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2016年3月9日水曜日

第20回記念公演 調布市民歌舞伎

調布市民歌舞伎▼は調布市民が演じる歌舞伎ですが、年に1回公演され、今年で第20回目だそうです。


本職の歌舞伎役者さんの指導のもと、本物の大道具・小道具が使われ、また衣装やかつらもプロの手によるものなので、もはや市民レベルを超えていると思います。

現在は、10歳から86歳まで28人の団員で演じていらっしゃるそうです。


今回の出し物は、「絵本太功記 尼ヶ崎閑居の場」という明智光秀の話。

武士の甲冑姿が立派でしたね。
若い嫁の役をしたのは、中学3年生の女子だそうですが、可憐で美しかったのが印象的でした。
将来が楽しみな方でした。

また浄瑠璃と三味線は、本職の方が登場していたので、迫力がありました。

もう一つの出し物は、「弥栄(いやさかえ)調布賑」というお芝居と口上を合わせたもの。

20回記念公演に合わせた内容で、「調布座」という芝居小屋を舞台にしています。

これは指導者の中村芝喜松(しきまつ)さんが、特に調布市民歌舞伎のために台本を書いてくださったものです。

私は以前、市民カレッジで芝喜松さんから歌舞伎の講義を受けたことがありますが、芝喜松さんは、現在も老女役などで歌舞伎座の舞台に立たれていらっしゃる役者さんです。

20年間も市民を指導されてきた功績は、素晴らしいものですね。

また今年の秋には中村橋之助さんが襲名披露をされるときに、一門の役者さんは同時に襲名されるそうで、本当に喜ばしいことですね。

下の写真の左に写っていらっしゃる方ですが、これはかなり前のお写真のようです。


このような文化的な活動が続いたことは、市の援助も大きかったと思いますが、こういう文化的なことに税金が使われるのは、市民の誇りでもありますね。

会場では、多くの知人と出会うことができました。

中でも、以前、FMラジオで一緒に番組を制作していた人たちとの再会は懐かしく、その中のおひとりの方と一緒に夕食をとりました。


実は私たちのラジオ番組でも、市民歌舞伎をインタビューしたことがあるのですよ。

また歌舞伎の手話通訳を担当されている手話サークル「くすのき」の皆さんも番組に出演されました。

その時の音声がホームページ上に残っていますので、お時間がありましたら、お聞きください。

  市民歌舞伎 音声▼

  手話サークルくすのき 音声▼





2015年7月30日木曜日

10年ひと昔

もうだいぶ時が経ってしまいましたが、かつて私は市内のFM放送で市民参加番組を企画・制作していました。
15分という番組枠をいただき、その中味は自由に任されていて、番組の内容も収録も編集もすべてやって、完パケという状態にして納品するまで、全部、普通のおばさんたちがやっていました。

内容はインタビュー番組で、毎週日曜日に放送されていました。市内に住んでいる有名・無名の市民の話を聞く番組でした。
そのゲストの人たちを探すためにあちこちで情報を集め、そして出演の依頼をして、事前アンケートをとり、マイクの前で収録をして、自宅のパソコンで編集をするということを、数人のスタッフでしていました。
全部手作りで、ボランティアでした。

私は発足当初の2003年から参加していました。
番組を作ることが楽しくて、私は5年の間、毎週のゲストとお会いしてきたので、約250人の方とお会いして、お話を聞かせていただくという貴重な体験をすることができました。

楽しいこともありましたが、仕事や介護の都合もあり、またラジオ番組だけではなくもっと広く地域情報化を活性化するためにテレビ番組も作るという方針にはそれほど興味が湧かなかったので、その後、そのグループから退きました。

今振り返ってみれば、その頃は認知症が始まった母も同居していましたし、わがままな独身の娘もいて、また大学での仕事の他にもう一つ短時間のパート仕事もしていたり、趣味のエアロビも続けて、今考えると、我ながらよくやっていたものだと思います。収録の編集作業は自宅でしていましたが、部屋に引きこもって深夜まで作業を続けていたのも、家族はどう思っていたのでしょうね。

こちらはちょうど100回記念のとき、新聞に掲載された記事です。
朝日、読売、東京、サンケイの新聞に紹介していただいたと思います。



ちょうど10年前の写真なので、私も若かったですね。

放送の内容はインターネットでも聞けるようにしていたので、今でもそのときの音声が残っています。

2003年からの音声が聞けるサイトはこちら▼

その当時の番組の前と後に流していた音声も残っています。
ずいぶんと早口でしゃべっていましたね。

  前ナレーション▼ (42秒)

  後ろナレーション▼ (2分)

BGMは、今聞いても、なかなかよい曲を作っていただけたなと思います。

素人のおばさん集団が作り上げたラジオ番組でした。
今ならそれほど不思議でもないでしょうが、10年前と言えば、インターネットも今ほどは普及していないころ、よく頑張っていたなと、少しは懐かしく思われます。

なお、このブログの下の右側にある「ラベル」の中の「ラジオ番組の裏側」には当時の様子を書いているブログもありますので、お時間があればどうぞお読みください。






2012年10月19日金曜日

姫芙蓉

先日、久しぶりにお会いした方から、こんな可愛い盆栽をいただきました。


「姫芙蓉」というのだそうです。

数年ぶりに再会した彼女は、盆栽が趣味の人なのです。

******

私は2003年から2008年までの5年間、地元のFMラジオであるインタビュー番組を作っていたのですが、彼女はその番組の前の時間帯に放送していた番組を作っていた人です。
私はすでにラジオ番組からは遠のいてしまいましたが、彼女はまだ元気にラジオ番組制作に取り組んでいるとのこと。若い学生たちと一緒に活動しているそうです。

FM放送局のある「た○くり」のカフェで初めてランチをしました。
ゴボウなどが入った出汁の味のする「和風オムレツ」というのを注文してみました。


ラジオ番組を作っていた頃は、私はもっぱらジーパン姿でしたので、着物姿で現れた私を見て、びっくりしていましたね。

大和骨董市で買った単衣の着物と、京都で買った二部式帯です。


この帯は1000円でしたが、ずいぶんと活躍してくれています。


彼女も若いときはお茶のお稽古などで着物を着ていたようで、私の着物姿を喜んでくれました。

ラジオ番組は、私の仕事の都合や母の介護、制作方針の違いもあり私は止めてしまいました。
それでも同じ時代に同じような体験をしていた人と再会しておしゃべりをして、ようやく、あの頃を思い出すゆとりが生まれました。

あの頃は着物を着て、三味線を弾いている自分の姿など思いもしませんでした。
人間の変化とは面白いものですね。





2008年7月15日火曜日

これが最後


このブログ「そういえばね・・・・」にはジャンルごとに、いくつかのラベルをつけているけれど、「ラジオ制作の裏側」でのブログはもうこれ以上、載らないと思うの。
これが最後の「ラジオ制作の裏側」です。


というのも、5年間、私が関わっていたことすべてリニューアルされたのです。

そのひとつが前後のナレーション。
インタビューの中身はメンバーが交代してしていたのだけど、15分番組のうち、初めの45秒間と、終わりの2分20秒は毎回、私のナレーションを流していたの。自分の声なんぞ聞きたくないのに、毎週毎週流れていたのは、恥ずかしかったわね。

あの私の声は、だいぶ前に収録したものだったから、声にまだ張りがあったわ。

収録の時には、FMの技術者のお兄さんから、マイクの前に座っている私に、
「もっと声を前に放り出すように!」としつこく言われて、何回もトライしたシロモノ。

それが、7月から別の人の声、それもごく短いあっさりとしたナレーションに変わりました。


もうひとつはその音楽。

以前のテーマソングは、○○市在住のロックミュージシャンの曲だったの。
そのロックグループが作曲したCDを何回も聞いて、あーでもない、こーでもない、とみんなでワイワイ言いながら、選んで決めた曲だったの。

その音楽も7月から変わりました。

とはいえ、新しいテーマソングは、今までインタビューの間にBGMとして使用していた曲なんだけどね。
優しい感じにはなったけれど、本来はBGM用の曲だから、インパクトは小さいかも。


それにHPも何とか引き継がれているようで、一安心。

また代表者も別の人になったので、がんばってもらいましょ。

そんなわけで、ナレーションもテーマソングもHPも他人の手に移ったので、すっきりしました。


ラジオ制作から離れてほぼ一月たちました。

周りの人は、「急に暇になったんじゃないの?」とか言うけれど、むしろその後のほうが、いろいろあって忙しいわ。

でもこれまでは、いつも翌月や翌々月のスケジュールを考え、ゲストを考え、あちこち交渉したり、台本を作ったり、編集作業をしていたのがなくったし、グループ内での連絡もなくなったので、少しはゆとりが生まれたかもしれないな。

新聞を見たり、いろいろなチラシなどを見ていても、純粋に行事として見られるのよ。
その人をインタビューしてみようとか、コンタクトを取らねば、と思わないですむのは、らくでいいわ。


周りの人にとっては、突然の脱退だったと思われただろうけれど、でも私自身はいつかはこうなるのだろうと内心は思っていたの。

つまり私自身は、○○市に住んでいる方で、毎日の生活の中で面白いことや楽しいこと、珍しいことをしている人たちの紹介を、コツコツとでもいいから続けたかったのよね。偉い肩書きの人の話を聞いたり、大きなネットワークにつなげたいということは、全然、思ってもみなかったの。

それがいつの間にか、○○市の地域情報化政策という名の下に、他の団体と提携したり、他の市と交流を持ったり、テレビ制作をしたりという方向に傾いていった。

それはそれで悪いことではないのだけれど、番組の中身の充実こそが大事なのに、外へ外へというのは、私の興味外のことだし、そういうことに時間を割かれて、ただ忙しくなるばかりで、本来のインタビューや、仲間同士の連帯の場が無くなってきていたのよね。

ちょうどそういうところに、ある出来事が発生して、それがきっかけとなり、これ以上続けていたらストレスで大変なことになると危惧して、きっぱりと身を引いたわけ。

我がままな選択だったかもしれないけれど、生活の糧を稼ぐのならともかく、好きでやっていることにストレスがたまるんじゃ、意味がないでしょ。


ということで、「ラジオ制作の裏側」のラベルは、これで終了になります。

思い出すことはたくさんあるけれど、それはまた別の機会に別のかたちでお話しましょ。

2008年6月13日金曜日

たくさんの・・・


今日のタイトルは「たくさんのありがとう」なの。


5年間続けてきたラジオ制作を止めてしまったのだけど、これまでお世話になった方や、ゲストの方にそのご挨拶を差し上げました。

そうしたら思いがけず多くの方からメールや電話を頂いて、本当にありがたく思いました。

皆さんの反応は、「びっくりしたけれど、お疲れ様。これからはゆっくりして別の道を進んでください。」というような内容がほとんどでした。

みんな、親切なんだなと、うるうるしました。


私も我慢をして続ければよかったのでしょうけれど、自分が大事にしていたものが大事にされていないということが何回もあり、未練もなくやめました。

大事なものって、人によって環境によって違うと思うのよね。

たとえばお金が大切、という人もいるだろうし、経験とか技術が大切、ということもあると思うのよね。

ラジオ制作のように何人かでやっている場合には、
「情報の共有」 と
「人としての思いやり」
が大切なんじゃないかな、と常々思っていたのです。

ところが、その両方とも欠如していることが分かり、とても残念な思いがあったのです。


自分にゆとりがないと、なかなか優しい気持ちにはなれないけれど、私は
「仕事はクールに、人間関係はウォームに」という気持ちで続けていけたら良いな、と思っているところです。

まだまだ気持ちがきちんと整理できていないのだけど、今言えるのは、そういうことかな。

2008年6月10日火曜日

淋しいけれど


5年間、ラジオの企画・制作に関わってきたけれど、あることがきっかけとなって、もうこれ以上、活動をするのは辞めることにした。

思い起こせば、2003年、地元のFM局で自分たちの番組をあっという間に作ってしまった。

FM局からは時間帯の提供があっただけで、他は一切自由にさせてもらえた。

技術的なことはまるで知らない素人のおばさん集団が、試行錯誤でやってきた。

最初は10分間のインタビュー番組だったが、ゲストの方にもっとたっぷりとお話をしていただきたいということから15分に延長してもらった。

またお昼だけの放送だったが、翌週の朝一番にも再放送をしてもらった。

さらにラジオが受信できない地域の方や、聞き逃した方のためにはインターネットで音声を聞いてもらえるようにもした。

5年の間に、ゲストの数は250人を超え、有名無名、老若男女を問わず、この市に関係のある人、さまざまなジャンルの方に出演していただいた。

この番組を作るのはもちろん一人でできることではなく、グループみんなの力の結集だったのだが、継続するのが困難な状況になったと判断した。

これまで家事や仕事などは二の次、三の次で、ラジオ中心の生活をしてきた。これがなくなるのはどんなに淋しいことか。

辞めると判断したのは、ほんの一瞬のできごとだったが、これまで精一杯やってきたので、悔いはない。

これまでさまざまな形で協力してきてくれた方には本当に申し訳ないのだが、私自身はこれ以上、活動はできなくなった。

ただし番組そのものは続くので、どうぞお楽しみに。

2008年5月21日水曜日

楽しい収録


今日はまたラジオの収録日だったの。

午前の部のゲストは、とある組織のトップの方。

私はお名前もお顔もよく存じているのだけれど、お話をするのは初めてだったの。
でもそのゲストは、とても気さくな方で、お話も分かりやすく、有意義なお話を聞くことができました。

今回は私はインタビューはしなかったけれど、とても良かったわ~。

こちらのゲストの放送は7月第一週の日曜日。

その日はなんと5周年記念スペシャルです。
この放送から6年目に突入します。

みなさまのご協力とご支援のおかげで、ここまで続けることができました。
本当にありがたいことです。

放送をお楽しみにね~。


その収録が終わってから、ちょっと堅苦しい会議に参加してきたの。
それというのも、私たちの番組がももっと向上するために、いろいろな組織と連携する必要があるので、そのための会議でした。


その後はMDで収録する方法をラジオ局のスタッフから教えてもらい、ちゃんとできるかどうか、テストを重ねました。

それというのも、来月は出張収録というのを予定しているんだけれど、そのときは、PCを持参するのは大変なので、MDで収録するのです。

音量の調整とか、操作方法とかしっかり覚えてきました。

うーん、MDでもうまく収録ができるといいですけれどね。


午後はがらりと雰囲気が変わって、絵はがき作家という若い女性がゲストでした。

ご自分で写した写真や、古い布を貼って作った絵葉書を制作して販売しているそうです。

すごいな、と思ったのは、初めて手にしたデジカメで写した写真を、かの有名な動物写真家の岩合さんに評価されて、表彰されたとか。

うーん、若い人って、物怖じしないんだな。


収録後はメンバーのミーティング。

今度、新しく参加したメンバーが初インタビューの予定なの。

初めは何でも怖いかもしれないけれど、インタビューも数をこなせば、何とかできるもの。

ということで、そのメンバーにあれこれコーチをしてきました。

*********

そんなこんなで、今日も一日終わりました。

お疲れ様でした~。

写真の花は、自宅から収録場所までの道端に咲いていた花です。

一番上は、まだ咲いていないアジサイ、二番目は何かしら?
白とピンクの花が両方咲いていました。

三番目はどくだみ。
一番下はシランというのでしたっけ?

2008年5月10日土曜日

雨の日の収録


今日は一日中、雨でしとしと。
冬用の服はみんなクリーニング済みなので、着るものがなくてちょいと寒かったわ。

写真は雨に濡れたアジサイの葉です。
あと一月もすれば、きれいな花を咲かせるでしょうね。


今日は、久しぶりにFMラジオ番組の収録。

最初のお客様は和楽器店の女主人。
開店前のお忙しい時間帯に来ていただいて、短時間で収録しました。
私は技術係を担当。

この前、事前打ち合わせでお店におじゃました方です。
お店にいらっしゃる時と同じような雰囲気で、とてもなごやかに収録が終わりました。


その次は人間関係が健やかになるような生き方などをコーチする立場のお仕事をされている方。

インタビューしながら、いろんなことが頭に浮かんでしまって、いつものようにスイスイとお話ができずに、「うん、うん」とうなづくばかりで、我ながら下手なインタビューだな~と思いながらやっていました。

だって身に沁みる話題が多くて、話の切りかえしがうまくできないのよね。

聞いていただく方に分かりやすい内容のインタビューをしなければ、と思いつつ、身の上相談のような雰囲気になってしまったから、延々と30分以上も収録してしまったの。

私にしては珍しいことでした。
これから編集作業に入ります。


今日はいつものメンバーのほかに、お二人の見学者が収録の様子を見にきていました。

それぞれ、ゲスト出演された方のお友達、メンバーのPTA仲間という方でした。

これから私たちと一緒に活動していただけたら、嬉しいんだけどな。
新しい風を入れて欲しいもの。

**********

収録の後は、久しぶりに一緒に会ったメンバーとランチ。

6月には、みんなで○○市の姉妹都市である信州に出張収録を予定しているので、どんな番組構成にしようかなどと話してきたの。こういう話題は楽しいのよね。

5年間もラジオ制作に関わってくると、大変なことも多いけれど、もう生活の一部というか、これがないと気が抜けてしまうという感じかしら?

次回の収録は7月の番組開始5周年記念のスペシャルゲストの予定です。

いつもいつも1ヶ月、2ヶ月先のことをしているので、今日がいつだか分からなくなってしまうのよね。
ちょっとボケが始まってきたかしら?

2008年4月26日土曜日

素敵な生き方


今晩も、昨晩に引き続いて、ラジオ番組の事前打ち合わせをしてきたの。

今回のゲストさんは、私よりも一回りくらい年下の方なんだけれど、生き方もお仕事もとても素敵な女性でした。

具体的なことは放送前なのでちょっと内緒にしておくけれど、そうね、ハッピーに生きるための考え方や実践をいろんな手段や方法でコーチしてくれるお仕事をしている方、という紹介をしておくわね。

それって、どんなことをしているのか、興味があるでしょ?
ちょっとミステリアスよね。

内容は放送を聴いてからのお楽しみよ。

**********

人間って、誰でも生きている中で、楽しいこととか嫌なこととか、いろいろあるわよね。
彼女に言わせると、それをあるがままに受け止めて、バランス感覚を持って生きるのがいいんですって。

そう思うと、ストレスも多少は解決できるかもしれないわね。

このゲストさんご自身も、飛行機事故に遭遇したり、入院生活をされたり、いろいろ苦難を体験していらっしゃったのだけれど、でもそこから得たものが大きい、とおっしゃっていたわ。

私が彼女に、「それなら平均台という人生から落ちても大丈夫なんですね」とお聞きしたら、
「落ちたら這い上がればいいんです」とおっしゃるのよ。

「でも落ちたところが川だったら大変ですよね」ともう一度、お聞きしたの。
そうしたら「川なら泳げばいいじゃないですか」とのお返事。

そうなんだ、そうやって考えていくと、人生も難しく悩まずに生きていけるかもしれないわね~。

**********

今回の打ち合わせは、私たちのメンバーのうちの3人でお会いしてお話を聞いてきたのだけど、それぞれ、「お会いできて、よかったわね~」という感触でした。

さぁ、今度のゲストさん、どんなインタビューにしようかしら?

これからストーリーを考えて、台本を作るのですが、その時が一番楽しいかしら?

紫がお好きというゲストさんのために、デンファレのお花をアレンジしてみました。

2008年4月25日金曜日

三味線が聞こえる・・・



今週は京都に出かけて、ちょいと和風づいている私です。

今度のラジオ番組のために、今日はお琴や三味線を販売・修理しているお店に事前インタビューに出かけてきました。

○○市に住んでいる人なら、どこのお店か、お分かりかもしれませんね。

ここは女性が経営しているんですよ。
儲け主義ではなく、流派の家元との特別なつながりもなく、ごく普通の通りがかりのお客さんでも入りやすいようなお店なんです。

店内にはとてもいいお香の匂いが流れていました。
「聖香」(ひじりこう)と言うんですって。
まるで源氏物語の世界に戻ったような雰囲気でした。

お琴、三味線、太鼓、尺八などが置いてあります。


また楽譜もたくさん揃えてあるそうで、デパートよりもその在庫数は多いとか。

この女性はご自身も三味線を長くしていたそうなので、お店に行けば、弾き方も教えてくださるそうですよ。
でもとても気さくな方で、いわゆる邦楽の世界独特の敷居の高さは感じられませんでした。

お店の後ろ側では三味線教室もしているそうで、とてもいい音が聞こえてきました。


なんだか最近、和風の良さを肌で感じるようになってきました。

さて、この収録は5月、放送は6月になるかもしれません。

インタビューは私ではありませんけれど、どうぞお楽しみに。

2008年4月12日土曜日

信念の男たち


今日のラジオ収録は、久しぶりにゲストが男性ばかりだった。

お一人は70代。
次の方は60代。
そして最後の方は推定40代。

皆さんに共通していたのは、「信念が強い」ということ。

全国行脚をして、その歴史探訪の成果を、学会で論文発表している方。

お琴の普及のために、独自の手法を使って、多くの人に教えている方。

子供の自由を育むために、ユニークな図工教育をしている方。

きっと周りからは「あいつは変わっている」と思われているかもしれないけれど、ご自分の信念を貫いて生きていることが、お話の端々から感じられた。

久しぶりに粋な男の登場でした。

放送は5月の予定。

嬉しいおまけがあって、新しいスタッフも増えた。

強力なスタッフとなってくれそうで、それも楽しみ。

2008年4月9日水曜日

彼女たちから


私たちが制作しているラジオ番組のゲストは、それは多彩なの。

男性も女性も、若い人もお年寄りまで、多種多様。
みなさん、とても素敵な方ばかり。
いろいろなお話を生で聞けて、それは役得です。

でもね、刺激を受けることが多いのは、ほぼ同年齢という女性の場合かな。
(ほぼ、というのは私から見て、前後10歳くらいの範囲よ。)

その中でもAさんは、翻訳家なのだけど、年間に映画100本、観劇100本を目指している知性派女性。それでいて、お茶目でチャーミング。

その彼女から○○市で、岩合光昭さんの「地球の宝石」写真展をしている、というお知らせをいただきました。そうそう、写真展が地元で開催されているのよ。

というので、昨日は豪雨の中、オペラ・シティまで行った後に写真展を覗いてみました。

岩合さんはいわずと知れた動物写真家。

世界中のあらゆる地域に住んでいる野生動物を撮影しているのだけれど、やはり地球温暖化のせいか、だんだん絶滅する動物も多いそうよ。

大きな動物から小さな虫までたくさんの写真があったけれど、やはりパンダやライオンの赤ちゃん、ペンギンなどは可愛いわね。

それと、昔、アフリカに住んでいた私としては、ケニアで実物を見たライオン、キリンやシマウマの姿は懐かしいわ。

写真はみなどれも色鮮やかで躍動的で美しいの。

これだけの写真を撮影するのに、どれだけの時間と労力をかけたのかな、なんて思ってしまうわね。

こちらでもたくさんの写真が見られます。

http://www.digitaliwago.com/

そうえばね、ここでは「デジタルフォトコンテスト」というのをやっているそうよ。
対象は「動物」と「自然」。
腕に自信のある方は応募してみてはどうかしら?

優勝したらオリンパスのカメラがもらえるそうです。

諏訪ッチさん、岩合さんが作品を見てくれるそうよ、いかが?

******

さて、もう一人のゲスト、Tさんは、その肩書きだけを見たら畏れ多くてお近づきができないくらいの才女なんだけど、その実、お笑い系やオタク系にも造詣が深く(?)、スタイル抜群で、才色兼備という形容詞ががぴったり。

その彼女からもいろんな情報をいただくのだけど、今回は「アンナ・カレーニナ」を宝塚で鑑賞したというお話。
トルストイとは縁のなかった私に、ストーリーも教えてくれました。

宝塚まで出向くのにはちょいと時間がないのだけど、この際、原書(もちろん日本語ですよ)を読むくらいなら何とかなるかな、と思って、写真展のついでに図書館から借りてきました。

うわぁ、上中下の3巻もあるのよ。
とりあえず上巻だけ借りてきました。読みきれるかしら?

そんなわけで、番組のゲストからいただく情報というのは、個人的にもとても刺激になっているのです。

次回の収録予定の方も、ほぼ同年齢の女性なので、個人的にも興味津々。

お話を伺うだけでも楽しいのに、その後のおまけがついてくるから、この活動も辞められないのよね。

2008年4月6日日曜日

町の歴史家



今日はね、朝からちょいといろんな用事が立て込んでいたの。

それでね、夜くらいはゆっくりしたかったのだけど、夜の6時から、次回収録予定のラジオのゲストの方との事前打ち合わせに、その方のお宅までお邪魔することになったの。

以前に出演していただいた方からのご紹介の方だったのよ。

それまでお聞きしていた情報は、町の小さな印刷屋さん、ということと、○○市の商工会でも活躍している、ということくらいだったの。

ところが、お会いしてお話を聞いてみたたら、なんと「町の歴史家」という言葉がぴったりするくらいの方だったの。

日本で印刷業が始まって以来の資料をたくさん集めて出版したり、印刷学会というところで論文を発表したり、あちこちで講演したり、という博識のおじ様でした。

講演ではご自分で作成したパワーポイントで、自前のプロジェクターを操作して発表するんですって。

70歳をとうに過ぎている方なのよ。

日本史の授業で習ったような単語や固有名詞が、その方の口からポンポンと飛び出てきました。

うーん、すごい~!
脱帽しました。

その方の疎開先である信州の郷土史の研究とか、私たちの市にも関係のある近藤勇の研究とかもされていて、新しい発見もされているのよ。

ご商売の傍ら、歴史の研究をしているのよね。なかなかできるものではないと思うわ。


えんえんと講義をお聞きしてきました。勉強になるわね~。
きっと何時間でも話してくれそうな雰囲気。

でもね、私たちの番組はたった15分しかないんです。

なんとかその方のエッセンスをお伝えしたいと思いますが、さて、収録はどうなることやら。
収録が楽しみでもあり、不安でもあるわね~。

2008年4月5日土曜日

6年目突入!

私たちのラジオ放送も今年の7月で6年目に突入することになるの。
FM自体が今年で開局10周年ということなので、そのうちの半分は私たちも関わってきたということね。

ラジオ制作をしようということになって動き出したのは、実際には、たしか2003年の4月ごろから始まったと思うので、年度で言えば、2008年4月からは6年目ということになるのよね。

早いもんだわ~。

5年間といえば、生まれたての子供が幼稚園に入って、生意気盛りになるころよね。
うちの娘だって、始めた頃は高校生だったのに、今ではいっぱしの社会人ですもの。

当時はね、3ヶ月期間限定でいいな~なんて考えていたのに、なんとか5年間も持ちこたえてきたのよね。

その間、メンバーも変わったりしたけれど、一貫して変わらないのは、誰の指図も受けずに、スポンサーもつけずに自力でやってきたこと、かな。

もちろん、何回もやめようとおもったこともあるわ。

メンバー間で喧々諤々の話し合いをして疲れきってしまったり、人間関係がぎくしゃくしてしまったり、考え方の相違で去っていった人がいることも事実。

それでも、この5月には250回目の放送となるの。
ということは、250人のゲストの方にお会いしてきた、ということね。
本当に素敵な方ばかりでしたわ。

ちょっぴり自慢できるのは、この5年間の間、一度も番組に穴を空けたことがないことかな。
ぎりぎりになって納品、ということもあったけど、なんとか乗り越えてきたのよね。
それは本当に良かったわ。

私たちの活動はたくさんの方の応援によって成り立っているのよ。
  番組紹介メールを配信してくれるYさん、
  似顔絵を描いてくれるKさん、
  収録場所の編集室の技術スタッフの皆さん、
  HPのサーバーを提供してくれている方、
  テーマミュージックを提供してくれるグループ、
  BGMを制作してくれる方・・・・・
ほーんとに皆様のおかげで続けてこられました。

そんな環境にいる私たちですけれど、これまでの5年間の足跡を残して、そして次のステップにいけるように、ちょっとしたイベントを考えているの。

これまで出演してくださったゲストの方の交流の場になればいいな、なんて思っています。

どのような形で実現するかまだ形になっていないけれど、夢が実現すると良いな~。

・・・・・そんなことを、今日はスタッフのみんなで話し合っていました。

2008年4月1日火曜日

元気の出るカフェ


今日は4月放送分の音声をFMに納品。
ここのFMも開局10周年を迎えるというので、その時は特番をするそうよ。

それからスポーツクラブに出かけてエアロビをしたんだけど、何だか気分が乗れないのよね~。

窓から見える小学校の桜が強風にあおられて、ぱらぱらと散っていく風景を見て、物思いにふけったのかしら?


本当なら毎週火曜日のオフの日は、普段はできないことに挑戦する日なんだけどな・・・・。

無性に誰かとおしゃべりをしたくなったのよね。

そう、思い出したの。
そういう時は、先月、収録をして、次回放送予定のカフェに行くのがいいんじゃないかなってね!

それで自転車で少し足を伸ばして、カフェまでやってきて、ランチを注文しました。

ここのカフェは30代の若い女性が一人で始めたばかりの自然派カフェなの。

私が選んだのは、玄米で作ったハンバーガー。
中身はお肉の代わりに大豆で作ったあぶらげのような感じのものと、小松菜、にんじん、たまねぎなどの野菜を、味噌とケチャップで味付けしたもの。


玄米の香ばしさとぱりぱり感がとてもいいの。

付け合せはミニトマトとインゲンで、野菜たっぷり。

そして飲み物はレモングラス。
砂時計で計って入れるのだけど、とてもいい香り。
心も身体も温まるわ。


そして若きオーナーカフェのHさんと、カウンター越しにおしゃべり。

お店を軌道に乗せていくためにどんなことをしたらいいか、人を集めるためにどんなことをしたらいいか・・・・な~んてね。



お金がないというけれど、アイディアは素晴らしいのよ。
お店の看板も、自分でカッティングシートを買ってきて作ったんですって。


このカフェにいると、元気が出てきたわ。

お近くの方、是非、行ってみてくださいな。

2008年3月26日水曜日

お絵描き教室


先日、ラジオに出演していただいたおじいちゃまが理事長をしているクラブに出かけてみました。

今日はパソコンで絵を描く日でした。

先生はこのクラブの事務局をしているTさん。

毎回、いろんな題材を描くようですが、今日はTさんのおうちのお庭から取ってきたという菜の花。まっ黄色で春らしいわ。

パソコンのペイントを立ち上げて描くのだけど、なかなか思うように行かないわね。「やり直し」ばかりだわ。

このクラブはお年寄りがほとんどなのだけど、みなさん、絵を描いたり、絵手紙を描いたりするのがお得意らしくて、とてもお上手。

先生によると、周りの線は黒で描くといいんですって。
そしてそこに色を流し込んだり、ブラシで色をつけたりするの。

最後は文字を入れます。

こちらの大胆な絵は理事長。


こちらの繊細な絵は男性の方。本当に小学校に入学するお孫さんがいらっしゃるんですって。


私の絵はあまりに幼稚で恥ずかしいわ。













このクラブでは、幼稚園の子供たちにパソコンでお絵描きするのを教えているのですが、その子供たちの作品もとても見事。

出来上がった絵はハガキにプリントアウトしてくれて、お土産になりました。
みんなで和気あいあいと楽しくお絵かきをしました。

さて、この菜の花は、夕食のお惣菜となりました。
無農薬で取れたてだから柔らかくて、とても美味しかったですわよ。

2008年3月16日日曜日

ご近所情報



そういえばね、ちょっと前に美容家のメイ牛山さんがお亡くなりになったでしょ。

彼女が経営していたハリウッド化粧品の工場というのが、市内にあったのよ。
ところがどういう事情かその会社が取り壊されて、今はそこがマンションになってしまっているの。

ところがね、その場所にはオオカンザクラという桜の大木があって、それを地元の人たちがマンションを作るときにも残すように運動をしたらしいの。


それで、ハリウッド化粧品跡地のマンションにもオオカンザクラは見事に残ったというわけ。

オオカンザクラというのは、普通の桜よりも早く咲く種類で、寒のうちに咲くからそういう名前が付けられたのでしょうね。

でもね、私はその桜のことは知ってはいたのだけど、咲いているのは見たことがなかったの。
すごく見事な桜だという話は聞いていたんだけどね。

さて、話はご近所情報になるのだけど、私たちのラジオ番組の名紹介文を毎週書いてくださるYさんという方、この方はご近所の皆さんにいろんな地域情報をメールで伝えてくださる方なのです。

そして今回のオオカンザクラ情報も、「つぼみになりましたよ」とか「もうじき満開ですよ」とかいうことをみんなに知らせてくださったのです。

そして、私もそのご近所情報をたよりに、オオカンザクラを見に行ってきました。


本当に満開でしたよ!
写真撮影に来ていた人も何人かいました。

オオカンザクラはソメイヨシノよりもうちょっと濃いピンクでした。

こういうご近所情報を伝えてくれるYさんに感謝しましょう。

私たちはFMラジオを通してご近所の情報を伝えている立場、そしてYさんも彼独自の方法で伝えています。
そういうことがみんなにうまく伝わり、そして楽しんでくれると、いいわね。