市内のコミュニティカレッジ「和装の美」も、もう4回目となりました。
外の気温はかなり暑くなりましたが、教室にはエアコンがよく効いているので涼しく授業を受けられました。
今回もたくさんのスライドを見ながらのお勉強です。
スライドには2種類あって、一つは高貴な人や高級な人が残した遺品から見た着物の歴史です。
もう一つは当時の絵画や絵巻物に描かれた一般庶民や遊女たちが着ていたものから見た着物の歴史でした。
まず遺品としての着物ですが、その特徴としては
安土桃山時代の着物は、身幅が広くて裄が短く、そして衿が極端に長い作りでした。
全体的にダブッとした作りですね。
段代わりの生地には刺繍が見事な施されていました。
秀吉の正妻であるねね様の打ち掛けは総刺繍の亀甲模様でぎっしりと埋め尽くされているものでした。
模様は左右対称です。
そして時代が下り、寛文年間(1661年から1672年)になりると、「寛文小袖」と呼ばれるものが登場します。
非常に大胆な模様になり、左右非対称です。
右の肩にある茶色は「雪輪」の部分図ですね。
着物の全体に余白部分が生まれ、そして絞りと金銀の刺繍がされていました。
デザインの格がぐっと上がったという感じでした。
ほんとうにおしゃれを楽しんでいたのでしょうね。
その後、江戸中期になるとだんだんとこの余白がもったいなく感じるようになり、いろいろな技巧をこらすようになり、余白が少なくなっていきます。
元禄年間(1688年から1703年)には友禅染が流行るようになります。
これが江戸時代前半の着物の大きな流れですね。
*******
さて次は絵画に登場した着物姿を見ながらのお勉強です。
スライドは「洛中洛外図屏風」や「彦根屏風」、「湯女図」などこれまで実物も見たことのある資料だったので、懐かしかったですね。
登場人物は町人、遊女、若衆などですが、みんな本当に大胆な模様の着物を着ていました。
あっと驚くような模様でした。
たこ、エビ、うさぎ、シュロ、額縁、橋、傘などとありとあらゆるものが描かれていました。
とても大胆な模様で、肩から背中にかけて流れるように描かれていました。
うさぎなどは背中の真ん中に顔があり、肩から腕にかけては長い耳が踊っていました。
当時の人は現代人よりも身体は小さいはずなのに、よくあんなに大胆なものを着ていたものだと思いました。
この時代にはまだ縦縞というのは珍しい時代で、一般の人は着ていなかったようです。もうちょっと後の登場になりますね。
********
こちらは一緒のクラスでお勉強している方ですが、チラッと見えた卵色の帯揚げがとてもきれいだったので、後ろ姿の写真を撮らせていただきました。
ざっくりとした帯が素敵ですね。
今はこのような無地のすっきりとした着物がおしゃれですが、江戸時代とは大違いですね。
後ろのほうに先生のお姿がちょっと写ってしまいました。
着物で参加したのは、この方ともうおひとり、白っぽい着物に黒の羽織姿の方、そして私の3名だけでした。
お天気もよいので、着物で参加される方がもっと多いといいのになと思いました。
私はうたどんさんのお母様からのいただきものの紫の大胆な格子柄の紬です。
単衣なので軽くて楽ですね。
写真では紫の帯揚げをしていますが、ちょっと暗過ぎたので、後で薄いベージュに紫の模様の帯揚げに変えました。
帯は何にしようかと考えましたが、黒の博多帯にしました。
たくさんのスライドを眺め、文学の話から絵画の話、そして着物の話まで聞けて、満足のいった2時間でした。
2 件のコメント:
そういえば、江戸時代って男性も女性も、どの時代よりも小柄だったみたいよね。そして、遊女も町娘も粋でお洒落な感じがするわ。
洋服は、長身ですらっとした人のほうが見栄えがすると思うけど、着物は小柄な人のほうが似合うと思うの。小柄な私が言うのもなんですが(笑)
この講座は、あと何回あるの?着物についての知識も深まることでしょうね。
マサさん、昔は男性が150センチくらい、女性は140センチくらいだったということを聞いたことがあります。
ほんと、着物は小柄なほうが似合いますよね。
(私が言うのもナンですが・・・)
あまり大柄な人が堂々として着ているよりも、ちんまりとした着物姿のほうがいいと思うわ。
ということでマサさんも着てみたら?
講座は全部で8回だったか10回だったか・・・いい加減ですいません。
コメントを投稿