2011年4月30日土曜日

「三陸海岸大津波」

私の読書傾向はというと、古今の女性作家の小説がほとんどで、それも大河小説が好きなのです。
そのような小説は、膨大な資料をもとに時代背景もきちんと描かれているけれど、登場人物の会話などは小説家が考え出したものであり、作家の希望や願望や想像力の結果であるわけです。

「見てきたような嘘」が書かれているのですけれど、そこが面白いところなのです。

そのような小説が好きな私は、吉村昭という作家はあまりにも記録主義的で、この人の書いた本はあまり面白いと思ったことはありませんでした。

ところが、この「三陸海岸大津波」という本を読んで、吉村さんの記録主義がこんなにすごい重要な文学になるのだとと改めて感じました。


この本はブログ仲間のHさんから教えてもらったのですが、タイトルでも分かる通り、三陸海岸に起きた津波を取り上げたものです。

吉村さんはご自分の小説の取材のために何回も青森・岩手・宮城県には足を運び、そして津波のことを知ってからは資料を調べ、生き残っている人たちの証言を聞いて、この本にまとめました。

この本には彼の主観や意見はほとんどありません。
淡々と事実や数字が重ねられているだけです。

東日本大震災の津波の被害がどれほど大きかったものであるかは、テレビや新聞で報道されていて、「未曾有の大災害」とか「想定外の大津波」という修飾語で語られていますが、この本を読むと、それは事実ではなかったと思われるのです。
高さ50メートルの大津波というのは、かつて、この地方では実際に起こっていました。

三陸海岸に起きた災害を辿ると、明治29年、昭和8年、そして昭和35年にも大津波が来ていたのです。

私は昭和35年のチリ地震による大津波のことは、まだ子どもでしたが少しだけ記憶があります。ものすごく怖いものだと教えられました。

そして平成23年のこの大津波。

100年くらいの間に4回も被害を受けていたとは、私はこの本を読むまで知りませんでした。

この地方の人にとって、言い伝えはあったと思うのですが、津波のことを忘れかけていたのでしょうか。

漁業を営む人にとっては、海岸のすぐ近くに住むということは大事なことなのでしょうけれど、危険性よりもやむをえない事情があったのでしょうね。

都会しか知らない私にはなんとも言えないのが辛いですね。

この本には津波の前兆のことがいろいろ書かれていました。
ものすごい大漁になってマグロやイワシがわんさか取れたこと、井戸水が濁ってしまったこと、そして大爆音が聞こえてきたこと・・・・そういう言い伝えがいつの間にか忘れ去られてしまったのかもしれませんね。

私自身は専門家ではありませんが、若い時に地震関係の職場にいましたが、こういう民間人の言い伝えなどは、あまり重要視していない風潮があったと思います。

この本には、濁流に飲まれてしまった多くの死体を残った人たちが網ですくった話や、当時の天皇や議員が弔問金を出した話なども淡々と描かれています。

吉村さんの本の中で涙を誘うのは、当時、小学生で、親や兄弟を失くしてしまった子どもたちの作文です。
子どものときに身近な人の死に接してどんな思いで大きくなったのでしょう。

日本で文字による記録が始まってから、いったい何回、地震や津波、台風などの災害を受けたことでしょう。源氏物語や鎌倉時代や江戸時代の文学にもたびたび登場しています。

平成23年の大津波のことをきちんと記録をして、そして将来も忘れ去られないような努力をしなければと思います。

今回の大震災は地震、津波、そして原発事故ということが重なってしまいましたが、そういう土地の上に私たちは住んでいるということを自覚しないといけませんね。

小学校や中学の授業でも、日本という国は自然災害の多い国だということをきちんと教えて欲しいと思います。

そして政治を司る人は、古い言葉ですけれど「治山治水」を国家の第一の基本にしてもらいたいと思いました。

吉村昭「三陸海岸大津波」文春文庫 460円

2011年4月29日金曜日

女医さん着物と鶴の帯

今年の2月から「○○の手習い」で習い出した日本舞踊。
まだまだほんのちょっとかじっただけですけれど、先生の門下の発表会があったので、勉強のために見てきました。

会場内は撮影禁止ということなので、受付の写真です。


京都の女医さんから頂いた紬を着て行きました。

さまざまなブルーの色の縦縞に地模様が入っている素敵な着物ですけれど、私にはおしゃれ過ぎてこれまで着ていくところがなくて、一度も手を通したことがありませんでしたが、日舞の発表会ならちょうどよいと思って着てみました。

ぼけ写真ですけど。


着物がぱっと目立ってしまうので、帯は何にしてよいのか困ったのですけれど、先日、京都の「原宿シカゴ」で買った鶴のワンポイント柄帯をしてみました。

鳥の足が嫌いなので、帯締めで隠してしまいました。そうすると鳥には見えないでしょう?

でも背中に2羽も背負っていると思うと、歩くのもちょっと落ち着かないですけど。


ちょっと秋のような感じの柄ですけれど、鶴はおめでたい席にはいいのだと勝手に解釈しています。

発表会は11時半から夕方の5時まで続きました。

小さな子どもの踊りや若いお兄さんやお姉さん、元お姉さんの踊りなどいろいろあって楽しめました。
特に私も知っている曲や、三味線で弾いたことのある曲だと嬉しくなります。

踊りの曲は長唄、清元、常磐津とかいろいろあって、違いがよく分かりませんけれど、どれもきりりとしていてそして優雅でしたね。

私が習っている先生はもともときれいな方なのですけれど、舞台では日本髪に白塗りのお化粧、水色の着物、金と黒の帯でとても素敵でした。「老松」という有名な長唄の踊りでした。

こんな引き出物まで頂いてしまいました。あやめの柄の手ぬぐいです。


踊りでも三味線でもその道を極めている人というのは、すごいものだと改めて感じました。

2011年4月28日木曜日

無計画な私・・・

今日はお天気も良かったし、連休のころは急に暑くなる日もあるので、服の入れ替えをしました。

そうしたら、似たようなTシャツがわんさと出てきて、いつの間にこんなに増えたのだろうと我ながらがっくり。
一番多かったのが、黒。そして次が紫。

同じようなのが何枚もあって、恥ずかしかったわ。

おまけに上着は捨てるほどあるのに、スカートやパンツの数はそれほどでもないの。
というのも、上着は大体普通サイズで間に合うので、ぱっと買ってしまうのだけれど、スカートやパンツは丈が問題なのでなかなかちょうどいいサイズのものが見つからないので、数が少ないというわけ。

着ないものは仕方なく処分しました。

ああ、ちゃんと考えて買っていたら、たんすもすっきりしていただろうと反省しました。

その後に着物の片づけもしたのですけれど、こちらもサイズが合って値段も手ごろだと、つい買ってしまうので、実際に着るときになると、合う帯がない!
反対に帯がすてきで買ってしまっても、合わせる着物がない!

この半幅帯もレトロな雰囲気が気に入ったし、安くて締めやすそうだと思って買ったのに、あまり出番がないのです。


「安物買いの銭失い」・・・という言葉が頭をよぎります。

本当なら着物と帯をセットで買えばいいのでしょうけれど、いっぺんにお金を使うのがもったいので、結局別々のときに買うので、なんだかちぐはぐになってしまうのですよね。

洋服にしても着物にしても、いかに無計画に買ってしまったということね。

うーむ、もうちょっと計画的にならないとだめだわ。

2011年4月27日水曜日

お引越し

またまた職場のお引越しがありました。


1999年から2009年3月までは地元の大学にいましたけれど、2009年4月からは田舎の大学へ引越し。

その当時は電気工事だか水道工事だとかをしていたので、とりあえず移転先の校舎でお世話になりました。

その工事が終わって2009年6月に本来の建物へ戻りました。

ここは女性ばかりの部屋で住み心地は悪くはなかったのですけれど、ちょうど校門の道路工事があったために通勤は大回りすることになりました。

道路工事も終わってようやく慣れてきたら、2010年7月に、今度は耐震工事のためにまた別の違う建物にお引越し。

そこでは男女7名のスタッフがいて、それなりに快適だったのですが、窓が全然なくて、天候も分からないところでした。

そして、ようやく耐震工事が終了したので、また元のところへ戻りました。

廊下などはきれいになりましたが、まだ塗料が臭っています。

引越しのたびに同居者の顔ぶれが変わるのですけれど、それも新鮮ですね。


今回の工事のおかげで、同じフロアに女性トイレができたので、それが助かります。
昔の建物なので女性トイレは少なくて、1階上か、2階下のフロアにまで行かなければならなかったんですよ。

でもここにいられるのも2012年3月まで。
その後にはまた新しい建物へ引越すのが決まっているんですよ。

ちょっとため息が出そうだわ。

2011年4月26日火曜日

春の旅11 京都タワー

延々と続いてきた春の旅シリーズもようやく最終回となりました。
「もう飽きた」という声も聞こえてきそうなくらい、長かったですね。

さて、この日4月13日は朝の東本願寺への散歩から始まって、近江八幡、京都市内のリサイクル着物屋さん巡りと歩き廻りましたが、宿泊したホテルで京都タワー展望台の無料入場券が付録でついていたので、天気もいことだし登ってみることにしました。本当だと京都タワーの展望料金は770円かかるので、その分、得をしちゃったわ。


11階のフロアからまた特別のエレベーターに乗って、地上からの高さ100メートルの展望室から市内をぐるりと360度眺めました。

お天気がいいので、遠くの山まで良く見えました。


前に来た時も展望台には修学旅行生がいましたけれど、今回も賑やかな中学生が多くてちょいと閉口しましたね。

ここはどこの方向かしら?


これは京都駅です。ユニークな建物ですよね。


でも着物や帯のお土産を抱えながらだったので、重くてさすがに疲れたわ。

それでいったん駅近くのホテルに戻り、「ウェルカムお飲み物券」というのがあったので、コーヒーを飲むことにして、ケーキも一緒に頼みました。


なかなかおいしいケーキでしたよ。

このホテルはお風呂が狭いことを除けば、地の利もいいし、京都タワーにも登れるし、飲み物も1杯は無料なので、私は何回か利用しています。

ホテルの喫茶室でゆっくりして、そして京都駅に行き、ようやく新幹線乗り場を目指したのでした。

今回の春の旅は雨女は返上してお天気にも恵まれたし、桜や踊りを鑑賞できたし、充実した一人旅となりました。

京都や近江はまた近いうちに行ってみたいところです。
まだまだ知らない京都や滋賀を旅してみたいと思いました。

(この項、終わり)

2011年4月24日日曜日

春の旅10 リサイクル着物屋巡り

(春の旅シリーズも10回目となってしまいました。早くしないと夏になってしまいそうなので、そろそろ急ぎ足にしましょう。)

4月13日、近江八幡で桜を眺めてほっとした後は、JR琵琶湖線でまた京都まで戻り、地下鉄で四条まで出ようと思っていました。

でも京都駅まで戻るのはもったいないので、途中の山科駅で地下鉄東西線に乗り換えて、そして烏丸御池から四条まで行くことにしました。京都経由よりも、80円安かったかしら。
私もだいぶ京都の交通機関に詳しくなったものです。


山科と聞くと歴史的なイメージのあるところですが、かなりの繁華街のようでした。

さて四条で降りたのは、仏光寺通りにあるリサイクル着物屋さんがお目当てでした。

彼方此方屋(おちこちや)さんというお店です。

ここは京都案内の本で見つけたのですが、昔風のお店で、とても感じの良いところでした。


一階はちょっと高そうな着物や新作の着物を扱っているようでしたが、二階は畳の部屋で、そこにはアンティーク着物や小物がたくさんありました。

草履を脱いで、畳の部屋に入ります。

私が一番最初に目についたのは、ごわっとした感じの生成り色の帯。

白っぽい帯を探していたんですけれど、白地のものは金ぴかですごく高級そうなのか、安いとなると汚れが目立つものばかりで、なかなか気に入ったのがなかったのです。
でもその帯は赤と緑の柄も入っていて、どんな着物にも似合いそう。

ところがです、その帯は実は二部式帯で、胴体の部分とお太鼓の部分が分かれていたんですよ。
そんな帯は締めたことがないので、どうしようかと悩みましたが、お店の若い店員さんが懇切丁寧に締め方などを教えてくれました。
そして買ったのが、こちら。


写真で見ると、本物の帯に見えるでしょ。


でも後ろのお太鼓の部分は、ただ背中に乗せてあるだけなんですよ。

なんと、これ1000円だったのです。そうは見えないでしょ。

私が古着を買う時のポイントは、最初に気になったのが、一番だということかしら。
あれこれ見ても、初めに目についたのが、結局、好きなもののようだわ。

ということで、好きな帯を手に入れて嬉しくなって次のお店に行きました。

寺町通りを北上して蛸薬師のあたりまで行ったのが、こちらの「原宿シカゴ」というリサイクル屋さん。
名前からしてすごいですよね。

1階はジーンズメイトみたいな感じで、ウエスタンブーツとか年代物のジーンズなどのリサイクル洋服を扱っていて、2階が和服のリサイクルなんです。

ものすごく広くて、それなのに接待する店員さんもいなし、いても着物の知識はほとんどないので、自分でメジャーを取り出してあれこれ測りました。
あまりにもたくさんありすぎて、目移りしてしまいまったわ。

紺色の無地が気にいった帯がありました。
長さもたっぷりあるし、ワンポイントの柄もモダンでいいと思って買ったのですが、後で良く見たら、なんと私の嫌いな鳥の図柄だったんですよ! 


その時は葉っぱの柄だと思っていたんですよね。
雁というか、空を飛んでいる鳥のようで、えー、どうしよう!

もう一枚、踊りのお稽古用に安い着物を買いました。

その後、市バスでまた京都駅まで戻り、八条口のアバンティという駅ビルの中にある「たんす屋」さんに行きました。ここはリサイクル着物のチェーン店で全国あちこちにあり、東京でもよくお世話になっているお店です。
気軽に入れるお店です。

でもその時はちょうどおばちゃん二人連れがお店にいて、「これなんか、どないときに着るんやろ」とか「ちょっといけまへんなー」とか商品にあれこれケチをつけていて、私がせっかく選んでいたのになんだか水をさされたような気分になってしまったので、結局、買い物はやめにしました。

着物屋さん巡りはここまでにして、最後の目的地、京都タワーまで行きました。

続きはまたね。

「潮来出島」

(春の旅シリーズはちょっと休憩です)

私たち世代にとって「いたこ」というと、ついつい、橋幸夫の「潮来三度笠」を思い出してしまいますね。

 潮来の伊太郎、ちょいとみなれば~
  薄情そうな 渡り鳥~

なんてね。

今度の日本舞踊で習った曲は、その伊太郎ではないのですけれど、「潮来出島」という踊りなのです。

ご参考までにここのユーチューブで笑也さんが踊っているのがありましたので、ご覧下さい。
流派が違うので振り付けはちょっと違いますけれど、こんな可憐な感じの踊りなんですよ。

潮来というのはあやめで有名なところなので、お扇子を広げたり閉じたりする振り付けで、花を表しているんですって。

また潮来船頭さんのように、扇子を櫓に見立てて、漕ぐ振りもあるんですよ。

これは今まで習っていた男踊りとは違って女踊りの代表的な踊りで、両方の足の膝頭を常にピタッと揃えて内またで踊らないといけないそうです。結構辛いですよ。すぐに膝が開いてしまうの。

女踊りだというので、さとさんからいただいた小紋を着て行きました。

良く見ると、茄子の柄なのです。


柔らかい生地のせいか、着つけが悪かったのか、踊っているとぐずぐずと胸のあたりが開いてしまい、恥ずかしかったわ。

帯は神社の骨董市で1000円で買ったもの。


「都をどり」の豪華さとは比べようもありませんけれど、私も精一杯、可憐に踊るようにしましょう。

2011年4月23日土曜日

春の旅9 近江八幡再び

今年の1月に近江八幡に行ったばかりなのに、何故また3ヶ月後に出かけたかというと、こちらのブログに載せた写真にあるような、春の景色の近江八幡を見たかったからなのです。

冬でもきれいなお堀端なので、桜が咲いたら絶対に素晴らしい風景に出逢えると思っていました。

期待を裏切らなかった風景。


実は私が近江八幡に出かけたのは4月13日でしたが、その翌日の4月14日というのはこの辺りでは年に1度の八幡祭りの日だったようで、それを知らずに前日に出かけてしまい、なんとももったいない思いをしました。でもお祭りの人混みを避けられたのでかえってよかったのかもしれませんけれど。

祭の準備のぼんぼり。


お堀の桜は絵のようにきれいでしたよ。


水面に映る桜にうっとりしました。

近江八幡は古いお蔵などが残っている町並みです。


この桜並木は遊歩道になっています。


こちらの風景はとても気に入りました。ずっとここにいたかったくらいでした。


前にも書きましたけれど、ここでは多くの時代劇が撮影されています。


こちらのお米屋さんのおじさんは水戸黄門の里見浩太朗と一緒に写した写真がご自慢のようで、店先に飾ってありました。


近江八幡市というところはメンソレータムで有名な近江兄弟社があるところですが、こちらはその会社が運営している近江兄弟社学園。創設者フォーリスさんの名前が彫ってあります。


学園の庭に咲いていた桜。


近江八幡に出かけたもう一つの目的は、前に行った古道具屋さんで買ったリサイクル着物が良かったので、また着物を探しに出かけたかったのです。

でも今回は着物や帯も自分のセンスとはちょっと違っていたので、残念ながら買い物はできませんでした。

近江八幡には他にも古道具屋さんがいくつかあって、それぞれのお店に入ってお店の人に話を聞いたり、古い布の手触りを楽しんできました。


こちらは仏具や食器などを多く扱っているお店でしたが、ここでは木綿の端切れ数枚のセットを買ってきました。


何に使うのか考えもしなかったのですけれど、こういう布ってそばに置いておくだけで嬉しいものです。
陣笠とか珍しい物も置いてありましたね。

こんな感じで2回目の近江八幡は桜と古道具屋さんを廻っただけで、また京都に戻りました。
だんだん日が昇ってくるにつれて暖かくなってきました。

2011年4月22日金曜日

春の旅8 京の朝

さてさて、「春の旅」シリーズですけれど、えんえんと続いています。

ようやく2日目の4月13日となりました。

私はどこへ旅行しても朝が早いのです。
普段の癖で5時半ころには起きてしまうかしら。

今回も朝早く起きて、ホテルの大きな鏡を見ながら着物の着付けをしました。
こういう時は、大きな鏡があると便利ね。

ホテルは西本願寺と東本願寺の間にあり、どちらに行こうかと迷いましたが、前に来た時には工事中だった東本願寺まで行くことにしました。

途中、こんな感じのゆったりとした古いおうちがたくさんあって、こういうおうちの並んでいる町って素敵ですよね。自転車が置いてある風景によく出逢います。


どんどん歩いて行ったら、どうも東本願寺の裏門の方まで行ってしまったようでした。
後で地図を良く見たら、そこは2008年に行った「風俗博物館」という源氏物語の人形を展示してあるところがすぐ近くまで歩いてしまったようでした。

烏丸通りを南下してくると、東本願寺を手前にして京都タワーがにょっきり見えました。


境内に入ると、大きな大きなお堂が見えてきました。まるで体育館のようで唖然としましたね。


前はここで朝の説法を聞かせていただいたのですが、今回はお散歩だけ。
それでもお寺さんの中を歩いていると、気持ちがすっきりとしてきますね。
ここでも大震災の被害を受けた人たちへのお祈りをしてきました。

東本願寺は初夏になると蓮の花がきれいなところですが、この時は、ちょっと熟れたピンクの椿がまだ咲いていました。


花の盛りを過ぎても色っぽいので、私もこの椿のようになれればね・・・。

もちろん桜もきれいに咲いていましたよ。


朝のお散歩を終えて、一度ホテルに戻りました。
これからはJRに乗って、今年の1月に訪れた近江八幡までまた行くことにしました。

(続く)

2011年4月21日木曜日

春の旅7 おばんさい

4月12日、都をどりを見た後は、また市バスに乗って京都駅まで戻りました。

それというのも、さとさんと久しぶりに再会するためです。
八条口のマクドナルドのところでさとさんと待ち合わせました。
この場所が私にはいちばん分かりやすいのです。

さとさんは大阪での研修の帰り、そして翌朝は始発で長野にスキーに行くという強行スケジュールだったのですけれど、時間をやりくりしてくれて、一緒に夕食をとることができました。

さとさんからいただいたピンク紬を着ていましたが、すぐに「あっ、それ!」と思いだしてくれました。

駅ビルの中にある「おばんさい」のお店に行きました。

若竹煮、九条葱の焼き物、鰯と茄子の甘辛煮、キスの天ぷらなどをいただきました。




こちらはちょっと珍しいメニューです。
「赤こんにゃく」です。


これは近江の名物だそうで、翌日、近江に行くので、その前祝い(?)でさとさんが選んでくれました。

料理もおいしかったですけれど、熟女のおしゃべりも楽しかったですね。

京都はさとさんがいらっしゃるので、いろいろな情報も分かり、いつでも安心して行けるところです。
また初夏になったらお邪魔したいですね。

この日の泊まりは駅の近くの安ホテル。
一人なのにツインの部屋を用意してくれました。


ここは京都タワー系列のホテルなので、タワーの展望無料券やお土産1割引きなどが付いていてお得なホテルなんですよ。

でもあのお風呂の狭さはなんとかならないかなー。

2011年4月20日水曜日

春の旅6 祇園 都をどり

4月12日、前から一度は見たいと思っていた祇園の都をどりを見ました。


(パンフレットから)

去年は上七軒の北野をどりを見ましたが、このときは舞妓さんのお手前付きでしたが、今回は時間の関係で舞台観賞だけでした。でもその前に歌舞練場の外回りを写真に撮ってきましたので、ご覧下さい。

祇園の花見小路を歩いて行くと、左手に白い立派な建物が見られます。


この中に歌舞練場があります。

桜がとてもきれい。


この古風な建物の中で踊りを見ます。


入り口では芸妓さんが東日本大震災の募金をしていました。


中庭の様子。ここをずっと歩いて行くと客席になります。


さて劇場の中に入って席に座ります。
これから緞帳が上がるところ。


踊りは京都の四季おりおりと名所案内を表したもの8曲で、踊りももちろんですけれど、衣装もお三味線もとても素敵でした。

伏見稲荷の田植えの踊りがあったり、光源氏が登場したり、渉成園の紅葉狩り、最後は知恩院の桜で、ほんとうに夢のようにきれいでした。


(パンフレットから)

最後の踊りは舞妓さん、芸妓さんが総勢60人ほど舞台で踊り、とても華やかでうっとり。

日常生活を忘れさせてくれた1時間でした。

都をどりは一日3回公演が4月の1か月続きます。
なんともう139回も続けているそうで、すごい歴史ですね。

2011年4月19日火曜日

四月大歌舞伎

(春の旅、また休憩で、なかなか「都をどり」に行きつけないですね)

今日は新橋演舞場で四月大歌舞伎を見てきました。

今月のお芝居は3本立てで、最初は江戸の人情劇、2本目は平家・源氏の頃の時代物、そして最後は上方が舞台のお芝居でした。


最初の「お江戸みやげ」がすごく面白かったわね。

常陸の国から結城紬を背負って花の都の江戸にやってきた二人の中年女性。すごくケチなのにお酒を飲むと気が大きくなってしまい、たまたま見た歌舞伎役者に惚れてしまって、あれこれ騒動を起こすの。

自らを「田舎のおばば」と呼び、訛り言葉でしゃべるのだけど、二人の掛け合いがすごく面白くて、見ている方はげらげら声を出して笑ってしまいました。
川口松太郎の作品だそうで、三津五郎はおばば役が似合っていたわ。

次の時代物「一條大蔵譚」はなにやら筋書きがややこしいのだけれど、常磐御前が登場するし、清盛や重盛の話も出てくるし、歴史を知らないと分からないかもしれないお芝居でした。でも昔の人ってこうやってお芝居を見ながら、日本の歴史を学んでいたのかもしれないと思ったわ。

常磐御前という人は、今、TVの大河ドラマでやっているお江さんと同じく、3人もご主人を変えた人だそうで、政争に流された女性だったのでしょう。
菊五郎がアホ役とりりしい貴族の演じ分けをしていてうまかったわね。

3本目のお話「恋飛脚大和往来 封印切」は飛脚屋の青年と遊女の悲恋物語なのだけど、最後の幕が閉まってからも、この二人の行く末が可哀相で、なんだかこれで終わってしまうのかと、すっと席を立てないような無情な終わり方でした。

主人公は人間国宝の坂田藤十郎。なんと78歳だそうだけれど、どうみても40歳くらいにしか見えなかったわ。すごいものだと思いました。

歌舞伎のときはいつもは着物なのですけれど、今日は大嵐になりそうだというので、着物はやめました。

ちょっとおしゃれなスーツを着て行きましたけれど、まるで普段着姿のお客さんもいて、そういうのって役者さんに失礼じゃないかなとも思ったわ。
生の舞台を4時間も演じてみせてくれるのだから、お客さんの方もやはりちょっとは服装にも気をつけたいわよね。