2026年7月26日日曜日

二日続きの夏着物

このところ、あまりの暑さのため、夏着物を着る機会がありませんでした。

それでも歌舞伎を見るときくらいは、館内は冷房なのでそれほど暑くはないだろうと思い、新橋演舞場へ向かいました。

今回のお芝居はスーパー歌舞伎の「もののけ姫」でした。ストーリーはよく知りませんでしたが、実は原作者の宮崎駿さんは、私の高校の先輩でいらっしゃるので、ちょっと興味がありました。

このお話は、室町時代頃を想定しているそうですが、そうだったのですか。

主演の團子さんは、とてもお顔が小さい今風の青年でしたが、声も良く通るし、殺陣も上手だし、歌舞伎の将来を背負って行く役者さんだろうと思いました。

会場はものすごく混雑していて、びっくり。人気があるのでしょうね。

こちらは終了後に歌舞伎座の隣にある歌舞伎稲荷大明神にて。


ご一緒した粋なUさんの浴衣姿もかっこよいですね。

二日目は飯田橋にある大学の施設まで。東京都のさまざまな文書などが保管されている図書館も覗いてみました。誰でも無料で利用できるようです。

この建物はとにかく冷房がきついので、洋服では凍えそうになります。というので透けた麻の着物にしました。


帰路は九段下まで歩いて、都営大江戸線でシルバーパスにて帰宅。
このシルバーパスは、今秋からパスモと合併して利用できるようになるのですが、その手続き、お年寄り(私もそうですが)にはかなり分かりづらい説明書でした。便利になるのは良いけれど、その交換手続きがややこしいと、使えない人もいるだろうなと感じました。
ちなみに私はそのオンライン手続きを早くやりすぎたせいか、その日はすごく混雑していたせいか、まるで繋がりませんでした。しばらくして再手続きしたら、1分ほどで完了。あまり早くするのも考えものですね。


2026年7月22日水曜日

多摩川あるき

 秋に大学の某サークルでフィールド・ワークをするのですが、今度は私が担当ということになりました。時期的にまだ先の話ですが、いろいろな都合上、暑い中を下見してきました。

自分の身近な場所でよい、ということなので、やはり多摩川を選んでみました。私が大学の1年目の研究対象にした、二ヶ領用水を見てもらいたいと思ったのです。そして調布の地形を知るためには、「はけの道」が良いと思い、そのコースを考えました。

少々見づらいのですが、京王相模原線の京王多摩川駅からスタートして、緑道を歩き、そして多摩川の土手に出ました。


朝早かったので、緑道はほとんど人がいませんでした。


こちらは「彫刻のある散歩路」です。


私の好きな石に二人の少女の彫刻。

そして、市民プールの跡地のところから多摩川へ向かいました。


土手に上りました。
とても暑い日でしたが、土手をジョギングしている人もたくさんいました。面白かったのは、大木の木陰でアコーディオンを弾いているおじいさんに出会ったこと。にっこり笑って挨拶しましたが、廻りの人を気にせずに弾いていて、とても良い雰囲気の方でした。


向こう岸にうっすらと見えるのはよみうりランドの観覧車です。


こちらが二ヶ領用水の施設。川崎側からはもっとよく見えます。


堰から落ちる水は、何度見ても迫力があります。


こちらは最近できた多摩川市民広場というところ。


広々とした施設でした。


ここからは三中通りを北上しました。ここを西に戻って日活撮影所を通るというアイディアも考えられますが、現在、スタジオは見学できないようです。


そしてハケの下に着きました。
「羽毛下橋」の信号。


あまりに暑かったので、この交差点の処にあるコンビニで身体を冷やしました。

そこを東に曲がると「染地せせらぎの散歩道」になります。


なかなかきれいに手入れされていました。この東屋風の建物は、何でしょうか。


この辺り、ものすごい断崖絶壁の下になります。
和風な感じが良いですね。


ちゃんとトイレの場所も確認。


きれいな花が咲いていました。これは芙蓉かしら?


ここから北上して品川道まで歩きました。

一休みしたかったのですが、まだ早朝のため、あまりお店も開いていなくて、結局、国領駅まで歩いてしまいました。

もう少し、コースを検討してみましょう。



2026年7月21日火曜日

「源氏物語を楽しむ会」第96回報告 2026年7月 

 このところ学校の用事が重なり、なかなかブログにまで手が回らない状況です。

一緒に「源氏物語」の読書会をしているUさんが、そんな状況を見て、レポートを送ってくれました。

ちょうど私も先日の分をまとめていたところですので、二人の報告を見ていただき、想像していただくと良いかもしれません。

Uさんのまとめ

鬚黒大将は、意にそまない結婚となった玉鬘が沈んでいるし、帝や源氏も出仕させないのは不満であろうと、中断していた尚侍(ないし)としての出仕をさせることにした。代理の承香殿に局を与えられる。

正月14日の宮中儀礼、男踏歌は、帝の前(清涼殿)で足拍子を踏み、舞を舞う。その後、秋好中宮の局(梅壺)、朱雀院、東宮(梨壺)を回る。舞や歌には、内大臣の子息(玉鬘の兄弟)や鬚黒の長男も加わっている。玉鬘の局は、水駅(みずむまや)になり、一行をさけや湯漬けで饗す。鬚黒が手配している。

兵部卿宮から、恨みがましい歌が届いたところに、宮の訪れ!源氏と瓜二つなのに驚く玉鬘。

帝とは玉鬘に、深く思っていて、尚侍としての玉鬘に三位(紫色の礼服を許す)を与えたのに、と歌をみかけるが、玉鬘はその格別のはからいに感謝する歌を返す。鬚黒は一刻も早く玉鬘を自邸に連れて帰りたい、と気が気でない。

==============

私の訳(林望、玉上琢彌訳を参照)

もろもろの事が続き、憂鬱になった玉鬘の様子を見て、鬚黒は年が明けてから彼女を参内させました。

今年は宮中で男踏歌(おとことうか)が行われる年でした。源氏や内大臣、鬚黒大将、内大臣の公達達も集まりました。玉鬘の局は承香殿の東面でした。宮中は華やかで優雅な様子でした。また秋好む中宮、弘徽殿女御、式部の卿の宮女御、などがいずれも妍を競っていて、風情豊かなようすでした。誰もが美しく装い、また御殿の御簾の下から見える袖口の重なり具合も非常に風情がありました。

まず帝、中宮、朱雀院と次々に廻って夜が更けました。朝が明けると、内大臣の息子達は酔いがまわっていました。まだ童の八郎気味はとても可愛らしくて、とても大事に育てられている様子でした。

玉鬘も六条院で鬱々と過ごすよりも、こうした晴れ晴れとした宮中で過ごしたいと思うのでした。

大将は一日に何度も玉鬘の元へ手紙を渡していました。鬚黒にしてみれば、玉鬘が宮中を気に入ってしまうのを恐れていたのです。

また兵部卿の宮も、玉鬘へ懸想文を送りました。玉鬘はそれを見て、嫌な気持ちになりました。ちょうどそのとき、宮がお出ましになりました。月が明るくて、帝のお顔はなんともいえないほど美しく、源氏の大臣にそっくりでした。しかし玉鬘は帝の思いやりがうっとうしくなり、黙ってしまうのでした。彼女は、好意のあるようなそぶりはすまい。男と女の中は面倒なものだと思うのでした。


2種類の解説があると、なんとなく分かったような気分になりました。

それにしてもモテモテの玉鬘さん、美人は美人なりに苦労があるのですね。



2026年7月11日土曜日

小沢川暗渠から妙法寺の後は高円寺図書館へ

だいぶ間が空いてしまいましたが、 先日の小沢川暗渠巡りの続きです。

さて小沢川暗渠を歩き、環状7号線を渡りました。

真盛寺というお寺の境内には、稲荷神社もありました。



この辺りは寺町でした。こちらは福相寺。
お寺とは思えないほど、手広く事業をしているようでした。


ここからは妙法寺です。


そしていよいよ妙法寺本堂へ到着。


翌日が夏祭りだったようで、みなさん準備に追われていました。

こちらはちょっと違った雰囲気の建物でした。


明治時代の洋風建築だそうですが、お寺の境内にあるのが不思議でした。
ちょっと中国風でしたね。


ほんとに立派なお寺でした。


とても広い日蓮宗のお寺でした。

こちらの小坊主さんともお別れ。


妙法寺の後は、ちょっとした商店街が続きました。
きっと昔も参拝客で賑わった場所なのでしょうね。


寺町をしばらく歩いていると、斎場に着きました。


ここからずーっと歩いて、高円寺図書館まで。かなり歩きました。


図書館は勉強をする若者で超満員でした。


この日は15,000歩ほど歩いたようでした。


2026年7月6日月曜日

小沢川の探検

 杉並区堀ノ内にある有名なお寺「妙法寺」に行きたいと思い、どうせなら変わったルートにしようと地図を眺めていました。

すると環7通りの東側に「妙法寺道」という道があり、その近くには「小沢川」という川の名前が書かれていました。なんだか面白そうと思い、メトロ丸ノ内線の東高円寺まで行ってみました。

ここは以前、蚕糸試験場に行ったときに通った場所なので、なんだか懐かしかったですね。

杉並第十小学校、高南中学校と続きました。こういう建物があると、間違えないので助かります。


中学はちょっと歩いたところにありましたが、ほぼ隣ですね。


私が都立高校に通っていたとき、高南中学出身の人が何名かいたので、その中学名を覚えていました。数十年前の記憶は恐ろしいモノですね。

その先を右折すると、ちょっとこれまでとは違った雰囲気の道になりました。
これが小沢川の暗渠の始まりのようでした。


もちろん、どこにも「小沢川」などという標識はありませんでしたが、この細い道はかつては川だったところのはずと思いました。

おなじみの車止め。


道の右側は、先ほど通過した高南中学のグラウンドでした。


こちらはちょっと珍しい緑色の車止めでした。


くねくねとした暗渠が続きました。


ここまで10分ほど歩いたでしょうか?
写真を写しながらだったので、ちょっと時間は分かりませんが、ちょうどよいお散歩コースでした。ただし薄暗くなった夕方とかは、ちょっと1人では歩きたくないですね。

さて、正面に階段が見えてきました。
後ろを振り返ると、今まで歩いて来た道が見えました。
この道は川底だったというわけですね。


階段の向こう側には広い道路が見えました。
環状7号線でした。
そしてお寺の屋根が見えました。


お寺は真盛寺だったと思います。ここに水源があるそうです。

この後は、お目当ての妙法寺までぷらぷらと歩きました。

ここまでの地図はこんなルートでした。


続きはまたのちほど。



2026年6月20日土曜日

「源氏物語を楽しむ会」第95回報告 2026年6月

今回の「楽しむ会」は最少人数で、ひっそりと行いました。

真木柱の巻でしたが、原文も現代語訳もなんだか分かりづらいものでした。

というのも、今回のお話は、いわゆる主人公である光源氏とは直接は関係のない人たちが話題の中心だったのです。それもあまり詳しい説明がなくて、ちょっと理解に苦しむ部分があちこちにありました。

というのは、お話は、光源氏の元愛人(夕顔)が残した忘れ形見(玉鬘)が結婚した相手(鬚黒)の元の奥さん(北の方)の父親(式部卿宮)の奥さん(大北の方)の話が多かったからです。

非常に分かりにくいでしょ?

おまけにこの式部卿宮というのは、光源氏の最愛の人(紫の上)のお父さんであり、そしてまた光源氏の秘密の愛人だった人(藤壺)とは兄妹であるというおまけつき。

ややこしー!

本当に狭い社会での人間関係なのですね。


おまけにこの日は、日本の伝統に詳しいUさんがお休みだったので、ふたりであーでもない、こーでもないと解釈して、悪銭苦闘しました。

ということで、前回、Uさんが提供してくれたこちらの人間関係図を見ながら、誰が誰なのか、どんな関係なのかを確認しながら、読み進めました。

こういうややこしい関係の人物たちを、彼らの性格や行動を含め、間違えることなくたくさん登場させた紫式部さんは、すごい人物だと感じたのでした。