このテレビ番組は今から11年前のものですが、講師の先生が登場していらっしゃいました。現在は50代後半の先生が、まだ40代の若かりし頃の映像でした。
「国宝探訪」は30分の番組でしたが、非常に濃厚で味わい深いものでした。
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かつて豊臣秀吉が我が子鶴松をわずか3歳で亡くし、それを弔うために京都の東山に祥雲寺というお寺を建てました。
そのお寺には法要を営むための百畳ほどの大広間や、秀吉と接見するための部屋などがあり、そこの障壁画には長谷川等伯たちの大きな絵が描かれていたということでした。
ところがそのお寺は江戸時代に火事で焼失してしまい、「幻のお寺」となってしまいました。
ところが平成4年に、その跡地が見つかり、柱の跡から、ここにはこういう部屋があっただろう、ということを歴史家や建築家が検証しました。
そしてCGにより祥雲寺の姿が復元しました。
見事なものでした。
それぞれの部屋の障壁画には春夏秋冬の絵が描かれていました。
一つの部屋ごとに、一つの季節をテーマとして描かれていたとのことです。
等伯は「秋」を担当。ドーンと大きな楓を中央に、そして紅葉の絵を描きました。
「楓図」
息子の久蔵は「春」を担当。一面には白い桜が描かれていました。
この白い色は、貝殻を砕いて作りだした白だそうです。
「桜図」
そして鶴松が亡くなった8月5日の「夏」には、夏の花、立ち葵が描かれていました。
「冬」は等伯の娘の婿さんが担当したそうで、雪景色が描かれていました。
私は25枚の障壁画の中では、久蔵という人の絵に惹かれました。
「春」を描いた図がいちばん気に入りました。
この人は「桜図」を制作した後、26歳という若さで、亡くなってしまったそうです。
秀吉と等伯、立場は違いますが、息子を亡くした者、ということでは同じ父親だったわけですね。二人の無念さが伝わってくるようでした。
このビデオを見て、より一層、現在の保管場所である智積院に行ってみたくなりました。
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この日の装い。
うたどんさんのお母様から頂いた濃い青の、透ける夏着物です。
それに水色のなでしこ柄の絽の帯。
ファニーココさんの三分紐の青面バージョン(裏面は赤紫蘇のような色で、どちらにしようか迷いましたが)に、ぺたこさんのカットガラスの帯留め。(ちょっと分かりづらいですね。)
会場は冷房が効いていたので着物でちょうど良いのですが、道路を歩いているときはさすがに暑かったですね。
それにしても自分撮りは難しいですね。頭でっかちです。
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