今日の読書案内は、今から百年前、大正時代に実際にあった事件を元に書かれた小説です。
その事件とは、伯爵夫人が起こした心中事件で、当時は「千葉事件」と呼ばれ、なんと歌まで流行ったそうで、一世を風靡したものだったのだろうと思われます。
今なら「セレブ心中事件」とでも名付けられそうですが、ある美貌の若い伯爵夫人が、家のお抱え運転手を道連れに、鉄道に飛び込んだというセンセーショナルな事件でした。
ただしこの小説はその事件が発端ではありますが、主人公は伯爵夫人ではありません。
この事件をすっぱ抜いた東京朝日新聞の記者のお話です。
昔、NHKの番組で「事件記者」というテレビドラマをよく見ていましたが、あの大正版といった雰囲気の記者クラブが舞台になっていました。
心中事件で、運転手の方は亡くなりましたが、伯爵夫人は手術の結果、蘇りました。
そしてその後、あろうことか、また別の新しい運転手とともに心中を試みたのです。
なんという奥様でしょうね。
そして彼女が着ていた紫の着物が印象的だったので、新聞記者は彼女の姿を絵に描いたのです。
ということでタイトルは「伯爵夫人の肖像」ということになった訳です。
当時は、女性はまだほとんどが着物を着用していた時代で、そして新聞記者も着流しスタイルの人がかなりいたそうです。
そして庶民の暮らしと言えば、家に内風呂はなく、また電話も当然、自宅にはない時代でした。
読んでいて、何が驚いたかというと、この伯爵夫人をお世話していた女中が病気で亡くなるのですが、その原因が「スペイン風邪」だったという場面に出会ったときには、本当に驚きました。
当時は歌舞伎役者などの有名人も、たくさんスペイン風邪で亡くなったそうです。
そう思って読むと、とてもリアルに感じられました。
小説の中にはさまざまな著名人もたくさん登場しますが、たぶん、ほとんどが実在の人だったと思われます。
意外だったのは、新聞記者の家主の西竹一公爵という人は、その後、1932年のロスアンジェルス・オリンピックの障害馬術で「バロン西」と呼ばれた人だったという部分でした。
なんだか時代を感じました。
この本の著者は、杉本苑子さんですが(今は並行して紫式部の生涯を読んでいます)、こういう社会性もあるストーリーも書けるのだと、ちょっと意外に感じました。
レトロな雰囲気がお好きな方には、読み応えのある一冊です。
初版は1988年ということですから、今から約30年前のものですね。
それを徳間文庫に仕立て直したものです。
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「一日一句」
梅雨の間の読書で味わう大正の頃
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