょっと残念。

少し北へ歩いて行くと、「亀戸銭座跡」という碑が建っていました。


まん丸な寛永通宝もありました。そのお金をこの周辺で作っていたのですね。銭形平次が投げたのは、このお金だったと言われています。

遠くにスカイツリーが見えてきました。


こちらは蔵前通りに架かる天神橋です。
写真を写そうと思いましたが、時間がなくて、遠景だけとなりました。

またいつか時間があるときに、横十軒川をゆっくりと歩いてみたいと思いました。

「一日一句」

江戸の町 忍びて渡る 錦糸橋


2024年5月2日木曜日

今日のひと橋「水道橋」

水道橋というと、昔、この近くの本郷に叔母一家が住んでいたので、祖母に連れられて出かけたことを思い出します。当時は水道橋から本郷まで都電に乗って行ったのか、よく覚えていませんが。その後、父に連れられて後楽園球場に行った時にも、水道橋の駅を利用していたので、なんとなく懐かしい思い出の場所です。

今回は、御茶ノ水の聖橋に行ったついでに、そのまま戻るのは惜しいので、お茶ノ水橋から水道橋まで神田川沿いに歩いてみることにしました。


西に向かうと、ずっと順天堂大学関係の建物が続きます。病院ばかりでした。


以前は、飯田駅から御茶ノ水方面まで歩きましたが、そのときは坂を登っていきましたが、今回は下り坂なので楽ちんでした。

神田上水懸樋跡の石碑がありました。
神田上水は、水戸藩邸の中を通り、このあたりで神田川の上を掛樋で渡り、江戸の中心部に給水していたのですね。上水が川の上を渡るという発想は、誰が考えたのか知りませんが、すごい発想だと思います。
後ろに、総武線が走っています。


水道橋の駅に近づきました。
こちらは御茶ノ水分水の石碑です。今でも分水はあるようです。


駅前広場のモニュメント。橋をイメージしているのでしょうか。


こちらは水道橋の橋にあった神田上水の案内図です。ちょっと色あせてしまっていますね。


よく見ると、井の頭池からの水路が描かれていました。関口の大洗堰を経て、江戸市中まで経路が続いていました。
神田上水は、江戸時代を通して給水されていましたが、明治34年(1901年)に給水は廃止されたそうです。長い間、活躍したのですね。

後楽園遊園地が見えてきました。


こちらは水道橋の上から、神田川下流を眺めたところ。ツツジがきれいでした。
掛樋はここから150メートルほど先のところにあったそうです。


かつての水道橋の姿です。


こちらは現在の水道橋。1988年(昭和63年)に掛け替えられた橋です。


この日の橋歩きはここでおしまい。

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「一日一句」

掛樋跡 江戸の昔を 思い出す



2024年4月29日月曜日

今日のひと橋 「聖橋」

「今日のひと橋」は、聖橋です。

大学の授業にちょっと関連するので、御茶ノ水駅にある聖橋へまた行ってみました。

こちらの写真は、御茶ノ水駅のプラットフォームから写した聖橋です。

この橋は関東大震災の復興橋ということで、完成は1927年(昭和2年)です。

鉄筋コンクリートのアーチ橋という構造です。

土木学会の土木遺産にもなっています。

そして地下鉄丸ノ内線が地上に出て、総武線や中央線とクロスするという珍しい光景が見られるところです。


橋は神田川と外堀通りまでつながり、約90メートルという長さは、神田川に架かる橋の中では一番長いそうです。


「聖橋」という名前は、湯島聖堂とニコライ堂という二つの聖地からちなんだもので、一般公募で選ばれたのだとか。

橋の下にある支えのようなフェンスも、なんだかレトロで可愛らしいですね。


そういえば今から半世紀以上前、この橋を渡ったところにあるバス停から、職場に向かったものです。

懐かしい聖橋でした。

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「一日一句」
若き頃 思い出したよ 聖橋


2024年2月18日日曜日

大田区池上へ その3 池上本門寺

だいぶ日にちが経ってしまいましたが、先週、大田区の池上方面へ出かけました。

まずは≪その1≫として、都営交通の池上基地で電車を眺め

≪その2≫では大田区立池上梅園で梅を愛で

そして今回は、≪その3≫となりますが、池上本門寺へ向かいました。

池上本門寺は、日蓮宗の大本山です。とにかく信じられないほど、敷地が広い。

こちらは本門寺の廟所です。


大堂。


五重塔。

そして墓地には多くの有名人のお墓がありました。

幸田露伴、大野伴睦、松本幸四郎など作家や政治家、歌舞伎役者などが眠っているところです。

中でも驚いたのは、昭和のプロレスの大スター・力道山のお墓があったことです。


さすがに立派なお墓でした。


力道山は生きていれば、100歳でした。ご自宅が本門寺の近くだったそうです。

空手チョップと黒いタイツがトレードマークでしたね。暴漢に襲われて亡くなってしまいましたが、そのときはまだ39歳だったそうです。惜しいことをしましたね。

敷地内を散歩した後は、長い階段を下り、参道に出ました。


こちらが表門。
今回は、ちょっと裏門から入ってしまったようです。

このあたりはお寺さん関係のお店だらけでしたね。

そして呑川にかかる橋を渡りました。

「今日のひと橋」は「霊山橋」です。


「りょうぜんばし」と読むようです。

この橋は、歌川広重の浮世絵にも描かれたとか。

そして懐かしい「六郷用水物語」のポールに再会しました。

以前、ここを通ったときは、呑川をずっと下り、蒲田駅まで歩いたのですが、今回は近くの東急池上線の池上駅へ。

カルディのカフェがあったので、簡単にランチをしました。

フランスパンにひよこ豆のペーストが塗ってありました。おいしかったので、隣にあるカルディのお店で買ってみました。

池上駅の上は、「etomo」(エトモ)というショッピングビルになっていて、おしゃれできれいな駅でした。

上の階には病院や図書館、スポーツジム、保育園なども入っているようでした。なかなか便利な駅でした。

今回のお散歩はこのあたりでした。


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「一日一句」

梅園に 呑川の橋 不足なし