2018年11月30日金曜日

2018またまた彦根・長浜へ 4 食べものの恨み

私はそれほどグルメでもなく、食べものに対して特別強いこだわりは持ってる人間ではありませんが、それでも食べものの恨みは恐ろしいというか、あてにしていたものが食べられないのは、やはり悔しいものです。
今回の旅行の中でも、そういうことが続きました。

一つ目は、長浜名物の「焼鯖そうめん」を有名な「翼果楼」(よかろう)で食べようと思っていたのに、ダメだったこと。

こちらは以前、2011年にさとさんと行った時に、よかろうでいただいた焼鯖そうめん▼


お店の作りが素敵だし、焼鯖も本当に美味しかったので、これをもう一度食べたくて、長浜に行ったようなものでした。

ところが、その日はよかろうは、ちょうど定休日だったのでした。
事前チェックが甘かったのです。
うーん、悔しい!


諦めきれずに、「焼鯖そうめんが食べられる店リスト」をいうチラシを見て、代わりになるお店に行ってみました。
ところが、この日は三連休の翌日だったせいか、長浜の町は休みの店ばかり。

かといって、他のものを食べる気になれなかったので、半分仕方なく、焼鯖そうめんが食べられるという、ちょっとした日本料理の店に入りました。

そこでいただいたのがこちらの「焼鯖そうめん定食」でした。


焼鯖そうめんには、トマトやカイワレなどがきれいに盛り付けてあり、また他にも琵琶湖特産の鮎とか、地元の麩の酢味噌和えとか、チマチマと小鉢が付いていました。
「定食」だからいろいろと付いているのは分かります。
でも、うーん、私はもっとシンプルな焼鯖そうめんが食べたかったのです!
焼鯖そのものは、ちょっと味にしまりがなくて、マズくはなかったのですが、やはり「よかろう」のが食べたかった!

ということで、幻の焼鯖そうめんでした。

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もう一件は、多賀大社に行った時の話です。
こちらでは「そば吉」というお店の蕎麦がおいしいという口コミがあったので、その店を探したのが見つかりません。
仕方なく、多賀大社の境内の中にある蕎麦屋に入りました。

そして、こちらの看板のイラストが可愛らしかったので、「柚子焦がし油あげそば」というのを頼んだのです。


どんなものが出てくるかと期待していました。
ところが、お蕎麦にただ油揚げが入っているだけで、それも味がなくて、お蕎麦自体はまずくはなかったのですが、なんだか満足できない味でした。

やはり油揚げは、醤油と砂糖で味付けしたモノの方がおいしいですよね。
柚子の香りはしましたが、ちょっと期待外れでした。


そして何よりも悔しかったのは、すぐちかくにある、こちらの「不二家」というお店は、私の愛読書のヒロインであるたかさんが住んでいたという所だということが、食事をした後で分かりました。
それなら、そこで鍋焼きうどんを食べれば良かったと、本当に悔しい思いをしましたよ。


うーむ、ということはもう一度、「よかろうの焼鯖そうめん」や、「不二家の鍋焼きうどん」を目的として、彦根や長浜に行くべきだ、ということかもしれませんね。

(この項、続きます)

2018年11月29日木曜日

2018またまた彦根・長浜へ 3 紅葉

11月25日・26日に出かけた彦根・長浜の旅でしたが、各地で美しい紅葉と出会うことができました。


まずは、最初に行った多賀大社の紅葉。


境内には、七五三の親子がたくさん参拝に来ていましたが、土地柄だと思いますが、ほとんどの子供が着物姿で、若い母親も着物の方が多くいらっしゃったのが印象的でした。


次は彦根の紅葉。

こちらはお城に隣接する名庭・玄宮園近くの紅葉。


玄宮園のお庭の紅葉。
(でかい顔ですいません)


彦根城の天守の紅葉。
写真よりもずっときれいでした。


夕方になった彦根城の紅葉。


翌日出かけた、お城とは反対方向に位置する天寧寺の紅葉。


こちらは、彦根から電車で20分くらいのところにある長浜の鉄道スクエアの紅葉。
後ろの白い建物と映えますね。


どの紅葉もとてもきれいでした。
おまけは、ひこにゃんの紅葉です。


良い季節に行けて良かったです。

(この項、続きます)

2018年11月28日水曜日

着物で散歩 新宿区 おとめ山へ

みなさんは新宿区と聞いて、どんなイメージをお持ちでしょうか?
都庁をはじめとする高層ビルが立ち並んでいるところ、と思う方が多いでしょうね。
他にも、広々とした新宿御苑も新宿区、ちょいと粋な神楽坂も新宿区、早稲田大学があるところも新宿区、といった具合に、新宿区は様々な顔を持っているところです。

その新宿区の西の方に、「おとめ山」という山があるということを聞きましたが、新宿に山があるとは、ちょっと信じられませんでした。
それなら出かけてみて、この目で確かめてみようと思い、着物友だちのSさんをお誘いして、「おとめ山」に登ってみることにしました。

まずはJR目白駅で待ち合わせ。
目白駅は豊島区になりますが、ちょっと歩くとすぐに新宿区になります。

Sさんは帯の花邑▼で帯作りを学んでいましたが、「おとめ山」は、その花邑の新年会が開かれた日立クラブ▼のすぐ近くにあるということをご存知でしたので、今回のガイド役をお願いしました。

「おとめ山」の住所は新宿区下落合というところで、地図上ではJR山手線と、西武新宿線の間にあります。
目白駅から15分くらい歩いたところにありました。
ここは新宿区立の公園でした。

「おとめ山通り」の標識がありました。


驚いたことに、実はおとめ山は、「乙女」ではなく、「御留」の「おとめ」なのでした。

昔からこのあたりは鳥や獣の狩猟の地で、江戸時代には徳川将軍が狩りをする場だったので、一般庶民は入れないように「止めて」おいたので「おとめ」となったのでした。
ということで、「御留山」または「御禁止山」と書くのだそうです。


公園の中に入ってみると、ここが新宿とは思えないほど、樹々が立ち込めていました。
ほんのり紅葉している木もありました。


ホトトギスの可憐な花。


ここは、江戸時代は徳川家の持ち物でしたが、その後、相馬家というところの持ち物になったようです。
相馬家というのは、相馬馬追いで知られる福島・相馬地方の殿様の家でした。


「山」というだけあって、園内にはアップダウンがあり、広場や池もありました。
かなり広い敷地でした。

こちらは「見晴らし台」です。
高田馬場のビッグボックスや、新宿の都庁、富士大学などが良く見渡せました。
こちらでしばし休憩。


「おとめ山讃歌」というのもありましたよ。


山だと分かる写真はありませんが、体感的には丘という感じのところでした。
大きな木や、深い谷もあり、夏にはさぞ涼しいところだろうと思いました。

ここにはいくつかの出入り口がありますが、あまりウロウロしていると、道に迷って迷子になってしまいそうなほど、広い公園でした。

ということで、次の目的地の薬王院というところまで行くことにしました。

この辺りは坂の多いところでした。
「相馬坂」


「七曲坂」
そういえば、石原裕次郎の刑事ドラマ番組に「七曲署」というのが出てきましたが、「七曲」という場所は実在したのですね。


こちらはちょっと歩いたところにある「野鳥の森公園」です。
やはり新宿区の持ち物。


ここにはいろいろな種類の鳥がいるようです。
園内には池もあり、なかなかシックなところでした。


その後、薬王院に行きたいのに、どうしても場所が分からない。
グーグルマップで調べてみても、急な坂を登ったり下りたりしましたが、なかなか見つかりませんでした。
諦めていたところ、ようやく、お墓が見えました。
そこが薬王院(の裏口)なのでした。

この続きはまた。

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この日の装い。

前日に長浜で買って来た帯▼を早く締めたくて、水色の紬と合わせてみました。


この帯は、七宝模様の名古屋帯ですが、不思議なことにお太鼓部分が二重に見えるように加工されています。
Sさんに見ていただいたところ、それは「比翼仕立て」というものなのだそうです。
なかなか凝った作りの帯で、2000円で買えたのは、ラッキーでしたね。


帯揚げは、以前、Sさんから譲っていただいたものです。

2018年11月27日火曜日

2018またまた彦根・長浜へ 2 お土産

彦根・長浜の旅から戻りました。
戻って最初のブログは、お土産編から。

こちらは多賀大社近くのお酒屋さんで購入した地酒です。
帰宅してすぐに常温でいただきましたが、とても美味しかったです。


冷やして飲んだら、もっと美味しいだろうと思いました。
日本酒にはうるさい夫も珍しく「これは良い」と褒めていました。
通販で探してみようと思います。

こちらは彦根の定番、「ひこにゃん」が描かれたもの。


まぁ、普通の和菓子ですね。
お菓子の形がお城のシルエットでしたが、言われないとお城と気づきません。

こちらもひこにゃん。
ポストイットですが、孫へのお土産です。
でも何に使うのか、分かってくれるかしら。
というか、彼らはお城を見たことがあるか、ちょっと気になります。


こちらは自分へのお土産。
長浜の骨董屋さんで探した帯です。


宝模様がきれいで、割と使えそうでしょう。
ほとんど使われていませんでしたが、2000円でした。
長浜は骨董屋さんが多く、古いものがたくさんあり、歩いても楽しいところです。

(この項、続きます)

2018年11月25日日曜日

2018またまた彦根・長浜へ 1 行ってきます

これから彦根まで出かけてきます。


最初に彦根に出かけたのは、2012年2月のことでした。
その時、彦根は大雪で、どこへも行けませんでした。
その時のブログ▼

その後、去年2017年の秋に、バスツアーで周辺をあちこち移動しましたが、その時は、彦根城は、琵琶湖の船の上から眺めただけでした。

ということで、彦根城や、ひこにゃんにはちゃんとお目にかかっていないのです。

そして彦根に行くもう一つの目的は、諸田玲子さんの「奸婦にあらず」の舞台となった天寧寺と多賀大社へ行くこと。

さて、今回は雪は降らないですよね!




2018年11月24日土曜日

「犬神家の一族」

今月の新橋演舞場の出し物は、「犬神家の一族」でした。
言わずと知れた横溝正史の原作を、新派で演じていました。


上の写真、なんだか私が白く、亡霊のように映っていますね。

祝日だったせいか分かりませんが、どういうわけか、おじいさんのお客さんがものすごく多くて、信じられないくらいでした。
おかげで、座高の高いハ○の頭がじゃまでした。


舞台は戦後すぐの信州。
大富豪の犬神家の一族の面々が、遺産相続のために集まります。
遺言状を開き、そして次々に謎の殺人事件が起こります。
そこに登場するのはご存じ金田一耕助。
というお話です。


うーん、やはり新派は八重子さんと久里子さんで持っていますね。
このお二人が登場すると、さすがに舞台が引き締まります。

喜多村緑郎さんは、髪の毛がぼさぼさの金田一よりも、以前の舞台で見た二枚目の方がお似合いだったような感じです。
襲名披露の時▼は、本当に美しかったですよ。
歌舞伎時代にファンだった春猿さん(今は河合雪之丞)はやはり女形がきれいでした。
それに佐藤B作も良かったですね。欣ちゃんのテレビ番組でよく見ていました。
若手はちょっと新派らしくないというか、存在感が薄いというか。

そして目に付いたのは、やはり女優さんたちの着物ですね。
喪服姿も素敵でした。
私としては、お手伝いさんたちの普通の着物が昭和っぽくて、良い感じでした。

このお話は、戦争と切り離して見ることはできませんね。
ビルマの戦場で出会った二人、そして戦争で傷ついた人たち。
「復員兵」という言葉は久しぶりに耳にしました。
絹織物がナイロンという化学繊維に変わっていく時代。
昭和は遠くなりにけり、と感じてしまいました。
これからは、平成もそのように遠くなっていくのでしょうね。

実は横溝さんの小説は読んだことがありません。
これを機会に、読んでみようかしら。

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この日の装い。

お芝居にちなんで、ちょっと昭和っぽくしてみました。

きれいなブルーの小紋。
千円で見つけましたが、袋(表地と裏地の釣り合いが取れていない状態)になっていて、それでは着られないので、泣く泣く数千円かけてお直しをしてもらったという、いわくつきの着物です。


帯は黒く見えますが、紫色いに淡いピンクの花柄です。


世田谷ボロ市で300円で見つけた花模様の長羽織。



2018年11月23日金曜日

「江戸・東京を歩く」10

上野の黒門からスタートした都立両国高校公開講座「江戸・東京を歩く」▼ですが、新宿区内に入って、ようやく最終目的地が近づいてきました。

「新宿1丁目」の信号が見えると、とても嬉しくなりました。


最後の目的地は太宗寺▼でした。
浄土宗のお寺です。
ここは庶民の道中安全を祈願するためのお寺でした。


入り口には、とても大きな銅像がありました。
見上げるほどの高さでした。
地蔵菩薩坐像といって、東京都指定有形文化財です。


境内には、江戸時代から「内藤新宿の閻魔さん」という閻魔堂がありました。
こちらも、高さ5.5メートルという巨大な閻魔様でした。
写真はボケていますが、この中に座っていました。

太宗寺を参拝した後は少し歩いて、新宿区立新宿公園というところに行きました。
ここで講座の修了式を行いました。
校長先生から一人ずつ修了証が渡されました。


私もいただきましたよ。


修了式を終えると、自由解散となりました。

この時点で、歩いた歩数は3万歩以上になっていました。

この公園は、新宿御苑の近くなので、新宿駅まで歩いてもたいしたことはありません。
しかし、修了式を終えてしまうと、もうテクテクと歩くのは面倒になってしまいました。
それでちょっとだけ歩いて、新宿3丁目から電車に乗ってしまいました。

次回はまとめ編を載せようと思っています。


2018年11月22日木曜日

「江戸・東京を歩く」9

このシリーズ、なかなか終わらなくてすいません。
あまりに間が空いてしまって、どこまで歩いたのか、忘れてしまっています。
少しずつ、記憶をたどって書いています。
今回のルートのおよその目安は、信濃町と四谷三丁目の間あたりの地域です。

前回は迎賓館のあたりを通り、そして西念寺(さいねんじ)▼というお寺に行きました。
浄土宗のお寺です。


ここは忍者で有名な服部半蔵のお墓があるところでした。
彼は、伊賀の忍者の頭だったようです。
徳川家康の家来で、槍の名手としても有名で、「槍の半蔵」とも言われた人でした。
彼は家康の長男・信康を弔うためにお寺を立てて、坊さんとなり「西念」と名乗りました。


この辺りも坂が多くて、こちらは「鉄砲坂」。


こちらは「東福院坂」。


坂を上ったり下ったりした後は、今度は須賀神社▼の階段です。
足腰が鍛えられますね。
私は階段を上るのは平気なのですが、下りは弱いですね。


鳥居をくぐりました。


須賀神社は、四谷の鎮守であり、須佐之男命を祀ってある神社でした。

ここには三十六歌仙の絵がありました。
江戸時代の絵だそうですよ。


またここは、映画「君の名は。」の舞台になって、有名になったそうです。

それから、住宅街のようなところをずいぶん歩きました。

お次は於岩稲荷。
ここは数年前、信濃町での仕事の途中に寄ったことがあります。


ここは鶴屋南北の「東海道四谷怪談」のお岩さんの神社です。
映画や舞台でお岩さんを作るときは、監督さんや俳優さんはこの神社にお参りするのだそうです。

「新宿区」の標識があると、地元に戻ったような気分で、嬉しくなりますね。
大京公園▼というところを通りました。
慶応大学病院の裏あたりになります。


この辺りに来ると、もう歩くのが惰性になってしまって、かえって疲れも感じないようになってしまいました。

力を振り絞って、多武峰(とおのみね)内藤神社▼へ。


お賽銭を入れるのも、もう何回目になったでしょうか。


内藤氏というのは、藤原氏の一族だそうで、藤原鎌足を祀ってあるところだとか。
ずいぶん古いのですね。
今でも新宿には内藤町というところがありますね。

四谷大木戸跡です。
この大木戸は、甲州街道の見附(検問所)だったところです。
かつては玉川上水があったようです。
今は水道局になっていて、やはり水と関係があるのですね。


最終地点にかなり近づいてきました。

(この項、まだ続きます)